24 そして全てが終わりを迎えて
果てしない光の彼方に居ても、まだ俺という存在を認識することができる。
まだ俺は生きて何かを行うことができる。
世界の終末をもたらす厄災を片手に受けても、俺も世界も無事なようで何よりだ。
魔王の放った球体は俺が空にいる地点より先へは、固められたようにピクリとも動かなかった。
誰もがその様子を静観していたように思える。珍しく本気の力を使ってみると、感覚が極限まで研ぎ澄まされていくようだ。
まるで耳元まで来て語りかけているように鮮明に――人々の声が聞こえてくる。
「な、なんだよあれ――どうなってんだよ」
「もう何が起きてんのかまったくわかんねぇ。わかんねぇけど」
「なんか誰かがあれを止めてんぞ」
ふふ。ご心配に預からなくとも人類の皆さん。俺が止めていますからね。
まだまだ世界は終わっていませんよ。終わらせるはずがありませんよ。
「と、とにかく頑張れ! なんとかこの世界を守ってくれーっ‼︎」
所々から人々の声援が聞こえて来る。
完全に勇者のポジションだ俺。
なんかみんなの応援を聞いてると、本当に身体の奥底から力が湧き上がってくるみたいだ。
魔王よ。見えてるか。
お前にはこの俺が光に満ちているように見えるだろう。
俺は今人類の希望を一身に受けてここに立っているんだ。
そう簡単に一つの世界をどうにかできる事なんてないんだ。
いくら神様がご都合主義の化身でもな!
「うおおおっ! これが人間の力だ‼︎」
《何だと!》
やがて球体が打ち出した魔王の方に向けて進み始める。
両手を使えないのが絵面的に締まらなくて非常に残念ではあるが、今ここでうっかり両手なんか使ってカッコいいことなんてしたら世界消し飛んでしまう。
片手でも十分なんだよ。ぐっと右手に力を込めるようにして押し出すと、球体は下降をやめて急激に上昇し始めた。
《そんな馬鹿な! あり得ぬ! 絶対にあり得ぬ‼︎ こんな、こんな事が――》
魔王の声は跳ね返した世界の終焉が弾き出した轟音で掻き消され、球体は空の向こうのそのまた向こうまで飛んでいき、暗雲を全て吹き飛ばすように大爆発を起こした。
とてつもない風圧が周囲に吹き荒れたものの、先程の滅亡球体の接近よりはまだ世界がどうにか耐えられるレベルだった。
風が完全に止んだ時、そこにあったのはただただ青く広い、快晴の大空だけだった。
人類の勝利を告げるようにして開かれた世界は、人々を熱狂の渦に落としいれた。
こうして世界の危機は去った。平和だけ残して戦いは幕を閉じた。
誰もがそう信じていた――魔王が空から舞い戻って来るその時までは。
《はぁ……はぁ……き、貴様……何者だ……。余の全てを捧げて出し尽くした力の全てを……終焉を跳ね返すなどあり得ぬ……。決してあり得ないのだ! 一体何なのだ! 貴様が神だとでもいうのか!》
魔王は魔王でとんでもないタフさを誇っていた。
これまで無傷だった身体は見る影もなくボロボロになり、頭部から紫色の血こそ流していたが、それでもあれを跳ね返されて肉体を失う事なく、その程度の軽傷ですんでいるのだ。
だが確実にそれまであった魔王の余裕は完全に喪失していた。
本当に全身全霊の最終奥義だったのだろう。
やつれた頬や露出した細い腕からは、まだまだ残っているマナを感じはするものの、もうかつての冷たい威圧感も力強さも感じなかった。
「おーっと忘れてたな。あんたを仕留めねぇと、この戦いに勝利したなんて言えねえよな」
もう一度気を引き締めるようにポーズを取り直して魔王の前に立つ。
「俺が何者かだって? よーく耳と頭に刻んでおきやがれトンデモマント野郎。人呼んで正義と勇気と愛の使者。世界を悪から守るため、この世に平和をもたらすため現れた伝説の救世主、勇者ケイゴだ! いいか魔王。今から俺はお前を倒す! それはもうぐうの音もでない程にな! お前が三百回以上魔王として生まれ変わっても、金輪際人間の世界を脅かさなくなるくらいのとどめの一撃くれてやる!」
魔王にはその場を逃げる体力も、反撃する気力もまだ多少はあったろうが、それを許さないほどの速度をもって俺が攻撃に入る。
距離を詰め、魔王の懐に潜り込むと片手を固く握りしめ真っ直ぐ正拳突きを腹部にぶち込んだ。
だが吹っ飛ぶとしたら斜め下の地面だ。やや下に向けて放ったからな。
拳が魔王の肉体にめり込むと、やがてはち切れんように貫き、魔王はその身を砕きながら急降下していった。
地面に激突するとその近辺は衝撃で平らになり、魔王の肉体を中心にした巨大なクレーターが出来上がった。
勢いに乗って沈みゆく魔王は、止まる事なく底の方へ向かっていき、やがて何かにぶつかって音を止めた。
外殻とかコアとか突き抜けただろうか。それか溶岩に落ちたか。
ともかくこれで正真正銘勝利。ハッピーエンドだ。
全ての決着が今ここについた事を示すように片腕を大きく上げると、人々の止んだと思われた大歓声が再び上がった。
