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23 魔王降臨〜最終戦争〜

「なんであんたが……」

 心の中で幾度も呟いた疑問は口に出る事はなく、俺の思いに被せて来るようにジュアンが喋り出した。

「ベスモワル卿! うちはなんとか全員生きてますよ」

「それは何よりです。今は一人でも多く戦える戦力が欲しいですからね。まだ見ぬ魔王という大物を相手にするのですから」

「卿が居らっしゃるのなら怖いものなんてねぇよな、リーダー」

「あ、……ああ……」

 その場にいた暁の翼竜団の仲間たちはそいつという存在を受け入れていた。

 俺には何が何だか分からなかった。

 レヤンロにあれほどの想いを味合わせた張本人であり、未だ黒い噂の絶えないであろう目の前の貴族に対して、仲間たちは親しげなのだ。

 どういうことか全く分かっていない俺に対して、ジュアンが説明してくれた。

「ベスモワル卿は俺たちをここへ案内してくれた偉い人なんだ。傷付いた兵士たちを一人一人見て回ったりしててさ。おまけに戦いに参加までしてくださるってよ」

「そ、そうなのか……」

 そんな説明を懇切丁寧に受けたところで、長身の貴族に対する不信感が消える事はなかった。

 どういう腹づもりだ。レヤンロにまだ固執しているというのは初対面でも嫌というほどよくわかったが、まずは彼女の外周りに取り入ってどうにかしようという事なのか。

 周囲の兵士にもちゃっかり表向き平静を装って近付き、コネクションを作った上で信頼を築き上げ、虎視眈々と本懐に向けて着々と一歩を踏み出しているのか。

 そうしていくうちに自分にとって不都合になる人間は自分の手を汚すことなく、築き上げてきたパイプの中から捨て駒を探して雇い、意のままに使役して、邪魔者が消えたところで晴れて上へと成り上がってきたのだろう。

