「アーセナル、誕生」
魂玉の光が弾けた。
次の瞬間——距離が消えた。
ソシアの姿が揺らぐ。
踏み込んでいない。
ただ、ギルギラスの眼前に「いた」。
「——遅いわ」
振るわれた腕が空を裂く。
当たらない。
その軌道ごとずれている。
黒いトンファーが静かに持ち上がる。
「断て」
空間が、裂けた。
見えない刃が走る。
ギルギラスの巨体が、横に弾かれる。
地面に触れる前に——
止まった。
空中で固定される。
「なっ——」
ワッコーが息を呑む。
ソシアは振り返らない。
指先だけがわずかに動く。
「落ちなさい」
ギルギラスに氷塊が叩きつけられる。
衝撃が遅れて響いた。
「カイル、リナリィ。機動隊員と逃げ遅れた人達は——まだ残ってる?」
声だけが後ろへ飛ぶ。
「……二、三人…まだ瓦礫の向こうに」
「じゃあ連れて出て隔絶を使うわ」
「よっしゃわかった!」
ギルギラスが起き上がる。
——その動きが、途中で止まる。
「まだ動かないでね」
言葉と同時に、空間が縫い止められる。
黒のトンファーが、わずかに軋む。
「境界を閉ざせ」
静かな声。
「事象を因果の流転より切り離す——」
ソシアのチョーカーが輝きを放つ。
「隔絶せよ」
『隔絶結界魔法』
音もなく。
ただ、世界が「外れた」。
調律粒子の円が広がる。
現実がそこだけ切り取られる。
カイルとリナリィが人を抱えて走る。
境界を越えた瞬間——
「ん?俺何してたっけ?」
関心が、消える。
リナリィが振り返る。
ソシアはわずかに頷いた。
結界は静かに完成した。
ギルギラスが起き上がり咆哮が結界内に反響する。
ソシアは動かない。
黒いトンファーを腰に戻し、何もない右手をさりげなく持ち上げる。
「さぁ、来なさい」
ソシアの周囲を風が渦巻いた。
「ここから先は──私の世界よ。」
その言葉に呼応するように咆哮を上げたギルギラスの顎門が開く。
灼熱が解き放たれる。
その瞬間——
ソシアの右手が、静かに前へ出た。
「隔絶障壁」
音が消えた。
放たれた熱線は——
“そこにあるはずの空間”で、止まっていた。
触れているが進まない。
押し込む。
だが、届かない。
世界がそこだけ切り離されたかのように。
「はあ?」
ワッコーが素っ頓狂な声を上げた。
「なにやってんだよギルギラス!そんなチビ相手になんで止まってんの!?」
ソシアは手を上げ、下す
ギルギラスがふわりと浮き地面に叩きつけられる。
轟音。瓦礫が吹き飛ぶ。
「──風かっ!」
「慣れた魔法なら、この程度はトンファーだって必要ないの」
「っざけんな!!」
ワッコーが指を鳴らす。ギルギラスの背中から無数の棘が生える。ソシアへ向かって射出される。
ソシアは眉一つ動かさない。
左手を前に出す。棘が、弧を描いて逸れる。全部。一本残らず。
「あーもう!あーもう!あーもうっ!!」
ワッコーの足が地面を叩く。
「なんで当たんないの!?なんで!?あのバリアも意味わかんないし!!」
「うるさいわね」
ソシアが心底うんざりしたようにため息をついた。
ギルギラスが再び立ち上がる——今度は全身から熱を帯び始めた。顎門が赤く光る。
ソシアの指先が、一瞬だけ止まった。
熱。
「——っ」
小さく息が乱れる。
ほんの一瞬だけ、エメラルドの瞳が炎の色を映した。
次の瞬間には表情が戻る。
「……風」
呟くように言って、右手を振る。
横殴りの突風。ギルギラスが体ごと吹き飛ぶ。熱線が天井に逸れて、消える。
「風で……っ」
ワッコーが唇を噛んだ。
「なんで風しか使わないの。持ってんでしょ、火とか雷とかいろいろ。なんで——」
「貴方には関係ない事よ」
ソシアの声が一段低くなった。
「あなたに話すことは何もない」
ギルギラスが瓦礫を蹴散らして突っ込んでくる。
「青流」
水流が奔り、巨体を絡め取る。
ギルギラスの動きが止まる。
「緑嵐」
刃のような風が叩き込まれる。
ギルギラスが切り刻まれながら吹き飛び壁に激突する。
「色々見たかったんでしょ?」
「……」
ワッコーが黙った。
癇癪が一瞬引いた。
その顔に浮かぶのは苛立ちではなく——焦りだ。
「まだ?」
問いかけはワッコーへ向いていた。
「な、なに!?」
「まだ遊んでるつもり?」
答えない。
ギルギラスが瓦礫の中でゆっくり起き上がる。
ソシアは黒と黄のトンファーを幻顕した。。
二本のトンファーが、左右の手に収まる。
ギルギラスが立ち上がった。
