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第14話 夜行

編成は五名と一羽。

隊長ガロ。荷役と斥候にチビ。護衛に量産班の三番と七番。壁開けにモチ。そして俺の目として、鴉。

「のっぽは留守番だ。傷が開く」

「ギャ……ギャウ!」

「気持ちは買う。だが現場に出すのは万全な奴だけだ。これは温情じゃなくて、規則」

包帯姿ののっぽは、ぶうたれながらも、自分の弩をチビに押し付けた。持っていけ、ということらしい。チビが胸を張ってそれを背負う。あの最年少が、初の隊任務だ。理由は単純で、開戦からずっとボルト回収で戦場を駆け回り、誰よりも地形を足で覚えているのが、こいつだからだ。

「訓示は一つだけ。仕込みが済んだら、戦果確認はするな。振り返るな。――全員で、終礼に出ろ」

「ガロ」

短い返事が、五つ重なった。一つはぷるりだったが。

出発前、ガロは隊の装備を一人ずつ検めた。チビの背負子の紐を締め直し、三番の槍の石突きに布を巻き(音消しだ)、七番の靴底の鋲を一本抜いた。誰に教わったわけでもない、隊長の仕事だった。

俺はといえば、彼らに同行できない。

マスターは領域から出られず、出れば戦死扱い、戦死すれば即敗北。だから俺が持たせられるのは、地図と、手順と、鴉の目だけだ。

九十日前、残高2で目を覚ました夜には、考えもしなかった。この迷宮で一番替えの利かない財産を、五つまとめて、自分の手の届かない闇に送り出す夜が来るとは。

……いや、訂正だ。

名付きが三つに、番号持ちが二つ。どれも、替えなど利くものか。


進入路は、旧坑道網だった。

「回廊というのは、無から掘られるんじゃない。既存の空洞を呑み込んで形成される」

ノアの解説に、ネジが測量木札を並べる。地脈工事のとき、几帳面な工房長が刻み続けた坑道地図だ。それとノアの観測を重ねると、答えが浮かぶ。

回廊の中腹――敵の補給拠点がある拡張部のすぐ裏を、呑まれ損ねた旧坑道の枝が一本、並走している。最接近点の壁厚、推定二メートル弱。

「正面から五千歩の道を、裏から二メートルに縮める。測量ってのは、こういうときのためにある」

出発は、深夜。

灯りは、なし。


旧坑道の闇を、五つの影が進む。

皮肉なものだ、と思う。この坑道は、九日目に地脈を求めて掘り進めた、うちの迷宮の最初の「投資」だった。掘るほど儲かると笑った平和な工事現場が、八十日後には軍用の浸透経路になっている。

