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「その男──剣」

 ソウマの放った斬撃『ルクススラッシュ』が捉えたのは、ダリオ・ソムの本体ではなかった。


 ドロドロに溶け落ちた泥の残骸から、ニタニタと笑うカメレオン型のソキウス『リトムズ』が姿を現す。


「そ、そんな…!」


「偽物だったの!?」


 ダリオの変幻流動(フルイドゥム)――その能力の基本の二つ、触れた物質や幻顕力(RE)による生成物(リナリィの木の盾やハンナの影法師など)の結合を弱め、溶解させる『ソルウェ』


 そして、溶解させた物質を再構築し、武器や壁などにして利用する『コアグラ』


 その二つの能力を合わせて使用し、動く人型を作り出すのが『泥人形(ホムンクルス)


 本来であれば泥人形(ホムンクルス)の見た目はダリオにそっくりに作られるわけではなく、元となった物質によって様々に入り混じった模様、いわゆる泥の様な見た目になるのだが、この場合はダリオのソキウス『リトムズ』の同化特性により、外見をダリオそっくりにするだけではなく、リアリティ(リアライズアビリティ)まで行使できる、高度な分身体として機能させていた。


 これは、メリルが幻装機と同化し操縦、戦闘、またソウマの幻装形態への強化(バフ)などを行えるという特性と同じ事で、ソキウスは主である魂命(アニムスヴィータ)リアリティ(リアライズアビリティ)に合わせた特性を持っているのである。


 しかし、これはリナリィとハンナに限らず、ソウマとメリルもこれまで幾度かダリオと交戦した中で、泥人形(ホムンクルス)を分身体として使用してくるという戦法を見た事が無かった。


「クソッ…! そういう事か……!」


 その背後――泥の海の死角から、無傷のダリオ本体が悠然と姿を現した。


「ギャハハハハッ! 見事に引っかかりやがったなァ、クソガキがァ!!」


「こいつ…また獄化(アビッスム)が進んだのか…」


 ダリオの凶悪な笑い声と裏腹に、ソウマは幻装スーツの中複雑な面持ちを見せる。


獄化(アビッスム)…?」


『フンフン…幻顕者(リアライザー)もフェデーレも、経験を積むことでリアリティ(リアライズアビリティ)が強くなったり、新しい技に覚醒したりするけど、フェデーレの場合、その強化度合いや覚醒度合いが大きく進む事があるんだ。』


「そして、大きく強化、覚醒が進んだ時、フェデーレは狂暴性が増しているんです…その事を恐らく獄化(アビッスム)と…」


『奴ら自身が獄化(アビッスム)と言っていたからナ!』


 聞いた事の無い言葉にリナリィが感じた疑問に、アウラ達が答える。


「てめぇと以前やった時とはァ…一味も二味も違うんだぜェ…? 無駄に幻顕力(RE)を使って大技ご苦労さァん……ギャーハハハハハッ!!」


 そう言ってダリオが動こうとしたその瞬間ーーーーー 


――キィィィィィィィィィィンッ


 突如として、戦場を包み込んでいたダリオの悪意ある波動が、冷や水を浴びせられたように掻き消えた。


 ーーー否、搔き消えたとは違う


 さらに巨大で、鋭く、息をすることすら忘れるほどの『圧倒的な波動』によって、上書きされたのだ。


「こ、こいつは…!?」


「アアアァ……!? マジかよォ!?」


 ソウマも、ダリオすらも驚愕に目を見開く。


 ーーー二人の間の空間。


 何もない虚空に、斬撃の様に調律粒子(アジャストタキオン)が現れ、そこから一つの幻体が幻顕(リアライズ)した。


 ーーーその男は、岩塊を思わせる屈強な肩幅を持ち、それを覆うのは高い襟を持ち、まるで深淵の様に昏い漆黒の外套。


 その高い襟の邪魔にならぬ様にか、長く銀色に輝く髪を総髪にし、外套の中には羽織袴を髣髴とさせる衣服を纏い、隙間から除く腕はまるで鋼と見紛うばかりに鍛え上げられていた。