 何から何までいけ好かない野郎だベスモワル卿。

 口では美辞麗句の偽善を並べて、自分にとって利用する価値のある人間か否かを平気で見定めてやがる。

 そんな俺が感じた不穏な殺気も、仲間たちは気付かないのだろう。いや、気付けないという方が正しいか。

 しかしレヤンロは仲間にあの事を話していないのだろうか。

 そりゃあんな重々しい話を全員に共有する必要も無いしそんな事は酷だとは思うのだが、諸悪の根源の名前くらいは教えてもよかったのではないか。

 それともそれを知ったとしても、ベスモワル卿のこういう場面を目にしたら考えが変わってしまうのだろうか。

 俺にはとてもじゃないが目の前の人物を盲目的に信頼する事なんてできない。

 全身イカサマ野郎と呼んでも差し障りない。俺にはこいつの出現が大嵐の予兆に思えて仕方がない。

 そんな懐疑心に満ちた俺を嗜めるようにしてレヤンロが震える手を肩に置いてきた。

「今はどんな事があっても耐えてくれ。仲間たちは彼を信頼しているようだ。ここで我々が下手に取り乱せば、彼らがどんな目に遭うか分からない。いいな」

 警戒と恐怖で強張る指と声を押さえつけるように震わせてレヤンロは言った。

 このタイミングであの領主がしゃしゃり出てきた理由は俺の及び知るところではなかったが、彼女の言う通り今は何事もなかったように素通りする事が適切だろう。

 こんなにも小さくなって弱々しくなったレヤンロの異変に、俺以外は誰一人気付かないってのかよ。暁の翼竜団の目はどいつもこいつも節穴だらけだ。

 あの偽善を振り撒く貴族様はお前たちのことなんてこれっぽっちも考えてないっていうのに。

 レヤンロに迷惑をかけないという意思の元、俺は他のものに悟られないように小さく頷いた。

 ベスモワル卿も気にはなるが、今はそれよりも迫り来る魔王の方が優先だ。

 魔物たちはさっきからこちらに向かって来る事もなくひたすら空を舞っている。

 その所作の一つ一つが何かの儀式に思えて仕方が無い。

 黒から空が赤へ変化していく頃、空からルーリレアが飛んできた。

「遅れてすまない。随分と手こずらされてね」

 天から舞い降りたイケメンは微かに服を破かれながらも涼しい顔で俺たちの前に現れた。

「これは 〝書聖〟のカンティレス殿ではないか。私共が顔合わせするのはあの時以来となりますな。その後しばらくどうでしょうか」

 光のイケメンに近づいたのは闇のイケメンベスモワルだった。

「〝地平の調停者〟ベスモワル卿。その節は誠にお世話になりました」

 邪悪なイケメンスマイルに負けじとルーリレアは神聖なスマイルで対抗していた。

 こいつらも知り合いだったのか。

 ルーリレアなら王都全域の人物を知っていても不思議ではないのだが、ベスモワル卿の方も何か絡みがあるとは知らなかった。

 まさしく両雄並び立つといった具合に聖と邪の二名が、互いにものすごい存在感を放っていた。

 温度差で火傷して明暗差で目が失明しそうだぜ。

 こうしてわざわざ飛んできたのは昔話に花を咲かせるつもりだったわけでもないようで、ルーリレアは兵士や俺たち全員に向けて語りかけた。

「魔物たちの動きがここへきて活発になってきたことに気が付いた者も多いだろう。空が赤く染まり始めた今、間も無く魔王がこの世界に出現するという事だ。皆、心して戦闘の準備にかかって欲しい」

「いよいよか……」

 彼の言う通り空は赤と黒の連続でチカチカと色を変えていき、魔法陣の先の異空間に通ずる穴が邪悪な光に包まれていった。

 魔族の王、魔王が人間の世界に降臨する。

 魔法陣が完成してより一週間かそこらで、本当に古代の転移魔法は成功していたようだ。

 遠くで舞続ける魔物の群れが、祝福に踊るように動きが激しくなっていく。

 ゆらりと穴の内から這い出た何かが空を切り裂くように現れると、地上全体に吹雪に見舞われたような冷たい風が吹き抜けた。

 堪らず手を腕に擦り付けるも、身体の温度は依然高いままだった事に違和感を覚える。

 これは物理的な寒さではない。

 あそこから出現します黒い何かに遺伝子レベルで怯えるように表れた精神的なものから来る反応だ。

 次に張り裂けるような地鳴りと共に、街のガラスが一斉に叩き割れる暴風が巻き起こった。

 風に寄せられたガラスの破片が宙を舞い、やがてそれらは皆穴の中央に向けて、魔王の歩む道のように柱状に渦巻いていった。

 既に吹き飛ばされそうになった者たちは、必死で地を掴むように足元の煉瓦に這いつくばっていた。

 これが魔王降臨によるものなのか。それだけ世界に影響を与える存在だというのか。

 そしていよいよご尊顔と、魔王の全身がゆっくりと降りてきた。

圧倒的な存在感に、ただならぬ闘気、闇、力強さ。

 この世の全てを詰め込んだような化け物が今、地上に降り立った。

 遠くから凝視した外見は、ザ・魔王のテンプレートそのものといった感じであり、左右に大きく伸びた黒い角に、血塗られた真紅の双眸。魔族らしい青々とした血色の悪そうな肌に吊り上がった耳をしており、全身を王の証となる全てを闇に染めてしまいそうな漆黒のマントで包んでいた。

