言葉遊びが大好きな子が、国語の問題に「面白くなかった」と答えた理由
国語の問題に「この話は面白かったですか」という質問があった。
娘は、「面白くなかった」に丸をした。
理由を聞くと、「笑えるところがなかったから」と言った。
学校の国語でいう「面白い」は、必ずしも笑えるという意味ではない。
感動した。 興味深かった。 続きが気になった。そんな意味で使われることも多い。
多くの子は、「面白かった」と答える。面白くなくても、国語の問題はそんなものだと学んでいく。
娘は、そんな曖昧な考え方はできない。だから、笑える話でなければ面白くないと思っただけだ。私はそれでいいと思った。
国語の攻略法は、おいおい覚えればいい。攻略したいと思わなければ、それはそれでいい。
今は、思ったことが書ければいい。
次の問題は、なぜそう思ったかを書くようにと書いてあった。
「じゃあ、そう書いたら?」と私が言うと、娘は嫌だと言った。
娘は、興味がないからと書いた。
興味がないから面白くなかった。と、笑えるところがなかったから面白くなかったは、何が違うのだろう。
それは、どちらも娘の正直な答えだった。出題者に反抗する気持ちなど、もちろんない。
私は学生の頃、自分は思っていなくても、文章の中にある正解を探して書くだけの国語の問題に意味があるのか疑っていた。
私は捻くれていた。娘は違う。娘なりに誠実に、興味がないからと書いた。
そういえば娘は、昔から言葉によく引っかかる。
「ひらけゴマって何のために言うの?」
物語の扉が開くことより、その言葉の役割が気になった。
「友達」という言葉も簡単には使わなかった。一緒に過ごす子はいても、なかなか友達とは呼ばなかった。
娘の中には娘なりの基準があり、みんなが当たり前に使う言葉を、当たり前には使わない。
発音も気になる。方言と標準語のイントネーションの違いに気が付き、「何で違うの」と毎回言ってくるので、少し面倒くさい。
娘は言葉で遊ぶことも好きだ。
ダジャレを自分で作る。回文も好きだ。しりとりはただ続けるだけではなく、最後の言葉と最初の言葉がつながるような、終わらないしりとりを考える。
替え歌もよく作る。即興のオリジナルソングもよく歌う。
自分で物語や詩も書いていた。
娘は言葉が好きなのだと思う。
けれど、ただ好きというより、興味がありすぎるのかもしれない。
意味だけではない。
音も。 リズムも。 発音も。 言葉同士のつながりも。
「それってどういう意味?」
「何でそう言うの?」
「どうして発音が違うの?」
音や文字以外の情報も、一度に全てを受け取り、その全てを処理してからでないと進めない。
興味がなければ一瞬で忘れる。でも、知らないことは知りたい。だから何度も同じ事を聞いてくる。
「何度も同じ事を聞かないで」「さっき教えたでしょ」
あまりにもしつこく聞かれると、イライラしてしまう。けれど、基本的に聞かれたら答えることはできていると思う。
そのせいか、娘の語彙力は少し高い。難しい言葉を使いたがり、子供向けすぎる書き方や聞かれ方をされるのは好まない。
娘は言葉を雑に扱えない。私はそれでいいと思う。
けれど、娘の答えや考え方を面倒だと思う先生もいるだろう。
「そういうことを聞いているんじゃない」
「わざと反抗している」
と思われたり、言われることもあるかもしれない。
娘を肯定してくれる先生ばかりではないことを、私は知っている。
それでも、願っている。
ダジャレを作り、 回文を楽しみ、 しりとりをつなげる。
みんながそうだから、先生がそう言ったからでは納得できない。
幼い頃から自発的に詩作をし、物語を書く。
そんな娘にとって言葉が、面白い世界を作るためのツールであり続けて欲しい。
面白くなかったと思えば、面白くなかったと書ける世界で。




