「復興の空の下で、32年目の涙」
放課後の空は妙に高かった。
駅までの道。
制服姿の人波の中、庄田が隣でまくし立てている。
「だからさ、あのシーン絶対おかしいって。主人公が変身する前に大人しく敵が待ってるのなんで?殺せよって話じゃん」
「わかる」
「だろ!?想真もそう思うよな?」
「……ああ」
「んー?今日なんか返事薄くない?」
洋介が前から振り返る。
「さっきから上の空じゃん」
「そうか?」
「そうだよ」
タゴちゃんが肩をつついた。
「好きな子でもできた?」
「いんや、別に」
「じゃあなんで?いつも一番熱く語るの柊じゃん」
「いや……なんでもない」
三人が顔を見合わせた。
ソウマは前を向いたまま、返事を待たなかった。
頭の中がまだ、あの世界にある。
ギルギラスの咆哮。
崩れた街。
志織さんの姿が消えた瞬間。
玲司の…あの目…
「——ソウマ君」
声がした。
聞き慣れた、でも実界では聞こえないはずの声。
足が止まった。
振り返ると、人波の端に二人が立っていた。
茜色の髪が夕陽を受けて揺れている。
その隣に薄紫色の髪の小柄な少女。
二人とも制服じゃない。
「リナリィ……ハンナ?」
「ふふ。見つけた」
リナリィが小さく手を振った。
「な!?」
庄田の声が裏返った。
「な……な……」
「どした」
「ひ、柊……お前、そんな外国人の女の子に友達が……?」
「あー…まあ、一応」
「馬鹿な……」
洋介が額を押さえた。
「ヒーローオタクのくせに!」
「オタクは関係ないだろ!」
「み、認めん」
タゴちゃんが一歩引きながら言った。
「俺は認めんぞ!そんな現実があっていいのか!」
「いや現実だけど」
庄田と洋介とタゴちゃんが三人横並びで固まっている。
ソウマは軽く手を上げて「じゃ、また明日」と踵を返した。
「ちょっ、待て待て待て!紹介してくれ!」
「いやそういう仲じゃないから」
「どういう仲なんだよ!!」
「秘密だ秘密!」
「裏切り者ー!」「破廉恥!破廉恥よ!」「せめて自己紹介くらいさせろー!」
騒ぎ立てる三人の声を背中で受け流して、ソウマはリナリィたちの元へ歩く。
「来てくれたのか」
「うん…三日、待ったんだよ?」
リナリィが少し眉を寄せた。
「連絡もくれないし」
「……悪い」
「謝らなくていいですよ」
ハンナが一歩前に出た。
その瞳は真っ直ぐだった。
「ソウマさん。今日、少し付き合ってもらえますか」
「ん?どこに?」
「まずは〜、ゲームセンター!」
「……は?」
リナリィがにっこりと笑った。
「ソウマ君の世界の遊び、教えてよ!」
ゲームセンターの中は騒がしかった。
電子音が重なり合い、光が明滅する。
放課後の高校生たちが筐体の前に群がっている。
リナリィはその全てを目を輝かせながら見回した。
「なにこれ、すごい……!全部遊べるの?」
「まあそうだけど、お金はいるぞ」
「これは?」
「太鼓叩くやつ」
「これは?」
「画面のボタン押すやつ」
「これは?」
「……ダンスするやつ」
リナリィがダンスゲームの前で立ち止まった。
画面の中でアバターがステップを踏んでいる。
「やる」
「え」
「やるよ。ソウマ君も」
「いや俺は——」
「やるよ?」
断れる空気じゃなかった。
結果として、ソウマは筐体の前で矢印を踏み続ける羽目になった。
リナリィは初見でリズムを掴み、難易度を二段階上げても涼しい顔で踏んでいる。
ソウマはノーマルでもう足がもつれた。
「ソウマ君、ここ右じゃなくて左だよ」
「いやわかってるんだけどっ」
「え〜?わかってるー?」
ハンナがその横で静かにスコアを積み上げていた。
初プレイとは思えない精度だった。
「ハンナ……なんでそんな上手い」
「ノリがわかりやすいです」
ソウマは三人の中で最下位だった。
気が付けば…少し笑っていた。
フィギュアゲッターのコーナーに移ると、リナリィがケースを覗き込んだ。
「この中のぬいぐるみを取るの?」
