22 共闘――予期せぬ来訪者
かくして魔王の腹心の一体であるところの傑物、シンを撃破した俺に待ち構えていたのは、もう一体の腹心ザロによる卑劣な人質作戦だった。
レヤンロを一瞬のうちに凍り漬けにされ、今俺は手も足も出せない状況にある。人質さえいなければいつも通り「はいはいお勤め乙でーす」と末尾に草でも生やして嘲笑して終わるところなのだが。やれやれ本当面倒な事にしてくれやがった。
あいつはどうにもずっと、俺とシンの戦いをどこかで見ていたらしく、俺に一通りの攻撃が通用しない事を知っている。
だから普通に効く可能性が高いレヤンロの方を狙ったんだ。加えてもしあいつがそもそも俺がここに来る前までの一部始終を目撃していたのであれば、俺とレヤンロが仲間であること、レヤンロの方はシンに苦戦していた事などを把握し切っていたとも考えられる。
そして俺とシンが戦うことで、レヤンロのいたその場を完全に離れる瞬間も狙っていたのだろう。
それまでは適当にぶっぱ一直線だった、言っちゃ悪いが頭の悪い魔王軍に比べて、こいつは伊達に魔王の左腕を名乗るだけはあって非常に頭が切れる。
俺の下手な小細工なんかは見抜かれるだろうし、自らの手札をさらけ出すようなヘマもしないだろう。
何よりこいつは俺の圧倒的な防御力も攻撃力も『知っている』ため、自分の攻撃が通用しなくて焦って隙を見せるなんて事も絶対にない。
じっと獲物を観察し、状況を見定め、自分がどうにかできるタイミングになってから狩りに現れる。チキンといえばチキンだが、立派な戦略の一つだ。
その肉多き脂肪の塊のような下卑た身体に似合わず、全てが計算に基づいた合理的な判断による選択が、今はその場の全てを支配していた。
しかし打てる手立てが無きに等しいからといって、この場を諦めるわけにはいかない。
必死で頭をこねくり回して、俺はこいつに対抗し得る作戦を思いついた。
やるぞ。今がその時だ。
人間の浅知恵がどこまで狡猾な魔王の腹心二号に通用するか、試してやろうじゃないか。
ゆっくりと動き出そうとする俺に対し、青い肉の塊は自身の抱える氷像に向けて尖った爪を伸ばした。
「おいおい。一歩も動くんじゃねぇて言ったろ。それとも何か? この情けねえ女のつまらん生命を諦めるか? 俺様はそれでも大歓迎だぜ。お前ら人間の掲げる下らん大義なぞ、俺様には知った事ではないからな」
ニタニタと薄気味悪く笑うそいつは、考えなしに見えて言動の全てが計算づくだ。
そうして俺を苛つかせて隙を見せたところで第二、第三の餌にかけて罠に嵌める。
俺が思考するその遥か先にこいつは手をかけているのだ。
作戦でどうこうできる相手ではない――が。
「はいどうもすみませんでした――! この通り、ザロ様いや偉大なる魔王様にこの俺は身も心も服従致します! 致します故、どうかその女を手放してはいただけないでしょーか!」
作戦その一、平謝りの土下座だ。
生前つか転生前の旧世界でも大抵の窮地はこれで乗り切った俺にとって、土下座は一種の切り札みたいなもんだ。
相手に対しての完全なる服従の意を示す頭まで埋まる勢いで地面に擦り付ける所作。
生物として位の違いを堂々と見せつける事によって、戦意をそぎ取る古くからの手法。
その哀れさと惨めさときたら、それまでの全てが白紙に戻るような一抹の馬鹿馬鹿しさを覚える事間違いなしだ。
「き、貴様! 最低だぞ! それがオレに勝った誇り高き人間の態度か!」
土下座の後ろからかつてのライバルの声が聞こえてくるが、そんなもの今はどうでも良い。
目の前の相手に如何に許してもらうか。如何にして安全に仲間を釈放してもらえるか。それだけで精一杯なのだ。
ザロはしばらく硬直していたが、やがてげらげらと大笑いをした。
「そうかそうか。ようやくお前も観念したというわけか。ったく勇者だなんだと調子に乗りやがって。よーし良いだろう。そこでずっとその姿勢でいやがれよ」
