『幻装甲』
「「幻装甲!!」」
――ガシャンッ!
ソウマとメリルのかけ声と共にフルゴオルビス・アルマの胸部装甲が、左右に割れた。
まるでソウマを招き入れるように。
「行くぜ、メリル」
『ええ!』
短い言葉だけで、全てが通じた。
ルクスブレイバーの四肢が、開いた装甲の内側へと収まっていく。腕が、脚が、胴体が――ぴったりと、まるで最初からそこにあるべきだったように嵌まり込む。
装甲が、閉じた。
――ドクンッ。
ソウマの魂命と、フルゴオルビス・アルマに宿るメリルの魂玉が一つに重なった。
白い機体を走っていた光の筋が、赤に染まる。金に変わる。
額の魂玉が、夜明けの太陽のように輝いた。
「「ルクスッ! イグナイトッ!!」」
二つの声が、一つになって轟く。
爆発的な幻顕力の奔流が全身を駆け巡り、孤児院の庭の地面がその余波でめくれ上がった。
白と赤と金。
空に向かって、全長五メートルの強化装甲が立つ。
巨兵ダリオが、ほんの一瞬――動きを止めた。
「さぁ……」
ルクスイグナイトの双眸が、燃えるように輝く。
「ここから先は俺の幻想だぜ!!」
「ゥゥゥゥルグォォォォッ!!」
巨兵が吠えた。
理性をほとんど手放した、獣の咆哮。
ダリオを核にした十メートル超の泥と瓦礫の塊が、その巨大な腕をルクスイグナイトめがけて真上から振り下ろす。
街一つを潰せそうな、圧倒的な質量の暴力。
しかし、ルクスイグナイトは――一歩も引かない。
「ッ……せいやァ!!」
片腕を、真上に向けて突き出す。
――ズドォォォォンッ!!
衝突の瞬間、周囲の地面が爆発したように砕け散り、爆風が孤児院の木々をなぎ倒した。
土煙が晴れる。
ルクスイグナイトの足元には、クレーターのような窪みが刻まれていた。
しかし、その腕は折れていない。
巨兵の拳を、片手で、受け止めていた。
「……なァ」
巨兵の胸部――ダリオの意識が揺れた。
押し返されている。
この俺が。この質量が。このアルケミストが。
「ナゼ……オレが……ッ」
言葉にならない。
これまで何度となくソウマと刃を交えてきた。その度に忌々しかった。煩わしかった。だが、恐ろしいとは思わなかった。
今は違う。
魂命が、危険を感じ取り警鐘を鳴らしている。
「……ア、アァァ……!?」
「行くぞメリル」
『うん――全開ね、ソウマ!』
ルクスイグナイトの拳に、フォトンラインの光が集束する。
赤と金の光が、燃え盛るように膨れ上がった。
「吹ッ飛びやがれ!イグニスナックルッ!!」
――ズガァァァァァンッ!!!
巨兵の腕が、根元から粉砕された。
砕けた泥と瓦礫が四方へ飛散し、巨兵の上半身が大きくよろめく。
防壁の裏側。
「……っ」
セリアは、息を忘れていた。
さっきまで街を溶かし回っていたバケモノが、よろめいている。
あの白と赤と金の機体の、たった一撃で。
「ソウマ……君……」
隣でリナリィが、震える声で呟いた。
ハンナは何も言わなかった。ただ、防壁を維持する手に力を込めながら、静かに笑っていた。
その時だった。
――バリィィィィンッ!!
