表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/32

第26話 感動の純度

検算は、夜通しかかった。

【感情採取:+9.2DP】

百三日目、セラが地脈を見下ろした、あの瞬間の単発値。比較のため、当日の他の記録を並べる。

【感情採取:+0.4DP】(リーゼ党、入場時の高揚)

【感情採取:+0.2DP】(セラ、坑道での驚き)

四十倍。同じ「感情採取」の名前で、四十倍の開きがある。

「ノア。感情採取の換算の仕組みは」

「感情の量に、一律のレートが掛かる。系統の公称では、そう」

「公称では、ね」

俺は過去ログを掘り始めた。百日分の日報を律儀に付けてきた甲斐があるというものだ。

あった。

二日目。リーゼ党が初めて来た日。【感情採取:+0.9DP(恐怖0.6/安堵0.2/感謝0.1)】――この内訳の「感謝0.1」。あの日、四人が浴びるほど発した恐怖が0.6で、出口で頭を下げた一瞬の感謝が0.1。発生量で言えば、恐怖は感謝の何百倍もあったはずだ。なのに、着金は六倍しか違わない。

四十日目。リーゼがナイフの返却に気づいた瞬間にも、小さなスパイクが残っていた。

「……量じゃない。質だ」

着金額は、量×純度。そして系統の表示は着金額しか出さないから、誰も内訳に気づかない。

「ノア、この仮説、系統の公称と矛盾するぞ。検証されてないのか」

「……たぶん、誰も。感情採取は『恐怖で稼ぐもの』だから。客を脅かせば確実に量が出る。みんな、それで満足してきた」

「量が出るから単価を見ない、か。薄利多売の沼だな」

業界の全員が、百年単位で、レート表を確かめずに商売をしてきたわけだ。笑える話だが、笑えない。前世でも、よくあった。「昔からこうだから」は、検算しない者の合言葉だ。


仮説は、実験で潰す。これも基本だ。

翌日、俺はリーゼ党に正規の依頼を出した。報酬は銀貨と薬草採取権。内容は「迷宮内で、こちらの指定する三つの体験をすること」。

「実験台ってことですか!?」

「人聞きが悪い。モニター調査だ。危険はない。気分を害したら即中止する」

コースは三つ作った。

A、恐怖。消灯した坑道を、物音つきで歩いてもらう。

B、安堵。その直後、暖かい灯りと白湯で迎える。

C、感動。仕上げに、地脈の展望へ案内する。

Aコースの演出はガロが担当した。闇の中で岩を擦り、唸り声を落とし、気配だけで追い詰める。本職の戦闘術の応用だ。効果は覿面で、リーゼは三歩で悲鳴を上げ、ロイはリーゼを盾にし、ミナは詠唱を噛み、ドガは目を閉じて歩くという新技を披露した。

途中、あまりの怯えっぷりに、演出側のガロが心配して灯りを点けかけたのはご愛敬だ。鬼役が客を気遣ってどうする。

Bコースの白湯は、ネジが鉄器で沸かした。震える手で椀を受け取った四人が、ひと口すすって全員同時に「はぁ……」と息を吐いた瞬間、ログが綺麗に跳ねた。恐怖の直後の安堵は、単体の安堵より値がいい。緩急は、それ自体が商品らしい。

結果は、一晩で出た。

【A・恐怖:採取量 大/着金+0.31】

【B・安堵:採取量 中/着金+0.74】

【C・感動:採取量 小/着金+11.6】

「……出たな」

恐怖は、量はあふれるほど出るのに、ほとんど金にならない。感動は、ほんのひと匙で、桁が変わる。レートに直せば、恐怖を一とすると、安堵が七、感動はおよそ八十。

ちなみにCの最高記録はドガだった。大盾の少年は地脈を見て、また静かに泣き、一人で+5.4を叩き出した。

「ドガ、お前は感受性の塊だな」

「す、すみません……」

「褒めてる。謝るな。むしろ毎週来てくれ」


幹部会議で、俺は灰板に大きく書いた。

『経営方針の転換:殺さない → 楽しませる』

「数字の根拠は、いま見せた通りだ。恐怖で稼ぐのは、世界中の迷宮がやってる薄利多売だ。うちはやらない。客を楽しませ、驚かせ、感動させて帰す。客単価は四十倍、しかも楽しんだ客は、また来る。リピートと口コミは、広告費ゼロだ」

