「光の残滓」
砲口が、唸った。
その音が聞こえた瞬間——
ソウマの全身で、何かが弾けた。
消えかけていた幻顕力が——急激に沸き上がった。
「ナハトシュトゥルム!!」
黒い霧が爆ぜた。
景色が消えた。
街が後ろへ吹き飛ぶ。
速く。
速く。
速く——
世界が一本の線になった。
志織だけが見えた。
照準の赤い光が、志織の胸の中心にある。
間に合え。
間に合え。
間に合え——
「とどけぇぇぇぇぇぇェェっ!!!!!」
両手を広げた。
志織を包み込むように。
庇うように。
装甲越しに——
——
届いた。
確かに届いた感触があった。
======================>
光が弾けた。
荷電粒子砲の閃光が大通りを白く染めた。
衝撃波が走る。
煙が立ち込める。
ソウマは両手を見た。
装甲の中に確かに何かを抱えた感触があった。
ゆっくりと、手を開いた。
手の中には——
光の粒子の残滓だけが、静かに舞っていた。
それだけだった。
それだけしか、なかった。
『ソウマ……』
メリルが、何も言えなかった。
ソウマも、何も言えなかった。
光の粒子が、指の間から零れていく。
消えていく。
消えていく。
消えて——
なくなった。
煙が、晴れていった。
玲司は走っていた。
志織がいた場所へ。
ソウマが飛び込んだ場所へ。
煙の中。
粉塵の中。
探した。
志織。
志織。
志織——
いない。
いない。
いない。
「……志織」
声が出た。
小さな声だった。
煙が薄れていく。
視界が開けていく。
そこには——
ノックストライカーが、立っていた。
両手を広げたまま。
前を向いたまま。
志織はいなかった。
玲司の頭はうまく働かなかった。
荷電粒子砲が放たれた。
ソウマが飛び込んだ。
志織が——消えた。
熱線が当たったのか。
ソウマが——
ソウマが、何かしたのか。
わからない。
わからない。
わからない。
ただ。
飛び込んだ。
そして。
志織がいなくなった。
それだけが——
瞼の裏に焼き付いていた。
「……志織」
また呼んだ。
返事はなかった。
返事は——
なかった。
リナリィが口を押さえた。
ハンナが動けなかった。
カイルが玲司の背中を見た。
何も言えなかった。
かける言葉はなかった。
ノックストライカーは動かなかった。
両手を広げたまま。
光の粒子が指の間からすり抜けていった。
ソウマは前を向いていた。
煙の向こうを見ていた。
何もない場所を見ていた。
「……志織さん」
声が出た。
誰にも届かない声だった。
玲司の膝が折れた。
音もなく。
ゆっくりと。
地面に手をついた。
冷たかった。
アスファルトの感触があった。
それだけが妙にはっきりしていた。
「……志織」
呼んだ。
返事がない。
「志織」
また呼んだ。
返事がない。
「志織ッ——」
声が裂けた。
「あああああああああああああああああああっ!!!!!!」
叫んだ。
地面を叩いた。
何度も。
何度も。
手が痛い。
痛くてよかった。
痛みがなかったら——何もなくなる気がした。
======================>
ノックストライカーが動いた…
一歩。
玲司に向かって。
装甲の隙間から光の粒子が滲んでいる。
傷じゃない。
幻顕力が——
「なんで」
ソウマの声だった。
「なんで……なんでだよ」
立ち止まった。
両手を見た。
「確かにこの手に感触が……確かに、届いた……」
装甲が剥がれ始めた。
音もなく。
一片。また一片。
調律粒子に変わって霧散していく。
青と紫の光が、夜空に溶けていく。
ノックストライカーの装甲が消えた。
ノックスファングが——残った。
それも長くはなかった。
漆黒の装甲が解けていく。
フォトンラインが消えていく。
青紫の光が——消えていく。
生身の幻体が現れた。
ソウマだった。
装甲も、武器も、何もない。
ただのソウマだった。
膝が折れた。
地面に手をついた。
「なんでだよ…」
声が震えた。
「なんでだあああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!」
二つの叫びが、トーア・シティに響いた。
重なって。
溶けて。
夜空に消えていった。
リナリィが一歩踏み出そうとした。
カイルがその腕を掴んで、首を横に振った。
ハンナが唇を噛んで項垂れ…
誰も、そのまま何も言えなくなった。
今発する事の出来る言葉が——
この世界に存在しなかった。
──────ドクン