「そう。アームで掴む」
「難しそう」
『コツがあるのよ』
ペンダントとして身に付けている魂玉からメリルが囁いた。
『左奥のを狙って、アームの右端を引っかけるといいわよ』
「メリル、なんで知ってるんだ」
『前にテレビで特集してた』
「お前…テレビでフィギュッターの特集見てるフェレットが家にいたら家族がひっくり返るぞ…」
『気配を察知するのを忘れるほど没頭してないわよ!』
「ならいいけどな」
そう言ってソウマはコインを入れた。
メリルの言う通りに動かすと、二回目であっさり取れた。
リナリィが歓声を上げた。
「すごい!もう一回!」
「いやお金かかるんだけど!」
「もう一回!」
結局、三人で十数回プレイした。
リナリィはウサギのぬいぐるみを、ハンナは小さなクマを手に入れた。
ソウマの財布は寂しくなっていた。
「楽しかったー!」
リナリィがぬいぐるみを胸に抱えた。
「でもそれ、実物は持って帰れないぞ」
「それでもいーの!」
「これくらいの物質であれば、記憶の泉に残しておけば幻顕する事も出来ますしね」
そう言ってハンナは一回り小さいクマのぬいぐるみのストラップを自分の腰に幻顕した。
「それいいなぁ!私もV.C.Tの制服に付けて記憶しようかなぁ!」
「なるほど…そういう発想はなかったな」
二人の柔軟な思考に少し感心させられたソウマ
「こういう場所、うちの世界にはないなぁ」
「そうなのか」
「もっと遊びたいけど——」
リナリィがハンナを見た。
ハンナが小さく頷く。
「ソウマさん」
「ん?」
「実は……もう一箇所、付き合ってもらいたい場所があって」
「ああ、いいよ、どこだ?」
ハンナが、ソウマの目をまっすぐ見た。
「デバンドです」
「へ?デバンド?」
「まだ復興の途中で、騒がしいかもしれないんですけど」
ハンナが続ける。
「それでも、ソウマさんに見てほしいものがあるんです」
リナリィが隣で静かに頷いていた。
二人が最初からそのつもりだったのがわかった。
「んー?なんだ?まぁいいよ、行こうか」
久しぶりのデバンドの空は青かった。
だが街は、まだ息を吹き返している途中だった。
重機の音が響く。
瓦礫を運ぶ人々の掛け声。
崩れた建物の骨格が空に向かってむき出しになっている。
それでも通りには人が溢れ、炊き出しの煙が上がり、子供たちが瓦礫の隙間を走り回っていた。
「……十日、か」
ソウマが呟いた。
「まだこんなに……」
「でも」ハンナが静かに言った。
「動乱の前より、人の顔が明るいんです」
ソウマが周りを見渡す。
確かに。
重機を動かす男たちが笑いながら怒鳴り合っている。
瓦礫を運ぶ老人が、隣の若者と冗談を言い合っている。
「ワグサム家とクラジール家が手を組んだのが大きかったみたいで」
ハンナが続ける。
「今は街全体で復興してるんです。あと私の成績が急に上がったのもあって……今やデバンド一の才女とか言われてて」
「えぇ!?すげぇじゃん!!」
「アストラルタイムで暇な時間に勉強してただけなんですけど」
ソウマが止まった。
「……それって」
「現界人より勉強している期間が十一年ほど長いという事になります」
沈黙。
「な、何故だ……」
ソウマがじわじわと顔をしかめた。
「俺の成績は上がる気配が全くないのに……」
『それはソウマがヒーローの設定ばっかり考えてるからでしょ!』
メリルが即座に突っ込んだ。
「いや!そりゃそうだけど!でもそのおかげでノックストライカーも上手く幻顕できたし……」
言葉が、少し遠くなった。
「……でも…届かなかったな…」
『ソウマ…』
リナリィとハンナが静かになった。
三人でしばらく通りを歩く。
復興の喧騒が…どこか遠い。
その時だった。
「ソウマ君じゃないか!」
低く、よく通る声。
顔を上げると、作業服姿の大柄な男が歩いてくる。
短く刈り込んだ白髪混じりの髪。
日焼けした顔に刻まれた皺。
その目がまっすぐソウマを捉えていた。