そういうとそいつはそれまで大事そうに抱えていた氷像を床に放り投げ、ずけずけとこちらまで歩いてきた。
それは土下座の姿勢からでもなんとなく分かる。奴は間違いなくレヤンロを置いた。人質を置いてこちらまで向かってきた。
だが――まだ動くな。まだその時ではない。
こいつが存分に楽しんだその時が、最大のチャンスだ。
今はまだレヤンロが奴の射程圏内に入っている。
ここで身体を揺らしでもしたら、即座にあいつは氷像を砕くだろう。
奴が最大限気持ちよくなって、気分良くなって人質の事なんかすっかり忘れたその時が――。
やがてそいつは足元の泥を落とすようにして土下座の俺の背中に足を置いて踏みつけ、足の裏を擦り付けた。
「みっともねぇなぁ〜。おい見てるかシン。これがお前の認めた『勇者サマ』だぜ? ぶっははは! たまんねぇよなぁ!」
汚い口から汚い唾を俺の頭に吐きつけ、そいつは大層気分が良いと言うような高笑いを上げて、愉悦に浸っている様子だった。
もう少し。もう少しだけ堪えるんだ。
「その辺にしておくんだなザロ。これ以上、オレたちの決闘を汚すような真似はするな」
「断る。なにが決闘だ。そんな戯けた事を言っているから人間に足元を見られるのだ。ほれほれほれ! 人間なんてこんな風に踏み心地の良い足置でしかないのだぞ!」
ぐりぐりと柔らかい足が背中を撫でるような感覚がする。
そろそろか、この辺りか。
今レヤンロは遠くにいるはず――やるならば。
「ここしかねぇ……!」
そうして起きあがろうとした最中、ザロの青い顔面が俺の顔と付き合わせるようにこちらへ向いてきた。
「名演技だったぜクソ人間。まそんなに殺気全開にして『もう少しだ……もう少しだ……』なんて念じられたら、聞きたくなくても聞こえちまうからな。そもそも自分を助けるために女を捨てるというなら分かるが、女を放してくれなんて言う時点で狙いが丸見えなんだよ」
「う、嘘だ……そ、そんな」
「人間の分際で俺様を謀ろうなんて千年早いんだよボケ」
そう言うとそいつは背後にあるレヤンロに指を向けて光線を放った。
光線が巨大な音を上げて炸裂する。空気が揺らぎ、攻撃が命中した事をひしひしと伝えてきた。
「嘘だろ‼︎ そんなあああ‼︎」
上げた頭を再び地に伏せ、泣き崩れるしか俺にはできなかった。
終わった。全てが。
「それだよ。その顔だよ。人間が全てを奪われて絶望の底に沈むその表情が見たかったんだよ! はははっ‼︎ お前ら人間は人質取るといつもそうだよなぁ! 俺が代わりに――俺が俺がと言って他人のために自分の生命を犠牲にしようと喚きやがる。それを粉々に砕いた時のあのツラったらねぇよなぁ……笑うなっていう方が無理だよこんなのーっ‼︎」
そいつは腹の底から大声でげらげらと汚い音を響かせた。
全てが裏目に出て出し抜かれた。その結果大切なものを失って絶望の底に沈んだ。
本気でそう、思ってやがるらしい。
「くくく……ははははは!」
「なんだぁ? ついにちっちゃなココもおかしくなっちまったか?」
未だ勝ち誇ったように醜い笑みを浮かべるそいつは、俺〝たち〟が何をしたかなんて、てんで頭にないだろう。
俺が急に仲間を失ったショックでとち狂って笑っているとしか思ってないだろう。
下等な人間に出し抜かれたなんて、背中を切りつけられるその瞬間まで思っちゃいまい。
「ぐあああっ‼︎ な、なんだ何が起こった! なんでてめぇが!」
負けフラグ全開のセリフを残したそいつの背後には、深紅の剣を携えた金髪の女戦士が立っていた。
「助けられたのだ。ケイゴ……そして彼の作戦にな」
遠くでシンが微笑んだその時、ザロの青い顔は真っ赤に変わるほど怒りで血管を尖らせていた。
「てんめえええ‼︎ 魔王軍直属の誇り高き魔族が人間に加担したとでもいうのかあああ‼︎」
