第12話 熔ける漏斗
新型は、牛ほどの大きさだった。
ずんぐりとした胴に、岩盤みたいな装甲。群れず、急がず、一体ずつ。そして兵隊蟲と決定的に違うのは――こいつらは、うちの従業員を見向きもしないことだ。
狙うのは、設備だった。
囮枝道の支保柱に取り付き、口から琥珀色の液を吐く。じゅう、と音を立てて、坑木が、岩が、溶け崩れていく。
「ガロ、三号の崩落を今すぐ落とせ! 溶け切られる前に使え!」
カン――崩落起動。枝道一本分の天井が落ち、酸蟲二体を岩の下に呑む。
だが、勘定が合わない。
仕込みに三日かけた崩落トラップ一基と、敵の工兵蟲二体の交換。レートとして最悪だ。
「モチ、酸は食えるか。試せ」
落ちた酸だまりに、モチがおそるおそる触れる。白い体がじゅわりと琥珀色の液を呑み――直後、全身がぶるぶるぶるっ、と震えた。
【還元:+0.2DP】
食えた。食えたが、明らかに様子がおかしい。いつものまんまるが、心なしか歪んでいる。動きも鈍い。
「……腹を壊したか」
ぷる、と弱々しい返事。
「無理はさせない。酸の処理は一日二回まで。お前が倒れたら、うちの兵站が止まる」
うちのエースにも、苦手なものはあったらしい。覚えておこう。
「ノア、解析急げ。死骸はモチが確保した」
【解析完了:葬甲蟲(工兵種)/特性:強酸の吐出、重装甲。死骸は酸により急速に自壊する】
死骸が自壊する、ということは、モチの還元に乗らないということだ。倒しても金にならず、倒さなければ設備を溶かされる。
「……いやらしい設計しやがる」
グルムの意図は明白だった。
漏斗の解体だ。
こちらが九十日かけて作った地形優位を、酸で順番に潰しにきている。崩落トラップの支保を溶かして空振りさせ、絞りの壁を広げて漏斗を殺し、低い天井を高く融かして橋の工法を復活させる。
俺が戦場を設計したように、奴も戦場を設計し返してきた。
物量で押し潰すだけの相手なら、九十日計画で完封できた。だがこいつは、百年かけて「設計者を喰う設計」を覚えた古強者だ。
考えてみれば、当然だった。
十二の迷宮を呑んだということは、十二人のマスターの戦い方を呑んだということだ。罠師もいただろう。地形屋も、籠城屋もいただろう。奴の物量の裏には、喰った十二人ぶんの教科書が詰まっている。
初日に俺が橋の工法を「実測」したように、奴も俺の漏斗を実測していたのだ。お互い、観察が趣味らしい――昨日の軽口が、笑えない精度で返ってきた。
二日目の戦いは、消耗の応酬になった。
工兵蟲は装甲が厚く、規格槍が通らない。弱点は変わらず関節膜だが、的が小さい。
「弩班、関節を狙え。一体に三本まで。四本目は撃つな、勿体ない」
精密射撃は、射手の神経を削る。ガロの弩班が交代で目を冷やしながら、一体、また一体と工兵蟲を落としていく。その隙間を縫って兵隊蟲の波が押し寄せ、槍班が受ける。
チビが戦場を駆け回って、撃ち終わったボルトを拾い集める。回収率は七割を超えていた。大したものだ。だが裏を返せば、三割は酸に溶け、蟲の体に残り、戻らない。
ネジは折れた槍の山から使える穂先を選り出して、打ち直す。打ち直しは新造の半値で済む。だが折れる速さが、打ち直す速さを上回り始めていた。
全員、働いている。誰一人、手を抜いていない。
それでも――数字は、嘘をつかない。
【本日収支(暫定):−一〇三・二DP】
赤字だった。
内訳を睨む。ボルト生成、五十一。槍補充、二十二。回復薬、十六。支保修繕、十九。崩落の再仕込み、三十八。対して収入は、戦闘還元と死骸還元を合わせて六十前後。工兵蟲は還元に乗らず、兵隊蟲の還りだけでは賄えない。
