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第23話 瓦礫の値段

九十四日目の朝礼は、顔ぶれが少し変わった。

ガロ、ネジ、ビス、ノロシ、モチ、スミ。番号持ちが十七。それから列の端に、所在なさげな黒い甲殻が二つ――先日まで敵だった、工兵蟲たちだ。

「点呼。……よし、全員いるな。本日より当迷宮は、復興期間に入る。工程は三本。一つ、大空洞の瓦礫処理。二つ、一番弩の修理。三つ、防衛線の再設計だ」

「ギャッ!」

「それと、新入りの二体。お前らは今日から工一(こういち)工二(こうに)だ。名前じゃない、呼び番だから安心しろ。配属は採掘班、上司はガロ」

工兵蟲たちは複眼を明滅させ、おそるおそる、ガロの方へにじり寄った。

ガロの顔は、岩より硬かった。

当然だ。四番と十一番を殺したのは、こいつらの同型だ。隊長の腰の槍に、ぴくりと指が動くのを、俺は見ていた。咎める気はなかった。感情の帳尻は、命令で合わせられるものじゃない。

長い、長い沈黙のあと。

ガロは槍から手を離し、手順書の石板を二体の前に、どんと置いた。

「ガッ(……朝礼は、全員出ろ)」

それだけ言って、背を向けた。

受け入れた、というのとは違うのだろう。ただ、預かった部下を持ち場に立たせる。隊長の仕事を、感情より先に通しただけだ。それで十分だった。帳尻は、これから何百日もかけて合わせていけばいい。


瓦礫処理は、見ものだった。

工一が酸を細く吹いて岩塊に切れ目を入れ、適度な大きさに割る。割れた端からモチが呑んで、DPに還す。先日まで殺し合っていた二種が、流れ作業で並んでいる。

【還元(瓦礫):+0.4DP】【還元:+0.5DP】

「崩れた天井が、そのまま売上か。うちの不良債権は、質がいいな」

それと、瓦礫の下からは思わぬ遺産が出た。

女王の亡骸は吸収でほとんど還元されたが、あの甲殻に刺さっていた「百年分の敗者の武器」が、岩の隙間に散らばって残っていたのだ。剣、槍、斧、杖。型も年代もばらばらの、武具の墓場。

「ネジ、鑑定を。状態のいい順に並べろ」

工房長は武具の山に飛び込み、半日かけて目録を作った。曰く、解析価値のある型が四十二点。中には現物を見たこともない機構の弩や、魔力を通すと刃が伸びる剣まである。

「百年分の武具見本市か。……グルム卿、とんだ置き土産だ」

解析は一日二点ずつ進めることにした。うちの製造業の品揃えが、これから毎日、百年分ずつ厚くなる勘定だ。

問題は、速すぎたことだ。

午後には、工兵蟲の処理速度にゴブリンのズリ出しが追いつかなくなり、ガロの工程表が音を立てて崩壊した。隊長が頭を抱えていると、ネジが木札を持って現れ、無言で工程を全部引き直した。バケツリレーを二列に増やし、モチの定位置を上流に移す。それだけで詰まりが消えた。

「ガロ、悔しがるな。適材適所だ。お前は人を動かす係、ネジは物を流す係だ」

「ガロ……」

「その代わり、教練と警備計画はお前にしか書けん。役割分担というやつだ」

欠け耳の隊長は、しばらく唸ってから、工程表の写しをネジに頭を下げて受け取った。器が育つというのは、頭の下げ方を覚えるということでもある。


一番弩の修理は、ネジが三日で終わらせた。ついでに何やら新しい台座の図面を描いていたので、見なかったことにした。どうせ「二番弩」だ。工房長の野望は、止めても無駄だと学んでいる。