 魔王の出現と共に、魔法陣周囲に点在していた魔物たちが一気にこちらへ向かって飛んできた。

 ルーリレアやベスモワル卿まで魔法で応戦し、俺の元にやってきた小悪魔も片手で消し炭にした。

「あれが魔王なのか……」

 その姿を一瞥してしまった者の中には、震えてその場を動けなくなる者までいた。

 戦意が完全に喪失してしまっている。怪物を目の当たりにして、死のイメージが確固たるものとなってしまったのだろう。

 結局立ち上がった戦力はレヤンロや俺とルーリレアだけだった。

 ベスモワル卿はそんな俺たちの後をゆっくりと追うように不気味に歩いていた。

「王立魔導騎士団諸君に告ぐ! 既に理解している者もいると思われるだろうが、我らの宿敵魔王が満を辞してこの地に現れた! 団員は速やかに現場を立ち去り、団長は全員予定されていた地に向けて集合してくれ!」

 ルーリレアの音声転移の魔法器具は、持っているだけで離れていても自身の言葉を届けられる優れものだ。

 伝令を聞き入れた各地にいた騎士団長たちが、一斉に集まってきた。

 魔王は目と鼻の先――とまではいかないが、それなりに近くまで来ている事は、俺のマナセンサーがやかましく鳴り響いたので理解できた。

 魔王クラスのマナともなると、もう鳴動が巨大過ぎて周囲のマナがさっぱり掴めなくなる。

 空間を支配し続ける魔族の王は、地上に降り立ったものの目立った動きを見せなかった。

 それがかえって不気味だったが、今はそれが人間にとってありがたいチャンスだった。

 総勢七人の騎士団の英雄たちが集結し、この最終決戦に選ばれた映えあるパーティーメンバーとなった。

「よし……全員揃ったな。これより王立魔導騎士団で魔王に総攻撃を仕掛ける。総員持てる力の全てをぶつけて最後の戦いに臨んで欲しい」

 なんだかルーリレアが総大将みたいな口振りだったが、騎士団長たちは団結して魔王の元へいち早く向かっていった。

「私たちも行くぞ」

「おう」

 ベスモワルと再会した時とは別の汗を流していたレヤンロだったが、覚悟を決めて後を追う事にしたようだ。

 魔族の王は七人の人間を前にしても、指一本眉一つ動かす事なく不動の構えを取っていた。

 センターに立っていた銀髪の青年が狼煙を上げる。

「我ら王立魔導騎士団、これより人類を脅かす魔族の王に向けて攻撃を開始する」

 そうして各々が魔法を解き放つようにして立ちはだかる。

「炎は猛く燃えて――」

「水は潤いに満ちて――」

「風は万物を運び――」

「土は母なる大地に有りて――」

「雷は鬼神の憤怒を表し――」

「氷は世界を凍てつかせ――」

 六つの詠唱が一人の男に集まるように、銀髪の青年が魔法を唱える。

「光はあまねく森羅を紡がんとする! 七つの光に導かれし精霊たちよ。我に力を与え給え! 邪悪なる者に天罰を!」

 そうして出来上がった巨大な超複合魔法の剣は、虹色に輝く光そのものであった。

 七人の超人によって作られた一つの魔法剣が魔王を貫こうと炸裂した。

 魔王を庇うようにして剣の前に立ち塞いだ魔物たちは、剣に触れることなく粉微塵となってその身をこの世から消し去った。

 魔の者を限りなく近づけることのない悠久とも思える光の柱は、周囲のマナを集めながら膨張していった。

 魔王の数倍――いや数百倍の体積を誇る剣を避けようともせず、王はそれを眺めていた。

 激突の瞬間、光は激しく点滅して爆風が辺りを包み込んだ。

 全属性の集まったそれは、最早魔法の域を大きく超えていた。

 青い空を取り戻すようにして、光の剣の残照が黒く染まり切った空気をあっという間に弾き出した。

 雲ひとつなく晴れ渡る空には、魔法の剣と同様に虹が浮かび上がっていた。

 これで終わってしまうのなら、これ以上ない程美しいエンディングだろう。

「やったか……」

