それからの世界
これにて完結です。
カンバー魔法具店は相変わらずで、名家など自らを貴き者と言ってはばからない連中は相手にしない。カンバー魔法具店の使う阻害魔法具は完璧で、しかも選り好みがかなり激しい。これは店主の意向なので、誰も何も口出しできない。カンバー魔法具店に並ぶ、希少な魔法具や秀でた性能の魔法具は、エイヤの慧眼にかなった客しか手にできない。
そんな店主も入店を許可する名家の者がわずかにいる。リザベル・アネット・カーマインとカシアス・タロス・リガルが、数少ない該当者で、本日は是非にもと願ってエイヤの元へやってきた。彼らは阻害魔法具の範疇外にある。
他に客のいない店内には、店主のエイヤと、同じくカンバー系列の店を営むガルウがいた。どことなくうら寂しい思いをしているエイヤを気遣ったのかもしれない。
「その後、ウルガリア様のお加減はいかがです?」
エイヤが社交辞令とも言えない表情なのは、やはり大怪我を押して立ち回りを演じたグラーヴェを気にかけていたからだろう。
カシアスが苦笑した。
「元が丈夫な方だからな。まあ、ひと月はベッドから動かさないよう、従者に命じている」
「そうですか。無理をなさいましたからねぇ」
「先日、ユイカ・カンバーが見舞いに訪れた、とグラーヴェに聞いた。此度のことで、ある程度の情報を与えられたと言っていた。だが、彼にその内容を語ってもらうには、まだ体調がかんばしくなくてな」
「それで、こちらまでお見えになったと?」
エイヤが先んじたので、カシアスはバツの悪そうな顔をしたが、素直に首を縦にふる。
それまで問いかけをためらっていたリザベルが、口を開いた。
「……あの、ユイカさんはテミスにお戻りになったのでしょうか?」
「ええ。なにしろ金糸樹の枝を早急に金糸の森の木に戻す必要がありますからね」
「そう……ですね。確かに、そのままにはしておけませんもの」
自らを納得させるように、リザベルがうなずく。ユイカがグラーヴェを見舞ったのも、別れの挨拶をするためもあったのかもしれない。カーマイン家を訪れてくれた際にも軽い挨拶のみだったので、寂しさをぬぐえない。
「申し訳ございませんね、お嬢さま。精神攻撃を受けたせいか、あの子も体調が万全ではなかったんですよ」
「それでもウルガリア様の元を訪ねられたのは……」
「ええ。伝えるべきことは伝えなきゃなりませんからね」
ユイカがグラーヴェに伝えた内容を、これからエイヤが教えてくれるらしい。
その前に、とカシアスが訊ねた。
「この後、闇黒獣の出現はなくなるのだろうか」
「それなんですがね……」
意味ありげに顎に指をかけるエイヤに、リザベルは不安げに瞳を揺らした。問うたカシアスはカシアスで、眉根をよせて腕を組む。
ふたりの疑念に答えたのはガルウだ。彼は後ろ頭をかきながら、ため息まじりにいった。
「どうやら召喚の間にできた“道”は、完全にふさぐことができないようなんですよ。つまり、対闇黒機関の解散は、当分の間、見込めないということでさ」
「穴をふさぐ術はないとおっしゃるのですか?」
「そうでさぁ。大昔に召喚魔法を使った時の道が、どこにあるのか、はっきりとわからないようなんですよ。加えて二百年前の召喚の際にできた通り道は、容易に封印できそうにない。それだけ召喚された者の力が大きかったということらしいんですがね。とりあえずテミスの大神宮の神官が出張って、例の地下の召喚の間は封印はしたそうでさ」
「二百年前に召喚された者……。つまり、ユイカ・キヅキか」
「召喚したのは、カンバーの者だそうです。ユイカ・キヅキと同じ年頃で、意気投合したと伝えられておりますよ」
「それでカンバーに迎えられた、と?」
カシアスの言葉に苦い笑いを浮かべたのはエイヤだ。
「まあ、そんなところです。じゃあ、詳しい話は本人から聞いてもらいましょうか」
「え、ご本人……? ──まあ、デイ!?」
デイはユイカとともにテミスへ戻ったとばかり思っていたリザベルは、エイヤの言葉とともに、すい、と飛んできた球体に驚いた。
「お待ちしておりました、カーマイン様、リガル様」
「ユイカ・キヅキか?」
「そうです。では、ご説明いたしましょうか」
まだスレッドの都に残っていたのか、と思いもよらなかったリザベルとカシアスを余所に、ユイカ・キヅキは淡々と語った。
