2Eか発達障害児か どちらも大切な深さだ
娘は2Eなのだろうか。
それとも、ギフテッドに見える発達障害児なのだろうか。
一つの目安にIQがある。娘はWISC-Ⅴを楽しんで受けた。終わった後、クイズ楽しかったと笑った。娘はこの検査では高IQとなった。
それでも、心理士の先生は、娘は気が散ったり、問題用紙を見る問題で見なかったりしたので、結果は実際よりも低めに出ていると言われた。
その言葉に安心しながら、私は違和感も抱いた。
もし、もっと不安が強い状態だったら、もっと騒がしい環境だったら、人が多い中で受けたら、数字は低かっただろう。
環境によって変わる数字に縋り、IQが高かったからギフテッドなのだと、言ってしまっていいのか。
知能検査の結果は、心強いヒントにはなる。けれど、それを答えにしてはいけないのではないだろうか。
次に、過度激動がある。これも、発達特性とよく似ている。どれも、発達特性で説明ができなくもないほどだ。
例えば、ギフテッドの子は興味の幅が広い。発達特性の子は狭いという分類方法を使ってみるとする。
娘は興味の幅が広いからギフテッドだとも見える。
けれど、それはASDとADHDでも説明ができる。ASDのこだわりと、ADHDの頭の多動性が合わさった結果、たくさんのことに興味を持ち、それぞれを深く考える子になったと言える。
その一方で、娘の探求を見ると、好きな物のデータを気の済むまで集めるだけの特性だとも言えない。
宇宙の中でも、とりわけブラックホールに強く興味を持ったとき、娘の好奇心のきっかけは恐怖だった。
未知への不安を、知ることで乗り越えようとする姿は、強い知的探究心にも見える。
娘は知らないものが怖い。だから手当たり次第に知らないものを知ろうとする。それをこだわりと見ればASD傾向になる。
知的好奇心が旺盛であることが、ギフテッドであるとはならない。
堂々巡りになる。
3D思考も、ギフテッドの子もASDの子も持っているようだ。
非同期発達という目で見ると、娘は年齢よりも、創造性やメタ認知力、空間認知能力などが発達している。
そうやって、私はずっと分類しようとしていた。
けれど、分類できるものではなかった。ギフテッドに見えるとき、発達障害児に見えるとき。どちらもある。その間で娘は、自発的にだったり、流されたりしながら、揺れ動いている。
オウムガイのようだ。
娘はまずアンモナイトを好きになった。キラキラ光るアンモナイトの化石を大切にしている。その流れでオウムガイにも興味を持ち、化石館でアンモナイトの化石とオウムガイの殻を見比べていた。
昼間は深海に潜り、夜になると浮上して餌を食べる。
深海では波に流されない。敵もいない。安全だ。けれど、餌がない。
浮上すれば餌がある。刺激もある。けれど、波の影響も受けるし、天敵もいる。
潜りすぎると、今度は水圧がかかる。
深海にいるとき、娘はギフテッドの子に見える。
自分の内側だけで完結するとき、彼女は年齢相応でDCDのある肉体から解放される。
浮上しているときは、発達障害の子に見える事が増える。
思い通りに動かない体、刺激の多さや環境との摩擦が、困難を見えやすくする。危険を感じると、殻にこもる。
深海にいるとき、浮上したとき、どちらが幸せか、どちらが娘らしいか。考えるだけ無駄だと思うようになった。
どちらも彼女の大切な深さだ。
娘は発達障害児にも、2E児にも見える。
2Eだと呼んでいいのか、書いていいのか、迷う日がある。けれど、迷っていいのだと思うようになった。
娘がどちらに当てはまるのか。何と呼ぶのが正しいのか。それは大切な問いではある。けれど、その答えで娘がわかるわけではない。
検査結果も。診断も。分類も。ギフテッドという言葉も。発達障害という言葉も。
どれも娘を理解するためのヒントにはなる。けれど、娘にぴったりの言葉はまだない。
私はずっと、娘にぴったり当てはまる形を探していた。けれど、どこにもなかった。
それでも、娘を理解するために、本を読み、検索する。
娘を見ながら。




