「三重戦線」
<ゥウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…>
昼のトーア・シティに、警報が鳴った。
次の瞬間、地面が揺れた。
磁気シャトルが急停止する。
路面の光ラインが一斉に赤に切り替わる。
人波が悲鳴に変わる。
それが現れたのは大通りの向こう——高層ビルの間から頭が突き出てきた。
一歩。
また一歩。
ビルの外壁が崩れた。
粉塵が雪のように舞い上がる。
体長は十五メートルを超えていた。
四肢は分厚く、表面は装甲のように硬質化した皮膚で覆われている。
頭部に目はない——代わりに、胸部の中心で赤黒い光が脈動していた。
ソウマは大通りの端でそれを見上げた。
でかい。
今まで相手にしてきた怪人とは、根本的に質が違う。
「でやがったな…」
一歩踏み出すたびに地面が沈む。
存在しているだけで空気が重くなる。
「……でっかいなぁ」
隣でカイルが呟いた。
いつもと違う声だった。
冗談のない、剥き出しの声だった。
「こんなんどうすんねん」
「どうにかするしかないな」
ソウマは即答した。
カイルが横目でソウマを見た。
「……お前、あれ見てワクワクしてないか?」
「まぁ…因縁の相手だし、やっとぶっ飛ばせるのかと思うとな」
カイルが短く息を吐いた。
「……ほんまこいつは」
『ソウマ!玲司さんたちは?』
メリルの声が飛んでくる。
「リナリィ!玲司と志織さん、裏路地に誘導してくれ!」
「わかりました!」
リナリィが走った。ハンナがその後を追う。
玲司が路地の入口で立ち止まった。
視線が怪獣に向いている。動こうとしない。
「玲司さん!」
リナリィが腕を引く。
「こっちです、早く!」
「……あれと戦うのか」
玲司の声は静かだった。
「ソウマたちが」
「今すぐ離れてください!」
志織が玲司の袖を掴んだ。
「行こ、玲司」
玲司はもう一秒だけソウマの背中を見た。
それから路地に入った。
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「ようし、暴れていいらしいからね、やっちゃえ『ギルギラス』!」
怪獣が吼えた。
音波が大通りを薙ぎ払う。
看板が吹き飛び、路面のタイルが剥がれて舞い上がった。
「幻装ッ!!」
漆黒の装甲が展開し。青紫のフォトンラインが走った。
「来い!ナハトゲイル!!」
幻顕力が弾け、ナハトゲイルが幻顕する。
低重心の流線型、獲物を狙う狼のシルエット。
漆黒の装甲の隙間から青と紫のフォトンラインが脈動し、先端の顎型装甲が開く。
「いくわよ!」
メリルは魂玉形態となり顎の中へと格納された。
ナハトゲイルの瞳が蒼白の光を宿した。
「ああ、行くぜっ!!」
ソウマが踏み込む。
「蒼雷・激衝!!」
怪獣の膝にノックスファングの右腕に集約された破壊のエネルギーを打ち込む
十五メートルの巨体が、わずかに揺れた。が、それだけだ。
「クソッ!かってぇな!」
手に残った感触が重い。
『一筋縄じゃ行かないのはわかってたでしょ』
メリルの声が、胸の奥から響いてくる。
「その通りだよっ!カイル!ハンナ!」
「あいよ!」
「はいっ!」
カイルの槍が怪獣の右脚を貫き、ハンナの影縛鎖が左脚に絡みついた。
それでも怪獣は止まらない。
影縛鎖に絡みつかれたまま一脚を踏み出す。
ハンナが引きずられそうになって、ぎりぎりで影を解いた。
「……くっ」
「ハンナ!」
「大丈夫です!」
ハンナが着地しながら答える。
息は乱れていないが表情が少し硬くなっていた。
カイルが舌打ちした。
「脚を止められへん。この質量、俺らの攻撃が効いてるか?」
「効かせるんだよ!」
「どうやって!」
「地道にやるしかないだろ!」
カイルが叫んだ。
「それが答えかい!!」
「今はな、それでいいんだよ!」
「ふーん、地道にやるって——それで僕の『ギルギラス』が止められるのかなぁ?」
ワッコーが手の中でキーホルダーを転がしながら言う
「お手並み拝見だね」
『ここなら!!』
ナハトゲイルが上空から怪獣の頭部に突撃する。
衝撃が走った。怪獣が顔を上げる——その隙にソウマが胸部の光核めがけて走り込んだ。
「蒼雷・狼牙《ヴォルテック・ファング!!」
雷光の牙による刺突攻撃を叩きこむ。
そして光核にひびが——入らなかった。
「っ、まだか!」
怪獣の腕が薙いだ。