「エリファスがユイカ・キヅキの上官だったことはお伝えしました。しかし彼は、任務中に消えたユイカ・キヅキを追うために、自らの肉体を捨てざるを得ませんでした」
「それはまた、どうして……」
カシアスの問いに対する、ユイカ・キヅキの答えは信じられないものだった。
ユイカ・キヅキは、こちらの世界からの召喚術によって、肉体ごと世界の枠を飛び越えた。それはかなりの技術とエネルギーを要するもので、エリファスには届かない域のものだった。
しかし、行方不明とされたユイカ・キヅキの痕跡を辿るうちに、別の世界へ飛ばされたと覚ったエリファスに躊躇はなかった。彼の能力は優れたもので、ユイカ・キヅキが召喚されたことによって出来た道を見つけ、どうにか精神体のみでなら後を追うことができそうだという結論に達した。
「エリファスは躊躇なく肉体を捨て、精神体のみとなり、ユイカ・キヅキを追ったのです」
「どうしてエリファスは、そうまでしてユイカ・キヅキを?」
「ユイカ・キヅキの能力が惜しかったのか。あるいは任務を放棄したユイカ・キヅキを罰するためだったのか」
リザベルが鼻の頭のつけ根に皺をよせ、不本意そうにこぼした。
「どれも、そこまでの理由とは思えません」
「正直なところ、自分にもわからないのです。エリファスが消える前に思考を読みはしましたが、推測するしかない点も多いのです」
この世界に到達したエリファスは、ただの精神体として、しばらくは彷徨うこととなった。さながら浮遊霊のように漂いながらも、彼は確固とした自我を保ち続けていた。
エリファスはこの世界の言葉を覚え、政治形態や習俗を学習していった。おそらくは遅れた文明の状況に呆れていたようだ。
その後、金糸樹の放出する魔力に関する情報を得ることになる。不可能と思える現象を起こせるほどの、膨大なエネルギーの存在を。
おそらく、彼がいた世界の法則に反したようなそれを手に入れることができれば、肉体を取り戻せるのではないか、とエリファスは考えた。肉体を取り戻せば、ユイカ・キヅキの足跡も辿りやすくなる。
テミスにある金糸の森へ行こうとしたエリファスだが、魔法具による強力な結界に阻まれて金糸樹に近寄れない。
だが、肉体を持っていたころのエリファスの力は並外れていた。彼の執念のたまものか、精神体となってもその力の強さに変わりはない。
強力な思念体をも阻むシールドに、彼は軽く興奮を覚えたことだろう。金糸樹の放出する魔力というのは、無限の力を与えてくれる可能性がある。
魔力という名の膨大なエネルギーを得たいエリファスは、わずかな思念の欠片ならば、金糸の森の結界をすり抜けることができるのを突き止めた。
エリファスのいた世界から、召喚術によって出来た道を通って、能力者の残留思念が集まってきていた。おそらくは、永久機関とでも形容できる金糸樹に惹かれたのだろう。
残留思念は、ユイカ・キヅキやエリファスのような能力者の欠片だ。彼らは無念のうちに死した者ばかりで、生きたいという思いのみが残されたのかもしれない。
その後、エリファスの精神体は能力者の残留思念を利用して、魔力をかき集めるようになった。
自我の消失した残留思念の欠片を黒い塵の中心核とし、やがては動物の形をとるようになった。無為な情動のみによって動くだけのシロモノではあるのだが。残留思念の欠片にも、生きることへの渇望が残っていたのかもしれない。
エリファスは、闇黒獣と呼ばれるようになったモノによって集められた魔力を食らうようになる。やがて、巨大なオオカミの肉を形成できるほどになっても、彼にとってはどれほどの感情もわかない。もともと人間であるエリファスの自我には、動物の姿をとることに拒否感がある。人を襲ってまで魔力を得るようになった闇黒獣を食らうためだけに、巨大オオカミの姿になっただけなのだ。
オオカミの姿をとった『銀の目』が現れるのは、闇黒獣を吸収するか、闇黒獣が人を食うために集落を襲う手助けをするためだ。
エリファスは『銀の目』の体内に集めた魔力を使い、ふたたび人の形を取り戻そうとしていた。
それ以上を語ることなく、質問も受けつけず、そのままデイは去った。エイヤの開けた窓から、いつものように、すい、と音もなく。
