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「夕焼けの向こう」

  体面上、部屋は二つ取ったが、全員で広い方の部屋に集まっていた。

  幻体は眠る必要はない、今後の方針を決めなくてはならない。


「じゃあ整理しよう」


 ソウマが床に地図を広げた。


「波動の主はこの宿の中にいるみたいだが、特定は出来てない」


『今は(オーウォー)の気配も全然感じないし、落ち着いてるみたいね』


「昼間はなんで感じたんだろ」


 メリルが少し間を置いた。


(オーウォー)が何か魂を揺さぶる様な影響を受けたのは間違いないけど』


「影響って…そんな大きい出来事無かったよねぇ」


『うーん、わかんない。でも、一瞬ブワッと来るのよ。ブワッと。』


「とりあえず明日は二手に分かれようか、俺とハンナで街の様子と地形を確認しつつ、フェデーレの気配を探る。」


「わかりました」


「え、アタシはどうすればいいの?」


「セリアはこの宿に泊まってる冒険者とか街の人と交流深めてくれ、コミュ力高いし。」


「ふむふむ」


「私はセリアと一緒でいいの?」 


 リナリィが小さく手を上げて言う


「ああ、俺が外に出るから、アウラの鼻で(オーウォー)の気配を探っておいて欲しい」


「私は探知能力はさほど高く無いですしね。頼みますアウラ」


「フンフン…まっかせて!」


 ルシオに頼られて少し嬉しそうに尻尾を振る。


「んじゃ、明日はそんな感じで行くとして」


 ソウマが地図から顔を上げた。


「フェデーレの警戒は交代でやろう。今夜は俺とハンナで——」


「ねえソウマ」


 セリアが口を挟んだ。


「ん?」


「さっきのあの子、ヨルクって言ったっけ」


「ああ」


「なんか懐っこかったな。冒険者に憧れてるみたいで」


「確かにそうだったな」


「アタシのこと強そうって言ってくれたし!」


『初対面で値踏みされたんですよ』 


「いいじゃん、正しいんだから!」


 ラヴェーナの夜はひとまず平和に過ぎていった。




         ======================>




 朝の食堂は、夜より静かだった。

 出発前の冒険者が数人、黙々と食事をしている。

 鎧の音と、スープの匂い。


 四人が席に着くと、すぐにヨルクが飛んできた。


「おはようございます!今日はパンと豆のスープです!」


「ありがとう」


「お口に合うといいんですけど!」


 スープを丁寧に並べながら、ヨルクがちらっとセリアを見た。


「お姉さんたち、今日も街に出るんですか」


「まあね」


「どこ行くんですか」


「んー、色々?」


「依頼受けるんですか?」


「受けるかなー?どうかなー?、」


 ヨルクの目が輝いた。


「どんな依頼!?」


「まだわかんない」


「魔獣討伐とかですか!?」


「なんでそんなに食いつくの」


 セリアが苦笑した。


「だって——」


 ヨルクが少し背を伸ばした。


「ぼく、絶対冒険者になるんです」


「へえ!」


「お父さんはここを継げって言うけど、ぼくは絶対なる」


「お父さんが宿屋やってんの?」


「宿屋はお母さんが。お父さんはギルドマスターです」


「え?ちょっと待ってギルドマスターの息子なの?」


「でもぼくは冒険者になりたい」


「いや、あの」


 ヨルクが窓の外を見た。


「もしもーし!」


 ラヴェーナの朝の光が、その横顔に当たっていた。


「ダメだ聞く耳を持たない」


「強くなって、誰も行ったことない場所に行きたいんです。あの山の向こうとか」


 遠くに山の稜線が見えた。


「ん?あー、あの山?」


「すごい魔獣がいるって、冒険者の人たちが言ってて」


「へぇ、怖くないんだ?」


「怖いよ、怖いけど」


 ヨルクが振り返った。


「怖いけど——行きたいんだ」


 セリアはその目を見た。

 

「……そっか!」


「お姉さんは、怖いものないんですか?」


「あるよ〜」


「でも戦うんですよね」


「そうだねぇ」


「かっこいい!」


 ヨルクが真剣な顔で言った。


「でしょ〜?」


 セリアが少し笑った。


 向かいの席でリナリィがスープを一口飲んで、小声でハンナに言った。


「……なんか、ヨルクくんとセリア、いい感じだね」


「そうですね」


 ハンナが静かに頷いた。

 ソウマはスープに手をつけながら、窓の外の山を一瞥した。

 