帳簿のどこを削っても、答えは変わらなかった。これは出血だ。包帯の巻き方を工夫したところで、出血は止血しない限り続く。
『どうした、新入り。昨夜の威勢はどこへ行った』
戦いの合間を狙ったように、粘つく声が降ってきた。
『カラクリ仕掛けの巣は見事だ。だがな、カラクリは壊れる。壊れたカラクリは、直すのに金がかかる。……お前のような型のマスターを、私は三匹知っているよ。三匹とも、戦場より先に、財布が死んだ』
「ご忠告どうも。経費精算は得意分野でね」
軽口を返しながら、内心で舌を打った。
図星だ。奴はこちらの戦い方の急所――継戦コストの高さを、正確に見抜いて攻めている。蟲は死ねば勝手に補充される。こちらの槍とボルトは、一本ずつ金で買う。消耗の通貨が違うのだ。
「ノア。このペースだと?」
「残高が矢弾の生産を支えられなくなるまで……十八刻。三十六時間」
制限時間より先に、うちの財布が尽きる。
籠城側が兵糧攻めにされている。笑えない冗談だった。
昼過ぎ、決定的な一撃が来た。
【警報:第二絞り側壁、構造異常】
壁だ。
正面の殺し間に物量を流して注意を釘付けにしながら、工兵蟲が三体、岩盤を斜めに溶かし進んで、絞りの横腹に風穴を開けやがった。
「側面! 槍班、二班回せ! ガロ――」
言い終わる前に、鐘が鳴った。
カン、カカン。変則二連。教えていない打ち方だ。だが意図は通った。弩班の半数が側面に転回し、穴から雪崩れ込む兵隊蟲の第一波を、斉射が床に縫い付ける。
ガロが自ら槍を取り、穴の真ん前に立った。
「ガロォッ!!」
吼え声とともに、穂先が唸る。一突きで兵隊蟲を貫き、柄で薙ぎ、盾代わりの戸板で酸の飛沫を受ける。穴が狭いことだけが幸いだった。一体ずつしか通れない風穴は、それ自体が小さな絞りだ。
「四号崩落、起動準備。ガロ、班を下げろ。――落とすぞ」
轟音。
四号――残り少ない崩落の、また一つを消費して、側面の穴ごと敵を埋めた。
戦線は、保った。
保ったが、俺は灰板の前で、認めるしかなかった。
崩落、残り二基。ボルト備蓄、四割減。残高は三百四十一。そして敵は、まだ二千を超えている。
増殖だ。削っても削っても、死骸を食って湧いてくる。工兵蟲が死骸を後方へ引きずっていく姿を、今日だけで何度も見た。前線で食わせず、後送して、どこかで集中的に増やしている。配給制。中央管理。
――待て。
後送して、どこかで、集中的に。
「……ノア。今の戦況板、敵の『総量』はどこで数えてる」
「回廊と、うちの領域の中。それが観測できる全部」
「つまり奴の本国――蟲毒の穴の中身は、見えてない」
「見えない。でも、開戦時に全量投入するのが蟲毒の型。本国は空のはず」
空のはずの本国から、補給が続いている。
死骸はどこへ後送され、新しい蟲はどこから湧く。答えは一つしかない。回廊のどこかに、奴の「台所」がある。
俺は、戦況板の隅に小さく書いた。
『防衛の収支は、もう黒字にならない』
その下に、もう一行。
『なら、支出の根を断つ。――攻めるしかないだろう』
書き終えて、ふと気づいた。
籠城の発想で九十日積み上げてきた俺が、開戦二日目にして「攻め」の字を書いている。グルムに設計を喰われたのなら、こちらも奴の設計を喰い返すまでだ。
幸い――奴の設計図なら、五十日も前に手に入れてある。
【戦況記録 経過三〇時間】
残高:341.5(本日収支、赤字転落)/敵性残存:推定二、〇八〇(増殖により実質横ばい)
特記:新型・工兵種により崩落二基と側壁を喪失。囮枝道は実質全損。敵死骸の後送を多数確認――補給拠点の存在を推定。
制限時間まで、残り四二時間。
(第12話・了)




