「わからない」の真実 処理速度とワーキングメモリーの差で何が起きるか
処理速度とワーキングメモリーの差で娘に起きていること…
「なんでやったの?」
してはいけないことをした娘は、黙る。しばらくして、こう言う。
「わからない」
自分でやったのに、わからないわけがないじゃない。
そう考えて、私はさらにまくし立て、問い詰める。
けれど、娘がわからないと言う時は、本当に、わからなかったのだ…
ワーキングメモリーとは、情報を一時的に頭の中に保持しながら処理する力の事らしい。
例えば広い机なら、たくさんのものを広げながら同時に作業できる。
狭い机だと、一度に置けるものが少ない。
娘のワーキングメモリーは、ほぼ平均値である。一番高い処理速度との差は大きい。
怒られている状況で、なぜやったかを答える事は、娘の脳の許容量を超えるのだろう。
元々、受け取りたくないものは受け取らない子だ。物だけではなく、情報も。
私が怒っている時、いつもと声が変わるし、言葉の量も増える。
処理しきれなくなって、わからないしか出てこなくなる。
「ママのせいで頭が混乱する」
そう、言われる。
私の言葉と感情が、娘の言葉を押し潰していたのか。
処理速度とワーキングメモリーの差は、生活のいろいろな場面で娘を止める。
長い話が理解できない。
複数の指示で混乱する。
「靴下はいて、制服着て、ハンカチ持った?」
一度に言うとフリーズする。
使ったものを片付けられない。
あれこれ全部やりたくなるので、リビングの机の上は、どんどん娘のものでいっぱいになる。シールも鉛筆もオタマトーンもゲームのコントローラーも、全部がゴチャゴチャになる。
「片付けなさい」
そう言うと娘は、今度はレゴブロックを出すのだ。
この机が、娘の頭の中にもある。
娘はピアノを習っているが、音符の多い楽譜が読めない。
けれど楽譜を半分隠すと、途端に弾けるようになった。
視覚だけではなく、全ての感覚でそうなる。情報量が多いと混乱する。情報量を減らすと、処理できる。
「できるのにやらない」
「わかっているのにやらない」
ではなかった。いつもならばわかる事が、シチュエーションによって本当にわからなくなるのだ。
「なんでやったの?」
聞いても答えは出てこない。
出てこないと知りながら、私はまた言ってしまう…
今ここに、現実にあるリビングの机のように、娘の頭の中は、どこに何があるのかゴチャゴチャになっているのに。
まず、落ち着くまで待つ。そうして初めて、話ができる。
その時わからなくても、落ち着けば、処理できる。
ワーキングメモリーは、鍛えることができるらしい。
娘の頭の中の机は、これから大きくなっていくはずだ。引き出しも作られるかもしれない。
ワーキングメモリーを鍛えられる上に、娘のこの状況を例えるのにぴったりなゲームがある。
マインクラフトだ。娘はマイクラが大好きだ。
彼女はマイクラで作る家に、たくさんのチェストを置く。けれどアイテムは整理されず、どこに何があるのかわからない。
拠点にどれだけアイテムがあっても、持ち歩けるアイテムには限りがある。しかも、いつも娘のインベントリには、水色のガラスとか空色の羊毛とか、いらないものがたくさん入っている。
でもこの子は、入手したアイテムを持ち替えながら、どこまでも楽しそうに進んでいける。
処理速度の流れに乗れた時、彼女はどこまでも行ける。けれど、持って行ける荷物は少ない。
それでも、行く先々で、取っては投げ、取っては投げ。
手に取れるものがいくらでもある環境ならば、娘は無限に進めるのだ。