「すごい魔獣…か」


 ソウマはスープを飲んだ。

 ヨルクはまだセリアに話しかけていた。



         ======================>



 午前中、チームは打ち合わせ通り手分けした。


 セリアとリナリィは市場へ。

 ソウマとハンナは町外れへ。


「なにこれ!魔法の触媒ですか!?」


 セリアが市場の露店を覗き込んだ。


 色とりどりの石が並んでいる。赤、青、黒、白——どれも掌に乗るくらいの大きさで、微かに光っている。


「へ~魔石マナストーンだって」


 リナリィが看板を読んだ。


「魔法の触媒として使うみたい。魔力を込めると増幅するって書いてある」


「へぇ!リナリィの幻顕力(RE)にも使えそう?」


「無理じゃないかなぁ……仕組みが全然違う気がする。」


 リナリィが一つ手に取った。

 しばらく眺めて、首を傾げた。


「やっぱり幻顕力(RE)の操作とは違うね、似た感じはするんだけど」


「似た感じ?」


「うまく言えないけど…私たちの幻体そのものが幻顕力(RE)で構成されてるから、この身体を流れるエネルギーはあくまで幻顕力(RE)しかなくて…ダメだ、やっぱり上手く言葉にできない」


「お土産に買う?」


「買いません」


「えー!」


「一応任務中だよ」


 セリアが「そうだった」と棚から手を離した。

 露店の奥にどんどん引き込まれていくセリアを、リナリィが追いかける。


「セリア、そっちは——」


「リナリィリナリィ!これ見て!でっかい牙!」


「それ魔獣の牙だよね絶対」


「さわり心地いい!」




          ====================>




 ソウマ達は地形の確認をしながら街外れまでやってきた。


 この辺りまで来ると辺りはとても静かになった。

 建物が途切れて土の地面が続く。


 草が伸びていて、わだちが深く刻まれていた。


 ハンナが足元を見た。


「ソウマさん……ここに」


「ああ」


 地面に、大きな足跡が残っていた。

 人の足跡ではない。爪の跡が四つ、深く刻まれている。


 ソウマがしゃがんで確認した。


「こりゃあでかいな」


「昨晩のものですね。まだ新しい…」


 ハンナが影法師(スニーカー)を走らせて周囲を探っていると。

 近くで冒険者が二人、立ち話をしていた。


「——また出たのか、三番街の外れに」


「昨日の夜だ。見た奴がいる」


「街には入ってないんだろ?」


「今のところはな。でもここ最近、妙に活発で……」


 ソウマとハンナは顔を見合わせた。


「聞きましたか」


「ああ」


「最近になって活発になってる—か」


 ソウマが足跡をもう一度見た。


楽園(パラディーゾ)の気配はまだないのに」


「何が原因なんでしょう」


「こういう世界では珍しくはないんだが…」


「もう少し影で探ってみます。」


「ああ、助かるよ」

 

 ハンナが周囲に影放ち、ソウマは足跡からまだ見ぬ魔獣を想定している。

 遠くの山が、光の中にはっきりと見えた。




          ======================>




 夕暮れの光が、ラヴェーナの石畳を橙色に染めていた。

 宿に戻ると、玄関の前にヨルクが一人で遠くを見ていた。


「お、ヨルクただい…ま?」


 声をかけかけて、止まった。

 ソウマたちに気づいていない。


 視線の先は山だった。


 夕陽を受けた稜線が、赤くはっきりと浮かんでいる。


「ヨールクッ」


 セリアが声をかけた。

 ヨルクがはっと振り返った。


「あ——!おかえりなさい!今日はどうでしたか?」


「楽しかったよ!さっき、何見てたの」


「あの山です」


 ヨルクが山の方を指差した。


「さっき、冒険者のおじさんたちが話してて」


「うん」


「あの山の向こうに、すごい魔獣が出たって。Sランクの冒険者が五人がかりで追い返したって」


 セリアはヨルクの顔を見た。


 怖がっていない。

 怖がっていないどころか——目が輝いていた。


「……楽しそうだねぇ」


「怖いですよ!?Sランクでも苦戦するんですよ!?」


「でも?」


「でも——見てみたいんだよなあ」


 ヨルクが山から目を離せないまま言った。


「どんな魔獣なんだろ。あの山の向こうに、どんな景色があるんだろ」


 夕風が吹いた。

 ヨルクの前髪が揺れた。


「ぼく、冒険者になったら絶対行くんだ!」


「……そっかぁ」


 セリアが隣に立った。


「あの山」


「はい」


「登ったことある人、何人くらいいるの?」


「少ないですよ。危ないから。でも——」


 ヨルクが少し胸を張った。


「ゼロじゃないんです。ちゃんと帰ってきた人が、何人もいる」


「ゼロじゃない」


「ゼロじゃないから、行けるんだと思って」


 セリアはその横顔を見た。

 そして何も言わずに、一緒に山を見ていた。

 

『——ソウマ』


 メリルが小さく呼んだ。

 ソウマは横に立ってヨルクと山を見ていた。


『…こりゃ間違いないね』


「ほーん」


『さっきから、ずっと揺れてる』


 ソウマはチラっとヨルクを見た。


『感情の高ぶりと完全に一致してるわ』


 夕陽が沈んでいく。

 ヨルクはまだ山を見ていた。


 その目に、橙の光が映っていた。


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