ソウマが弾き飛ばされる。
ビルの外壁に叩きつけられて、装甲から光の粒子が滲み出た。
『ソウマ! 大技はダメよ、後隙でやられるわ』
「とはいっても効かなきゃ意味無いしな」
立ち上がった。
怪獣がこちらを向いていた。
赤黒い光が、脈動している。
「ふーん、結構タフだね。」
ワッコーの声が、楽しそうに揺れた。
「まだまだ楽しませてくれるんだね」」
ソウマは路地裏の方角を一瞬だけ見た。
あの二人が、そこにいる。
「——長期戦か」
口の端を上げる。
「望むところだ。」
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警報が鳴り続けるトーア・シティの街頭モニターのチャンネルが一斉に切り替わった。
そこには、都市警察機構の紋章が映し出される。
ナウラが機動隊の前に歩み出た。
「ご苦労、諸君」
機動隊員たちが一斉に敬礼した。
バキアが廃ビルの屋上から街全体を見渡していた。
ナウラはモニターの前で、ゆっくりと息を吐いた。
「——都市中枢部に出現した武装集団を鎮圧せよ。繰り返す。武装集団を——鎮圧せよ」
街頭モニターの「長官」が、ソウマたちの映像を映し出した。
悲戯曲が、トーア・シティ全体に静かに染み渡った。
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装甲車が来たのは、それから三分後だった。
「っ、これは現界の軍隊!?」
リナリィが振り返った。
大通りの両端を塞ぐように、黒い装甲車が展開していく。
降り立った機動隊員の数は——40人を超えていた。
ライフルの照準が、一斉にV.C.Tを向いた。
「武装集団、確認。——鎮圧を開始する」
「ちょっと待って!私たちは——」
「伏せろ!!」
カイルがリナリィを引き倒した。
鎮圧用の電撃弾が頭上を掠める。壁に当たって青白い光が散った。
「当たり前や……向こうからしたら元々俺らは不審者や」
「だから厄介なんですよね。行動原理としては間違ってないんです、あの人たちは」
ハンナが影法師を囮にして弾幕を遮断する。電撃弾が影に吸い込まれて霧散した。
「……全員、本気ですね」
「手加減する理由がないからな」
カイルが槍を構えた。
機動隊が包囲を縮めてくる。
「——傷つけずに止めるしかないなぁ」
「それしかないです」
「わかっとるけど」
カイルが舌打ちした。
「一番きつい縛りやないか!」
「リナリィさん!右の4人、私が抑えます!」
「わかった!左はまかせて!」
ハンナの影縛鎖が機動隊員の足元に走った。
転倒した三人が武器を手放す——が、すぐに立ち上がってくる。
リナリィの出した木の蔓が銃口を絡め取り、引き抜く。
「よし!これで少しは——」
その銃を持っていた機動隊員が、すぐ後ろから盾ごと突進してきた。
「ちょっ!」
一歩引いてかわす。追ってくる。
傷一つつけずに二十人以上を相手にする——それは消耗戦だった。
「カイル!北から増援!」
「見えとる!——でも俺、今三人抑えてるんやけど!」
カイルが槍の柄で電撃弾を打ち落としながら叫んだ。
「ハンナさんも手が離せないなら、私が——」
「リナリィは北に行って!こっちは私がなんとかします!」
ハンナが影縛鎖を5本同時に展開した。
機動隊員五人の足が縫い止められる。幻顕力の消耗が増える。
『ハンナ、無理しすぎるとヤバいナ!』
ニッカの声が緊張を帯びていた。
『影の密度が下がってきてるナ』
「……わかってるけどっ」
わかっていても、止められない。
向こうは増援が来る一方だった。
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一方大通りの中心で、ソウマはギルギラスと向かい合っていた。
三人が機動隊に引き剥がされた。
完全な一対一だった。
「ワッコー」
ソウマは前を向いたまま言った。
「最初から、こうするつもりだったんだろ」
どこからか、楽しそうな声が返ってくる。
「わかってたんだぁ?でも気付いても遅いよ」
「そうだなぁ」
ギルギラスが吼えた。
足が地面を砕いて踏み出してくる。
ナハトゲイルが横に展開し、ソウマは真っ直ぐ走った。
「それはお互い様かもしれないぜ!」
胸部の光核めがけて、踏み込む。装甲が軋む。
それでも——止まらない。
