「星を想う」
玲司の部屋は、思ったより狭かった。
六人が入ると、もうそれだけで部屋の空気が変わった。
「おぉ…思てたより狭いなぁ」
カイルが率直に言った。
「そう言ったろ」
玲司が腕を組む。
「まぁ、立ってても仕方ないし適当に座って」
志織が手振りで促した。
全員がなんとか床とソファに収まった。
志織がキッチンから顔を出した。
「お茶でいいですか?コーヒーもありますけど」
「お茶で!」
「お茶!」
「コーヒーで」
「ブラックで」
「カイルさん、ブラックなんですね……」
「ふふふ…大人やからな」
「私もブラックにしようかな」
「やめとき」
飲み物が揃ったところで、ソウマが胸元のネックレスに触れた。
「じゃあ改めて。紹介しとこうか」
ネックレス型の魂玉が淡く光る。
次の瞬間——小さな茶色い生き物が、ソウマの肩にふわりと降り立った。
玲司のペンが止まった。
志織がお盆を持ったまま固まった。
全員が、二人の反応を静かに待っている。
「「…………」」
二人同時に、その生き物を凝視した。
短いながらふわっとした毛。小さな耳。くりっとした目。
それが口を開いた。
「二人共はじめまして!ソウマのお目付け役のメリルよ!」
「だぁれがお目付け役だ!」
ソウマが即座に返した。
「事実でしょ」
「相棒だ相棒!」
「お目付け役兼相棒」
「それはまぁ……否定できないけど!」
志織が我に返った。
「……喋った」
「喋るよ」
「動物が喋った」
「ソキウスっていう俺たちの相棒だ。幻顕者には全員いる」
カイルがウェンティを肩に出す。
リナリィの足にアウラが飛び乗り。
ハンナの頭の上にニッカがちょこんと座る。
志織の目が輝いた。
「ええええ!か、かわいい……!触っていいですか!」
「ええよ」
カイルの腕にウェンティが移動する。
志織がそっと手を伸ばした。
ウェンティが志織の指先に顔を寄せる。
「わあ……不思議な手触りですね……!」
「身体は小さくても、ウチはドラゴンやからな!」
ウェンティが誇り高そうに言った。
「ドラゴンを触れる人生になるとは思ってなかったなぁ…」
志織は興味津々でウェンティを撫でる。
玲司が無言でその様子を見ていた。
しばらくして、ぽつりと言った。
「……本当に、別の世界の存在なんだな」
ソウマが玲司を見た。
「まぁね」
「証拠が多すぎて、もう疑う気にもなれない」
「それは良かった」
玲司が電子ノートを開いた。
「改めて聞く。俺が狙われてる理由を、全部話してくれ」
「オッケー、全部な」
ソウマが頷いた。
「じゃあ最初から行こうか」
ソウマが話し始めた。
多元世界の構造。
卵とは何か。
楽園がなぜ狙うのか。
摘出されたら何が起きるのか。
玲司は一度も口を挟まなかった。
代わりに、時折メモを取っていた。
電子ノートには、数式のような記号とともに図を描いている。
「……多元世界は並列に存在するのか?」
「並列というより——乱立、かな。何かの法則で配置されてるのかもしれないけど、俺たちには理解できない」
「時間の流れも各世界で違うのか」
「違う…と思ってる。でもそのズレを合わせてるのがおそらく調律粒子だ」
「……その粒子の発生メカニズムは」
「わからない」
玲司が顔を上げた。
「わからないのに使えるのか?」
「そういうもんだと受け入れてる」
玲司がしばらくソウマを見た。
「……理工系の思考じゃないな」
「ヒーロー系の思考だから」
「なんだそりゃ」
志織がウェンティを撫でながら、兄のノートをちらっと見た。
「……玲司、ちゃんと話聞いてるんだ?」
「聞いてるから書いてるんだ」
「まぁ確かに」
志織がソウマの隣に腰を下ろした。
「ソウマさん、玲司って昔からこうなんですよ。理解するまで絶対引かないんですよね」
