第28話 二八〇〇DPの結び目
試作一号は、百十四日目の夜に完成した。
工房の中央、坑木の台座の上。三本の光の根が編み上げられ、結び目に親指大の記録晶が鈍く光る。膝丈ほどの、小さな水晶の蕾だった。
「起動手順を確認する。主核から魔力を流す。結び目が受けて、従属の署名が立つ。署名が通れば、こいつは『うちの子』として系統に登録される。……ノア、署名の判定は」
「系統が自動でやる。通るか、弾かれるか。弾かれ方は……わからない。前例がないから」
「やってみるしかない、と。よし。総員、退避線の外へ。――起動」
主核から、光が流れた。
根を伝い、編み目を駆け上がり、結び目の記録晶に触れる。
蕾が、ぽう、と灯った。
「……点いた!」
ノアが声を上げた、その直後だった。
灯りが、明滅した。瞬きはみるみる速くなり、編み目という編み目から細い煙が上がり――ばつん、と。
試作一号は、音を立てて燃え尽きた。
焦げた坑木の匂いだけが、工房に残った。
【生成物喪失:試作従属核一号/損失:2,800DP相当】
「………」
こきり、とも言わず、ネジが膝から崩れ落ちた。三晩徹夜の工房長は、焼け焦げた結び目の前で、世界の終わりみたいな顔をしていた。
「ネジ。顔を上げろ」
「……き、ゅぅ」
「いま俺たちは、2,800DPで『この編み方では燃える』という事実を買った。世界で俺たちしか持ってない事実だ。高いが、買えない知識より安い。――焼け方の記録を取れ。どこから焦げた? 何秒で逝った? 全部、財産だ」
失敗の解剖は、夜明けまでかかった。ネジの木札に、焼損の進行が分単位で刻まれていく。結論は明確だった。燃え始めたのは、編み始めの一目。署名は通ったのに、流れた魔力が編み目で逆流を起こしている。
「……逆」
木札を覗き込んでいたノアが、ぽつりと言った。
「編みの向きが、逆。地脈の流れは右巻き。この子は左巻きに編んでる。流れに逆らうから、結び目で渦が起きて、焼ける」
「右巻き? 設計図のどこにそんな指定が」
「ない。ないけど、知ってる。……だから! 知らないってば、これ! また勝手に口が!」
「はいはい、給料は弾む。ガラクタ二つだ」
「子供扱いしない」
怒りながらも、ノアの小さな手は、もう新しい編み図を宙に描き始めていた。記憶にない部屋から出てくる知識を、怖がりながら、それでも使うと決めた手つきだった。
試作二号の設置場所は、議論の末に決めた。
本命の旧三一号は、歩いて十日の彼方だ。試作機をいきなり長距離輸送して、現地で燃えました、では泣くに泣けない。実証は近場でやる。鉄則だ。
「旧坑道網の先――ラトナ鉱山の廃坑の、最下層。うちの領域の縁から、根を編んで届く距離だ」
町の地下、ということになる。契約上の問題はセラに先回りで照会した。返書いわく『地下権の概念はラトナ法にありません。が、新設しましょう。市の前にもう一仕事増やさないでください』。怒られたが、許可は出た。実務の人は話が早い。
百十八日目。ガロ隊が資材を担ぎ、旧坑道網を抜けて、ラトナ鉱山の廃坑へ降りた。
スミの目で同行した廃坑の最下層は、時間の止まった場所だった。
壁に立てかけられたままのツルハシ。油の切れたランプ。崩れた枠木。そして坑道の柱の一本に、ナイフで刻まれた文字が残っていた。
『ここまで掘った。よくやった。 ――ダンの組』
最後の採掘班が、山を下りる日に刻んだのだろう。鉱脈が尽きた日の、敗北とも誇りともつかない置き土産。
「……ノア。この柱は、壊すな。施工図を曲げていい」
「いいけど。どうして」
「先輩への礼儀だ。ここは、誰かが先に『ここまで掘った』場所だ。うちはその続きを掘らせてもらう側だからな」
ガロが柱の前で一礼し、隊の全員がそれに倣った。義理堅い職場で何よりだ。
設置作業は半日がかりだった。ネジが現地で根を編み、ノアが「手」で監修し、俺は領域の縁ぎりぎりに立って、魔力を送る。
「起動」
光が、根を駆けた。
右巻きの編み目は、今度は流れを受けて滑らかに輝き、結び目の記録晶が、とくん、と脈を打った。
【従属核一号:署名承認/接続確立】
【領域拡張:ラトナ廃坑下層が当迷宮の領域に編入されました】
【地脈接続(第四孔):恒常収入+6.0DP/日】
「……通った」
通った。燃えない。脈打っている。
膝丈の小さな水晶は、主核と同じ律動で、静かに明滅していた。本社の心臓と、同じ拍で打つ、小さな心臓。
「ネジ、ノア。――世界初だ、これは」
こきりこきりこきり!
