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「波動の在処」

 本部の中枢、円形の会議室にアルバート・ペイルの声が静かに響いた。


「みんな、今日集まってもらったのは、緊急性の高い任務があるからだ」


 アルバートが部屋にいる全員を等しく見渡す。


 ソウマ、リナリィ、ハンナ…そして、カイル・ベラーガ。


「ソラーレ多元域、コードT-32。トーア・シティという近未来型の都市世界だ。そこに(オーウォー)の波動が——僕は、これほど強い波動を見た事が無い。」


 アルが手元の空間に波形データを投影した。うねるような光の線が、脈打つように揺れている。


楽園(パラディーゾ)が動く前に保護する必要があるけど。これ程の波動とっくに気付かれててもおかしくない、とにかく(オーウォー)の特定が急務だよ」


 短い沈黙の後、ソウマが口を開いた。


「わかった、今回はカイルも一緒なのか?」


「おう」とカイルが腕を組んで頷く。


「急遽声かかってな。ガレスとクロエは実界でリフレッシュ中やけどな、久々の合同任務やで、ソウマ!」


 その声を聞いたリナリィが、小声でハンナに囁いた。


「……相変わらずすごいコネーモ訛りですね」


「聞こえとるで、リナリィ」


 カイルが片眉を上げる。


リナリィが「す、すみません」と背筋を伸ばすと、ソウマが苦笑いで補足した。


「ああ、逢咲弁な。カイルの故郷の」


「ちゃうちゃう、ムアンジ語やて!逢咲弁て何やねん!」


 カイルがずいっと前に出る。


ウェンティが主人の肩の上で「そうやそうや!」と同調した。


場の空気がわずかに軽くなる。


アルがコホン、と軽く咳ばらいをした。


「では行くよ。調律粒子(アジャストタキオン)展開、ゲート開放」


 ソウマがメリルの魂玉に触れる。胸元でほのかに光が灯った。


「よし、行くぞ、メリル」


『うん。——それにしても、あの波動……』


 メリルが少し間を置いた。言いかけて、止める。


『……なんでもない。行こう』


「「「ユニバースコネクト」」」 


4つの魂玉(アニムストーン)が光の中に溶けていった。




          ======================>




 トーア・シティに降り立った瞬間、ソウマは思わず空を見上げた。


 高層ビルの隙間を縫うように、磁気浮上式のシャトルが音もなく滑っていく。

 

 路面には光のラインが走り、歩行者たちは薄型の端末を手に、それぞれの速度で動いている。


 栄京に似ている——でもどこか、全部が数十年だけ先にある感じがした。


「……でっか。」


 ソウマが首を伸ばして高層ビル群を見上げる。


「デバンドの九峰より高いですね」


「あっちは岩山なんでしょ?」


 リナリィが首をかしげる。


「しかしまぁ…都市型世界か。クリエイターが来とったら難儀やな」


 カイルが渋い顔をした。


「クリエイター?」


 リナリィが眉を寄せる。


楽園(パラディーゾ)の第七席や。怪人、怪獣を使役する。こんな人が多い場所で暴れられたら……厄介どころやないで」


 カイルの声が少し低くなった。


 ウェンティが主人の肩でそっと翼を畳む。


 ハンナのニッカが耳をそばだてた。


『波動の方角、北東だナ。歩いて十分くらいじゃないかナ』


「うし、行こう」


 ソウマが先に歩き出す。




          ======================>




 辿り着いたのは、高層ビルが立ち並ぶ一角に残された七階建てのマンションだった。


 この文明レベルから見ると少々築年数は古いが手入れはされている。


 エントランスの脇に小さな自転車に似た乗り物が数台。

 

