「真紅の産声」
第二章スタートします!よろしくお願いします!
蹴りが、空を割った。
合わせて赤髪が弧を描く。
着地後すぐ踏み込み、右の拳が木の幹を打つ。
ズン!と太い音が森に沈んだ。
フゥーーーと、セリア・ルッソは息を吐いた。
揺り籠の朝は静かだ。
風もなく、虫もなく、ただ光だけが木漏れ日になって降ってくる。
打った拳を開いて閉じ、また開く。
「……うん、いい感じ!」
覚悟は決まった。
いや、ずっと前から決まっていた。
ただ、自分が出来ると納得したかっただけだ。
支援班が管理するメモリアデータで、ユーアンの任務記録を擦り切れるほど見た。
あの境地に一朝一夕で追いつけるだなんて自惚れてはいない。
それで気付けば10年だ。
まだまだ背中は遠いけど…それでも、何も出来なかったあの時とは明確に違うと、自分で納得出来た。
「セリア」
声がした。
振り返ると、木立の向こうにアルバート・ペイルが立っていた。
見た目は十歳の少年。
でもその目は少年のそれとは違う何かが、静かにそこにある。
「アル」
セリアは拳を下ろした。
「決心は付きましたか?」
アルが言った。
いつも通りの穏やかな声だった。
こちらの準備が、覚悟が決まるまで、決して急かさない。
セリアは一度、空を見上げた。
揺り籠の空は本物じゃない。
でも青い空だ。
十年分、この青を見てきた。
「うん」
視線を戻す。
「決まったよ!」
アルが嬉しそうに微笑んだ
「それはよかった」
「アタシはね」
セリアが続けた。
「ユーアンさんみたいには、絶対なれないんだと思う。それは最初からわかってた今でも痛感する。」
「……」
「でも」
拳を、もう一度握る。
「アタシはあの人の後を追いかける。あの人と同じ事は出来ないけど、いつかそこに辿り着けるように…10年そう考えて鍛錬してきた。」
アルが頷いた。
言葉はなかったが、代わりに右手をそっとセリアの胸の前にかざした。
淡い光がアルの掌から溢れる。
セリアの胸の中心から透明な球体が浮かび上がる。
「さぁ、セリア・ルッソの魂に宿る卵よ!今こそソキウスとして希望の産声を───【魂産】!」
球体が弾け、光が一面を覆う。
何かが弾けた。
胸の奥から熱い。
熱くて、懐かしくて——
セリアは思わず両手を胸に当てた。
「っ……」
光がキラキラと残滓となって消えていく
そこにいたのは、手のひらに乗るくらいの大きさの生き物だった。
真紅の羽、真紅の身体、孔雀に似た、でも孔雀よりずっと小さな——
目が開いた。
金色の目がセリアを見た。
セリアも見返した。
初めて会う感じがしなかった。
「ふぅ……やっと、ですね」
生き物が口を開いた。
それは落ち着きのある男性の声だった。
どこか…格式めいている。
「十年お待ちしていましたよ。お嬢」
セリアの目がじわりと熱くなった。
「……ルシオ」
名前が自然に口から出た。
「はい」
真紅の孔雀がセリアの指先に止まった。
「私が貴女のソキウス、ルシオです。以後よろしくお願いします。」
セリアは笑った。
泣き笑いだった。
「よろしく!」
アルが少し離れた場所で静かに微笑んでいた。
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揺り籠のゲートに向かう道を歩いていると、後ろから声がかかった。
「セリアちゃん」
穏やかな声だった。
振り返ると、淡い水色の髪をした女性が立っていた。
年齢は知らない、でもとても優しい目をした落ち着きのある女性だ。
「ナナテアさん!」
「ついに始動、ね」
「はい!長く居着いちゃいましたが、ようやく!」
ナナテア・ハップがゆっくり近づいてきた。
「ずっとここにいてもいいくらいなのに」
ナナテアが柔らかく笑った。
「でも、セリアちゃんが救う事が出来る人が、どこかで待ってるから」
「うん!」
セリアは真っ直ぐ頷いた。
「任務は気を付けてね、またいつでも遊びに来て」
「うん!ありがとうナナテアさん!」
ルシオが肩の上で、静かに羽を広げた。
調律粒子がセリアを包んだ。
「またねー!!」
そういうと、セリアはルシオの魂玉に吸い込まれ、現実世界に還っていった。
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気がつくと、見慣れた庭だった。
孤児院の壁が半分崩れている。土砂が玄関を塞いでいた。
そこに孤児院の子供たちがいた。
ついさっき、そうついさっきと何も変わっていない顔で。
「セリアねーちゃん!」
一人が駆けてきた。
セリアは動けなかった。
一秒だけ。
たった一秒だけ、動けなかった。
「……ただいま!」
声が少し掠れた。
「ただいま…?どこか行くんじゃなかった?」
「あ!あー…いや、やっぱやめとこうかなって!」
「ふーん、ほら!見てー!あの人たちがおっきい石とかどけてくれてるんだよ!」
