表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/43

「脚本の外」

 深夜二時。


 玲司は机に向かったまま、動いていなかった。


 COSMAの選抜書類が広げてある。

 だが視線はその上にある志織の付箋に止まっていた。


「絶対受かる。二人で」


 半年前に貼った字だ。


 玲司はゆっくり息を吐いて、書類を閉じた。


 ——俺は今、何を迷っている。


 窓の外、トーア・シティの夜景が光っている。星は見えない。いつ見ても見えない。それでも玲司は空を見上げた。


 背後でドアが開いた。


「……起きてたのか」


「眠れなくて」


 志織がコップを二つ持って入ってきた。一つを机に置く。


 玲司は受け取らずに、また窓の外を見た。


「あいつら、明日も来ると思うか」


「来ると思うよ」


 迷いなく志織が言った。


「……なんでそう思う」


「だって昨日も来たじゃん」


 玲司は黙っていた。


「玲司」


 志織が兄の背中に向かって言った。


「私、明日もう一度話しかけてもいい?」


 少しの間があった。


「……勝手にしろ」


 拒絶ではなかった。


 志織が小さく笑った。玲司には見えなかったが、気配でわかった。


「うん。おやすみ」


 ドアが閉まる。


 玲司はコップを手に取って、一口だけ飲んだ。


 窓の外の空は、まだ暗かった。




           ======================>




 同じ頃。


 トーア・シティの路地の奥、ソウマたちは壁に背を預けていた。


「もう三日目やで」


 カイルが腕を組んで空を仰いだ。


「早いなぁ」


「うーん早いなぁ」


 ソウマが同意する。


楽園(パラディーゾ)は今日より大きな手ぇ打ってくるで。昨日みたいな茶番やなく——玲司の目の前で、俺らをほんまもんの悪に見せにきよる」


「来るだろうなぁ」


「来たとき、玲司はどっち信じると思う?」


「そりゃ俺たちだろ?」


 即答だった。


 カイルが眉を上げる。


「ちなみに…根拠は?」


「昨日、帰り際に謝ってくれたぜ?」


「それだけかい!」


「っへ、十分だろ?」


 カイルがしばらくソウマを見て、それから小さく噴き出した。


「ほんっまおめでたいやっちゃなぁ!」


「そうか?」


「そうやで」


『そやそや!』


 カイルとウェンティが声を揃えた。


 リナリィがくすっと笑った。


「私、今日は志織さんのところに行きます」


「え、一人で?」


「昨日より距離が縮まってるのわかったので。ここはいけると思います」


「頼もしいな」


「任せてください」


 ハンナがリナリィの隣でこくりと頷く。


「私もリナリィさんと一緒に行きます」


「二人で行くんかい」


「……心強いですよね」


「まあそうやけど」


「よし」


 ソウマが立ち上がった。


「じゃあ俺は玲司を待つ。作戦会議終わり」


「早っ」


「行動あるのみだろ」


 カイルがもう一度噴き出す。


「ほんまこいつは——」


 夜のトーア・シティに、笑い声が溶けていった。

 