「それはわかる気がする」
ソウマが少し笑った。
「玲司、お前と俺、似てるかもな」
玲司が顔も上げずに言った。
「いいや似てない」
「そうか?」
「俺の方が頭がいい」
志織が噴き出した。
玲司とソウマが話し込んでいる間、部屋の雰囲気がじわじわと変わっていった。
リナリィが志織の隣に移動していた。
いつの間にか二人でアウラをテーブルの上に乗せて、交互に撫でている。
「アウラってどんな子?」
「明るくて、おしゃべりで——あと甘えん坊かな」
「その情報は必要ないだろ!?」
アウラが尻尾を丸めた。
「事実じゃない」
「むぐぐ…反論できない」
志織が笑った。
「ソキウスって、ちゃんと個性あるんですね」
「全然違いますね。アウラはこんな感じで、ニッカは——」
リナリィがハンナを見た。
ハンナがニッカをそっと差し出す。
「……どうぞ」
志織がニッカに手を伸ばした。ニッカが志織の手のひらに乗った。
「ちっちゃい……!」
『よう志織、オイラはニッカだナ。よろしくナ』
「喋り方かわいい……!」
何故かハンナが少し照れた顔をした
======================>
カイルはというと、部屋の本棚の前で固まっていた。
ウェンティが肩の上で首を傾げる。
「どしたん?」
「……これ全部、宇宙の本か?」
背表紙を目で追う。
宇宙工学、軌道力学、天体物理学——専門書がびっしり並んでいる。
「読んだことあるやつ一冊もないわ」
「カイルが読む本なんかあるん?」
「あるわ!……少ないけど」
玲司がちらっと本棚を見た。
「触っていいぞ」
「ええんか」
「どうせ読めないだろ」
「…わからんで?」
カイルが一冊抜き出して開いた。数式がびっしり並んでいる。
「……読めへんわ」
「だろ」
ウェンティが本の上に降り立った。
「これ全部読んだん?」
「ほとんど」
『すげぇナ』
ニッカがハンナの肩から声をかけた。
「本当にすごいですね」
玲司が少し間を置いた。
「……宇宙に行くためなら、読むしかないからな」
それだけ言って、またソウマの方を向いた。
カイルが本をそっと棚に戻した。
ウェンティが耳元で小さく言った。
『ええ子やん』
「……そやな」
カイルが小さく頷いた。
話が一段落したところで玲司が電子ノートを閉じた。
窓の外、トーア・シティの夕空がオレンジに染まり始めていた。
しばらく誰も喋らなかった。
それは悪い沈黙じゃなかった。
志織がお茶のおかわりを配りながらふと言った。
「玲司、せっかくだし話してあげなよ」
「何を」
「宇宙飛行士になりたい理由」
玲司が志織を見た。
「はぁ?なんで俺がそれを——」
「だってソウマさん、玲司の目を見て宇宙飛行士だってわかったんでしょ?」
「え、どういうことですか?」
リナリィが少し身を乗り出した。
「初日に。星が見えない空でも探してた…って」
全員の視線が玲司に集まった。
玲司は少しの間窓の外を見ていた。
「……別に、大した話じゃない」
「聞きたいです」
ハンナが静かに言った。
玲司が少し驚いた顔をした。ハンナはあまり自分から言葉を出す方じゃないと思っていたから。
玲司が息を吐いた。
「……子供の頃、親父に連れられて宇宙ステーションの展望デッキに行ったことがある」
「行けたんですか?」
「チケットがバカ高くて。親父が一生に一度の大奮発のつもりで取ってくれたんだ。」
玲司の視線が窓の外に向いたまま、少し遠くなった。
「あそこから見た地球が——忘れられなかった」
「それで宇宙飛行士に?」
「また行きたかったが、あの値段じゃ一生無理だ。今はもっと高くなってるしな…なら、自分で宇宙に行けばいい」
志織が笑った。
「単純でしょ、玲司って」
「うるさい」