全身の傷から異質な熱が滲んでいる。
瞳に理性はない。
ただ壊す。ただ殺す。その本能だけが残っている。
ワッコーは黙っていた。
焦りを噛み殺している。
ソシアは黒いトンファーをゆっくりと前に出す。
「…ソウマ…見てなさい」
静かな声だった。
黒いトンファーが弧を描く。
音がなかった。
「境界を閉ざせ──」
ギルギラスの周囲に、薄い膜が広がった。
透明な球体。
外から見れば、巨大なビニール風船と見紛うだろう。
音も無く空へとスッと浮かぶ
「……なんだよ…それ…」
ワッコーの声が掠れた。
ソシアは答えない。
今度は黄色いトンファーを持ち上げる。
「蹂躙せよ黄雷」
球体の表面がわずかに震えた。
内側から。
「——っ」
ワッコーが後退した。
球体の外は静かだ。音がない、何も漏れない。
だが、その中だけが壮絶だった。
黄金の雷が閉じた空間を蹂躙する。
逃げ場がなく反射する、増幅する。
ギルギラスの咆哮は外には届かない。
「絶界雷球」
ソシアが静かに名を呼ぶ。
その球体は、まるで空に浮かぶ黄金の月のようだった。
月が収縮した。
一瞬の間
爆散
衝撃が遅れて来る、瓦礫が舞う、煙が上がる。
その中心に…ギルギラスはいない。
調律粒子の残滓すらなかった。
「——あ」
ワッコーの口から間の抜けた声が出た。
次の瞬間、ワッコーの全身にまるで電流が走ったような衝撃。
「っ——なに?なんで——なんで——!?」
膝が折れ、体が動かせない。
ギルギラスへと放たれた雷獄のエネルギーが創造主へと逆流している。
「や、やだ——やだやだやだやだ——!!」
「坊ちゃん!!」
アーケの声が遠い。
ワッコーの幻体は維持できず調律粒子の粒子へと還る。
強制的な魂還
光が風で舞い散り、もうそこには何もなかった。
戦場が静寂に還る。
トンファーを戻したソシアの長い髪を風が揺らす。
「……ソウマ」
空を見上げ誰にも聞こえない声で呟く
エメラルドの瞳が細く閉じる。
そして、ソシアは前を向いた。
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豪奢な部屋だった。
過剰なほどの装飾.
過剰なほどの広さ。
その中心に置かれた椅子に、一人の青年が座っていた。
虚ろな目。
紺色の髪が乱れたまま。
華渡玲司はそこにいた。
いたが——そこには、いなかった。
「まぁ……!」
甘い声が響いた。
「なんて素敵な卵なのかしら……!」
声の主は見えない。だが、その甘さの奥に底のない暗さが潜んでいた。
「さぁマスター」
声が、続ける。
「この卵に、祝福を……」
沈黙。
それから。
「*◆"#▽$」
音ではなかった。
言語でもなかった。
ただ、耳の中に直接押し込まれるような——ノイズ。
玲司の胸が光った。
それはどす黒い光だった。
それが、にじみ出てくる。
ゆっくりと。
どろりと。
まるで傷口から滲む血のように——黒が、溢れた。
溶けていく。
床に落ちた黒が、霧散する。
代わりに。
粒子が集まり始めた。
調律粒子。
それが形を作る。
小さく。
鋭く。
全身を針のような棘で覆った——ハリネズミのような何かが、玲司の胸の前に浮かんでいた。
目が開く。
「……」
玲司の虚ろな瞳に何かが宿った。
怒りではない。
悲しみでもない。
もっと暗いもの。
「素敵ねぇ……フフ、フフフ……」
甘い声が弾む。
「アーセナル。それが貴方の名前よ」
青年は——アーセナル、華渡玲司は、ゆっくりと立ち上がった。
「…アイツが……俺の……」
声が漏れた。
封じられているはずの記憶の断片。
甘い声がわずかに止まった。
「……アイツ?」
一瞬だけ興味が向く。
それから——笑い声。
「ウフフ。よっぽど恨んでる相手でもいるのかしらね」
深く考えない。
そもそも、どうでもいい。
絶望が見られれば…それだけで充分だった。
レイジは虚ろな目を、どこかへ向けた。
この部屋の外へ。
この世界の、どこかへ。
「——アイツに関わる全て」
静かな声だった。
「俺が…破壊する」
まるでその瞳は…黒い炎が宿っているかのように昏く揺らめいた。
─── 第一章 完 ───
これにて第一章完結となります。
幕間を1話か2話挟んで第二章へ入っていきたいと思います。
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