          ======================>




 廃ビルの最上階。


 ナウラが窓枠に肘をついて、夜景を眺めていた。


 バキアが肩の上で目を細める。


「ホロロロ…楽しそうですね。」


「ああ」


 ナウラが静かに笑った。


「あの男——昨日、帰り際に何と言った」


「怪我させて悪かったな、だったかなぁ」


 ワッコーが欠伸をしながら答えた。


「ホロロロ……実に、興味深い」


 バキアの目がゆっくりと開く。


「脚本通りには動かない男か」


 ナウラが夜景から視線を切った。


「——では、明日は少し丁寧に舞台を整えよう」





          ======================>




 朝のトーア・シティは人が多い。


 磁気シャトルが次々と滑り込んでくる時間帯だった。


 リナリィとハンナはマンションの向かいのカフェで、ガラス越しにエントランスを見ていた。


「……来るかな」


「来ると思います」


 ハンナが静かに言った。


「志織さんは昨日、自分から動いた人ですから」


「そうだよね」


 リナリィがカップを両手で包む。


 九時を少し過ぎたころ——カフェのドアが開いた。


「やっぱりここにいた!」


 志織が迷いなく入ってきた。リナリィたちの席に一直線に歩いてくる。


「ちょっと聞いていい?」


 椅子を引いて、許可を取る前に座った。


 リナリィが目を丸くする。


「え、あ、どうぞ……」


「玲司のこと、本当に守れるの?」


「……守ります。」


「なんで?」


「玲司さんに——絶望してほしくないから」


 志織が少し首を傾げた。


「絶望…って?」


「敵は…フェデーレ玲司さんの(オーウォー)、魂を狙ってるんです。強引に来られたら、魂に取り返しのつかない傷が残るかもしれない。それだけは——させたくない」


 志織がじっとリナリィを見た。


 三秒ほど沈黙した。


「……嘘じゃないね」


「嘘じゃないです」


うん、わかった」


 志織があっさり言った。


「私が玲司を説得してみる」


「え」


「「玲司はああ見えて、わかったら動くから。ただ時間かかるだけで」


 ハンナが少し目を見開く。


「……志織さんは、怖くないんですか。こんな話に巻き込まれて」


「怖いよ」


 志織がぱっと答えた。


「でもソウマさん、昨日怪我してたじゃないですか」


「…はい」


「それでも今日も来た。あの人の目、怖がってなかったから」


 志織が窓の外を一度見た。


「嘘をついてる目でも、諦めてる目でもなかった。だから私は信じることにしました」


 リナリィが何か言いかけて、止まった。


 ハンナが静かに微笑んだ。


「そういえば——」


 志織がハンナを見た。


「あなたの名前、まだ聞いてなかったね」


 ハンナが少し驚いた顔をした。


「……ハンナ、です」


「ハンナさん。よろしく」


 志織がにこっと笑った。




          ======================>



 昼過ぎのトーア・シティは人が多い。


 昼休みの学生、買い物客、磁気シャトルから吐き出されるサラリーマン。

 路面の光ラインが人波に埋もれて見えなくなる時間帯だ。


 廃ビルの屋上で、ナウラが空を見上げていた。


「ワッコー」


「ん?」


「今日の舞台は——広く使う」


 ワッコーの目が少し動いた。


「広く?」


「一点に集中させす、街全体に散らす。そうすることで——」


 ナウラが手すりから離れて、街を見下ろした。


「ヒロイックたちは分断される」


 ワッコーがキーホルダーの束をじゃらりと取り出した。

 小型の怪人型が十数個、鎖でまとめてある。


「全部出していいの?」


「好きなだけ構わんよ」


 ワッコーの目がぱっと輝いた。


「やったぁ!」


「坊っちゃん。」


 アーケが呆れたように翼を広げる。


「はしゃがないですことよ。これは舞台ですことよ」


「わかってるよ」


 ワッコーがキーホルダーを一つ摘まんで、街へ向けて放り投げた。


 次。また次。


 十数個が夕空に弧を描いて、トーア・シティの各所へ散っていく。


「ホロロロ……」


 バキアの目が大きく開いた。


 街のあちこちを同時に捉える。


 着弾点ごとに、小型の怪人が膨れ上がった。


 路地に一体。公園に二体。駅前の広場に三体。


 それぞれが別の方向に走り出す。


 悲鳴が上がり始めたのは、ほぼ同時だった。




           ======================>




『ソウマさん!北側二体です!』


 ハンナの通信が飛び込んできた。


『南も出た!三体、駅前に向かってるわ!』


 リナリィが続く。


「っ、散らしてきやがったか——」


『ソウマ、東の公園にも気配だナ!』


 ニッカの声。ソウマは瞬時に地図を頭に展開した。


 北、南、東——少なくとも三方向。同時多発だ。


「カイル、北頼む!リナリィとハンナは南!俺は東だ!」


「一人でいくんか!?」


「小型だろ、余裕余裕」


「……わかった、気ぃつけや!」


 四人が一斉に走り出した。

  