「黙れ! 今の貴様に魔族の誇りを語る資格などない!」
シンの放った光線で目を灼いたそいつは、堪らずどこかに逃げ帰るように空間を開いたが、その動作を俺が見逃すはずがなかった。
「逃すかよこの卑怯者。お前が行き着く先なんて地獄がお似合いだよ‼︎」
そうして俺は渾身の力を込めてぶよぶよの肉目掛けてアッパーを叩き込んだ。
これまでにない怒りを乗せたお陰か、ザロはその青い肉を散らすこともせず一瞬のうちに全身をこの次元から消滅させた。
逃げた訳でも消えた訳でもないというのが、そいつのマナの痕跡が肉体と同時に完全に消滅した事から理解できた。
「やったなケイゴ」
レヤンロのその一言で、それまであった俺の糸が吹っ切れた。
その場に崩れるようにして大の字になって寝転んだ。
「ふいいいぃ〜……どーにかなったな……」
◇ ◇ ◇
――レヤンロを人質に取られたその少し後、ケイゴは背後の好敵手シンによって念話で話しかけられていた。
《ケイゴ。ケイゴ。聞こえるか》
突如頭に流れ込んでくる話し声を気取られないように、ケイゴは眼前の強敵に向けて大声を出して睨んだ。
「お前……何もんだ。俺たちの決闘に横槍入れてきやがってこの青豚野郎」
《な、なんだよ。もしかしてシンなのか? どうしてってかこれなんなんだよ》
口で話しながら、頭に浮かんだ声の主に応答するようにケイゴも話しかけた。どうやらケイゴの持つチート能力を発揮している間は念話による対話も方法を知らずとも感覚で行えるようだった。
シンにとっても念での会話が通じるかは賭けであり、激戦を繰り広げたケイゴへの信頼によって行われた事であった。
《落ち着けケイゴ。これは念話だ。今オレはお前にマナを飛ばして脳に直接語りかけている》
《なるほどテレパシーみたいなもんか。まぁ今の俺なんでも出来るからいいけどよ。突然なんなんだよ》
ケイゴの言葉を待ちながら、シンは状況を逐一確認しながら語りかけた。
《あの人質の娘を解放する策がある。乗ってみないか?》
それはケイゴにとってはまたとない――だが、俄には信じ難い提案だった。
シンはいかに正々堂々と戦い、決着をつけた相手とはいえ敵である事に変わりはない。
その魔族たる彼が、人間の仲間を解放するための手助けを提案してくれるなど――二つ返事で答える訳にもいかないというのがケイゴの心境だった。
しかしそんな胸中をシンは察していた。彼は再び念話を続けた。
《オレはあいつに決闘を汚された事が我慢ならない。それにお前に生命を与えられた恩を返したい。とにかく、今はオレを信じて欲しい》
シンにできることは最大限、本音で語りかけることだけだった。
もちろんそんなシンの嘘偽りない正直な気持ちを、ケイゴも理解していた。
《わかった。っても具体的にどうするんだ。下手に動けば人質砕かれて終わっちまうぞ》
《そこはオレも承知の上だ。だからまずオレが奴のかけた氷魔法を溶かす。そのための隙をケイゴ、キミが作ってくれ》
そこでケイゴの必死で考えた作戦が例の平謝りだった。
あそこでケイゴがザロの注意を完全に引き付ける。そして、その事を責め立てるようにしてシンが準備していた炎魔法を遠隔で飛ばして、レヤンロを氷から溶かす。
魔法が解けたレヤンロのマナを土下座状態で確認したら、引きつけるようにしてケイゴが顔を上げながらレヤンロにも念話で語りかける。
《レヤンロ。今はそこで突っ伏せた状態で聞いててくれ。今から俺が合図出すから、それが頭ん中で聞こえたらこの青いバケモンの攻撃をうまくかわしてくれ》
土下座の姿勢でこれまでチャンスを伺っていたと錯覚したザロは、まんまとレヤンロが溶かされていた事にも気が付かず、適当に氷像を砕くようにして攻撃する。
まるで死んだように気配を完全にかき消した彼女が、まさか既に自由に動けるなどとは夢にも思わず、確認もしないといった算段だ。