歓喜も歓喜、大歓喜だ。決戦開始から、数時間後。
我々人間は魔王軍に勝利したのだ。
生き残っていた魔物たちも、君主たる魔王がやられたことでどこかへ消え去っていった。
もう残っていても勝ち目がないと判断したのだろう。
俺たちの完全勝利だ。誰一人として犠牲者や死者を出す事なく完膚なきまでの勝利を収めたのだ。
本当にそうなっているか人間全員のマナを確認してみたが、バッチリ生きていた。多分全員いる。多分。
測り忘れたモブ兵士くんがどこかにいたらごめん。
激戦を終え、地上に再帰した英雄を待ち構えていたのはやっぱりこのお方、レヤンロさんだった。
「やったんだなケイゴ」
「ああ。どうにかな。――にしても今回ばかりは流石にちょっとやばいかもしれないと思ったぜ。特に魔王が世界終わらしに来たところとか」
肩の力を抜くように回していつも通りの軽口を叩く俺に、レヤンロはくすくすと笑いかけてくれていた。
「本当にな。だがこうして取り戻してくれた。見ろあの空を。それに周りのみんなを」
レヤンロが指し示してくれたように、世界はもう平和一色に染まりきっていた。
戦前の暗く静まって緊張に満ちていた人々の表情はどこもかしこも笑顔で埋まっており、ようやく人類が待ち望んだ結果が訪れたのだと実感するほどだった。
そんな様子を見ると、全身にすごい達成感が湧き上がるのを感じてしまう。
このまま大の字になって寝てみたいくらいだ。
――と腰を下ろしかけたその時、何かが穴の底で動くような音がした。
嘘だろ――と思い、振り返ってみるとそこには首だけで動いていた魔王が存在していた。
「ま、魔王……!」
それはかつての姿と大きく異なる歪で、異質な小さい頭であったが、間違いなくさっきまで戦っていた魔王そのものであった。
あれだけの魔法に本気を注ぎ込み、跳ね返されたものをまともに受けて。更に俺の正拳突きまで食らって身体をバラバラに割いたというのに――魔族の王は伊達じゃないということなのか。とてつもなくしぶとく、恐ろしい、驚嘆に値する生命力だ。
魔王は首から下が完全に消失していたが、表情は不気味に微笑んでおり、まだ何かあるように思えて仕方なかった。
レヤンロも首だけの魔王を見ても、油断どころかより一層気を引き締めて構えていた。
《く……くくく……そう構える……こともない人間よ……。この戦は貴様らの勝利だ……み、認めよう。魔王軍の……余の完全なる敗北だ。余に残された力など……この身体を僅かに動かすほどさえ無いわ……》
弱々しい口振りからでも、未だ魔王たる威厳を感じる気迫を放っていた。
それがレヤンロや俺が引くに引けない理由だろう。
死にかけの魔王は声を振り絞って俺たちに語りかけていた。
《だ……だが、もしも貴様らが生きていたいと思うなら……これで全てが終わったなどと思わないことだ人間。い、今は一時の勝利に酔いしれるが良い……しかし奢れる者は必ず滅びの刻を迎える……お、遅かれ早かれな……》
「けっ。生首だけになってまで出しゃばってきたかとおもえば、ただの負け惜しみかよ」
反撃はもうないとみて、俺は魔王相手に挑発を試みた。
半分は本音だ。もうお前に何もできはしないだろう、と。
魔王はそれを聞いても邪悪な笑みを崩さずにいた。
《ま、負け惜しみなどではない……余を負かした人間よ……。魔王などという地位は、連中が勝手に祭り上げただけのもの……。魔界にはより強きものが、数え切れぬほどおるわ……。そ、その者どもが次の魔王となって、人間の世界に現れる日もそう遠くはあるまい……それ故の発言だ。信じようが信じまいが……ど、どうだって構わぬ……しかしそうして愉悦に浸っておるうちは……き、貴様ら人間が滅ぶ瞬間も……じきに訪れよう……ははは、はははははっ!》
最後の力を使い果たし、持ちうる全ての情報を吐露すると、魔王はタガが外れたようにひたすら笑い続けていた。
冷たく凍るような畏怖を感じる気味の悪い笑い声。
衝撃の事実と共に、恐怖を撒き散らすように笑い狂った末に、残された頭はすり減っていきながら砂となって消滅した。
今度こそ確実なる魔王撃破の瞬間を、俺たちは目撃したわけだが、先程とは打って変わってその気持ちが晴れやかなものになることはなかった。
この尋常ならざる強さを誇る魔王の――更に上の次元を行く怪物。
そんなまだ見ぬ強者どもが、魔族の故郷魔界にはごろごろひしめいているというのか。
ようやくやっとの思いで平和を掴み取ったというのに、俺たちは数年後かそこらの未来にまた同じような破滅の危機を迎えなければならないのか。
レヤンロも黙ってはいたが、その表情は晴れたはずの空に似つかわしくないほど暗く、重い陰鬱なものだった。
とてもじゃないが祝勝会なムードにはなれない。
魔王の遺した精一杯の強がりだったかもしれない。そう言い聞かせてその場を後にした。
しかし言い知れぬ不安が、あの場にいた俺たち二人だけには、ずっと付き纏っていた。