「テミスに戻ったんですよ。神宮の宝物庫で眠っていたデイは、偶然ユイカに力を注がれて目覚めたからね」
ユイカの側を離れるのは、デイの本意ではない。それでもリザベルらに詳細を語るために、カンバー魔法具店に残っていてくれた。
「あの、エイヤさん。デイの中にいるユイカ・キヅキさんというのは、ただの情報というわけではなく、もしかしたら精神体……」
「お嬢さま、そういった疑問は心の中にしまっておいていただけますか。残留思念という考え方は、ユイカ・キヅキの世界のものですので」
口角をあげて語るエイヤの目は、反してとても真剣なものだった。
「わかりました……」
カシアスを見あげたリザベルは、つらそうな顔で唇を噛んだ。
それから、ひと月がたった。
リザベルとカシアスが、婚約が成立した、という報告のためにグラーヴェの元を訪れてから、しばらく後のことだ。グラーヴェが従者のトニスとともに、スレッドの都から姿を消したという報せが、 エイヤの元に届いた。報せを届けてくれたのはエリだった。
「ウルガリア様は傷の療養を理由に対闇黒機関を退職され、リガル様に隊長の職を引き継いだばかりでした。当面は引き継ぎ事務などで討伐隊の方にもお顔を出されていたようでしたし、お嬢さまやリガル様の所へも婚約祝いのお品が届けられたりしていたのですが……」
「そのうちに音沙汰がなくなり、気になったリガル様がお屋敷へ参じたところ、もぬけの殻だったと?」
「ええ。屋敷の使用人の今後にも、十分な配慮をされていたとのことです。ただ、王家にも一切知らされていなかったらしいのです」
「立つ鳥跡を濁さず、というのは、ユイカ・キヅキに教えてもらった格言ですがね……。まあ、きっとそのうち、居場所もわかるでしょう」
妙に確信めいたエイヤの言うとおりになったのかどうか。わかるのは、それからしばらく後のことになる。
リザベルとカシアスの婚約祝いが、テミスのユイカ・カンバーから届いた。なんと通信の魔法具で、カーマイン家はもとより、リガル家のものよりも、下手をすれば王家の所有する魔法具よりも間違いなく高性能高品質だ。
これがあれば、テミスにいるユイカとも楽々と交流をはかれる。何を隠そう、互いの姿を見ることが可能な魔法具なのだ。まるで鏡面のような磨き上げられた大きな結晶石が、映像を映し出してくれる。この魔法具が二台も送られてくれば、カーマインやリガルの屋敷中が蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは当然のことだった。
さっそくカシアスとともに魔法具の前に陣取ったリザベルは、高揚して震える手を押さえて初めての通信をテミスのユイカへと送った。どうやら魔法具のそばにいたらしく、すぐにユイカの姿が現れた。
教えられていたこととはいえ、あまりの技術にリザベルもカシアスも、しばし言葉を失った。
「よかった。魔法具は無事に届いたのですね」
変わらないユイカの声に、リザベルはほっと胸を撫でおろした。スレッドの神宮での出来事は、ユイカの身にも何らかの痕跡をのこしたのではないか、と案じていたのだ。
「ユイカさん、このたびは貴重な品を、ありがとうございました」
「いえ。カンバーの最新鋭の魔法具ですので、できれば感想をお聞かせくださるとありがたいです」
「まあ」
商売っ気たっぷりのユイカの物言いに、リザベルは思わず笑みをこぼした。
「カシアス様も、ここにいらっしゃいますの」
「リガル様も、お元気そうで何よりです」
「ユイカ・カンバー。いただいた祝いの品については、王家も興味を隠せないでいるようだ」
にっこりと笑うユイカに、リザベルは安堵した。ただ、ひとつユイカに伝えねばならないことがある。
「実は、ユイカさん。あの、ウルガリア様なのですが、現在どこにいらっしゃるのか不明でして」
リザベルの言葉に、なぜかユイカは目を丸くした。
少し考えるように顎に手を当てていたユイカは、おもむろに背後を振り返る。
「リザベル様が、こうおっしゃってますけど……。何もお知らせしていなかったのですか、グラーヴェ様?」
そうして、呆気に取られたリザベルとカシアスの前の鏡面に、案じていた人物の姿が映しだされた。




