「蒼紫の牙狼」
光が、弾けた。
「「幻装甲!!」」
その声が響いた瞬間——
トーア・シティの空気が変わった。
路地の奥で、玲司は息を呑む。
志織が玲司の腕を掴んだまま、大通りを見ていた。
二人とも、目の前の光景から目を離せない。
動くことすら忘れていた。
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『ナハトゲイル・アルマ!!』
メリルの声が空に響く。
ナハトゲイルが駆けた。
地を蹴る。
宙へ。
黒い霧の粒子が尾を引く。
加速する。
さらに加速する。
速度が限界を越えた瞬間——機体が変わった。
折り畳まれていた部位が展開する。
胴体が伸びる。
脚部が降りる。
腕部が開く。
黒狼の機体が、二足歩行形態へと変貌した。
全長約五メートル。
漆黒の装甲が夜空に立つ。
その瞬間——
ソウマが跳んだ。
ノックスファングの全身を解放したまま、ナハトゲイル・アルマへ一直線に飛ぶ。
背中合わせ。
衝撃もない。
音もない。
ただ——
二つの体が、重なった。
ナハトゲイル・アルマの装甲が動き始める。
裏返るように。
剥がれるように。
装甲の一枚一枚が、ノックスファングへ向かって展開していく。
裏面が露わになる。
青。
紫。
その奥に沈む黒。
夜の深層のような色だった。
装甲が重なる。
脚へ。
腕へ。
胸へ。
一枚。
また一枚。
包み込む。
纏わせる。
ノックスファングが、装甲の中へ沈んでいく。
機動隊が動きを止めていた。
ギルギラスは吼えるのを忘れている。
カイルは槍を握ったまま、空を見上げていた。
「……なんや、あれ……」
リナリィは息を呑んだ。
ハンナは、ただ目を輝かせていた。
最後の一枚が重なる。
静寂。
ほんの一瞬——
世界が止まった。
額の一条の刃角が起き上がる。
その下で——
蒼白の双眸が灯った。
「「ノック!!」」
光が迸る。
「「ストライカー!!」」
トーア・シティの大通りに、それは降り立った。
青。
紫。
黒。
漆黒の狼の意匠を纏った装甲機人。
「ここから先は俺の幻想だぜ!!」
その蒼白の瞳が——
ギルギラスを捉えた。
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路地の奥で、玲司は声を失っていた。
志織が玲司の腕を掴んだまま、上を見ていた。
「……玲司」
「ああ」
「あれが」
「ああ」
言葉にならなかった。
ただ見ていた。
ヒーローが——そこにいた。
ギルギラスが吼えた。
地面を砕いて踏み込んでくる。
ノックストライカーは動かなかった。
蒼白の瞳がギルギラスを捉えたまま——一歩。
たった一歩、前に出た。
「まだでかいな」
ソウマが言った。
『さっきと同じ感想やめて』
「でもでかいんだから仕方ないだろ」
ギルギラスの拳が迫って来た。
「シュヴァルツブリッツ!」
——蒼白の光が右腕に収束した。
拳と腕が激突する。
ギルギラスの拳が、止まった。
「っしゃ!」
押し返した。
十五メートルの巨体が、一歩後退した。
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機動隊が動きを止めていた。
カイルがその隙に前に出た。
「——今や!」
リナリィの蔓が一斉に機動隊員の足を絡め取る。
ハンナの影縛鎖が武器を封じた。
転倒させつつ武器を落としていく。
「ごめんなさい!」
リナリィが謝りながら走り抜けた。
「なんで謝っとんねん」
「だって転ばせちゃったし!」
「今はそれどころやないやろ!」
カイルが叫んだが、口の端が上がっていた。
ハンナが静かに息を吐いた。
「……動ける」
『影の密度も戻ってきてるナ!』
「はい。もう少し保ちます」
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大通りの中心でノックストライカーが駆けた。
黒い霧の粒子が尾を引く。
「ナハトシュトゥルム!」
ゲイル・ダッシュのエネルギーを応用した超高速移動——速度が限界を超えた。
ギルギラスが反応するより先に懐に入っていた。
右腕、左腕、シュヴァルツブリッツを交互に叩き込む。
衝撃が走るたびに、ギルギラスの装甲にひびが入っていく。
「効くだろこれは!」
『胸部の光核——亀裂が入り始めてる!』
「っしゃ!もう少しだ!」
ギルギラスが腕を振り回した。
ノックストライカーが跳ぶ。