そう言われて見た先には───諜報班、支援班が、埋もれた孤児院から土砂を取り除く作業を猛スピードで行なってくれていた。
「ユーアンさん…アタシ、頑張る!」
セリアはそう言って笑った。
目が少し熱かったがそれは誰にも気づかれなかった。
ルシオが魂玉となり、肩にブローチとして着いていた。
その夜、V.C.Tのメンバーが急ピッチで修復してくれた部屋で、避難騒ぎで疲れ果てた子供たちと一緒に眠りについた。
体が鉛みたいに重い。これが幻顕力が空っぽになった感覚か…とセリアが考えていると。
『お嬢、早く寝なさい』
「はぁい」
素直に目を閉じた───
次に目を開けた時、幻顕力は満ちていた。
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いよいよ初任務だ。
本部に行くとソウマ達が集まっていた。
円形の広間に、ソウマ、リナリィ、ハンナ——それぞれのソキウスが思い思いの場所にいる。
セリアが入口に立った瞬間、全員がこちらを見た。
「あれ?セリアさん?」
リナリィが声をかける
「わー!お久しぶりですー!リナリィさぁん!!」
「久しぶり?」
リナリィが首を小さく傾げ
「あれ?揺り籠に入ったのって——」
「そっか!三日前…くらいですよね!そっちからすると」
「そうそう、だから久しぶりでもなくて」
「アタシ十年もいちゃいましたから!」
そう言ってセリアは二ヒヒと聞こえそうな笑顔を見せる。
しかし一同には沈黙が落ちた。
ハンナは軽く引いている。
「じゅ……十年もいたんですか…」
「はい!!」
「あー…シンギュラーゾーンだから……」
「そういうことですね!」
セリアがけろっと言った。
ソウマは頭を掻いて。
「俺たちが揺り籠に送り届けた時のセリアさんと、今のセリアさんで10年経ってんのか…でも、実界に還ったなら、『圧縮』されただろ?」
「まぁそうなんですけどね、なんか変な感じですねぇ…確かに経験は積んだのに…すごく濃い1年を過ごしました!くらいの感覚?」
「見た目も変わらないしな」
「そう!でも十年分違いますよ経験は!」
間を置かずに言った。
ソウマがしばらくセリアを見た。
四日前、孤児院の前で「行ってきます」と言って揺り籠に消えた十五歳の女の子。
目の前にいるのは確かに同じ顔だ。
でも、纏った空気は違う
「うん、頼もしくなったな!」
「ニッヒッヒ!そうでしょー!?」
今度はニッヒッヒと笑いセリアが胸を張った。
ルシオが肩の上で「謙虚にしなさい」と小さく言ったが、セリアは聞こえないふりをした。
「ところで」
セリアが続けた。
「アタシがいない間の任務、メモリアデータで全部追ってたんで、大体は把握してるんですけど」
「メモリアデータ?」
「あー、支援班が管理してるやつです。誰がどの任務についてて、どんな経緯だったかって記録。揺り籠にいる間も閲覧できるんで」
リナリィが「ああ」と頷いた。
「じゃあコマンダーとクリエイターとの戦いも」
「見ましたよ!ハンナさんとリナリィさんのデュオアルス!かっこよかったですよ!」
「え……ありがとうございます…、その後やられちゃったし…なんか恥ずかしい」
『アレはオイラの判断ミスだナ!ハンナは悪くないナ!』
ニッカが耳をぱたぱたさせた。
「カイルさんの班のことも、その時はいなかった、ガレスさんとクロエさんのことも見せてもらえる資料は、ただ——」
セリアがソウマを見た。
「ノックストライカーの映像がデータに残ってなかったんですよねぇ」
「え」
「戦闘中は支援班も避難しなきゃだったりで手が回らないことあるみたいだし、仕方ないんだけど、なんか名前だけ記録に残ってて…どんな感じだったんですか!?」
ソウマが少し固まった。
リナリィとハンナが視線を逸らした。
トーア・シティの夜が、一瞬だけ広間に戻ってきた気がした。
「……まぁ」
ソウマが言った。
「色々あってな」
「色々」
「うん」
セリアは一秒だけソウマの顔を見た。
それ以上は聞かなかった。
「わかりました!」
それだけ言った。
メリルがソウマの肩からセリアを見た。
少しの間があった。
「流石、気が回るわね、よろしく、セリア」
「よろしくお願いします、メリル…」
「さん、はいらないわよ」
「は、いらないですね」
短いやり取りだったが、それで十分だった。
アルが広間に入ってきたのはその直後だった。
「みんな揃ってるね」
全員がアルを見た。
「じゃあ、任務の話を始めるよ」
アルが手元の空間に光を展開した。
地図のような何かが浮かぶ。街並み、森、山脈——
「ディメンションモデル【ガレディア】コードG-07。今回の世界です」
「ガレディアか…科学が発展してない世界だな」
「うん、石畳の街を四つ足の騎乗動物が走る、現界人の中には魔法を使う人もいる世界だね。幻体での活動も比較的目立ちにくいと思う」
「卵の波動は?」
ソウマが聞いた。
「波動は出たり出なかったり、まだ不安定です」
「楽園は?」