 五階の窓に灯りがついていた、カーテン越しに人影が二つ。


 一つはやや大柄で、もう一つは小柄だ。


 やや大柄な方が何かを言って、小柄な方が笑い返す。


 それだけのことなのに、ソウマはなぜか目が離せなかった。


「……あそこか」


『うん。波動の中心はあの部屋ね』


 メリルの声は静かだった。


 しばらくして、窓が開いた。


 赤いTシャツ、短く切った群青色の髪、背が高くて肩幅が広い——鍛えている体だとひと目でわかる。


 男が窓枠に肘をついた。


 視線は空に向いていた。


 夜のトーア・シティの空は、光害で星がほとんど見えない。


 それでも男は、何かを探す様にしばらく空を見ていた。


 その背後から、小柄な女性が顔を出す。


 男と同じ顔立ちで、でも雰囲気は全然違う。


 何か言いながら男の背中をつついて、男が振り返って苦笑いした。


 二人でまた部屋の中に引っ込んでいく。


 カーテンが揺れて、灯りが消えた。


「……」


「ソウマさん」


 ハンナが小声で呼んだ。ソウマは視線を窓から引き剥がす。


「明日接触してみよう。今夜は周囲の警戒だけだ」


 全員が頷いた。


 ただそれだけの夜だった。


 ——まだ、何も壊れていない夜だった。




             ======================>




 ―――翌朝。


 ソウマたちはマンションの向かいにあるカフェで張り込んでいた。


 リナリィがカップを両手で包みながら窓の外を見ている。


 ハンナはヘアピン型の魂玉(アニムストーン)になったニッカを触りながら、周囲の影をそっと探っていた。


 九時を少し過ぎたころ、マンションのエントランスから二人が出てきた。


 白いライダースジャケットを肩にかけた長身の男——華渡玲司。その隣に、同じ群青色の髪を内巻きミディアムに整え眼鏡をかけた女性——志織。


 二人で何か話しながら歩き出す。


 笑い声が、ガラス越しにうっすら聞こえた気がした。


「よし行こう」


 ソウマが立ち上がった。


「ちょっと待ってくれ」


 声をかけると、玲司が振り返った。


 警戒心が一瞬で顔に浮かぶ。


 志織が兄の少し後ろに下がった。


「ごめん、本当に唐突で悪いんだけど、君に危険が迫ってるんだ、ちょーっと俺たちと来てくれないか?」


 間を置かずに言った。


 遠回しにしている時間はない。


 玲司はソウマを無言で見た。


 次にリナリィ、ハンナ、カイルを順番に見て、また戻ってくる。


「……何言ってんだ、お前ら」


 低い声だった。


「危険、ってなんだ。お前ら何者だ見た事無い制服だけど…お前達…高校生か?」


「あー、説明したいんけど、ここじゃ——」


「いや、必要ない。」


 玲司が志織の腕を取って歩き出そうとする。ソウマが一歩踏み出した。


「あ、ちょ、待ってくれ、本当に時間が——」


「触るな」


 振り返りざまの声は静かだったが、有無を言わせない圧があった。


 ソウマの手が止まる。


 玲司の目が、真っ直ぐソウマを見ていた。


 怒りでも恐怖でもない。ただ——信用していない、という目だった。


「お前らが何者かは知らないが、俺たちには関係ない話だ。消えてくれ」


 二人が人混みに紛れて遠ざかっていく。


 ソウマは追わなかった。


「……難しいな」


「焦っても逆効果やで」


カイルが隣に並んだ。


「信用ゼロのとこから始めなあかん」


 リナリィがそっと口を開く。


「でも——あの二人、仲良いですね」


「ああ…だからこそ…難しいな、あいつ等にとっちゃ、カモネギだ」


「カモネギ…?」


「あー、格好の餌だ」

 