防衛の再設計では、淘汰戦の戦訓を全部盛り込んだ。

「低い天井は正解だった。恒久設備に格上げする。崩落は使い捨てが痛すぎた。次は『落としても再装填できる』構造にする。ネジ、支保を蝶番式にできるか」

こきり。

「殺し間の射界は仰角を標準にする。天井を這う敵は、もう想定内だ」

次の敵が誰かは、わからない。だが、九十日の準備期間をくれる保証は、どこにもない。戦争の翌日から次の戦争に備えるのは、辺境の経営者の基本動作だ。

ちなみにノアが系統の公開台帳を確認したところ、うちの頁の閲覧記録が、戦前の十倍に膨れていた。

「観戦してた連中?」

「それと……西の方角からの照会が、何件か。帝国の観測網経由」

「向こうの台帳に載るってのは、こういうことか」

観察、結構。見られて困る帳簿は付けていない。今のところは、だが。


九十六日目、リーゼ党が来た。

戦後初の来訪だ。薬草床に着くなり、リーゼが岩に向かって深々と頭を下げた。

「あの、迷宮さん! ご無事で、ほんとによかったです!」

「岩じゃなくてこっちだ」

スミが岩の上に降りて言うと、四人が揃って飛び上がった。何度やっても新鮮な反応をしてくれる、いい客だ。

「丁度いい、頼みがあった。……セラ嬢に、正式な商談を申し込みたい」

「セラさんにですか!?」

「ああ。町と迷宮の、書面での取引契約だ。ついては先触れに、これを届けてほしい」

ネジ謹製の革筒に、羊皮紙を三枚詰めてある。カタログで紙とインクが買えると気づいたときは、灰板生活が長すぎて泣きそうになった。

中身は、提案の骨子と――数字だ。薬草の供給可能量、品質等級、想定卸値、町側の試算利益。台帳の人を動かすのに、口上は要らない。検算できる数字だけが、名刺代わりになる。

「確かに! 必ず届けます!」

「報酬は薬草床の一画、本日採り放題だ。……ところでリーゼ、お前たち、今日は何しに来たんだ」

「あ! そうだ、ご無事か確かめに来たんでした!」

「採り放題と聞いて全部忘れてたな、いま」

ロイの突っ込みが、今日も正しかった。

帰り際、リーゼがふと、入口を振り返って言った。

「あの、迷宮さん。三日間閉まってたとき……何があったのか、聞いてもいいですか」

さて、どこまで話したものか。淘汰戦の存在は、人間社会にはほとんど知られていない。知れば、迷宮を見る目も変わるだろう。

「……同業者と、少々大きな商売の話があった。先方は廃業した。それだけだ」

「商売の話で、廃業」

「ああ。うちの業界は、競争が激しいんでな」

四人は顔を見合わせ、それ以上は聞かなかった。聞かない分別があるから、こいつらは長生きする。


三日後、革筒が戻ってきた。

返書は一枚。インクの染み一つない、定規で引いたような文字列で、こうあった。

『提案骨子、拝読しました。試算に二箇所、楽観が過ぎる数字があります(別紙)。つきましては百日目の午前、貴迷宮入口前にて、直接の協議を申し入れます。 ――ラトナ冒険者ギルド支所 セラ・モンド』

別紙を検めると、確かに二箇所、俺の試算の甘い箇所が朱で正されていた。冬場の輸送費と、薬草の乾燥目減り。どちらも、こちらの世界の実務を知らなければ出ない数字だ。

「……ノア。これは良い相手だぞ」

「嬉しそう」

「ああ、嬉しいね。値切られたんじゃない、検算されたんだ。商談ってのはな、検算してくる相手としか成立しないんだよ」

俺は朱の入った羊皮紙を、丁寧に巻き直した。

百日目。いよいよ、町との本番だ。


【迷宮経営日報 九十七日目】

残高:23,488.6DP(復興費−1,260/一番弩修理−180/防衛再設計−420ほか)

収入:恒常+22.4/日に加え、瓦礫還元+9.8/日(在庫の山はまだ三割残)

人事:工一・工二、採掘班に配属。ガロ、工程管理をネジに移譲(本人渋面、判断は正解)

特記:帝国観測網からの照会、複数。返書のセラ氏、こちらの試算の甘さを二箇所指摘――手強い。最高だ。

セラ会談まで、あと三日。


(第23話・了)


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