まさに二転も三転もどんでん返しが待ち構えているという意外性の溢れる、そして様々な信頼によって成り立った練りに練った計画だった。
実力者三名が互いを信じ合い、作戦を実行できるだけの力を土壇場で発揮したからこそ出来たチームプレイだ。
◇ ◇ ◇
「唯一の懸念要素は大根演技がいつバレちまうかってことだけだったが、まーあひやひやしたぜ」
特にシンの方なんか正義感の塊みたいな声でめちゃくちゃわざとらしく聞こえたもんだから、あいつなら見抜くんじゃないかと気が気ではなかった。
「あいつとは腐れ縁だ。オレの事をよく知っているからこそ、裏切られるなんて選択肢はなかっただろうよ」
それもまたひとつの信頼だ。あの作戦は誰か一人でも違っていたなら成功は難しかっただろう。
それにしても本当に音もなく氷を溶かすことができるなんてな。
たしかにその時俺は注意を引きつけるようにしてあいつに向かったけどよ。
「そこはお前の仲間たる彼女の演技力を賞賛すべきだろう。あれならば誰もがマナを凍り漬けられていると思い疑う者はいないだろう」
シンからの賛辞の言葉を受け、レヤンロは肩の力を抜いた。
「死んだフリをするのは慣れている」
そう言った彼女の裏には、どれほどの想いが込められていたのだろう。
気配を絶って行動する。それがどれだけ難しく、一瞬の判断で生死が左右される危険な事なのか。何度も修羅場を潜り抜けてきたレヤンロだから出来る事であって、それは穏便な人生とはかけ離れた世界で生きてきた彼女の証となって身体に刻み込まれているのだろう。
誰にも頼れず一人、王都から逃げなければならなかった彼女にとって、そうした護身用の隠密行動が唯一の頼れるものだったことは想像に難くない。
橙の戦士もレヤンロの言葉の裏を察してか、それ以上何かを告げることはなかった。
「けど良いのかシン。お前の出した決断に今更ケチ付ける訳じゃねぇんだけどよ。俺らのせいでその……反逆者なんかに」
「気にするな。オレが自分で出した結論だ。お前たちのせいではない。魔王軍としてのオレは一度死んだ身だ。お前に命を見逃してもらった今、オレは単なるシンとして、次こそはお前を倒す。傷が癒えたらまた会おう。その時はもう一度決着をつけよう」
「ああ」
魔族の戦士と拳を合わせて、俺たちは再会の誓いを立てた。
戦いの中で分かり合える好敵手というのは、気分が良いものだ。まだ戦いは終わっていないというのに、清々しい心持ちだ。
レヤンロも戦士の凱旋を見送った。
「これであと魔王くらいのもんか……」
「そうだな。魔王の両腕を撃破したのだ。残るは将たる魔王のみのはずだが……」
しかしあれほどの激戦を繰り広げている中、未だ魔王はその姿を現していなかった。
それに魔王軍の二番・三番手や多くの上級兵を倒したというのに、魔物たちは士気を落とすことなくひたすら空から攻め続けてきた。
「奇妙だな……何かを待っているというのか。それとも王が生きていればあとはどうでも良いのか」
「なあ。こうは考えられねぇかレヤンロ。魔王召喚の儀式は本当は失敗したんじゃないかって」
この戦いが始まってから、ずっと頭に残っていた疑問を――そして疑問から浮かび上がる推論を話してみた。
「あいつも言ってたんだ。本来なら大量の人間の血と供物が必要だったって。でも最後の村で派手に血をぶちまけたのは俺一人分だけだ。魔法陣が展開して向こうの世界と繋がる予定の日も、一週間も大幅オーバーしたんだ。もしかしたら魔王が通れる分だけの門は開き切らなかったんじゃないかってさ……」
他の魔王軍の魔物たちは通過できたが、魔族の王たる魔王だけは特別で容量が大き過ぎたんじゃないか。
超古代の転移魔法なだけに、ほんの少しの些細なミスで結果が大きく変わったり、達成できなくなるのではないか。
