2Eギフテッド 子供を観察したら私が安定した
子供の行動を、特性だからで終わらせるのをやめたら、困り事の見え方が変わってきた。
「特性だから仕方ない」
「この子はこういう子だから」
以前はそうやって、強引に自分を納得させていた。でも今は、そこで止まらない。すぐに答えを出さない。
・どんな時に起きる?
・何の前後で起きる?
・どんな表情をしている?
そうやって見ていくと、困った行動にしか見えなかったものが、形を変えた。
外食中、娘は足をバタバタさせる。食器を叩いて音を出す。それが嫌で、私はずっと言っていた。
「やめなさい」
「もう食べずに帰るよ!」
けれど、娘には全く響かなかった。ただ、私が疲弊していくだけだった。
本当は、外食中にスマホを見せるのには抵抗があるのだけれど、疲れた私は、もういいやと自分のスマホを渡した。
娘はポケモンのゲームに集中した。その時、娘は足をバタバタしていなかった。
今は外食の時、ぷにるんずのおもちゃを必ず持っていくようにしている。それだけで、行儀の悪い行動は減った。
スマホが嫌で、ぷにるんずならいいと思う線引きが、自分でもよくわからないけれど…
娘はお風呂の前になると、急に荒れる。嫌がる。暴れる。私や夫を蹴ることもある。けれど、入ってしまえばご機嫌になる。
彼女は小さい頃からお風呂が嫌いだった。温度が原因かもしれないと思い、お湯の温度を下げ、洗面脱衣所にストーブを付けた。
そうすると、まだ少し嫌がったけれど、癇癪までは起こさなくなった。これで問題は解決した。そう思った私は、そこで考えるのをやめてしまっていた。けれど娘は、別の何かをずっと抱えていた。
「ママ、ギューってして」
自分の気持ちを言語化できるようになった頃、娘は入浴前にそう言うようになった。
思えば私は、娘を観察しながら、その気持ちを言葉にしていた。嫌だった?怖い?楽しい?
娘は首を振って違うと言う事もあった。その繰り返しが、自然と娘が自分の気持ちを言語化し、自分でどうしたらいいのかに気が付く近道になったのかもしれない。
そうか、不安だったのか…
たくさんの感覚過敏の中でも、娘は一番、暑さ、熱さに弱い。もっと、娘の気持ちに寄り添ってあげればよかった。これは、観察が足りなかったケースだった。
けれど、私が気付けなくても、娘が自分からどうして欲しいかを伝えられるとわかった。こちらは、大きな収穫だった。
以前は、ずっと考えていた。
「どうやってやめさせるか」
でも今は違う。
「この行動は、何のためにしている?」
環境を変える。先に欲求を満たす。代わりを用意する。
娘を観察し、して欲しくない行動を、しなくてすむ形に変えていく。
すると、お互いのストレスが減っていった。私にも娘にも、余裕が生まれていた。
そうやって娘に関わる中で、ある変化があった。変わっていたのは、娘の行動だけではない。私の心も、少しずつ変わっていた。
3月、私はずっと不安だった。
「小学校に行けなかったらどうしよう」
まだ起きていない未来を、何度も頭の中で繰り返していた。けれど春休み、長い時間を共に過ごし、観察し続ける事で、気が付いた。
娘の行動には理由がある。崩れるのにもパターンがある。整えれば、落ち着くこともある。
「わからないもの」だった不安が、少しずつ「見えるもの」に変わっていった。
以前書いたように、娘は知らないことが怖い。だから全部を知ろうとする。そうか、知って安心するのは、私も娘も同じなのか。
「別に、学校に行けなかったら、行けないでもそれでいい」
諦めたわけではない。投げたわけでもない。ただ、結果をコントロールするのを、やめただけだった。
不思議な事に、私がそう思えた頃から、娘はみるみる安定していった。
未知の放デイも、苦手な大型商業施設も、怖かったはずの入学式をも乗り越えた。
子供を変えようとしても、うまくいかなかった。
納得するまで観察し、どうすればいいか試行錯誤する。そんな毎日で変わったのは、子供ではなく、私だった。
そうしてできた私の心の余裕が、結果的に子供の行動を変えていった。
やめさせる方法より、やらなくて済む方法を考える。
それだけで、私の子育ては少し楽になった。