その時…玲司の絶望が形を持ち始めた。
玲司の胸の中心から、調律粒子の結晶ともいうべき、球体が出現
その波動が膨れ上がっていく。
そして…中心から外側へ捲れ上がるように、その色がドス黒く変色していく…
大通りの空気が変わった。
リナリィが顔を上げた。
「……っ、これは!」
「アカン…!卵の波動が…!」
カイルが歯噛みした。
「絶望…してる…」
ハンナにはもう打つ手がなかった。
======================>
廃ビルの最上階でナウラが立ち上がった。
バキアの目が玲司を捉えていた。
「ホロロロ……これは見事な…」
「ああ」
ナウラが静かに言った。
「────極上だ」
ナウラが大通りに降り立った。
機動隊員たちが一斉に道を開けた。
玲司の前に立った。
「——辛かっただろう」
玲司はもはや顔を上げる事すら出来ない。
ナウラは胸の結晶に手をかざした。
バキアの目が、玲司の胸の中心を見据えた。
「摘出────」
リナリィが走った。
「いけない!玲司さん!!」
だが間に合わなかい。
光が玲司を包んだ。
昏い光だった。
昏い昏い。
摘出の光だった。
======================>
玲司の中で、何かが封じられていく。
記憶が。
声が。
笑顔が。
消えていく——
消えていく——
その瞬間。
かすかな波動が、揺れた。
温かかった。
知っている温かさだった。
志織——
名前が浮かんだ。
すぐに沈んでいった。
だが。
完全には消えなかった。
霧の向こうに、形だけが残った。
大事な…何かが…
ソウマが。
飛び込んだ。
消えた。
大事な何かが——
「…………アイツが…」
声が出た。
自分の声だった。
濁っていた。
「アイツに───奪われた───」
それだけが。
残って───────
─────────
─────
──
ナウラが立ち上がった。
玲司は蹲ったまま。
バキアが翼を広げた。
「ホロロロ……では」
「ああ」
ナウラがカイルたちを一瞥し、鼻で笑う
カイルが槍を構えた。
「コマンダー…!!」
「クハハハ…もう無駄だよ」
ナウラが憐れむ様に言った。
「消耗しきった貴様らが、吾輩を止めらられるか?」
カイルの奥歯が鳴った。
「摘出も済んだ、貴様らに出来る事は…そうだな」
リナリィが一歩踏み出した——
「ワッコー」
ナウラが振り返らずに言った。
「遊んでやれ」
「っひょー!待ってましたぁ!!」
ワッコーが最後のキーホルダーを放り投げた。
地面が割れた。
二体目のギルギラスが幻顕された。
さっきと同じく…いや
さっきより一回り大きく…
======================>
ソウマは地面に手をついたまま動けずにいた。
幻顕力がほとんど残っていなかった。
ギルギラスの咆哮が聞こえる。
カイルの声が聞こえる。
リナリィの声が聞こえる。
行かなければ。
立ち上がらなければ。
足に力を込めた——が
立てなかった。
その時だった。
メリルの魂玉に直接声が響いた。
『メリル!!』
それはアルだった。
『今すぐ魂還だ!!メリル!!!』
『え!?アル!?』
メリルも自分が呆然としていた事に気付く
『ソウマの今の状態で攻撃を喰らったら強制魂還どころじゃない!魂玉が傷つきかねないよ!!今すぐだ!!』
気付くとソウマの幻体はもはや物質干渉出来るかもわからない程に透けていた。
『はっ!ソウマ…!』
『メリル!!』
アルの声が叩きつけるように言った。
『ソウマと君の絆を永遠に失いたいのか!!何よりも優先すべきは魂玉だ!!!』
『!!』
メリルは頭を切り替える。
「メリル…俺は…」
『っ!魂還!!』
調律粒子の光がソウマを包んだ。
皮肉にもその光は、優しく…温かかった。
「…ごめん…志織さん…玲司…」
ソウマの呟きは風に吹かれて消えた。
「ソウマ君…」
「ソウマさん…」
「フン…ヒロイックは逃げたか…まぁいい、ドラゴーネとC級首が二人…せいぜい現界人を守るがいい…クハハハハハハ」
「コマンダー!お前は…!」
「クハハハ…いい舞台だったよ」
そういうとナウラの幻体は調律粒子となり、バキアの魂玉に吸い込まれ、魂還した。
「くそっ!完全にしてやられてもうた…!!」
そうカイルが悔やんだ時
「…………はっ!?」
「な、何をしてたんだ俺達は…」
「ここは…大通りか…?」
ナウラが魂還した事により、機動隊員達が正気に戻った。
しかし、それはパニックへの引き金であった。
────────ズンッ!!