上から踏み込む——ギルギラスの肩を踏み台にして、さらに加速。
「ワッコー!」
ソウマが叫んだ。
「お前の怪獣、なかなかやるじゃないか!」
どこかから声が返ってくる。
「……なんか楽しそうで腹立つんですけど!」
ワッコーの声が初めて尖っていた。
「アーケ!ギルギラスに追加で——」
「坊っちゃん」
アーケが静かに言った。
「ナウラが、そのままでいいと言っています」
間があった。
「……え?」
「これも舞台のうち、ですことよ」
ワッコーがキーホルダーを握り締めた。
ギルギラスが吼えた。
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路地の奥で玲司は立っていた。
志織も隣にいる。
二人でノックストライカーがギルギラスを追い詰めていく姿を見ていた。
さっきまで膝をついていた。
装甲が壊れていた。
それでも立ち上がって——今、圧倒している。
「……信じられないな」
玲司が呟いた。
「ほんとに」
志織が頷いた。
玲司は路地の入口を見た。
「志織」
「うん」
「俺、決めたわ」
志織がゆっくりと玲司を見た。
玲司は大通りから目を離さなかった。
「これが終わったら、返事するわ、ちゃんと。」
志織が小さく息を吐いた。
「……遅い」
「わかってる」
「でも」
志織が玲司の隣に並んだ。
「よかった」
ギルギラスの光核に、亀裂が走っていた。
赤黒い光が乱れている。脈動が不規則になっていた。
『ソウマ、今だよ!』
「ああ…決めるぜ!」
ノックストライカーが後退した。
距離を取る。十メートル。二十メートル。
ギルギラスが追ってくる。
地面が砕ける。粉塵が舞う。
それでもソウマは動かなかった。
待っている。
ギルギラスが跳んだ。
巨体が空を塞ぐ。
影が大通りを飲み込む。
ソウマが見上げ拳を握る。
足が地面を踏み抜く。
走る、いや、疾る。
「ナハトシュトゥルム!!」
黒い霧が爆ぜた。
速度が跳ね上がる。
空気が裂ける。
街灯が線になる。
ビルが流れる。
世界が後ろへ吹き飛ぶ。
一直線。
怪獣へ。
ギルギラスが腕を振り上げる。
振り下ろす。
ソウマは止まらない。
さらに加速。
黒い軌跡が地面を削る。
「うおおおおおお!!」
両手を開く。
光が集まる。
蒼雷が手の中で暴れる。
圧縮。
凝縮。
形が伸びる。
それは牙。
一本。
二本。
三本。
四本。
五本。
蒼白のエネルギーブレードが両手に展開。
つんざく雷鳴。
蒼雷が腕に絡みつく。
ソウマが跳んだ。
その瞬間——
世界が止まった。
ギルギラスの巨体。
振り下ろされる腕。
空に散る瓦礫。
すべて静止。
ソウマだけが動く。
瞳の蒼白が稲妻の様に
「終わりだっ!!」
時間が弾けた。
ソウマが突っ込む。
「蒼雷牙撃!!」
蒼雷が閃く。
牙が回転する。
ドリルのように唸る。
ギルギラスの胸部へ突き刺さる。
光核。
蒼雷が喰らいつく。
押し込む。
ソウマが吠える。
「まだまだァァァッ!!」
雷が爆ぜる。
牙が伸びる。
さらに。
さらに。
突き刺さる。
光核に亀裂。
パキッ。
音が鳴る。
ひびが走る。
中心。
外側。
端まで。
蒼雷が暴走する。
「砕けろォォォォォ!!」
牙が貫いた。
光核の裏側へ。
突き抜ける。
蒼い閃光が怪獣の背中から噴き出した。
世界が白く染まる。
衝撃波。
雲が割れる。
街が震える。
一瞬の静寂。
ギルギラスの赤黒い光が——消えた。
巨体が身動き一つしなくなる。
ノックストライカーが着地する。
両手の蒼雷が消える。
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爆発は静かだった。
調律粒子が霧散する。
巨体が、光の粒子に変わっていく。
一片。また一片。
トーア・シティの空に溶けていった。
大通りに、静寂が戻った。
カイルが槍を下ろした。
「……終わったか」
リナリィが膝に手をついた。
「……終わり、ましたね」
ハンナが静かに目を閉じた。
『やったナ——!』
『やるやんかー!』
『やった!ソウマ!』
メリルとニッカとウェンティの声が同時に飛んできた。
ソウマは大きく息を吐いた。
「ああ——」
口の端が上がる。
「やってやったぜ!」
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路地の奥で、志織が息を吐いた。
長い息だった。
「終わった……」
玲司が前を見たまま頷いた。