 ハンナが、ニッカの耳元に小さく囁いた。


『……もうちょっと警戒範囲、広げといて』


『わかったナ』


 夜になった。


 ソウマたちは手分けしてマンション周辺を警戒していた。


 ソウマとリナリィが北側、カイルとハンナが南側。


 人通りが減るにつれて、街の光だけが浮かび上がってくる。


 トーア・シティの夜は静かだった。


 磁気シャトルの本数が減り、路面の光ラインだけが規則正しく点滅している。


 ニッカが耳をぴんと立てた。


『ハンナ、東の路地、ナ』


「わかった、皆さん、東の路地に敵の反応です。」


 ハンナがみんなに伝える。


ハンナとカイルが気配を殺して路地の角に回り込んだ瞬間——人型の幻体が路地の奥に立っていた。


 ぬらりとした輪郭。クリエイターの創り出した怪人だ。


 ハンナの足元から影が伸びる。


「——影縛鎖(シャドウライン)!」


 影のワイヤーが怪人の四肢に絡みついた。


 怪人が低く唸って身を捩るが、ハンナが地面を踏みしめて引き絞る。


「くぅっ!」


 そこへカイルが攻撃態勢に入る。


「おっし!ナイスやでハンナちゃん!!」


 カイルが地面を蹴った瞬間、背後でウェンティが光を放つ。


竜騎士(ドラグーン)!」


 竜騎士の装束が瞬時にカイルを包み、槍が手に収まった。


 怪人めがけて槍が一閃する。胴体を貫いた衝撃で怪人がよろめいた。


 そのまま怪人の幻体が調律粒子(アジャストタキオン)となって霧散した。


 静寂が戻る。


「……クリエイターの手駒、偵察用の雑魚やな」


カイルが槍を消しながら言った。


「クリエイターは確定か……」


 遅れて到着したソウマが霧散した粒子を見つめて言った。


「こんな都市型世界で難儀な奴が来てもうたなあ」


カイルが腕を組む。


「俺もシティボーイだったからアイツが来たのかなぁ」


「いやシティボーイて!」


 カイルがずいっと向き直る。

 

 リナリィが小さく吹き出した。ハンナが口元を押さえて笑いを堪えている。


 ソウマは笑いながらも、視線をマンションの五階に向け、真剣な面持ちになった。


 灯りはまだついていた。カーテン越しの人影が二つ。


「……まだ気づいてないな」


「今夜はこれで終わりかしら」


カイルが腕を組んだ。


「でも明日には本格的に動いてくるで、楽園(あいつら)


「わかってる」


 ソウマは目を細めた。


 あの部屋の灯りが、もう少しだけ続きますように——そんな気持ちが、胸をよぎった。




          ======================>




 翌朝、玲司は空を見ていた。


 マンションの屋上に続く階段の踊り場、非常口のドアに背を預けて、煤けた採光窓から切り取られた空を。


 トーア・シティの朝は白い。


 高層ビルの隙間から覗く空は狭くて、星どころか青さもまだ薄い。


 宇宙航空開発機構COSMAの選抜試験まで、あと半年——志織と二人で目指してきた、この世界で最も狭き門だ


 筆記、体力、語学——全部、順調だった。


 志織も理学部の成績は学年トップクラスだ。


 二人でここまで来た。


 二人で、ここから先にも行く。


 そのはずだった。


 昨日の連中の顔が頭をよぎった。


 高校生みたいな顔をした黒髪の男。

 小柄な茜色の髪の女。

 ライトパープルのボブカットの子。

 そして、自分とそう変わらない年齢に見えるのに妙に落ち着いている男。

 

 何者だ。


 危険が迫っている、と言った。


 玲司は目を細めた。


 信用できるわけがない。


 突然現れて、正体も言わずついて来いなどと。


 ただ——あの黒髪の男の目が、どうにも引っかかっていた。


 嘘をついている目じゃなかった。


「玲司ー、ご飯できたよー」


 キッチンから志織の声が響いてくる。


 玲司はダイニングへと向かった。

   

「ねえ、昨日の人たち」


 食卓で志織が言った。


 トーストを半分かじりながら、兄の顔を見ている。


「……あいつらか、なんか気になったのか?」


「うん。なんか、真剣な顔してたね、あの人たち」


 玲司は答えなかった。


 コーヒーカップを持ち上げて、また置く。


「危ないの?」


「わからん」


「正直だね」


 志織が小さく笑った。


 玲司も口の端が上がりかけて、戻した。


「とにかく関わるな。変な連中だ」


「うん」


 志織はあっさり頷いた。


 でもその目は、玲司の言葉をそのまま飲み込んだわけじゃない——そういう顔をしていた。


 昔からそうだ。この子は頷きながら、全部自分で判断する。


 玲司はそれ以上何も言わなかった。




          ======================>



   

 その夜。


 トーア・シティの北区画、廃ビルの屋上。


 ナウラ・ダグバが夜景を見下ろしていた。


 フクロウ型のソキウス、バキアが肩の上で羽を畳んでいる。

 

 隣にワッコー・イラザールが立っていた。


 十五歳の外見で、けれど目だけが五十年分の時間を宿している。


「波動の主はあの少年か」


 ナウラが静かに言った。


「強いね」


 ワッコーが答えた。


「ホロロロロ…あれほどの波動はお目にかかったことが無いですね」


楽園(パラディーゾ)にとって有望な素材だ。——吾輩の『脚本』通りに運ばせてもらう」


 バキアの目が、夜の街を無言で見渡していた。

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