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路地の奥で、玲司は壁に背を預けて立っていた。
志織が隣にいる。
大通りの轟音が路地まで届いてくる。
電撃の光が路地の入口を断続的に照らしていた。
「……なぁ、志織」
「うん」
「あいつら、機動隊とも戦ってるのか」
志織が少し顔を伏せた。
「……そうみたい」
「怪獣だけじゃなくて、守るべき人間にも攻撃されながら」
「うん」
玲司は路地の入口を見た。
ソウマの背中が一瞬だけ見えた。
装甲から光の粒子が滲んでいた。
それでも前に出ていた。
「……馬鹿だな」
志織が静かに言った。
「ほんとにね」
二人とも、動かなかった。
時間が経つほど状況は悪くなっていった。
機動隊の増援が絶えない。
カイルが槍の柄で電撃弾を弾くたびに、腕に痺れが蓄積していく。
「なんや、湧いて出よるな!」
「北からも来ます!」
リナリィが木の蔓で四人の足を縫い止めた。
が、後ろから盾を構えた三人が押し寄せてくる。
「っ——」
後退する。また詰められる。
傷をつけない。それだけで手数が半分以下になる。
「ハンナ!右!」
「わかってます!」
ハンナが影を三本展開した。
機動隊員の足が止まる。
一秒。
二秒。
影の密度が落ちた——縛鎖が解ける前に機動隊員が強引に踏み抜いた。
「っ」
『ハンナ! 無理しすぎナ!』
「……わかってます」
幻顕力が削れていく感覚がある。
じわじわと、確実に。
カイルが三人を槍の柄で弾き飛ばして叫んだ。
「このままやったら俺ら先にガス欠になるで!」
「わかってます!」
「わかってどうすんねん!」
「わかってるけどどうしようもないんです!」
リナリィの声が初めて裏返った。
カイルが一瞬だけリナリィを見た。
——こいつでもそういう声を出すか。
「……ええわ、俺が考える」
「え?」
「お前はそっち抑えとけ」
カイルが前に出た。
槍を水平に構えて、機動隊の盾列に正面から当たる。
押す。押し返される。
槍の柄を使って一人の足を払う——転倒した隙に二歩前に出る。
「カイル!」
「ひっぱり回したら薄くなるやろ!全員こっちに集めろ!」
乱暴な戦術だった。
だが——動いた。
機動隊の包囲が、カイルに引き寄せられていく。
リナリィとハンナが包囲の薄くなった側に展開した。
「……なるほど」
「頭使えや」
「カイルさんが頭使ってるの初めて見ました」
「やかましわ!」
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大通りの中心では、状況が違う意味で悪くなっていた。
ナハトゲイルが怪獣の側面に突撃する。
弾かれた。
『衝撃吸収してる!硬い部分と柔らかい部分がある、ソウマ!』
「どこが柔らかい!」
『今探してる!』
「早めに頼む!」
ソウマが装甲の踵を使って怪獣の脛に蹴りを叩き込んだ。
鈍い手応えがある。が、怪獣は止まらない。
腕が薙いだ。
ソウマが跳んで避ける——ぎりぎりだった。
着地した瞬間、足元の地面が抉れた。怪獣の踏み込みだった。
「っ——」
体が浮いた。
壁に叩きつけられる。装甲から光の粒子が盛大に飛び散った。
『ソウマ!』
「……へっ、まだまだ」
立ち上がる。膝が一瞬だけ揺れた。
装甲の左肩が壊れ幻顕力が漏れている。
「しかしまぁだいぶ削られたな」
ギルギラスが向かってくる。
ソウマは動いた。
======================>
路地の奥で玲司は大通りを見ていた。
ソウマが壁に叩きつけられる瞬間を見ていた。
立ち上がるのを見ていた。
装甲から光が漏れているのを、見ていた。
「……っ」
気がついたら、一歩踏み出していた。
「玲司」
志織の声だった。
腕を掴まれた。
「ダメだよ」
「だけど——」
「ダメ」
志織の声は静かだった。怒ってもいない。叫んでもいない。
ただ、真っ直ぐだった。
「……俺は」
「玲司が行って何ができるのさ」
答えられなかった。
志織が玲司の腕を離さないまま、大通りを見た。
「あの人たちが守ってくれてるのに、行って足を引っ張る気?」
「……」
「守られてる側の人間がすることは——ちゃんと、守られることだよ」
玲司は動けなかった。
歯を食いしばった。
大通りではソウマがまた前に出ていた。
装甲の傷から光が滲みながら——それでも止まらなかった。
「……くそ」
玲司は壁に拳を当てた。
音もなく。静かに。