「え…アシマ……さん?」
「やはりそうか!」
アシマ・ワグサムが大股で近づいてくる。
ソウマは目を見開いた。
「え!?いやいやいや!な、なんで……俺のこと、覚えて……」
「覚えていて当然だろう。君が助けてくれたんだからな」
「でも世界の修正力で記憶が——」
「私とハンナ君以外は誰も覚えていないから、不思議な感覚ではあるがな」
アシマが豪快に笑い飛ばした。
「だが——やはり魂は確かに覚えていたな」
大きな手がソウマの肩を掴んだ。
ずしりとした重さだった。
ソウマは、その手の温かさにしばらく動けなかった。
「……ちゃんと、結べてたんだな」
声が震える。
「魂の絆……俺とアシマさんの間に、ちゃんと」
「ああ。間違いなくな」
アシマが静かに頷く。
ソウマの胸の中で何かがほどけ…
そして——広がった。
玲司と並んで星を見上げた夜。
志織が笑った瞬間。
あの二人との間にも、確かに感じた温かさ。
「……志織さんとも」
呟きが漏れた。
「玲司とも……魂の絆は、感じたんだ……ちゃんと……」
「ソウマさん…」
「なのに……なのに、俺はっ……!」
止まらなかった。
「確かに…確かに結んだ…魂の絆を!」
あの時確かに届いたと感じたあの感触が蘇る。
「お、俺がっ!…壊してしまったのかもしれない!!」
考えまいとしていた、自分への疑念が溢れてくる。
「俺が……俺が……」
『ソ、ソウマ…』
「俺が志織さんを…殺してしまったのかもしれない!!!」
気付けば止めどなくそれは溢れていた。
「玲司を絶望させたのは俺なのかもしれない!!」
「そ…!」
リナリィも何かを言いかけたが、言葉が出てこなかった。
「お、俺が…守るって…!守るって言ったのに…!!」
気付けば膝が折れていた…あの時と同じように。
堪えようとした。32年分の魂を持つくせにと思った。
それでも溢れて止まらない、悔しさも、後悔も。
ソウマは唇を噛んで、俯いた。
アシマは何も言わなかった
ただ、その肩を掴んだままでいた。
リナリィとハンナも黙って隣に立っていた。
復興の喧騒だけが遠くで続いていた。
アシマが静かに口を開いた。
「……泣けたか」
「……っ、す、すみません」
「謝るな」
短く、しかし穏やかに言った。
「泣けるうちは、まだ戦える証拠だ」
ソウマは袖で目を拭った。
顔を上げるとリナリィとハンナが少し離れた場所に移動していた。
ワグサム家とクラジール家の男たちに囲まれながら、リナリィが困惑した顔をしている。
テオが何か一生懸命話しかけていた。
「……気を遣ってくれてるのか、あいつら」
「ハンナ君の仲間というのはいい人間ばかりらしいな」
アシマが隣に腰を下ろした。
瓦礫の端、ちょうど二人が並んで座れる高さだった。
「一つ聞いていいか、ソウマ君」
「……はい」
「実際の精神年齢は、いくつだ」
ソウマが少し面食らった顔をした。
「現実世界で17歳幻顕者として15年……32年分、か。でも現実の肉体に魂は寄り添うから……いいとこ21歳くらいかな、と思ってますけど」
「なら」
アシマが前を向いた。
「私はまだ人生の先輩として、少し話をさせてもらえるな」
「……はい」
「私が入隊したのは16の時だ」
静かな声だった。
「当時のデバンドは、今より物騒でな。近隣国との関係も良くなかった。それから10年、26の時に初めて実際の戦争を経験した」
ソウマは黙って聞いた。
「守れたものも、守れなかったものも、どちらも数多くあった」
アシマの目が、復興作業の続く通りを見ていた。
「だが一つだけ言えることがある」
「……」
「守れなかった事を嘆くのはいい。いくらでも嘆け」
アシマがソウマを見た。
「だが——立ち止まるな」
その言葉がソウマの胸に刺さった。
「自分が立ち止まっている間に、守れるはずのものがどんどん零れ落ちていく。守れなかった後悔を胸に刻んで、次は守るために歯を食いしばって立ち向かう以外に、道はなかった」