レヤンロは俺のそうした希望論に基づいた仮説を否定するように首を横に振った。
「残念だがそれは無いだろう。魔法には大きく分けて失敗と成功の二つがあるが、もしもこの転送魔法を導く始めの儀式が失敗に終わっているならば、そもそも魔法が発動しないのだ。どんな形であれ魔法が顕現したという事は、その魔法が完全に発動したに他ならないのだ。ジアが最期に言っていたかかる時間を度外視しても成功するという言葉が全ての真実だ。つまり魔王が来るのは必然だろう」
なるほど。成功か失敗かの二択しか無くて、この現状は成功と見るしか無いというわけか。そして容量や広さではなく、確実に魔王という存在が転移できる空間が形成されたのか。
こちらの世界に召喚するのに時間がかかる事は不幸中の幸いだったが、逆にいつ来るか分からないという未知の恐怖は常につきまとう。
手下たちを先行させたのは、彼が全滅したところで自分一人が降りれば全てチャラになると踏んでいるからか。
魔王らしいといえばらしい傲慢さ。それだけ自身の力に絶対の自信があるのだろう。
本当に化け物じみた力があったなら洒落にならないが。
なにせ右腕と左腕を名乗る腹心があれほどの実力者だったのだ。仮にレヤンロが百人いても戦力的には不足だろう。
なんとか手の空いた王立魔導騎士団の皆さんには、一刻も早く駆けつけて欲しいものである。
そうして仲間のもとにレヤンロたちと走っているうちに、空を覆い尽くしていた小悪魔たちが、遥か上空の魔法陣を取り囲むようにせわしなく飛び回っているのが見えた。
「なんだ。何が起ころうとしているんだ」
「魔王が……やって来るのかもしれない……。ケイゴ。何があってもいいように戦闘準備を怠るなよ」
「こちとらいつでもオッケーよ」
と近づく最終決戦に一見全く似つかわしくないダサいポーズを取って親指を天に向けた。
暁の翼竜の仲間たちの元にたどり着いた時、そこでは何人かの兵士も寝転んでいた。
死に至るほどの大怪我は負っている者はなかったが、皆長い戦火に晒されてやつれた顔をして横たわっていた。
テームたち僧侶グループが一丸となって傷付いた者たちの回復に努めていた。
セオンツやジュアンたちも無事この場所にたどり着いていたようで、お互い顔を見合わせて安堵の息を漏らした。
「ケイゴ、ミュピリポス。無事だったんだな」
「セオンツもな」
「俺ちゃん兄ちゃんに助けられたんだぜ。ぴゃーっと飛んできてな」
そう言った時に俺は仲間たちに今の俺の全貌をがっつりと目撃されてしまった。
まずい――。今俺は完璧にどこからどう見ても女物の水着を着用して女性の隣にいる変態だ。
この姿を堂々と拝むのはこれで初めてな暁のメンバーの皆さんに対して言い訳を用意するよりも前に、セオンツが少々声を落として囁いた。
「そ、それは……えっと。ずっとそれで戦ってたって訳じゃねぇ……よな?」
「違う。いや待て違うセオンツ。君の考えている事はもう全部違うよセオンツ君。僕は決して、本当に、天地神明に誓って君の考えているような変態じゃない。これはそういう呪いなんだ」
「私から説明しよう。皆には初めてだったな」
俺がいつものように仲間に恥辱に対する言い訳をこねくり回していると、頼れるリーダーレヤンロが前に乗り出してくれた。
いざというときの神様仏様レヤンロ様だ。頼みます姉さん。
「ケイゴは女性用の水着を着ていないとすごい力を発揮できないのだ」
「もうちょっと他に言い方ありませんでしたか姉さんんん⁉︎」
それは事実なんだけども。いや事実なんだけども!
切り取り方が最悪過ぎて誤解しか生みませんよ⁈ 酷いシーンだけ切り抜いて貼り付けたワンクリック目的の広告詐欺の漫画みたいですよ!
悪意のない善意に満ちた言葉だったとしても、周囲からは汚物を見るような目を向けられますよそれ!