「でも、それだけ本気ってことだよね」
玲司は何も言わなかった。
ソウマが少し笑った。
「やっぱ似てるな」
「何がだ」
「俺も子供の頃からヒーローになりたかったから、だから今はヒーローになった。 同じだろ?」
玲司がしばらくソウマを見た。
「……半分は納得してやる」
「半分似てりゃなかなかだろ?」
「今も夜空見てるよね、星見えないのに」
志織が笑った。
「うるさい」
「かわいいじゃないですか」
リナリィが言うと、玲司が「かわいいは余計だ」と返した。
ソウマが窓の外を見た。
トーア・シティの空は今夜も明るい。
光害で星は見えない。
「多元世界にはな」
ソウマが言った。
「星がめちゃくちゃよく見える世界があるんだぜ」
玲司が、ソウマを見た。
「光害が全然ない。夜になると空が星で埋まる。まじで向こうの銀河まで見えるくらいにな」
「……行ったことがあるのか」
「あるさ、何度もな」
玲司がしばらく黙っていた。
何かを嚙み締めるような顔だった。
「……そうか」
それだけ言った。
でもその目は、ずっと窓の外の空を見ていた。
メリルがソウマの肩の上で、静かに玲司の方を向いた。
——また、あの感覚だ。
玲司の波動が、何かに触れそうな気がする。
でも、何にだろう?
『……ねえ、ソウマ』
『ん?どしたテレパスで』
『玲司の波動、やっぱり——』
メリルが言いかけて、止まった。
『やっぱり?なんだ?』
『……ううん。なんでもない。気のせいかも』
ソウマが眉をわずかに寄せた。
でも玲司が「多元世界の星か…いつか見てみたいな」とぽつりと言ったので、そちらに顔を向けた。
「なら俺が連れてってやるよ」
玲司が少し間を置いた。
「……お前に言われると、本当にそうなりそうで困る」
志織が嬉しそうに笑った。
カイルがウェンティと顔を見合わせた。
『ええコンビやん』
「ほんまにな」
気づけば夜になっていた。
志織とリナリィがキッチンで何か作り始め、ハンナがニッカと一緒にそっと手伝いに入っている。
カイルは床に腰を下ろして、ウェンティと二人で玲司の専門書を無駄に頑張って読もうとしていた。
「カイルさん、読めてます?」
玲司がそっと聞く
「読めてへん、でも意地でも読んだる」
「なんで」
「悔しいやないか」
ウェンティが「なんの意地かわからんけど応援するわ」と言った。
自然と、ソウマと玲司だけが残った。
二人でソファに座って、窓の外を見ている。
しばらくして玲司が口を開いた。
「一つ聞いていいか」
「ん?」
「お前は——なんでヒーローをやってるんだ」
ソウマが少し考えた。
「さっき言った通りだけどな。 子供の頃からずっとなりたかった、憧れじゃなくて本気でなろうと思ってた。そして、ヒーローになると言う選択肢が目の前にあった…ならない理由なんてないよな?」
「そういう事か」
「そういう事だ」
玲司が腕を組んだ。
「守りたいやつがいるとか、誰かに頼まれたとか、そういうのじゃないのか」
「守りたい人がいる。じゃなくて、誰かを守れるヒーローってかっこいい、だな。だからなりたいって思った」
玲司がしばらく黙っていた。
「……馬鹿みたいだな」
「そうかもな」
間を置かずにソウマが言う
「でも、馬鹿みたいな理由の方が長続きする気がするんだよな」
「なんでだ」
「損得で動いてたら、割に合わないと思った瞬間に止まるだろ。でも好きでやってたら——割に合わなくても、やめる理由にならないだろ?」
玲司がソウマを見た。
「…………」
「痛みを受けても、這いつくばっても、やめようと思ったことが今の所一回もない。それって馬鹿みたいな理由のおかげだと思う」
玲司が視線を窓に戻した。
長い沈黙だった。
「……俺も同じかもしれないな」
ぽつりと言った。