 廃ビルの屋上で、ナウラが口角を上げた。


「分断できたな」


「ホロロロ……」


「さて」


 ナウラがバキアの視界を通して、街を見渡した。


 東の公園——ソウマが単独で向かっている。


 北——カイル。


 南——リナリィとハンナ。


 そして。


 大通りを歩いている二人組。


 玲司と志織だった。


「ヒロイックが手薄になった場所に——」


 ナウラが静かに手を上げた。


「丁度いい怪人が、現れる」


 ワッコーが最後の一個を手の中で転がした。


 一番大きなキーホルダーだった。


「こいつはお気に入りだよっと」


 それを放り投げた。


 大通りは夕方の人波が戻り始めていた。


 玲司は志織と並んで歩いていた。


 志織が今日リナリィたちと話したことを、ぽつぽつと話している。


「ハンナさんって静かな子なんだけどね、目がすごく真剣で」


「……そうか」


「玲司、また上の空」


「聞いてるよ」


「どうせCOSMAのこと考えてる」


 玲司は答えなかった。


 ——違う。


 今考えているのはCOSMAじゃない。


 今朝、ソウマが怪人の前に滑り込んできた瞬間のことだ。


 考えるより先に動いていた。アイツの動きは——


「玲司…」


 志織が急に立ち止まった。


 前方の人波が、音もなく左右に割れていく。


 路地の入口から這い出てきたのは、小型の怪人だった。一体じゃない。路地の奥から次々と溢れ出てくる。


 五体。六体。七体——


「っ」


 玲司が志織を背後に庇って後退した。


 左。塞がれている。


 右。路地がある——が、奥が見えない。


 前方の怪人が一歩踏み出した。


「逃げるぞ」


「どっちに!?」


 玲司が右の路地を選んだ瞬間——奥から二体が走ってきた。


 完全に囲まれた。


 志織が玲司の背中を掴む。

 玲司は両手を広げて、志織を壁に押しつけるように庇った。


 怪人たちがじりじりと距離を縮めてくる。


 ——何もできない。


 武器もない。逃げ道もない。


 玲司の奥歯がギリ…と鳴った。


 それでも、一歩も動かなかった。


「玲司、怖い…」


「っ大丈夫だ!」


 何の保証もない、だけど…


 怪人の一体が跳躍した——――


「やらせるかっての!!」


 真横から黒い装甲が飛び込んできた。


 怪人を腕ごと掴んで、地面に叩きつける。


 ソウマだった。


 幻装のフォトンラインが路地の薄暗さの中で青紫に光る。


「すまねぇ遅くなった!」


 振り返りもせずに叫んだ。


 残りの怪人が一斉に向かってくる。


「偵察用の雑魚なんざ何体いても蹴散らしてやるぜ!」


 ソウマが前に出た。


 二体を同時に受け止めて、路地の壁に叩きつける。三体目を蹴り飛ばす。四体目が背後から——


「ソウマ君!」


 リナリィの水の刃(シェ・ジアド)が背後の怪人を両断した。


「東は片付いたので手伝いに来ました!」


「おっと、早いな!」


 ハンナの影縛鎖(シャドウライン)が残りを縫い止める。


 調律粒子(アジャストタキオン)が路地に霧散した。


 ソウマが幻装を解いた。


 玲司がソウマを見ていた。


 壁を背に志織を庇ったまま動いていなかった。


 一歩も退かなかった。武器も力もないのに——退かなかった。


 二人の目が合った。


 ソウマが口を開きかけた。


 玲司が先に言った。


「……お前らが来なかったら、どうなってたかはわかる」


「っと…」


「……それだけだ」


 ソウマが少し笑った。


「十分だよ」


 怪人が霧散した路地に、夕方の光が差し込んでいた。


 カイルが北側から戻ってきた。


「全部片付けたで——って、もう終わっとるやん」


「おそっ」


「うるさいわ、北は五体おったんや」


 リナリィが小さく笑った。


 志織がハンナの隣でほっと息を吐いている。


 玲司は路地の入口に立ったまま、ソウマたちを見ていた。


 笑っている。普通に、笑っている。


 怪我をして、囲まれて、それでも——こいつらは笑っている。


「……一つ聞いていいか」


 玲司が口を開いた。


 全員が玲司を見た。


「お前たちが言う、多元世界ってのは——本当に無数にあるのか」


 ソウマが答えた。


「そうだなぁ、数えきれないくらいには」


「宇宙も」


「宇宙もってか、宇宙がいっぱいある…かな?」


 玲司がしばらく黙っていた。


 空を見上げた。


 トーア・シティの夕空は、オレンジと灰色が混じっている…星はまだ見えない。


「……話を、聞かせてくれ」


 誰も声を上げなかった。


 リナリィが口を手で押さえた。

 ハンナが目を細める。

 カイルが腕を組んで、ふいっと空を仰いだ。


「……そらよかったわ」


 カイルがぼそっと言った。


「ほんなら場所変えよか。立ち話もなんやしな」


「すげぇ静西弁だな…俺達の家来るか?」


 玲司が言った。


 全員が少し驚いた顔をした。


「言っとくが、狭いぞ」


「大丈夫ですよ」


 志織がぱっと笑った。


「私、お茶淹れます」


「急に張り切るなよ」


「いいじゃん」


 玲司が小さく息を吐いた。


 歩き出す。


 ソウマが隣に並んだ。


 玲司は何も言わなかった。


 ただ、追い払いはしなかった。


 夕暮れのトーア・シティを、六人で歩いた。




          ========>




 廃ビルの屋上で、ナウラは夕空を見ていた。


 バキアの目が、六人の背中を映している。


「……脚本の外へ出たな」


 ワッコーがキーホルダーを一つ、手の中で転がした。


「あっれー?失敗じゃん!」


「坊ちゃん。」


「ホロロロ……」


「失敗ではない」


 ナウラが口角を上げた。


「信頼させてからの方が——絶望は味わい深くなる」


 バキアの目が、ゆっくりと閉じた。

もし少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると励みになります。

感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