志織がその隣で、ただ一緒に立っていた。
======================>
ソウマは怪獣の腕を受け止めて、地面を削りながら後退した。
三歩。
五歩。
止まった。
「メリル!」
黒い機体が怪獣の背後に回り込む、ゲイル・ダッシュ・アサルトの黒い残像が一面に残る。
怪獣の動きが乱れる。
その隙に踏み込んだ——が、光核まで届かない。
腕に残る衝撃が重い。幻顕力の消耗が多くなってきた。
機動隊の声が遠くから聞こえてくる。
カイルたちがまだ戦っている。
ソウマは息を整えた。
まだ詰んでいない。
——まだだ。
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廃ビルの最上階は静かだった。
轟音は遠い。
電撃弾の光も届かない。
ナウラは窓枠に腕を乗せて、街を見下ろしていた。
バキアの目が、トーア・シティ全体を捉えている。
機動隊の包囲。
怪獣の足跡。
装甲から光を滲ませながら戦い続けるヒロイック。
全部、見えていた。
「ホロロロ……」
バキアが低く鳴いた。
「ああ」
ナウラが静かに答えた。
「よく動いている」
アーケが翼を広げて欠伸をした。
「坊っちゃん、飽きてきましたことよ」
「飽きるの早すぎだよアーケ」
ワッコーがキーホルダーを手の中で転がす。
「ねえナウラ、まだかかるの?」
「焦るなよ、ワッコー」
ナウラは視線を動かさないまま言った。
「舞台というのは、役者が消耗してからが本番だ」
ワッコーが少し首を傾げた。
「消耗してから?」
「追い詰められた者は——判断が遅れる」
バキアの目が、ゆっくりと路地へ向いた。
玲司と志織が壁際に立っている。
その座標を、静かに記憶した。
「ホロロロ……」
「ああ」
ナウラが窓枠から腕を離した。
街の向こう——大通りの端に、巨大な砲台が見えた。
都市警察機構の最終防衛システム。
トーア・シティが有事に備えて設置した最後の切り札。
通常であれば長官の認可がなければ動かせない。
ナウラが口角を上げた。
「長官は、ここにいる」
ワッコーの目がぱっと輝いた。
「あ、そういうこと!」
「坊っちゃん、はしゃがないですことよ」
「うるさいよアーケ!」
ナウラはワッコーとアーケのやり取りを聞き流して、バキアの目を通して路地を見た。
志織が玲司の腕を掴んでいた。
動けない玲司が、ソウマの背中を見ている。
——ちょうどいい。
「あの娘が見ている前で——撃てば」
続きは言わなかった。
バキアが静かに目を閉じた。
ナウラは上着の内ポケットから薄い端末を取り出した。
最終防衛システムへの回線が、静かに開かれた。
======================>
ギルギラスの拳が地面を砕いた。
直撃じゃない。
が衝撃で足元が崩れた。
ソウマが膝をつき、装甲の左肩から幻顕力が絶えず滲んで止まらない。
『ソウマ!幻顕力がそろそろやばいわ、ナハトの維持が出来なくなるわよ!』
「ああ、わかってる」
立ち上がろうとした。
ギルギラスが腕を振り上げた。
ナハトゲイルが割り込んだ——が、弾かれ黒い機体が大きく後退する。
『くっ——』
「メリル!」
『まだ平気!でも…限界近いよ』
遠くからカイルの声が聞こえてくる。
「リナリィ!左!左から来てるで!!」
「わかってます、でも右がっ——」
声が切れた。
ソウマは立ち上がりながら横目で見た。
三人が三方から押し込まれていた。
カイルが盾の壁を槍で弾き返す。
リナリィの蔓が踏み砕かれる。
ハンナの影が薄くなっている。
詰んでいた。
どこから見ても、詰んでいた。
ギルギラスが一歩踏み出した。地面が沈む。
ソウマは正面を向いた。
路地の方角は見なかった。
——考えるのは後だ。
今は。
ソウマがナハトゲイルを見た。
相棒の黒い狼も吹き飛ばされ、叩きつけられ…ジリ貧だ。
ソウマはニヤリと口の端を上げた。
「メリル」
『なに?』
「いいシチュエーションになってきたなぁ」
一瞬の沈黙があった。
『はああああ……全く』
メリルの魂玉に新たに幻想が刻み込まれる。
『最初からできたら苦労しないのに!』
「それじゃヒーローらしくないだろ?」
『バーカ!』
ギルギラスが吼えた。
地面が揺れた。
ソウマはナハトゲイルに向かって走った。
「へっ——行くぜ!!」
ナハトゲイルの顎型装甲が開く。
蒼白の光が迸った。
「「幻装甲!!」」