風が吹いた。
「ソウマ君もそうだろう」
「……」
「君が立ち止まっている間に、救えるはずの命が散ってしまうんじゃないのか」
アシマの声は責めていない。
「それこそ——そのレイジ君が、手を汚してしまうかもしれないんだろう」
ソウマの体が止まった。
頭の中に玲司の顔が浮ぶ。
「っ……」
「レイジ君に人を傷つけさせない」
アシマが続けた。
「それは、君の役目なんじゃないか?」
ソウマはしばらく動かなかった。
俯いて。
両手を膝の上で握って。
それから——ゆっくりと、顔を上げた。
「……そうだ」
声が変わっていた。
「俺が、止める」
『ソウマ……』
メリルが小さく呼んだ。
「玲司が誰も傷つけないうちに。志織さんとのことも、ちゃんと向き合って——全部、俺が止める」
ソウマは固く拳を握りしめ、前を向いた。
まだ目が赤かったが、覚悟を決めた眼差しで立ち上がる。
両足はしっかりと大地を踏みしめている。
アシマが満足そうに頷いた。
「……よし。それでいい」
立ち上がったソウマを見て、アシマがおもむろに立ち上がった。
作業服のポケットを探り、取り出したのは小さな金属のメダルだった。
「ソウマ君」
「……?」
「大したものではないが」
アシマがそれをソウマの手に乗せた。
円形の、重みのあるメダル。表面にデバンドの紋章が刻まれている。
「デバンド名誉勲章だ。本来なら式典を開いて授与するものだが——まあ、記録上存在しない救助者に式典は開けないからな」
「……いいんですか、こんなもの」
「当然の礼だ。受け取ってくれ」
ソウマはしばらくそれを見つめた。
手のひらの上の重さ。
「でも……俺、これ——」
持って帰れない。
───幻体でここにいる自分に物質は持ち越せない。
そう言いかけて、止まった。
ぬいぐるみを腰に幻顕していたハンナの姿が、頭をよぎった。
『メモリアフォンスに記憶しておけばいつでも幻顕できますしね』
「……あ」
『ソウマ?』
メリルが首を傾げる気配がした。
「いや……そうか。記憶すれば、いいんだ」
ソウマはメダルをしっかりと両手で包んだ。
その重さを、温度を、手のひらに刻み込むように。
「——覚えた」
その瞬間、メリルの魂玉がほんの一瞬、かすかに光った。
誰も気づかなかった。
メリルだけが、『……あ』と小さく呟いたが、それきり黙った。
「ありがとうございます、アシマさん」
「こちらこそだ」
アシマが大きな手をソウマの頭に乗せた。
一度だけ、ぐしゃりと。
「またいつでも顔を出してくれ、その勲章があれば、顔パスだ」
ニヤッと少し悪ガキめいた顔でアシマが笑う。
「ああ——正真正銘、アシマさんと俺は魂で繋がった仲間だから!また復興作業も手伝いに来るよ!そこら辺の重機より働いてみせるぜ!」
『それじゃたぶん幻装できないわよ』
「た……たしかに」
アシマが腹の底から笑った。
リナリィとハンナが戻ってくる。
リナリィの後ろでテオがまだ何か叫んでいたが、リナリィはにこにこしながら完全に無視していた。
「終わった?」
「ああ」
「よかった」
リナリィがソウマの顔を見て、ふわりと笑った。
三人でアシマに別れを告げて、来た道を戻り始める。
夕陽が傾いていた。
復興の街に橙色の光が伸びている。
リナリィがハンナの隣に並んで、小声で言った。
「うーん……今回はハンナちゃんのお手柄だなぁ」
ハンナが少し俯いた耳が赤い。
「そんな……私は、ただ」
「ただ?」
「……会わせたかっただけです」
「それがお手柄なんだよ」
笑顔の戻ったソウマが前を歩いている。
背筋がさっきより伸びていた。
リナリィはそれを見て、クスッと笑った。
「まぁいっか!いこ!アウラ!」
駆け出した。
ハンナが小走りでその後を追った。
デバンドの空に、夕陽が沈んでいく。
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