「今のところ反応はないね。
ただ、僕がもう何度か波動を感じてるから、向こうも察知したのは間違いない、時間の問題だね」
ソウマが頷いた。
「わかった。早めに動かないとな」
「はい。それと——」
アルがセリアを見た。
「セリアさんにとっては初めての実地任務になります。ソウマたちと連携しながら、まずは流れを掴んで」
「うん」
セリアが真っ直ぐ頷いた。
「足手まといにはならないようにする!」
「そんな事気にしないでいいよ」
アルが少し笑った。
「ただ——十年、揺り籠で積み上げてきたものを、実際どう使えるか。まずは、それを確かめる機会にしてほしいんだ」
セリアはしばらくアルを見た。
「……アルってさ」
「はい?」
「いっつもそうだよねー、アタシが揺り籠で答えをずっと先延ばしにしてても、急かさないし、責めないし」
「そうですか?」
「なんでなの?」
アルが少し首を傾げた。
広間が静かになった。
ソウマもリナリィもハンナも、自然とアルを見ていた。
アルは少しの間、光の地図を見ていた。
「……僕も同じだから」
ぽつりと言った。
「先延ばしにして、ずっと会えていない人がいるから…かな?」
誰も何も言えなかった。
アルはすぐに顔を上げた。
「さあ!行きましょう。波動が動く前に現地に入りたい」
話題が変わった。
確実にアルが変えた。
ソウマが一瞬だけアルを見た。
…が、何も聞かなかった。
アルがそれ以上言うつもりが無いのはわかったし、自分がアルを急かす事もしたくなかったからだ。
「うし!行くか!」
ソウマはメリルの魂玉に触れた。
「メリル」
『うん、行こう!』
「ユニバースシフトってどんな感じ?」
セリアがソウマに聞いた。
「どんな感じって……んー、なんだろ、光に包まれる感じ?気付いたら向こうにいるからなぁ」
「ふーん」
「怖いのか?」
「全っ然!」
セリアは間を置かずに言った。
「ただ、初めてだから気になっただけよ」
「あー……」
ソウマが少し考えた。
「フルゴオルビスでここに来た時の感覚、覚えてるか?」
「あの鷹みたいな機体だよね、覚えてる覚えてる」
「あれは機体まるごとシフトだったから感覚が違うんだ。今回は自分のソキウスにゲートを超えてもらう」
「つまり」
「つまり、ルシオが魂玉になってゲートを超える」
セリアがちらっと肩を見た。
ルシオが静かに羽を畳んでいた。
「お嬢」
「うん」
「初めてなので、私も少し緊張しています」
「え!?ルシオも?」
「ソキウスとしての初めてのユニバースシフトですので」
「じゃあ一緒だね」
「………まぁ、嘘ですけどね」
ルシオが少し間を置いてから答えた。
「嘘なんかい!」
セリアはニッヒッヒと笑った。
「なんか安心した」
「それはよかったです」
リナリィがその横でアウラを抱え直した。
「アウラは最初怖かった?」
「フンフン…別に怖いとかはないかなぁ、魂還と一緒だしね!」
「あーなるほど!」
「フンフン!」
ハンナがニッカを頭に乗せながら静かに隣に並んだ。
「大丈夫ですよ、セリアさん、自分のソキウスを信じてれば」
「オイラ達に任せとけナ!」
「うん、そうだね!」
ニッカとハンナが頷いた。
「んじゃあ行くか」
ソウマが先頭に立ち全員が頷く。
ソウマがメリルの魂玉に触れた。
胸元で光が灯る。
「アル、頼む」
「ああ、行くよ。調律粒子展開、ゲート開放」
『——行くよ、セリア、ルシオ』
セリアがぱっと顔を上げた。
ルシオが魂玉になり淡く光った
「「「「ユニバースコネクト」」」」
四つの魂玉が光の中に溶けていった。
調律粒子が弾けて——
世界が変わった。
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降り立った瞬間、土の匂いがした。
空は高く、雲が厚い。
石畳の広場の向こうに尖った屋根が並んでいる。
大通りを四つ足の動物が荷車を引いて歩いていた。
「おお……」
セリアが思わず声を上げた。
「すごい、全然違う世界だ」
「これがモデル【ガレディア】だ」
ソウマが周囲を見渡しながら言った。
「落ち着いた街だな」
『ソウマ』
メリルの声が少し硬くなった。
『……落ち着いてるのは、今だけかもしれないよ』
「波動は感じるか?」
『うん…まだ微かに…だけど』
ハンナがそっと周囲の影に意識を向けた。
「……人の動きは普通ですね。今のところ」
「楽園の気配は?」
『今はまだ感じないナ…でも』
ニッカが耳をぴんと立てた。
『なぁんか……ざわざわするナ』
全員が静かになった。
大通りの向こうで、荷車が一台止まっていた。
御者が降りて空を見上げている。
何かを探すように。
「よし、とりあえず街の中に行ってみるか」
ソウマが歩き出した。
石畳を踏む音が四人分響いた。
───遠くの岩山では、獣の咆哮が響いていた。
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