ノックストライカーが大通りに立っていた。
装甲の傷から、まだ光の粒子が滲んでいる。
それでも——立っていた。
「……行こう」
玲司が一歩踏み出し、志織がその隣に並んだ。
二人は路地を出た。
大通りの光の中へ。
「はぁ…はぁ…」
ソウマは肩で息をした。
装甲の傷から光が滲んでいる。
全身が重い。
それでも——口の端が上がった。
「やったな」
『……まったく、無茶ばっかり』
メリルの声が、少し震えていた。
「ん?泣いてんのか?」
『泣いてない』
「そうか」
『泣いてないから!』
「わかったわかった」
カイルが笑った。
リナリィが笑った。
ハンナが小さく微笑んだ。
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路地の入口で、玲司は一歩踏み出した。
大通りの光の中へ、志織が隣に並ぶ。
「ソウマ!」
志織が声を上げた。
手を振った。
大通りへ、走り出した。
ソウマが振り返った。
志織が走ってくるのが見えた。
笑っていた。
よかった——そう思った瞬間。
気づいた。
志織の後ろ。
大通りの端。
巨大な砲台が、静かに動いていた。
照準が、定まっていく。
ゆっくりと。
確実に。
志織に向かって。
玲司も気づいた。
同じ瞬間だった。
「「志織ィッ!!!!」」
玲司とソウマが同時に叫んだ。
志織が足を止めた。
振り返った。
首を傾げた。
「え——」
照準の光が、志織を照らした。
赤い点が、胸の中心に落ちた。
志織が自分の胸を見た。
動けなかった。
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廃ビルの最上階で、ナウラが静かに端末を操作した。
カウントダウンが始まった。
バキアの目が——満足そうに細まった。
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ソウマの頭が動いた。
分断。
消耗。
機動隊。
ギルギラス。
全部。
最初から、全部——
「——っ」
奥歯が鳴った。
全身の血が逆流した。
装甲の傷から光が溢れる。
構わなかった。
「それが狙いかっ——」
声が大通りに響いた。
「コマンダァァァァァッ!!!」
荷電粒子砲の砲口が、志織に向いて——静止した。
カウントダウンが、始まった。
数字が刻まれる音が聞こえるようだった。
ソウマが走った。
装甲の傷から光が溢れる。
幻顕力が足りない。
足が重い。
構わなかった。
走る。
走る。
距離が縮まらない。
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「志織!!」
玲司が叫んだ。
走った。
志織の元へ。
志織が玲司を見た。
赤い照準の光が、まだ胸の中心にある。
動き方がわからなかった。
どこへ逃げればいい。
どこへ行けばいい。
足が、動かなかった。
「志織、動け!!」
「……玲司」
声が出なかった。
出たのは、それだけだった。
======================>
「ソウマ君!!」
リナリィが走った。
カイルが走った。
ハンナが影を展開した——砲台まで届かない。
「届かない……っ!」
『ハンナ!!』
ニッカの声が裏返った。
カイルが槍を構えた。
砲台を見た。
距離を測った。
「——届かへん」
声から力が抜けた。
それだけの距離だった。
======================>
ソウマの足が止まった。
幻顕力が切れかけていた。
装甲が軋む。
膝が折れそうになる。
それでも前を見た。
志織が立っていた。
玲司が走っていた。
間に合わない。
玲司も、間に合わない。
わかっていた。
わかっていて——
「——くそッ…があああ!!」
ソウマが吠えた。
魂命に残る全ての幻顕力を絞り出す。
走る。
走る。
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廃ビルの最上階で、ナウラが目を閉じた。
バキアが静かに羽を広げた。
「ホロロロ……」
端末の画面に、数字が並んでいた。
三。
二。
一。
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光が、収束した。
砲口が——唸った。
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