「ギャッ!」

「具体的には、新装開業に向けて迷宮を改装する。安全な冒険区画、見せ場の動線、攻略の歯ごたえ。『攻略して楽しい迷宮』――目指すのは、また来たくなる迷宮だ」

ガロが手を挙げ……拳を挙げた。

「ガッ、ガロ(脅かす係は、もう要らないか)」

「要る。怖さは要るんだ、ガロ。安全な怖さってのは、最高の娯楽の材料だからな。Aコースの恐怖も、Bの安堵とセットなら倍率が跳ねた。お前の鬼の形相は、これからは演出部の主力だ」

「ガロ!?」

改装案は、その場で灰板二枚分出た。

燐光苔を天井一面に星座のように配した「星空回廊」。モチの分解で磨き上げた水鏡の間。ネジの工房を硝子越しに見学できる「ものづくり横丁」。ビスの的当て指南、ノロシの展望台、締めは地脈の大河。初心者向けには、危険のない「はじめての迷宮」コースを別動線で引く。

「肝は緩急だ。怖い、ほっとする、笑う、見惚れる。感情の段差が大きいほど、純度が跳ねる。設計図は俺が引く。施工は総出だ。開業は迷宮市の当日――残り二十四日で間に合わせる」

「ギャッ!」

やる気だけは満場一致だった。

ノアが、ふわりと俺の横に来た。

「……ねえ、マスター。一つ聞いていい」

「なんだ」

「楽しませる方が儲かるから、楽しませる。それは、わかった。……ほんとうに、それだけ?」

「それだけだ。数字の上の話だ」

「ふぅん」

ノアは、それ以上、何も言わなかった。

言わなかったのが、また妙に刺さった。あの「ふぅん」は、たぶん俺の帳簿には載らない何かを、勝手に検算している顔だった。


ところで、検証の過程で、もう一つ妙なものを拾ってしまった。

スミの定点観測網――町の上空からの見回りに、感情反応の地図を重ねてみたときだ。町外れの丘、あの古い祠の周辺にだけ、ぽつり、ぽつりと、高純度の反応が灯る。

セラが祈った時。婆さんたちが供え物をした時。子供が手毬唄を歌った時。

「ノア。祠は、うちの採取網の外だよな」

「外。領域から、ずっと遠い。……観測できるはずが、ない」

「だが、観測できてる」

祈りの純度は、感動よりさらに上に見えた。そして、その反応はうちの網ではなく――何か別のものを経由して、こちらに「漏れて」来ている。

山の下で眠る何かと、うちの迷宮は、どこかで繋がっている。

調査案件の「祠」の項目に、下線を引いた。これで三度目だ。

気のせいであってほしいが、観測のたびに、反応はわずかずつ鮮明になっている気がする。眠りが、浅くなっていくような。……考えすぎなら、それでいい。考えすぎでなかった場合に備えるのが、俺の仕事だ。


「マスター」

日報を締めかけた俺に、ノアが言った。

「ところで、飛び地の帳簿、最近見てる?」

「……いや。復興と契約で後回しにしてた。なんだ、その嫌な言い方は」

「見て」

言われるまま、旧三一号領域の収支を開く。

【接続維持費:−118.4DP/日(逓増中)】

「は?」

累計を見る。吸収からの二週間で、−1,400を超えていた。

うちの優良資産が、音もなく出血していた。


【迷宮経営日報 百六日目】

残高:23,705.5DP(感情実験の効果で日次収入が+31.2に上昇)

特記:感情採取の実測レート判明――恐怖一、安堵七、感動八十。経営方針を「楽しませる迷宮」へ転換、改装計画始動。祠周辺に観測不能のはずの高純度反応(調査案件)。

それと、飛び地が日次−118.4で出血中。明日、対策会議。

新装開業まで、あと二四日。


(第26話・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