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第3話 三体のゴブリン

着任から六日目の朝。残高は16.2DPまで育っていた。

俺の自己奉納が日に2.0。モチの還元が日に1.8前後。差し引き、日次で約3DPの黒字。ガラクタの山は三割がた消化され、迷宮はずいぶん片付いた。順調と言っていい。

順調だからこそ、わかる。

「頭打ちだ」

「なにが」

「俺の魔力は日に2.0が上限。モチの食う速さも一定。つまりこの迷宮の日次売上は、構造的に3DPで天井だ。九十日続けても300に届かない。十二連勝の相手と殺し合う軍資金としては、桁が二つ足りない」

「相手の情報は、ないの」

「あるのか?」

「コアの繋がり越しに、公開戦績だけは見られる。三一号『蟲毒の穴』、十二戦十二勝。全試合、開戦から半日以内の決着。……物量で、押し潰してる」

「物量。つまり頭数の経済か。なら、いよいよこっちも数字を太らせないとな」

収入の「本数」を増やさない限り、未来はない。そして本数を増やすには、決定的に足りないものがある。

人手だ。

「ノア、求人を出すぞ」

「求人」

「ゴブリン三体。一体5DPの三体で15DP。残高のほぼ全部だ」

ノアの硝子玉の瞳が、じっ、と俺を見た。

「無謀。ゴブリンは最弱の魔物。三体そろえても、冒険者一人に勝てるかどうか」

「構わない。戦わせない。働かせる」

俺が買うのは戦力じゃない。労働力だ。

モチの還元には、ガラクタを「運ぶ手」が要る。薬草床には、世話をする手が。湧き水の管理にも、いずれ来る防衛工事にも、何をするにも手が要る。手さえあれば、収入の本数は増やせる。

「最弱でいいんだ。――規格化された最弱は、強いぞ」

購入を押した。残高、1.2。

着任初日に逆戻りの数字を見て、さすがに胃の奥が冷えた。これだから経営は、やめられない。


コアの間の床が光り、灰緑色の小鬼が三体、ぽとぽとと生まれ落ちた。

背丈は人間の子供ほど。きょろきょろと辺りを見回し、俺と目が合うと、三体そろってびくりと縮こまった。系統で買われた魔物には、マスターへの服従本能があるという。戦って死ね、と命じられるのを待つ目だった。

俺がまず最初にやったのは、訓示でも武器の支給でもない。

カタログで飼料を買い、三体の前にどんと積んだことだ。

「食え。話はそれからだ」

三体は俺と飼料の山を何度も見比べ、おそるおそる齧りつき――次の瞬間、すさまじい勢いでかっ込み始めた。腹が減っては労働はできない。基本中の基本だ。

ノアが、ぽつりと言った。

「武器より先に、飯を出すマスターは、初めて見た」

「飯は士気だ。士気は生産性だ」

食い終わって人心地ついた三体に、俺が次に渡したのも、剣でも槍でもない。

石板だった。

「本日付で採用する。これが業務手順書だ」

石板には灰で図を描いてある。水汲み→薬草床へ散水→ズリ(ガラクタ)をモチの所へ運搬→空き時間は通路の清掃。字は読めないだろうから、全部絵だ。

三体は石板と俺の顔を交互に見て、盛大に首をかしげた。

「いいか、まず合言葉から教える。整理! 整頓! 清掃!」

「ギャッ?」

「復唱! 整理! 整頓! 清掃!」

「ギャッ! ギャッ! ギャッ!」

「よし、概ね合ってる」

ノアが半眼で呟いた。

「……魔物に、朝礼をさせるマスターは、初めて見た」


驚いたのは、その日の夕方だ。

ガラクタ運びはバケツリレー方式でやらせていた。山から一体目、中継に二体目、モチの前に三体目。ところが、いつの間にか並び順が変わっている。一番背の高い一体が山側に立ち、高い場所のガラクタを下ろす係に回っていた。背の順で配置すると、手の届く範囲が最適化される――そういう並びだ。

