乱入
グラーヴェが分厚い扉に手をかけようとした時、背後に気配を感じた。さっと振り向けば、なぜか、そこにいたのはカシアスだった。
一気に肩の力を抜いたグラーヴェは、「何のつもりだ」とカシアスを睨みつける。
「そう言いたいのは私の方です。あなたはベッドの住人だったはずです。そのように、トニスに頼みましたが」
「トニスの主人は私だ」
何がなんでもベッドに縛りつけられる気はなかったらしい。トニスも基本的にはグラーヴェの気持ちを大切にしているので、主が強硬すれば、否やとは言えなかったのだろう。
「トニスも気の毒に」
「カシアス、お前はなぜ、ここに? カーマイン嬢を守るのだと言っていたではないか」
「そのリザベル嬢が、自分は大丈夫だから、ユイカを取り戻すための手助けをしてほしいと言うので」
グラーヴェから呆れたような吐息が漏れた。
「カーマイン嬢は?」
「すでに神宮を出ました。万端、整っております」
上官に対する報告業務のような口をきく。
カシアスはデイの向かう方向を確認した後、リザベルとエリを神宮の外へと連れ出し、馬車を呼んで自宅へ送らせた。
「なので、後顧の憂いは無いということだ」
くだけた口調に変え、にやりと不敵な笑みを浮かべるカシアスをひと睨みし、グラーヴェはデイを見あげる。
「私が来るのを、最初から知っていたな」
「戦力が多くなったのは何よりデス」
我関せずとばかりにうそぶくデイに、グラーヴェは少々苛ついたが、ここまで来てしまったのなら仕方がない。カシアスには引き返せともいえない。今は手負いのグラーヴェ単独よりも、カシアスのいる方が助かるのは確かだ。
そう、これで当初の目的を果たせる。ユイカと金糸樹の奪還を。そして『銀の目』の正体を見極める。デイの明かした通りならば、エリファスという者が『銀の目』そのものということになるのだが。
「中の様子はわかるか」
「静かデス。音声を発する対象はありまセン」」
扉を開けようとするグラーヴェを制したのはカシアスだ。
「扉は私が」
ささやくと同時に、腕に力を込めたカシアスが、軋み音が鳴らないよう、静かに扉を押し開けた。幸いにも蝶番にはほどよく油もさされていて、なめらかな動きを見せる。
わずかな隙間から室内を覗いたグラーヴェとカシアスは、気取られないよう息をつめた。
部屋の中央には発光体があった。目を射抜くような光ではない。柔らかく、見る者を安心させるような光だ。
おそらく、あれが金糸樹の枝だろう。ただその周囲には黒い霧が渦巻いていて、あちらこちらで寄り集まって塊を形成しつつあった。目を凝らせば、四肢を持つ動物の形を成しはじめているものもある。
闇黒獣が生まれようとしているのが、ひと目でわかった。
金糸樹の置かれた台座の前の床に、倒れ伏したユイカを見つけた。握りしめられたグラーヴェの拳に、さらに力がこもる。
黒い霧を囲むようにして、多くの人間が佇立している。誰もが茫洋とした表情をして、視点の定まらない眼をしている。中に神宮長もいる。彼の隣には、ベルルーシュがおり、カシアスがささやくにはドアリンの姿もみとめられるそうだ。誰もが闖入者に気づけない。五感が完全に沈黙してしまっているのかもしれない。
それら人の群れの中に、ひとり、異質な雰囲気を放つ人物がいた。人々はぼんやりとしているが、誰もがその人物の方を向いている。金糸樹の傍らに立つ男の表情は、まるで死んでいるかのようだ。
「エリファス……」
デイから漏れた声は、デイ本体のものか、それともユイカ・キヅキだったのか。
「行きマス。作戦通りにお願いしマス」
デイ本体の声がかけられ、わずかに開いた扉の間から、するりと中へ入った。同時にカシアスが、だんっ、と勢いよく重い扉を押し広げて、室内へなだれ込んだ。
「……111なのか?」
つぶやいたのは、金糸樹の枝の前に佇む男だ。
押し入ったグラーヴェがちらりと横目で見やると、男の前に立つひとりの女の姿がはっきりと目に映った。男は見開いた目で、ユイカに似た女を凝視したまま動かない。
男にも女にも、不思議なほど実在感がなかった。