 しかし一級フラグ建築士のような危うい発言を行った団長の所為(本当は違う)で、それは敵わぬ夢幻となって消えていった。

 あれほどの一撃を受けても、魔王はマントが半分消滅した程度で、目立った傷は一つもついていなかった。

 こうして敵としてその様子を目の当たりにすると、自分がいかに絶望感を相手に与えてきたのかがよく分かった。

 確かにこれはやばいわ。だってあれ現時点で人類が出せる最高の魔法じゃんか。

 おそらく世界最強の団長である皆さんも、動揺が隠せない顔色になっていた。

「嘘だろ……」

 特大魔法を放って勝利を確信していた団長が、戦意を喪失しかけたその時、魔王からの反撃が始まった。

 魔王が指先から放った熱線は銀髪の青年の心臓部付近を一直線に貫き、その先の街を焼き焦がしたのだ。

 魔法のまとめ役たる銀髪の団長は、口から血を噴いて倒れ込んだ。

 その様子を目撃したルーリレアが、第二の攻撃に備えて亀の甲羅のような防御魔法を展開し、魔王の放った念動波から青年を救出した。

 用意した防御壁は全て砕かれ、ルーリレアも遠くに吹き飛ばされた。

「早く避難するんだ! 彼に治療を――」

 しかし魔王は無慈悲にも攻撃を続行した。

 片手の指を天に向けると、巨大な黒い雷が次なる団長に向けて降り注いだ。

 今度は流石のルーリレアでも間に合わず、落雷を受けた緑色の髪をした団長が、目の正気を失うようにして倒れた。

 その一連の行動から理解できたのは――王立魔導騎士団ではどうにもならない程、魔王がとてつもない存在であるという事ただ一点。

 次にまたどんな攻撃がやってくるのか、誰が狙われるのかわからない。ルーリレアとシノロが瞬時に力を合わせて転移魔法を展開する。

 騎士団の団長たちはその場を撤退するように魔法の中に消えていった。

 体勢を立て直す――なんて呑気な事を抜かしている状況などではない。

 壊滅だ。完全なる力の差を見せつけられた末の撤退。

 人類と魔族の王の記念すべき一線は、奮闘にすら至らず壊滅を迎えての敗走だった。

 そのやばすぎる一瞬の一部始終を目撃した俺たちは、呼吸すら忘れてその場を眺めている事しかできなかった。

 攻撃の矛先を失った魔王は、ぎろりとこちらにおぞましい眼差しを向けてきた。

 レヤンロを庇うようにして彼女の前に立つ。奴の腹心のゲス野郎ことザロの時の二の舞は何がなんでも避けたい。

 なにせこの規格外の強さを誇る天下の魔王が相手なのだ。

 見つめただけで石化とか普通に有りそうだし。

 魔王は立ち止まってこちらに何かをする事もなく、その鬼のような目で睨んでくるばかりだった。

 見つめられている間中ずっと、俺は水着姿で片手を顔に当てて、腰を突き出すようにして両足を交差させていた。

 魔王ほどの存在が釘付けになるのも無理はない不審で珍妙な外観であることは重々承知していたが、そんなにじっくりと見つめられると恐怖とは別の冷や汗が流れてくる。

 先程とは打って変わっての膠着状態が続いた。

 どれほどの時間そうしていただろうか。悠久の果てまで続くかに思われた時間は終わりを迎え、魔王が静寂を打ち破り言葉を発した。

「な、なんだ……奴は何と言っているんだ……」

 背中の向こうでレヤンロが疑問を口にしていた。

 魔王の口からは音を捻じ曲げて逆再生にしたような歪な音が発せられていた。

 あれは魔族に通ずる言語なのか――もっと耳をよく済ませてみると、雑音から意味のある言葉が微かに聞こえてきた。

《――せ。殺せ。我らが魔王軍の残党兵どもよ。右へ迂回して先程の兵を追え。奴らはその方向に消えていった》

 ようやく拝聴できた魔族の王の声は、それまでに聞いたどんな音とも違う地獄にとっての福音だった。

 人間の悲鳴をかき集めて混ぜ込んだ凍りつくような低音に頭がどうにかなってしまいそうだったが、なんとか正気を保ってレヤンロに――この場にいる全員に聞こえるように奴の発言の旨を伝えた。