かといて恥ずかしい格好などと基準や定義があやふやな事を説明に使うわけにもいかなかったというのは、如何に脳みそちんちくりんで能天気お花畑パーティーな俺にも痛いほどわかるんだが。
案の定というか、予想通りセオンツは「うわぁ……」というどう聞いてもガチ引きドン引き絶縁です。本当にありがとうございました的な仕草を取っていた。
待ってくれ。セオンツ。皆。
頼むから俺と距離を開こうとして後ろに下がらないでくれ。
頼むから俺と目を合わせまいとして目線をあちこちに泳がせないでくれ。
その冷たく憐れんだ視線をこっちに向けないでくれ。俺は変態ではない。喜んでやってる訳ではないんだ。
そうはいっても他ならぬ女性メンバーであるレヤンロの口から告げられた事もあってか、俺が救いようのない手遅れな性癖に手を染めた変態であるという扱いは、中々解消されることはなかった。
仲間との親密度上げるイベントをもっとこなしておくべきだったか。それならば一気に下がったとしてもゼロに急降下するだけで留まれただろうが、元々が限りなくゼロに近い一桁の好感度ならば、後は突き抜けてマイナスの底に落ちるだけじゃないか。
違うんです。頼むから憲兵さんを探さないでください。突き出そうとしないでください。まだ人間でいさせてください。冷たい暗いブタ箱にぶち込むのは、俺の釈明文を聞いてからでも遅くはないはずです。
「ふむ……今のは皆に誤解を与えてしまったのか……? ならば訂正しよう」
こうして発言者レヤンロさん自らによる誤解の撤回が行われた。
今度こそ名誉挽回、汚名返上のチャンスとなるか。
「ケイゴは全裸でいるか水着を着ているかした上で変な姿勢を取らないと、本来の力を発揮できない特性なのだ」
「ここへきてさらにアウトな情報が追加されたぁあああ‼︎」
アウトってかもう人として色々アウトなスリーアウトチェンジだろそれ。スリーアウトからの人生ゲームセットだろそれ。
名誉は挽回する事なく傷つけられ、汚名は返上の機会を与えられず上塗りされ、俺の仲間内からの散々な評価になってしまった。
全裸じゃなくて半裸でもできるんだけど、そこ訂正しても手遅れが過ぎる。手遅れすぎて間に合わない。出港した助け舟が皆嵐の渦に飲み込まれた。助け舟を助けるための助け舟もまとめて海の藻屑にされた。
四方どころか八方塞がり。変な姿勢を取らないといけないの『いけない』の部分が本当に必要な条件だからなのか、気持ち的な問題なのかで大分解釈が異なる文脈だぞ。解釈違いで戦争起こして最終的に言ってない本人が介錯させられる羽目になるぞそれ。
俺が近づこうとしても必死で身体を逆方向へ湾曲させてまで避けようとする姿勢で、完全に俺の評価がどうなったのかを察した。
地獄行きすら生ぬるい――無間の闇へ堕ちた。閉じされた牢獄で仲間という日の目を浴びる事なく、ひたすら自身に課された罪を償い続ける底無しの沼に。
隠し持っていた性癖が明るみに出たのならまだ吹っ切れるかもしれないが、これは誤解の上に被せられた濡れ衣で冤罪だ。
とはいえ半裸の状態でもさほど状況が進展していなかった事を思うと、この呪われた能力は常にそういう恥と能力を天秤にかけて、評価を犠牲にし続ける事を割り切らなければならないのかもしれない。
「まあまあ兄ちゃん。みんなそういうやつじゃないって分かってくれてるって。俺ちゃんだって信じてるからよ」
「ジュアン……」
そう思うんならもう少し近くにこい。小刻みに足を揺らすな。
全身で恐ろしいものと直面した人間みたいな雰囲気を演出するのはやめろ。
仕方ない。レヤンロだけには分かってもらっているのを救いに、他の評価は切り捨てる事にしよう。
こうして仲間との久しぶりの再会と談笑を楽しんでいると、遠方から聞こえてくる足音が徐々に大きくなっていった。
「おやおや。こんなにも空は暗く沈んでいるというのに、暁の皆さんは明るくはしゃいでおられて……全く、お元気そうでなによりですよ」
聞き覚えのある冷たく嫌味ったらしい声色の主を見つめて、俺は背筋がぞっとした。
「ベスモワル卿……!」
そこにいるはずのない存在の放つ異質さは、仲間たちがいるという安心感の中にいても拭いきれない冷たく鋭い何かを感じずにはいられなかった。
同時に二つの再会を果たしてしまった俺たちに、領主様は不穏に微笑むばかりだった。




