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金の森の娘  作者: 長谷なた
第三章
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エリファス

 その後は、おかまいなしだった。

 グラーヴェは突入の勢いのまま、金糸樹の枝へと向かった。腰の高さほどの台座に置かれた小ぶりのヤドリギを、彼はつかむ。

 グラーヴェが金糸樹の枝に取りすがった時、カシアスが意識を失ったユイカに駆け寄る。

 ほんとうなら、ユイカの救出はグラーヴェが引き受けたかったのだが、怪我を負ったままの彼には荷が勝ちすぎて、渋々とカシアスに譲った次第だ。

 グラーヴェは、とっさに周囲を見回した。

 壁際に立つ神宮長やドロテをはじめとした神宮の者達や、ベルルーシュにドアリンは、呆けたようになっていて、突然の乱入に対処するどころか、ほとんど動けずにいる。

 周囲の黒い霧は中途半端に固まったまま、闇黒獣に変化するとも元の黒塵に戻るともできず、ふよふよと所在なく漂っている。


「エリファスは?」


 もし、神宮長やベルルーシュをはじめとした者達の精神を支配しているというのなら、現状を判断できるのはエリファスただひとりだ。彼が金糸樹の枝を奪われるのを良しとするわけがない。

 グラーヴェが、ぱっとエリファスに目を向けると、意外な光景が飛び込んできた。

 エリファスもまた、微動だにしなくなっていた。


 デイの作戦が功を奏したのか。


 そう、まさしく今、デイはエリファスの眼前に、ある映像を現出していた。在りし日のユイカ・キヅキの姿が、彼の前に現れたのだ。どこか揺らいでいるようで、それなのにその姿は胸に迫るほどのものがある。

 突如、ユイカ・キヅキの目が、かっ、と見開かれた。


「起きろ、ユイカ! いつまで寝ている!?」


 怒声とともに、カシアスの腕の中にいたユイカが飛び起きた。


「御先祖、いきなりはひどい」


 文句を垂れながら、もぞもぞと上体を立て直すユイカは、思ったよりも元気そうだ。グラーヴェは金糸樹の枝に手をかけたまま、そちらに釘付けになっていた。ほっと息を吐く。

 だが気を抜いている暇はない。渦巻く黒塵の中、ユイカは銀色の目を細める男を睨めつけた。


「御先祖の言う通りに、エリファスと目を合わす前に心を閉ざしたのはいいけれど、行動不能になるのはいただけない」


 ぱっぱと腰についた塵を払いながら立ちあがったユイカはぼやいた。それでも銀の目の男から目を離さない。


「それに、リガル様までここに来るのは予定外なんですが」

「どうやら私は、戦略の中に組み込まれていたようだな」


 少しばかり皮肉気にグラーヴェがいうと、ユイカは「ええ、まあ」と肩をすくめる。どこか照れくさげなのが、妙に余裕を感じさせる。


「無沙汰の挨拶をしている場合ではないのだがな、ユイカ」


 御先祖の物言いに苦い顔をしたユイカは、す、と銀の目の男を指さす。


「ウルガリア様、あの男が『銀の目』です」

「……え!?」


 驚きの声をあげたのはカシアスで、肝心のグラーヴェはすでに承知しているかのように厳しい顔つきで銀の目の男を睨めつける。

 ところが銀の目の男──エリファスは、彼らのことをまったく意に介していない。


「そこにいたのか、111」


 焦がれるような声で、エリファスはデイ、いや、ユイカ・キヅキの映像に呼びかける。ただ彼女はそれには応えず、いたわしい目で男を見るだけだった。その表情もまた、ただの情報なのかもしれないが。



 映像のユイカ・キヅキが口を開く。


「グラーヴェ・タロス・ウルガリア、エリファスの首を落とせ」


 目をむいたのはユイカだった。


「御先祖、エリファスは精神体で──」

「首の周りを見なさい」


 言われた通りにエリファスを見れば、そこには霧なのか塵なのか、真っ黒な浮遊物が首のをぐるりと取り囲んでいる。


「あの部分を斬り落とせ」


 非情な言葉をユイカ・キヅキが放ったかと思ったら、次にはグラーヴェがローブで隠した背中から大ぶりの剣を引き抜いた。



その時、エリファスにできることはなかった。今の彼は『銀の目』ではない。『銀の目』の体は大きすぎて、この地下の間には入りきれないからだ。今のエリファスは、人の精神に感応して影響を与える能力に頼っている。ただ、『銀の目』の体がなければ何もできない精神体なのだ。


「うおおおぉ」


 グラーヴェに躊躇はなかった。エリファスの目は、まさしく『銀の目』のそれだったからだ。さらには意識こそしていなかったが、ユイカがそうと断定したからでもある。



 グラーヴェの剣が、エリファスの首に食い込んだ。

エリファスの銀の目が、大きく見開かれる。「そんな馬鹿な」と彼は漏らした。なぜならエリファスの体は精神体だからだ。グラーヴェの刃がきくはずがない。だが間違いなく、グラーヴェの剣は、黒い塵に囲繞された首を切り捨てた。

 切り離されたエリファスの首は宙を舞う。その目に最後に映ったのがユイカ・キヅキの姿だったのが、彼にとっての慰めとなったのであろうか。

 床に落ちた生々しいはずの首は、たちまち石化し、ごとん、と音をたてた。

 同時に、エリファスを称えるように壁に沿って立っていた人々、神宮長、ベルルーシュ、ドアリン、そしてドロテも含めて全員が、崩れるように一斉に倒れた。


「エリファス。なぜ、肉体を捨ててまで、この世界に来たのか……」


 静まり返った召喚の間に、ユイカ・キヅキのつぶやきが静かに消えていった。




 その後、カシアスの報せによって討伐隊の一隊が駆けつけた。『金糸樹の間』と呼ばれていたかつての召喚の間から、意識を失った人々が運び出される。それらの人々の中には神宮長や、名家の者であるベルルーシュにドアリン、そしてドロテが含まれる。目覚めた際には、対闇黒機関による取り調べが行われることになる。

 




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