「右だ! 魔王は魔導騎士団の連中の逃げた先を襲わせるつもりだ! ルーリレア‼︎ 今の聞こえたか? 聞こえたなら返事はしなくていいからとっとと方向変えて逃げてください!」

 俺の叫びを聞いたのか、魔王が指示の手を止める。

 そうだった。俺の言葉も相手にとって最も耳慣れた言語にもれなく変換されるんだった。

 くそっ。でも念話なんてまだ使えないし。あれは盟友シンが語りかけてきたから応答の要領でどうにかできただけで、多分真似しようとしてもどうせこの場の全員に聞こえる念話になっちまうぞ。

 なら結果は同じ。仲間に迫り来る危機を回避させるべきだ。

 そうして魔王の攻撃対象が俺に変わればしめたものよ。

 だが魔王はそう簡単に一度目をつけた獲物を見逃すつもりなどないようで、赤い瞳が見つめた先の空間をこじ開け、転移魔法で移動している団長たちに手を出そうとしていた。

「やめろ!」

 それを抑止させるべく空間を閉じるようにして片手を伸ばす。

 俺が手をかざすと亀裂を産んだ空間は修復され元の景色に戻っていった。

 おそらくこんな真似ができるのは世界でもそう多くはいないだろう。魔王は自分と同じような事ができた相手――俺に興味を示すように語りかけた。

《貴様。ただの人間ではないな。我らの言葉を理解し、我が行く手を遮るとは何者だ》

「いいか聞いて驚くなよ魔族の王さんよ。俺は天より使わされた伝説の救世主、勇者ケイゴだ。お前を討つべくこうしてこの戦いに臨んだ次第だ。長きに渡る因縁に決着つけようじゃねぇか。さぁどっからでもかかってきやがれ」