遥か上空、雲を切り裂くような白い閃光が走った。
直後、地面を揺らす衝撃波。
ソウマはルクスイグナイトの視線を一瞬だけ空に向けた。
(先生……) 想像するだけで背筋が粟立つ。
だが今、自分が見るべきものはここだ。
よろめきながらも、巨兵が再び体勢を立て直そうとしている。
「まだやるか」
ルクスイグナイトの双眸が、静かに燃えた。
巨兵が、吠えた。
折れた腕の断面から溶解液が滝のように噴き出し、それが瞬時に硬化して新たな棘の塊へと変わっていく。
傷ついても、溶かして、固めて、再生する。
泥と瓦礫で出来た化け物の、唯一の強みがそれだった。
「ちぃっ……キリがねぇ!」
ルクスイグナイトが距離を取る。
その隙を縫うように、巨兵の全身から無数の溶解液の飛沫が孤児院へと降り注いだ。
「――『木鎖の防壁』!!」
ハンナとリナリィの声が重なる。
翠の木の幹と漆黒の影の鎖が絡み合い、孤児院を覆う防壁が溶解液を弾き返す。
しかし。
「……ッ」
ハンナの足元がぐらついた。
額に、汗が滲む。
「ハンナ!幻顕力がかなり減ってるナ!!」
「大丈夫…!大丈夫よ…まだ…!」
強がりだった。
巨兵の再生が続く限り、溶解液の雨は止まらない。防壁を維持するための幻顕力が、じわじわと削られていく。
リナリィにも、それが伝わってきた。
共鳴している二人の幻顕力は繋がっている。ハンナの消耗が、そのまま自分の腕に重さとして伝わってくる。
(このままじゃ……防壁が崩れる)
その時だった。
「……ねぇ」
防壁の裏側から、声がした。
セリアだった。
子供たちをしっかりと後ろに庇いながら、彼女はじっと防壁の向こう――巨兵を見つめていた。
「アタシのせい……だよね」
「え?」
「アタシが卵とかいうのを持ってるから、あいつはここに来た。……アタシのせいで、街が溶けて、孤児院が壊れて、みんなが傷ついて」
声は震えていなかった。
ただ、真っ直ぐだった。
「……だから」
セリアは立ち上がった。
「アタシも、何かしたい」
「セリアさん、危険です!」
ハンナが鋭く制止する。
「わかってる」
セリアは引かなかった。
その瞳は、恐怖で濡れていない。絶望でも、諦めでもない。
「でも、守られてるだけじゃ嫌なの。……あの子たちの前で、震えてるだけの自分でいたくない」
子供たちが、セリアの服の裾を握っていた。
小さな手が、震えながら、それでも離さずに握っていた。
「セリアおねえちゃん……」
「大丈夫」
セリアはその手を、静かに握り返した。
「アタシはここにいる。絶対に、どこにも行かない」
――ドクンッ。
セリアの胸の奥で、何かが弾けたような気がした。
強い決意が、卵の波動に乗って静かに広がっていく。
言葉でも、力でもない。
ただの、想い。
それだけのものが、確かにリナリィとハンナの胸を打った。
「……っ」
リナリィの目に、熱いものが込み上げてくる。
削られていく幻顕力の重さは変わらない。「フンフン!頑張れ!リナリィ!」
それでも、腕が動く。
足が踏ん張れる。
「ニッカ……!」
「わかってるナ、ハンナ!!」
ハンナもまた、地面を踏みしめ直した。
セリアの想いが、二人の魂に火を入れた。それだけで十分だった。
そしてその波動は、戦場のルクスイグナイトにも届いた。
「……ッ!」
ソウマの胸の中で、何かが燃え上がった。
技でも、戦術でも、怒りでもない。
もっと根本的な、魂の底にある何か。
(この感覚……!)
ソウマはルクスイグナイトの視線を、一瞬だけ防壁の裏側へと向けた。
見えるはずもない。
それでも確かに、届いた気がした。
(セリア……お前の想いは、ちゃんと受け取ったぞ)
セリアの決意が波動に乗って広がった直後。
巨兵が、動いた。
「ゥゥゥゥォォォォッ!!」
再生した両腕を大きく広げ、ダリオは孤児院ごと全てを薙ぎ払おうとする。
溶解液が、四方から壁のように迫ってくる。
「リナリィさん!!」
「わかってる――!!」
ハンナの声に応え、リナリィが両腕を限界まで広げた。
防壁の翠の幹が、さらに横へと広がっていく。漆黒の鎖がそれに絡みつき、隙間を塞いでいく。
セリアの想いに火を入れられた二人の幻顕力は、もう揺れていない。
「アウラ……!」
「うんっ、全部受け止めるよ!!」
――ズドォォォォンッ!!