俺は、教えていない。

列の真ん中で、一番ずんぐりした一体が、残る二体に身振りで指図をしていた。お前はあっち、お前はそっち、と。

「……おい、お前」

ずんぐりが、びくりと振り返る。叱られると思ったらしい。

「いまの配置換え、お前の判断か」

「ギャ……」

「そうか。なら今日からお前が班長だ。現場はお前に任せる」

「ギャッ!?」

「給料は飯の大盛りで払う」

系統の量産個体に、名前はない。だから役職で呼ぶことにした。班長。響きも悪くない。

教えていない改善を、現場が勝手に始める。

前職で、何百回夢に見たかわからない光景が、最弱の魔物の班で起きている。なんだろうな、この妙な誇らしさは。

その日の終業時には、班長は俺の前に整列して、身振り手振りで何やら申告までしてきた。

「ギャ、ギャッ、ギャ」

「ふむ。ズリ出し完了、薬草床の散水済み、モチの夜食は山の北側から消化中、と」

「……マスター、ゴブリン語、わかるの?」

「わかるわけないだろ。身振りと現物を突き合わせれば、報告内容くらい逆算できる」

報告・連絡・相談。教えてもいないのに、だ。役職というのは、人を……鬼を作るらしい。


夜、班長が恭しく何かを捧げ持ってきた。苔の中から拾ったらしい。鉄のナイフ――あの赤毛の斥候、リーゼの落とし物だ。

返却予定の品だが、ふと、二日前からの疑問を試したくなった。

「ノア。現物を核に捧げると、どうなるんだったか」

「解析される。系統に設計図が登録されて、以後、同じものを生成できるようになる」

「未登録の鉄ナイフを買うと、いくらだ」

「3.0DP」

「登録後は」

「0.4DP」

――息を呑んだ。

87%のコストダウン。

前職では、調達部が血の涙を流して単価の1%を削っていた。それが、現物ひとつ捧げるだけで、87%。

「これだ。これがこの世界の製造業だ」

解析は金型起こしだ。一度型を起こせば、あとは射出するだけ。単価は落ち、量産が解禁される。つまり解析とは費用じゃない、設備投資だ。

「ただし、捧げた現物は消える。いいの? それ、あの赤毛の」

「……む」

借り物を勝手に鋳潰すのは、さすがに信義則に反する。が、答えは単純だ。

「解析後に同型を一本出力して、研いで返す。借りた物は、利子をつけて返す主義だ」

ナイフを核に沈める。【解析完了:鉄のナイフ/生成単価3.0→0.4DP】

即座に四本出力し、検品した。元のナイフと寸分違わぬ……いや、それ以上だ。刃こぼれや柄のがたつきまで写されるかと思いきや、登録されるのは「あるべき姿」の設計図らしく、出てくるのは新品同様の一本だった。

「中古を捧げると新品の型が手に入るのか。質屋が泣くな」

一本は返却用に取り置き。残る三本を配ると、ゴブリンどもは目を輝かせ、ぎこちない手つきで腰に差した。

規格化された装備。図解の手順書。現場責任者。

最弱の工場が、形になっていく。


【迷宮経営日報 六日目】

残高:2.9DP(前日比 −13.3)

収入:自己奉納+2.0/モチ還元+2.6(効率が上がっている気がするが、誤差の範囲か)

支出:ゴブリン三体−15.0/ナイフ生成−1.6/飼料−0.3/維持費−1.0

特記:帳簿上は大赤字。気にするな、これは投資と呼ぶ。従業員四名と班長一名(兼任)。

淘汰戦まで、あと八四日。


日報を締めた、その深夜だった。

清掃残業中のモチが、二層の最奥で崩れた壁を食い進み――ぽっかりと、穴を開けた。

警報ではなく、ノアが直接俺を呼んだ。珍しいことに、声がわずかに上ずっていた。

穴の向こうには、坑道が続いていた。明らかに人の手で掘られた、四角い坑道。枯れたと言われるラトナ鉱山の、旧坑道網だろう。

そして、そのさらに奥。遥か地の底から。

どくん、と。

温かい何かが、脈打つ気配がした。

「……地脈」ノアが囁いた。「世界の血管。遠い。けど、もし核の根を繋げられたら――この迷宮は、もう飢えない」

俺は在庫の山から一番上等なガラクタを選んで、モチに放った。

「残業代だ。よく見つけた」

ぷるり、とモチが震える。

「全員、明日から大工事だぞ」


(第3話・了)


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