「宇宙ステーションから見た地球が忘れられなくて——それだけで今まで来たからな」
「同じだな」
「馬鹿みたいだろ」
「馬鹿みたいだな」
二人同時に言って、少し笑った。
キッチンから志織の声がした。
「できましたよー!」
「おっ」
「なんか作ってたのか」
「パスタだってよ」
玲司が立ち上がった。
歩き出す前に、一度だけソウマを見た。
「……お前たちの事、悪い奴らだとは思ってない」
そう言って玲司は一度天井を…いや空を見上げて
「幻顕者になるのか、休眠させるのか、それを決断する為の時間をあと少しだけくれ」
「ああ、それまでは俺達がお前を守るよ」
六人でパスタを食べた。
テーブルが小さすぎて玲司とソウマは床に座った。
「なんで俺たちが床なんだ」
「後から来た人が床でしょ」
「まぁ…そういうもんか」
「そういうもんです」
志織がきっぱり言った。
カイルが「ルールならしゃあないなぁ」と言いながら食べていた。
「……うまいな」
玲司が言った。
「え、本当ですか!?」
「ああ」
「やった。玲司って食事に文句言わないけど褒めもしないから、褒められたの久しぶりかも」
「食えれば文句はない」
「そういうとこだよ」
リナリィが志織と顔を見合わせて笑った。
ハンナがニッカと一緒に静かに食べている。
メリルがソウマの皿をじっと見ていた。
「ソウマ、それちょうだい」
「やらん!」
「ケチ」
「って、自分のはどうしたんだよ?」
「もう食べた」
「いや早いな!」
玲司がその様子を無言で見ていた。
志織がこっそりソウマに耳打ちした。
「ずっとこんな感じなんですか?」
「まぁ、大体こんな感じだな」
「なんか……いいですね」
玲司は何も言わなかったが、箸を動かす手は止まっていた。
======================>
帰り際。
玲司が玄関まで送りに来て、全員が順番に出ていく。
リナリィが振り返った。
「今日は本当にありがとうございました」
「まぁ、何度も助けてもらってるしな、礼は要らない」
「それでも」
玲司が少し目を逸らした。
「……また来ていいですか」
志織が玲司の隣から顔を出した。
「いつでもどうぞ!」
「お前が答えるなよ」
「いいじゃん」
玲司が小さく息を吐いた。
ソウマが最後に出た。
玄関の前で一度振り返る。
玲司がドアに手をかけたまま、立っていた。
「また明日な」
「……ああ」
短い返事だった。
でも、扉を閉める前に玲司がもう一度口を開いた。
「星の話——本当か」
「ああ、もちろん本当だ、そんな嘘は吐かないよ」
「……そうか」
扉が閉まった。
ソウマが夜のトーア・シティの空を見上げた。
今夜も星は見えない。
『ソウマ』
「ん?」
『玲司、いい人だね』
「ああ、ぶっきらぼうだけどな、根は熱いやつだよ」
『だから——』
メリルが少し黙った。
『……ちゃんと守ろうね』
「もちろんだ」
ソウマが歩き出した。
夜風が一筋、路地を抜けていった。
======================>
部屋に戻った玲司は、窓の前に立った。
COSMAの書類が机の上にある。
手を伸ばして、開いた。
今夜は、ちゃんと頭に入ってきた。
志織がドアから顔を出した。
「玲司、お風呂空いたよ」
「おう」
「……楽しかったね、今日」
玲司はしばらく書類を見たまま答えなかった。
それから静かに言った。
「……そうだな」
志織がにこっと笑って、ドアを閉めた。
玲司はもう一度窓の外を見た。
星は見えない。
でも今夜は——見えなくても、何かが見えた気がした。
もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると励みになります。
感想もお待ちしております。