 あいつの標的ができるだけ俺に向くようにして、負けじと攻撃ならぬ口撃をかましてみた。

 レヤンロは俺が戦線を離脱させた。決して邪魔ではないが、正直また人質に取られたり、一瞬でぶっ殺されたりなんかしたらどうにもならない。

 それに俺には戦いながらあいつのとんでもない攻撃からレヤンロを守る自信がはっきり言ってこれっぽっちもない。

 戦場に残ってもらっても間違いなく巻き添えを食って存在ごとこの世から消えるだけだ。

 ここまで共に戦っておいてなんだが、下がってもらうのがお互いにとって賢明だ。

 レヤンロもそこまで馬鹿でも融通が効かないわけでもない。

 俺がそういった言葉を言わずとも察してくれて、その場を走り去ってくれた。

「後は頼んだぞ――ケイゴ」

 遠くから風に乗って運ばれ、受け取った言葉を噛み締めて俺は戦場に立った。

 魔王は俺の出した答えを嘲笑し、魔力の渦を作り出していた。

《貴様が勇者だと……? 面白い。ならばこの一撃を受けてみるがいい》

 双方が片手のみの縛りプレイ並みの状況でも、何かの拍子に世界が滅びかねない程の重圧と力がその手には込められていた。

 魔力の渦が竜巻となって膨れ上がり、俺に目掛けて飛んできた。

 後ろや横、またその先に逃げ遅れた仲間や人間は一人もいない。

 まずは小手調べの挨拶代わりといったところだろうか、魔王の放った一撃を片手で受け止め、向こう側へ弾き飛ばした。

 魔王は跳ね返された渦を叩きつけるようにして地面にぶつけた。

 ぶつけられた大地は悲鳴ともいえる巨大な地響きを上げて爆破し、土煙を舞い上がらせるとそこに大きな穴を開けた。

 互いにニヤリと笑みをこぼすと、魔王は大きく息を吸い込んで凍てつく吹雪を吐き出した。

 吐息が触れた周囲の物質が一気に凍り付いていく。尖った氷の刃が俺に迫り来ると、負けじとこちらも吐息を力強く吐きつける。

 俺の方もまた、想像を絶するほどの大竜巻となるのだ。

 対決は互角を示すように魔王の冷気ブレスと俺の吐息が混ざり合って爆発し、近隣の民家を巻き込んで弾け飛んだ。

 氷の結晶がキラキラと舞い落ちる幻想的な風景を、魔王は第二の炎を放って溶かした。

 その炎を水のように半分に片手で割く。触れた片手は熱くもなければ燃えもしなかった。

 ここまでノーダメージで乗り越えた両者は、ウォーミングアップの終了宣言を告げるように、高速移動を始めた。

 魔王が背後に回ると、俺も瞬時に奴の背後を取る。お互いが常に死角に入り込む攻防戦は、いつまでも終わらない鬼ごっことなっていた。

 だが魔王はその追いかけっこを全力で楽しんでいるような節があった。

 スピードにおいてこれまで自分と対等に渡り合える者なんていなかったのだろう。

 次第に魔王の方から「こちらに来い」と雄弁に語る逃げ方となっていった。

 後を追いながらあちこち駆け巡っていると、いつの間にか魔王が眼前から姿を消した。

《こっちだ》

 ふと声がした時にはもう遅く――魔王は地獄の業火をかき集めた程に黒くて大きい火の玉をぶつけてきた。

 炎こそ身を包んで燃え上がっていた様子だったが、肉体も防具も全て無事だった。ただし、水着の方にはうっすらと黒い焦付きのような痕ができていた。

 不意打ちとはいえ伝説の防具に汚れをつけるとは流石魔王だ。

 実際それは恐ろしい威力だったのだろう。熱波を浴びた煉瓦の床や壁の鉄は跡形もなくぐにゃぐにゃに湾曲していたのだから。

 街への被害を避けるべく空へ飛んだら、魔王もまた飛んできた。

 空間を蹴りつつ危険なデッドヒートが幕を開ける。魔王は俺を追いながら多彩に上級魔法を披露した。

 炎は全てを溶かし、水は全てを飲み込み、風は全てを吹き飛ばし、土は全てを埋め尽くし、雷は全てを破壊し――闇は全てを暗く染めていった。

 要するにやろうと思ったことは何でもできてしまう魔王の規格外っぷりが、改めて理解できたというだけなのだが。

 普通なら彼の放った属性魔法を拝んだ時点でその身がこの世界に存在していないだろう。

 さっきの魔導騎士団の融合魔法も凄まじかったが、この魔王は単体でそれ以上の魔法を扱うことを達成させている。いや本当に。勇者でなければ顔見る前に逃げ出したくなる強さだろう。

 同情するぜ全く。味方にじゃなくて魔王にな!

 魔王。お前が不幸だったのはこの時代の勇者が俺であったという事だ。

 何の因果で遣わしたか、女神様の気まぐれでこの世界に降り立ったのが俺だ。その俺が持つこの「ダサいポーズを取っている間だけ発動できるチート能力」が、皮肉……いや非情にも世界を救う力となってしまうのだ。

 全てを無に帰してしまうお前の圧倒的な力も、より上をいく俺には通用しない。このままお前がどれだけそのトンデモマジックショーを披露しても、この戦いが始まった瞬間から既に負けているんだよ。

 ならばこれ以上長引かせる必要もあるまい。

 魔王さんの方も大分あったまってきた頃合いだろうし。

《……まさかここまでやるとはな人間よ。信じられん。余と渡り合う事ができたものなど他にはおらんぞ。褒めて遣わす》

 長きに渡る時の中でずっと探し求めていた好敵手でも見つけたように、魔王は心躍らせていた。大抵はワンパンドーンだろうからな。同じくらいの力を持つ俺には、あんたの気持ちがよくわかる。