ネジが台座に頬ずりし、ノアは自分の手のひらを見下ろして、複雑な顔で、それでも少しだけ笑った。
理論は実証された。あとは量産と長距離化だ。中継核を鎖のように繋いでいけば、十日の彼方の飛び地にも、いずれ心臓を届かせられる。出血は、止められる。
「飛び地回収計画、正式に始動だ。工程表は明日引く。今夜は祝杯――」
言いかけた、そのときだった。
どくん。
足元の遥か下から、何かが、応えた。
従属核の律動に共鳴するような、深く、重く、大きな――寝息のような、何か。スミの視界が揺れ、ノアの顔から血の気が引いた。
「……いまの、聞こえた?」
「聞こえた。……デカいな、おい」
「大きい。深い。眠ってる。でも……いまの、寝返り。この子の鼓動に、応えた」
廃坑の最下層。つまりここは――あの祠の建つ山の、ちょうど真下だ。
ねむりがみさま、やまのした。
手毬唄の文句が、嫌な実感を伴って、頭の中で再生された。俺たちはたったいま、眠っている何かの寝室の隣に、心臓を一つ据え付けたのかもしれなかった。
「……撤去は?」
「しない。データが要る。ただし観測を最優先にする。スミ、定点を二倍に増やせ。ノア、共鳴の記録を毎日取れ」
調査案件「祠」、優先度を最上位へ。
翌朝、もう一つ、妙なものが届いた。
コアの間の宙に、観戦窓に似た小さな光が、ぽつんと開いたのだ。窓は一瞬で閉じ、後には羊皮紙が一枚、ひらりと落ちた。
丸っこい、跳ねるような筆跡で、こうあった。
『すてきなおもちゃを作ったわね。こんど、こわしにいってあげる。たのしみにしててね。――おとなりの、ピアより』
ガロが羊皮紙を槍の穂先でつまみ上げ、敵性物か検めるように矯めつ眇めつした。ネジは便箋の隅の花の絵を見て、首をかしげた。俺も同感だ。宣戦布告に花を添える神経が、まずわからない。
「……ノア。『ピア』って同業者に、心当たりは」
「……三五号迷宮。『硝子の遊戯場』のマスター。通り名は――罠の魔女。淘汰戦の戦績は七勝。全部、相手を一兵も殺さずに、罠だけで降参させてる」
「一兵も殺さず?」
「殺すより、心を折る方が好きなんだって。……観戦してたマスターの間では、有名。あなたの淘汰戦も、たぶん最前列で観てた」
観戦窓の置き土産――『次の祭りでまた会おう』。あれの差出人も、十中八九こいつだ。
「敵か、客か、同業の挨拶か。……三つ目が一番厄介そうだな」
隣人からの、宣戦布告だった。それも、便箋の隅に花の絵が描いてあるやつだ。
【迷宮経営日報 百十八日目】
残高:16,355.7DP(試作一号焼損−2,800/二号設置費ほか)
収入:恒常+37.2/日(第四孔追加)。飛び地出血対策に光明。
特記:サブコア実証成功(世界初)。直下に「眠る何か」の共鳴反応――観測体制を倍増。隣の三五号マスター「ピア」より、花の絵つきの宣戦布告。
新装開業まで、あと一二日。
(第28話・了)




