第2話 殺さない経営
侵入者は、四人組だった。
マスターは、コアを通じて迷宮内の任意の場所を「視る」ことができる。全フロアに監視カメラが標準装備された物件だと思えばいい。停電中の真っ暗な売り場に、客が入ってきたところだ。
入口の松明に照らされたその顔ぶれは――どう見ても、新人だった。
先頭を行くのは、短剣を構えた赤毛の少女。継ぎだらけの革鎧に、なぜか靴だけ真新しい。その後ろに、剣を持つ背の高い少年、杖を抱えた眼鏡の少女、大盾を構えた大柄の少年。全員、年の頃は十五、六。装備は一式そろえて中古、といったところか。
「リーゼ、ほんとに大丈夫なのかよ」
「大丈夫だって。ここのマスター、いなくなったって噂だもん。枯れ迷宮なら、薬草くらい残ってるかもって話したでしょ」
「噂だろ? 出たらどうすんだよ、魔物」
「そのためのロイの剣と、ドガの盾でしょ」
「俺の盾、中古なんだけど……」
聞こえてくる会話で、状況は読めた。マスター不在と聞きつけて、薬草の採取に来た駆け出しパーティ。命知らずというより、その日の稼ぎに困っている顔だ。
ノアが、音もなく隣に現れた。
「マスター。教科書通りの対応を言う」
「聞こう」
「殺す。迷宮内での死は、魔力として核に還元される。駆け出しでも四人なら、推定30DP。現在残高の七倍」
物騒な教科書だ。
「一層の天井の岩盤は、もろい。今の戦力でも、崩落なら殺せる」
30DP。維持費一ヶ月分。正直、喉から手が出る数字だった。
だが俺は、カタログではなく、頭の中の帳簿を開いた。
殺せば30DP。ただし一回きりだ。そして「枯れ迷宮で新人パーティが全滅した」という情報は、必ず外に漏れる。客足は途絶え、運が悪ければ討伐隊が組まれる。前任者が資産を売り払ったこの迷宮に、討伐隊を撥ね返す体力はない。
焼畑だ。種籾を食う農夫のやることだ。
「ノア。こいつらが生きて帰って、また来るとする。一回の来訪で、迷宮にいくら落ちる」
「入場時の魔力残滓と、滞在中の感情採取で……一人あたり、0.2前後」
「四人で0.8。月に三回来れば2.4。一年で約29DP。殺した場合と、ほぼ同額だ」
「同額なら、殺した方が早い」
「馬鹿を言え。客というのはな、次の客を連れてくるんだよ」
一見の客を斬り捨てる商売に、二年目はない。欲しいのは一回の売上じゃない。継続取引――顧客生涯価値だ。
「方針を決定する。殺さない。満足させて、生きて帰す。そして、また来てもらう」
ノアは、たっぷり三秒沈黙した。
「……変なマスター」
「褒め言葉として受け取っておく」
とはいえ、放っておけば連中は崩れかけの二層に迷い込み、勝手に怪我をして、勝手に悪評を広めてくれるだろう。客の動線は、店側が設計するものだ。
「ノア、一層の照明はいじれるか」
「燐光苔なら、核から魔力を流せば光る。一回0.1DP」
「やれ。入口から薬草床まで、順番に」
ぽう、と。
通路の壁で、青白い苔が灯った。一つ、また一つ、奥へ向かって、道筋をなぞるように。
四人組が、ひっ、と固まった。
「な、なに、これ」
「リーゼ、これ絶対罠だよ! 『こっちへおいで』ってやつだよ!」
「でも……すごく、きれい」
「きれいな罠が一番やばいんだって!」
言い合いながらも、四人はそろそろと光をたどり始めた。警戒心より懐事情が勝ったらしい。いい判断だ。今日のところは。
やがて一行は、薬草の自生床にたどり着いた。
「う、うそ。ヤクヨモギの群生……こんなに」
赤毛の少女――リーゼが、短剣を取り落としそうな声を上げた。
「傷薬の元が、こんなに……ねえ、これ、採っていいのかな」
「誰に聞いてんだよ」
「だって、なんか……見られてる気がするんだもん」
鋭い。将来有望だ。
俺はモチに指示を出した。挨拶してこい。
薬草床の脇の岩陰から、白い丸餅がずるりと現れた。四人が悲鳴を上げて武器を構える。モチは構わず、ぺこり、と上半身(?)を折り曲げた。
