娘とトトロのドングリの木 〜2Eギフテッドの剪定不能な樹海と庭〜
娘の成長の仕方について書こうとした時、私はまず、トトロのドングリを思い出した。そして、娘が小さい頃、公園に行くたびにドングリを拾っていたのも思い出した。
小さな芽が、一気に巨大な木々となる。地下に根を広げ、またそれぞれの木がドングリを落とし、無限に広がる森。
どう育つかは、誰にもわからない。
剪定不能な樹海の中で、高く高く伸びていける木はあるのだろうか?
娘を見ていると、時々そう思う。
ADHDは、枝を分ける力だと思う。
普通なら「今はこれをやろう」「これは関係ない」と整理されていくものが、娘の中では全部そのまま残っている。
枝が増えると、近くの枝同士が絡み合い、ぐちゃぐちゃなまま伸びたり、折れたり、病気になったりする。
あれやりたい、これ欲しい。どんどん増え続ける枝。また増える。無数に増える。横にも下にも。
頭がその事でいっぱいになって、すべき事が全く手につかなくなる。
例えば、自分図書館。完成までの3日間、娘はあふれ続けるアイディアを全て形にして、ごっこ遊びと呼ぶには本格的すぎる図書館を創造した。
ASDは、こだわりの1本を伸ばす力だと思う。
娘は理由のないものを嫌がる。曖昧なもの、何となくがわからない。けれど、一度向かう方向が定まると極端に伸びる。
納得できなければしない。けれど、さっきまで絶対にしないと言っていた事も、納得すればあっさりと撤回して夢中になる。
例えば、音読。入学前から嫌がっていた音読が、今週から宿題で出だした。1日目は渋々。2日目はちゃんとやって花丸を貰った。そして今日、娘は国語の教科書を楽しそうに4回読んだ。
両方の特性のある娘は、無数に枝分かれさせながら、必要な枝もいらない枝も、手当たり次第に伸ばしていく。そして、さらにギフテッド傾向が、爆発的に成長を促進させる。
枝が、伸び過ぎているのではないか。
上に伸びず低木のまま絡まり、日差しを遮り、養分を奪い合い、どの枝も、伸びたいと押し合っている。
あまりにも多くの枝が同時に伸びる時、幹は伸びる事ができるのだろうか。
栄養が足りなくなって枯れてしまわないだろうか。バランスが取れずに倒れてしまわないだろうか。
私は時々、それが怖くなる。
今、娘の世界には、魔女の住んでいそうな鬱蒼とした森がある。そして同時に、色とりどりの花が溢れる木漏れ日の草原もある。どちらも、同じ大地で育っている。
剪定されない娘の森は、これからどうなっていくのだろう。
けれど、自然の森には、いろいろな木がある。
光の届かない場所で何年も耐え、隙間を見つけた瞬間、一気に空へ伸びる木。
複雑に絡み合った根の中でも、なお深く根を張る木。
真っ直ぐではなくても、遠回りしながら上へ向かう木。
静かな時間に貯めた力で、一気に伸びる木。
娘の森は、きっと整えられた美しい森にはならない。
枝は伸び過ぎるし、絡まるし、倒木もある。
けれど、そんな樹海だからこそ咲く花も、あるのかもしれない。そして、周りの倒れたり、病気で腐った木を養分にして、大きく伸びる木もあるのかもしれない。
ずぼらローメンテな我が家の庭も、今、この季節、たくさんのバラが咲いている。
植物は庭に植えてみないと、合うかはわからない。同じ庭でも、日当たりや風向きで、適地が変わる。
強いからと選んだバラが枯れ、繊細と言われるイングリッシュローズが毎年見事に咲いたりする。
美しく見える季節もあり、そうでもない季節もある。
宿根草やこぼれ種で、我が家の庭の環境にあった植物が、今年も咲く。