「褒めてくれてありがとサンクスって言いたいところだがよ。そろそろ本気とやらを見せてくれてもいいんじゃねーか? ちんけな芸はいい加減見飽きちまって欠伸が出そうになるぜ」

 皮肉屋めいた二枚目三枚目なセリフも、水着を着た男が屋根の上で老人のように腰を折り曲げた姿勢で言っていると思うと、中々に馬鹿らしい。

 このシュールな状況はかの魔王様とて面白いと思わざるを得なかったのか、しばらくツボに入ったようにお笑いになっていた。

《ふははははは! 失敬失敬、『ちんけな芸』であったか。別に貴様を侮っている訳ではないのだがな。これでも周囲に合わせて加減を効かせていたつもりなのだがな》

「そーいう態度が侮ってるっていうんじゃねーか? 人間だってやるやつはやるんだぜ?」

 魔王と相対している勇者とは思えないような軽口が我ながら飛び出るものだが、不遜極まりない態度も魔王にとっては物珍しい光景として映り込んでいるのだろう。

《違うぞ人間。壊さないようにやっているのではない。壊し過ぎないようにやっているのだ。人間ではなくこの世界がな》

 魔王は不敵に笑っているばかりだった。

 これまでの力量を考慮しても単なるハッタリとは思えない、充分過ぎる程説得力を誇る言葉だった。

《出来れば貴様との戦いは続けていたかったのだがな……全く。種が異なれば我がしもべに欲しいくらいだったよ……。残念だ。残念でならないよ》

 奴がはじめて力を溜めるような仕草を取った。その時世界全体が割れるように歪んでいき、大気には徐々に亀裂が生じ始めた。

 この世の終わりなんて言えば誰もが信じるだろう光景に、ここまでこいつと互角に渡り合って来た俺でさえ、嫌な汗が頬を伝った。

 眼前の色彩は狂い始め、紫から七色にまで忙しなく変動していくとやがて色が全て消え去ってしまった。

 白黒映画状態の風景にいて、唯一色が存在するのが魔王――その攻撃だった。

 一つの巨大な隕石にも匹敵する大きくて激しいオーラを放つその球は、魔王の掲げる手の先の上空にあり、この世界をめちゃくちゃにさせている根源でもあった。

 しかもその球は周囲の残骸やマナの光、空気などを吸収し続けてまだ大きくなっていく。

 あんなものが激突すればマジでこの世は終わるぞ。

 魔王の言っていた事も嘘じゃなかったというのか。

《終焉だ――人間の世界よ。生々流転の理のひとつ。それが終わりだ。限りある生命が終わりを迎える刻がやって来たのだ。だが悲しむ必要も恨む必要もない。それは全て必然だったのだからな。全てが灰燼と化せば、そうした要らぬ心労も負う必要がなくなろう》

「ふざけんじゃねぇぞ魔王! 俺に勝てないからってこの世界を先に終わらせる気か! それやめて降りて来やがれ!」

《もう終わりだ! 今更止められはせぬ! 貴様が望んだ余の本気を煉獄に身を灼き、そのまた更に先にある冥土の果てまで味わうがいい‼︎ 『滅・壊・終・撃(ラグナロク)』!》

 万物の全てを呑み込むように迫り、襲って来た火の玉はこちらに近づくにつれ、より物凄まじいものとなっていった。

 一挙手一投足が多種多様な異世界の種族を大きく凌駕している魔王の、全身全霊をかけた最凶にして最大の一撃。

 体勢に入った本人でさえ、もう止めることはできない禁断の究極奥義。

 実質的なこの世の終わりを、果たして誰が止められるだろうか。

「やるしかねぇ……!」

 いつもの姿勢にいつもの格好。この世の終わりを告げる魔王の全身全霊に対抗できんのは、すでにこの世の終わりみたいな外見してる奴の全身全霊だけだろ!

 滅びを導く球体に向けて、この俺勇者ケイゴが飛び込んだ――

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