溶解液の壁が、防壁に叩きつけられる。
木と影が軋む。揺れる。
だが、崩れない。
「……凄い」
セリアが、息を呑んで呟いた。
あれだけの衝撃を、二人が止めている。
自分の想いが、その背中を押しているのだと、理屈ではなく感じた。 ―――ソウマ、ルクスイグナイトは、その瞬間を待っていた。
巨兵が防壁への攻撃に全力を注いでいる今、その背中は無防備だ。
『ソウマ……行けるわよ』
「ああ!」
ソウマは短く答えた。
視線は、巨兵の背中に固定されたまま。
「メリル。あのデカブツを、一撃で終わらせる」
『当然でしょ。……準備はできてるわ、ソウマ』
フォトンラインの光が、ルクスイグナイトの全身を駆け巡る。
赤と金の輝きが、さらに濃くなっていく。
ソウマの魂命が、沸騰するように燃え上がった。
「ハンナ! リナリィ!」
ソウマが叫ぶ。
「あと一回だけ、奴の動きを完全に止めてくれ!!」
「……っ! 了解です!!」
「任せて!!」
二人の声が重なった。
ハンナが影を走らせる。
巨兵の足元に伸びた漆黒の鎖が、その両足首に絡みついた。
「――影縛鎖!!」
同時に、リナリィが空から手をかざす。
「――木の檻!!」
巨兵の腕に、太い木の枝が絡みつき、動きを封じる。
一瞬だけでいい。
この一瞬さえあれば、十分だ。
「「動くなぁ!!」」
二人の声が、孤児院の庭に響き渡った。
巨兵が、縛られた。
両足を漆黒の鎖に絡め取られ、両腕を太い木の枝に封じられ、ダリオの巨大な体躯が初めて完全に動きを止める。
「な……ッ、離せ……離しやがれェ……!!」
どれだけ幻顕力を振り絞っても、鎖は千切れない。枝は折れない。
二人の想いが、そこに宿っているから。
「今だ――!!」
ルクスイグナイトが、跳んだ。
地面を蹴る一撃で、孤児院の庭が陥没する。
赤と金の光が、加速するたびに濃くなっていく。
『ソウマ……全開で行くわよ!』
「ああ――これで決める!!」
ルクスイグナイトの両腕に、フォトンラインの光が集束する。
それはやがて形を成した。
燃え盛る、巨大な炎の剣。
刀身を包む炎が翼のように広がり、白と赤と金の光を纏った鷲の形を作り上げていく。
「メリル!!」
『行くわ、ソウマ!!』
二つの魂命が、完全に一つになった。
「「―――アグレシオ!!イーグル!!!」」
炎の鷲が、巨兵へと突き刺さった。
――ズガァァァァァァァンッ!!!!
衝撃が、世界を揺らした。
孤児院の庭の木々が根こそぎ薙ぎ倒され、防壁の裏でセリアが子供たちを庇って身を屈める。
炎が、爆ぜる。
光が、弾ける。
そして。
巨兵が、両断された。
上半身と下半身が、左右に割れるように崩れ落ちていく。溶解液が蒸発し、硬化した瓦礫が砂のように崩れ散り、十メートルを超えていた異形の塊が、ただの残骸へと還っていく。
その中心から、一人の男が転がり落ちた。
「……ふ、ざけ……んな……」
ダリオ・ソムだった。
巨兵の核として取り込まれていた幻体は、もはや見る影もない。
全身の幻顕力が激しく漏れ出し、その輪郭が光の粒子となって崩れ始めていた。
「この……ガキ共……が……ァ……ッ」
それでも、その瞳だけは濁った怒りを湛えたまま、ソウマを睨みつけていた。
「……終わりだ、アルケミスト」
ルクスイグナイトが、静かに着地する。
ダリオの体が、光の粒子へと加速度的に分解されていく。
「覚えて……ろ……。次は……絶対に……ッ」
言葉が、途切れた。
光の粒子が、夜空に溶けるように散っていく。
強制魂還。
ダリオ・ソムの幻体が、世界の狭間へと還っていった。
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静寂が、落ちた。
溶解液の雨も、巨兵の咆哮も、何もかもが消えた後の、深い静けさ。
ルクスイグナイトの輝きが、ゆっくりと収まっていく。
装甲が分離し、ソウマが外へと出た。
幻装を解いた彼の顔は、ひどく消耗していた。
それでも、笑っていた。
「へっ!……決まったぜ」
短く、それだけ言った。
『全く……無茶苦茶なんだから』
メリルが呆れたように呟く。その声も、どこか温かかった。
「ソウマ君!!」
「ソウマさん!!」
リナリィとハンナが駆け寄ってくる。
リナリィはそのまま勢いよくソウマに抱きつき、ハンナは膝をついてへたり込んだ。
「もう……心配したんだから……!」
「私も……本当に……」
「わりぃわりぃ」
ソウマは苦笑いしながら、リナリィの頭に手を置いた。「リナリィもハンナも…よく頑張ってくれたな」
その時だった。
――バァァァンッ!!
遥か上空。
雲を突き破るような、凄まじい衝撃波が空から降ってきた。
続けて、もう一つ。
また、一つ。
閃光が走るたびに、夜空が昼間のように白く染まる。
ソウマたちは、揃って空を見上げた。
「……先生」
ソウマの呟きに、誰も何も言わなかった。
ただ、上空で続く規格外の激突の余波が、また一つ、大地を揺らした。
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