「……お辞儀、した?」
「スライムが? お辞儀?」
モチはもう一度ぷるりと震え、岩陰に戻っていった。場の空気が、毒気を抜かれたように緩む。
ふと見ると、リーゼの腰の鉄ナイフが、慌てた拍子に抜け落ちて、苔の中に埋もれていた。本人は気づいていない。後で回収しておこう。落とし物コーナー行きだ。
四人は震える手で薬草を摘み、背負い袋いっぱいに詰め込むと、足早に入口へ戻っていった。
そして出口の手前で、リーゼだけが、くるりと暗闇を振り返った。
「採らせてもらいました! ありがとうございました!」
深々と、頭を下げた。
「お前、誰に礼してんだよ……」
「いいの! いる気がするの!」
リーゼは顔を上げると、暗闇に向かって、もう一声張り上げた。
「また来ます! 今度はちゃんと装備を整えて! ……あの、仲間にも教えていいですか!?」
「おい馬鹿、迷宮に許可取る奴があるか」
返事の代わりに、俺は入口の燐光苔を二度、瞬かせてやった。
四人が、ひっ、と飛び上がる。それから顔を見合わせ、おそるおそる、ぺこぺこと頭を下げながら出ていった。
四人の足音が遠ざかる。
視界に、ささやかな数字が並んだ。
【感情採取:+0.9DP(恐怖0.6/安堵0.2/感謝0.1)】
【遺失物取得:鉄のナイフ×1】
売上0.9。スライム一匹分にも届かない、ささやかな初取引。
だが俺は知っている。リピーターと口コミは、広告費ゼロの販路だ。
「広告塔の獲得、完了だ」
それに――客に頭を下げられたのは、生まれて初めてだった。前職では、頭は下げるものであって、下げられるものではなかったからな。
悪くない。実に、悪くない。
その夜。モチがガラクタを齧る音だけが響くコアの間で、俺は灰の日報を締めていた。
【迷宮経営日報 二日目】
残高:7.4DP(前日比 +3.3)
収入:自己奉納+2.0/モチ還元+1.5/感情採取+0.9
支出:維持費−1.0/照明−0.1
特記:初来客四名、死亡者ゼロ、再訪見込みあり。落とし物の鉄ナイフは要返却。
淘汰戦まで、あと八八日。
締めたついでに、変換ログの検算を始める。電卓はないが、数字を縦に眺めるのは呼吸と同じだ。
――ん?
【自己奉納:魔力2.000 → 着金1.966DP】
【還元(蝶番):素材価値0.040 → 着金0.039DP】
【感情採取:採取量0.916 → 着金0.900DP】
ずれている。
全部の行で、入力より着金が少ない。差分を割り出す。1.7%。どの行も、きっかり1.7%、目減りしている。
「ノア。この差額はなんだ。系統の手数料か?」
ノアが俺の手元を覗き込み、こともなげに言った。
「仕様。昔から、そう」
「名目は」
「ない。系統の取り分……でもない。明細に、項目がない」
「……項目のない控除だと?」
思わず声が尖った。前職なら、給与明細に名目のない天引きを見つけた瞬間、経理と労基が動く案件だ。
「歴代のマスターで、そこを気にした人は、あなたが初めて」
「気にしろよ。全取引から1.7%だぞ。塵も積もれば山どころじゃない。この世界の全迷宮が同じ仕様なら、毎年どこかへ、国家予算級の魔力が消えてる計算になる」
「……興味深い着眼。でも、調べる手段がない。系統の根幹仕様は、マスター権限では開示されない」
「開示されない、ね。ますます怪しい」
「変なマスター」
「二回目だぞ、それ」
俺は灰の隅に、小さくメモを刻んだ。
『変換欠損1.7%/全取引一律/名目なし/行き先不明 → 要調査』
今は誤差だ。事業規模が小さすぎて、追いかける価値もない。だが。
数字は嘘をつかない。
そして、明細に載らない控除というのは――誰かが、嘘をついているということだ。
この世界の、すべての迷宮の、すべての変換から、きっかり1.7%。
……どこの誰が、何のために、抜いている?
(第2話・了)