インフラというのは、作った人間の想定を超えて使われるものらしい。前世の上司の口癖だったが、こういう意味ではなかったと思う。

俺はコアの間から、ガロの肩に留まった鴉の目でそれを追っていた。声は出さない。出せば、闇の向こうまで届きかねない。つまり俺にできるのは、見ていることだけだ。

――三十六時間、全部を見ようとした男の、これが反省文か。

見ているだけ。指示は出せない。判断は全部、現場のものだ。胃の奥が冷えるこの感覚を、ガロたちは開戦からずっと、俺の指示の下で味わっていたわけだ。

鴉は、ガロの肩で羽一枚動かさなかった。よく訓練された機材だ。……いや。この働きぶりに「機材」は、もうないか。帰ったら待遇を考えてやろう。

壁越しに、振動が伝わってくる。ざ、ざ、ざ、と。敵の隊列が、すぐ向こうの回廊を流れている音だ。

最接近点で、モチが壁に取り付いた。

酸で溶かすのではない。あれは「食べて」いる。音もなく、岩が白い体に呑まれて消えていく。掘削音という概念のない、世界で一番静かな工兵。

二メートルの岩盤が、人ひとり分だけ、口を開けた。


穴の向こうは、薄明かりの大空洞だった。

回廊の壁面が放つ淡い明滅。その光の下に――山が、あった。

死骸の山だ。それも、一つじゃない。見渡す限り、十幾つ。兵隊蟲の、工兵蟲の、そして見たことのない型の死骸が、種類ごとに整然と積み分けられている。

山と山の間を、白っぽい小型の蟲が無数に行き交っていた。死骸を一体ずつ検め、解体し、奥へ運び、また戻る。配給蟲。奴の兵站の、現場作業員。

山が、呼吸するように蠢いて見えた。

これが、蟲毒の台所。十二の迷宮を呑んだ軍隊の、心臓部。

そして認めたくないことに――見事な、工場だった。

受け入れ、検品、仕分け、解体、搬送。動線に無駄がなく、工程に滞りがなく、作業員は黙々と回り続ける。整理、整頓、清掃。うちの朝礼の合言葉が、ここでは完璧に、誰の号令もなく実現されている。

俺が九十日かけて作ろうとしたものの、百年熟成された完成形が、敵の心臓部にあった。

背筋が、冷えた。

効率を突き詰めた先がこれなら――俺の迷宮の百年後は、何になる?

今は、考えない。考える時間も、資格も、今は棚上げだ。

ガロが手信号を出す。教練で教えた三種に、奴が勝手に増やした七種を足した、計十種の指文字。――二人一組、一山に二殻、十山に分けて納品。

チビと三番が、背負子から殻を下ろす。

ネジが毒嚢を縫い込んだ、動かない蟲の殻。それを死骸の山の中腹に、そっと差し込む。角度を整え、他の死骸の脚を被せ、馴染ませる。

一山、二山、三山。

配給蟲が通るたび、全員が死骸の陰で凍りつく。白い蟲は殻の脇を素通りしていく。ネジの縫製は、蟲の検品を通った。

四山目で、心臓が止まりかけた。

納品したばかりの殻の前で、配給蟲が一体、ぴたりと止まったのだ。

触角が、殻の表面をなぞる。一度。二度。継ぎ目の上を、ゆっくりと。

死骸の陰で、チビが目を見開いたまま固まっている。ガロの手が、音もなく槍の柄にかかる。見つかれば、この距離では選択肢は一つしかない。

触角が、三度目に継ぎ目をなぞり――離れた。

配給蟲は殻を顎で咥え上げると、なんと、奥の搬送列へ自分で運んでいった。検品合格、どころではない。配達までしてくれるらしい。

俺は鴉の中で、声にならない息を吐いた。工房長の腕は、敵の品質基準を上回っていた。

七山、八山、九山。

チビの手が、震えていた。それでも置き方は手順通りだった。ガロの大きな手が、ぽんと一度だけ、チビの背に触れる。震えは止まらなかったが、手は動き続けた。それでいい。怖くても手が動くのが、訓練というものだ。

十山目。納品、完了。

ガロが撤収の手信号を出し、五つの影が穴へ滑り込む。モチが最後に残り、食い崩した瓦礫で、内側から穴を埋め戻していく。

完璧な仕事だった。

完璧、だった――最後の一歩までは。

殿の七番が、死骸の山の裾を踏んだ。

からり。

乾いた蟲の脚が一本、転がった。

それだけだった。それだけの音だった。

だが、空洞の蠢きが――止まった。

無数の配給蟲が、一斉に、こちらを「向いた」。触角という触角が、ぴんと立つ。音のない警報が、波紋のように山から山へ走っていくのが、見えた。

『…………ほう』

壁の向こうから、声が滲んだ。

粘りつく、古い声。

『どうりで、静かだと思った。私の台所に――鼠が入ったか』

じゅう、と。

埋め戻したばかりの壁の向こうで、岩の溶ける音がした。一箇所じゃない。三箇所、四箇所。工兵蟲が、壁ごと食い破りに来ている。

俺は、鴉の喉を借りて、叫んだ。

「全員、撤収! ――走れェッ!!」


【戦況記録 経過四六時間】

残高:211.0/敵性残存:推定二、一五〇

特記:補給拠点への「納品」完了、十山に二〇殻。ただし撤収時に発覚、追撃発生。夜行隊、旧坑道内を離脱中――間に合え。

制限時間まで、残り二六時間。


(第14話・了)

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