ギルギラスが一歩足を踏み出す。
「ん…?な、なんだ?ホログラムか…?」
「いや…さっきの地響きは…」
咄嗟に現実と受け入れられるわけがない機動隊員達に向かって
ギルギラスがその顎門から熱線を吐こうとした。
「アカン!!!ウェンティ!竜召喚や!!!」
「もうそんなには維持でけへんで!!!」
「かまへん!これ以上好きにさせるか!いくで!!」
「「竜召喚!!」」
カイルとウェンティのかけ声で、ウェンティは魂玉となり調律粒子が周囲に展開する。
カイルが跳躍し上に跨る頃には、その調律粒子は全長5メートル程の飛竜へと幻顕していた。
「いくでぇ!!騎竜撃!!」
飛竜の猛スピードから繰り出す槍での突進攻撃だ。
ギルギラスの熱線と騎竜撃が衝突しなんとか地上への直撃は免れた。
しかし、その余波で周囲の高層ビルの窓ガラスが一枚残らず粉々になる。
「ば…化け物だあああああ!!!」
「逃げろおおおお!!」
「化け物同士が争ってるぞ!避難しろおおお!!!」
流石の機動隊員達もこの非現実的な状況にパニックを起こし
蜘蛛の子を散らす様に逃げ回る。
そこにギルギラスの尾が叩きつけられようとしていた。
「「木鎖の防壁!!!」」
リナリィとハンナがデュオアルスでなんとかそれを防いだ…が
続けざまにギルギラスの腕が薙いだ。
「あ…」
ハンナは迫る質量の暴力に一歩も動けなかった。
「ハンナーー!!!」
リナリィが叫ぶ
「ごめんなさい…リナリィさん」
『ハンナ…間に合わなかったナ…ごめんナ…』
直撃を受けたハンナの幻体が光の粒子となって霧散…強制魂還された、
ハンナが消えた。
初めて見る仲間の強制魂還にリナリィが息を呑んだ。
「くそっ!何をやっとるんや俺は!!」
カイルが歯を食いしばった。
大通りにはギルギラス、カイルとリナリィ────
そして蹲ったままの玲司だけが残っていた。
『アカン、もう飛竜は維持できひんよ』
「さっきのでだいぶ消耗してもうたからなぁ」
カイルが竜から降りた。
ウェンティが魂玉に戻り飛竜が霧散した。
「そろそろ俺もすっからかんになるわ…」
『ほんまにアカンと思ったら、ウチも躊躇せんと魂還するで』
ギルギラスが向き直った。
一体目より大きい。
一体目より重い。
その重圧だけで空気が変わる。
「リナリィ」
カイルが槍を構えて言った。
「怖いか」
リナリィが一瞬だけ黙った。
「……怖いです」
「正直やなぁ」
「怖くないわけないじゃないですか」
「そらそやな」
カイルが息を吐いた。
「俺も怖いわ」
リナリィが横目でカイルを見た。
「え」
「なんや、意外か?」
「……少し」
「ふん」
カイルが槍を握り直した。
「でも」
「でも?」
「ここで俺が逃げるわけにはいかんしな」
ギルギラスが一歩踏み出した。
地面が沈む。
「アウラ、リナリィが危ないと思ったら確認いらんから魂還やぞ」
『うん…わかった』
アウラも当然未経験の窮地だ、その時が来たら迷わない様に覚悟を決める。
「やれるだけの事をしないとね」
リナリィが木の蔓を展開した。
残りの幻顕力は少ない。
手数が足りない。
二人でどこまで持ちこたえられるか、ただの悪あがきだった。
それでも。
ギルギラスが吼えた。
顎門から熱線が収束し始める。
「リナリィ!右に——!?」
その時。
上空に何か────人だ。
ギルギラスの顎門の目の前に人が。
熱線がその人物の前で終わ《・》る《・》
「くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
廃ビルの屋上で見物していたワッコーが癇癪を起こす。
「まただ…!またアイツだ…!!!いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも邪魔しやがってええええええええ!!!」
「ぼ、坊ちゃん、お、落ち着きますことよ!」
アーケが慌てて落ち着かせようとする。
上空からふわりと金色が舞い降りる。
陽光を受けて揺れる長い金髪。
静かな輝きを宿したエメラルドグリーンの瞳。
降り立ったのは一人の女性
白を基調としたV.C.Tの制服に黄と緑のラインが鋭く走る。
サーキュラースカートが風を孕み、円を描くように広がっていた。
その姿は戦場に降り立った戦女神のように完璧だった。
首元のチョーカーには魂玉が淡く輝く。
カイルが目を見開いた。
「……ソシア!?」
肩が小さく揺れていた。
「間に合わなかった……ごめんなさいソウマ…」
ソシアが振り返らず一歩前に踏み出す。
ギルギラスはワッコーの焦りが反映され本能的に一歩退く。
「ちょっと今…虫の居所が悪いの」
風がスカートを大きく翻す。
金髪が光の尾のように揺れた。
エメラルドの瞳が敵を射抜く。
「憂さ晴らしさせてもらうわ!!」
魂玉が光を放ち、戦場の空気が爆ぜた。
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