そして静かな湖面のような、一切の感情を排した冷たい瞳を持つその男は、溶解した泥波が渦巻く戦場を一瞥した。


 少し離れた場所からソウマの援護に向かおうとしていたリナリィとハンナは、その男から放たれる常軌を逸した波動に、思わず足を止めてしまった。


「な、何あの人……息をしてるだけで、押し潰されそう……!」


「ソウマさん……! だ、駄目…足がすくんで……」


 上級執行者(アルト・フェデーレ)であるダリオの重圧すらも容易く凌駕する、底知れぬ力。


 二体のソキウスたちもまた、本能的な恐怖に震え上がっていた。


『フ、フンフン……! リナリィ、近づいちゃダメだ! あの男は相当ヤバいよ!』


『オイラ達じゃ足手まといになるだけだナ……!』


「チッ…(オーウォー)に興味もねェだろうに…なんでこんな所に…」


 その姿を見たダリオは、放ちかけていた溶解の波を止め、忌々しそうに舌打ちをして大きく距離を取った。


「……この触れるだけで切り裂かれそうな波動…まさかアンタ…」


 ソウマは冷や汗を流しながら、ラディウスブレードを構え直す。


 目の前の男から放たれる魂命(アニムスヴィータ)の波動は、ダリオの比ではない。剣を構えていても、全身の細胞が「勝てない」と警鐘を鳴らしているようだ。


 男はソウマの問いには答えず、ただつまらなそうにため息をついた。


「フン…… ヒロイックとかいう小僧のみか…目算が外れたか…?」


「目算…だと?」


 その男の放つ波動を前に、ソウマの喉がゴクリと鳴る。


「まぁいいだろう、せっかく出向いて来たんだ、少し相手をしてやろう…」


「ッ!」


 ソウマの身に更に緊張感が高まる。


「『極災刀・霞』」


そう言った男の腰に一振りの刀が幻顕(リアライズ)し、鞘からその刀身を抜く所作がすでに重圧となってソウマ達に襲い掛かっていた。


『刀の使い手…!や、やっぱり間違いないわ…!」


メリルも、何度も話だけは聞いていた、イーバのデータベースにあるその男だと確信する。


「我が名はマジア… 『スパーダ』のマジア・トーナム」


「『スパーダ』……先生の言っていた第3席か……!まさか特級執行者(ストラ・フェデーレ)のおでましとはな…!」


ダリオよりも遥かに格上、フェデーレの中でも頂点に近い存在の出現に、ダリオももはや避難に近い距離を取っている。


『ハンナ!ハンナ!今すぐアルに連絡だ!』


「…ハッ!? ハ、ハイ!!」


 半ば放心状態だったハンナの意識がソウマからの通信で呼び起こされる。


「ニッカ、諜報班(フルメンタラー)の緊急通信で本部へ連絡します。」


『わ、わかったんだナ!』


 ハンナへ本部への緊急連絡を指示したソウマは改めてマジアへと向きなおる。


「さぁ小僧、貴様のその剣……少しは我の暇潰しになるか?」


 マジアはゆっくりと刀を構えた。


「っ……来るぞ!!」


 ソウマがラディウスブレードを正眼に構えた、次の瞬間。


 マジアの姿が「ブレた」と認識した時には、すでにソウマの首筋に冷たい刃が迫っていた。


「が、ぁっ――!!」


 ――ガギィィィィンッ!!


 間一髪。ソウマの超人的な反応速度が、辛うじてマジアの残撃をブレードで受け止める。


 だが、その一撃の重さは尋常ではなかった。ソウマの足元の泥濘が爆発するように吹き飛び、両腕の骨が軋むような衝撃を覚えた。


「ほう。我の太刀筋に反応するとは。少しは骨があるようだな」


「く、そが……ッ! なんて重さだ……!」


 マジアの顔には全く力みはない、ただのウォーミングアップ程度なのだろう。


 それなのに、ソウマは全身の幻顕力(RE)を振り絞らなければ押し潰されてしまいそうだった。


「はぁぁぁぁっ!!」


 ソウマは弾き返すようにブレードを振り抜き、反撃の横薙ぎを放つ。


 しかし、マジアはそれを最小限の動きで躱し、流れるような連撃を繰り出してきた。


 カンッ! ガィィンッ! キィィィンッ!!


「ぐっ、あああっ!!」


 次元が違う。 ソウマの剣術は、いわば見様見真似を実戦で磨いた技、だがマジアのそれは「剣を極めるためだけに純化された理をもって鍛錬を積み重ね、幾度もの実戦で更に練磨した物。

 無駄な動きが一切ない鋭利な連撃の前に、ソウマは完全に防戦一方となり、反撃の糸口すら掴めない。


「どうした小僧、もう終わりか?退屈すぎてあくびが出るぞ」


「ク、クソッ!舐め、るなァァッ!!」


 ソウマは必死に食らいつくが、マジアの猛攻によって、ルクスブレイバーの装甲には少しずつヒビが入り、幻顕力(RE)が漏れ始めていた。


 ダリオに大技を空振りさせられた消耗。そして、手抜きすら凌ぎきれない圧倒的な実力差。


 気付けばソウマはこの広場から、ただの一歩も動けない状態に釘づけにされていた。




         ======================>




 広場から少し離れた、裏山の森の入り口。


 そこへ避難していたリナリィたちにも、広場から放たれる異常な魂命(アニムスヴィータ)の波動は、濃密な恐怖として肌に伝わってきていた。


「うぇぇぇぇん……! こわいよぉ……っ!」


「やだぁ! おうちにかえるぅ!」


 限界だった。

 目の前で街が溶け落ちていくのを見た恐怖と、遠くから肌を刺す圧倒的なプレッシャーに、子供たちの精神はついにパニックを起こした。


「だ、ダメよ! 大人しくしてて!」


 セリアが必死に子供たちを抱き留めようとするが、恐怖に駆られた小さな体は予想以上の力で彼女の手を振りほどいた。


「おうちにかえるぅぅ!!」


 泣き叫びながら、数人の子供たちが裏山の斜面を駆け下り、元来た道――孤児院の方向へと走り出してしまった。


「待って! そっちに行ったら危ない!」


 セリアは血の気が引く思いで、子供たちの後を追って駆け出す。


「あっ、セリアさん! いけません、子供たち!」


 硬直していたリナリィとハンナも我に返り、慌ててセリアたちの後を追った。

 子供たちが向かった孤児院は、裏山から少し下った丘の上にある。まだダリオの溶解の波は届いていないが、いつ危険が迫るかわからない場所だ。


「はぁっ、はぁっ……! みんな、こっちにおいで!」


 どうにか孤児院の敷地内に辿り着いたセリアは、庭で泣きじゃくる子供たちを捕まえ、急いで建物の中へと押し込んだ。

 すぐ後から、息を切らしたリナリィとハンナも駆け込んでくる。


「っ……なんとか、間に合ったみたいですね……!」


 ハンナが膝に手をついて荒い息を吐く。

 孤児院の頑丈な木の扉を閉め、リナリィがホッと胸を撫で下ろした、その時だった。


「――おやおやァ? こォんな所に逃げ込んでたのかァ?」


 扉のすぐ外。

 鼓膜にへばりつくような下劣な声が、孤児院の庭から響き渡った。


「っ!?」


 リナリィとハンナが弾かれたように振り返り、窓の外を見る。

 そこには、ドロドロに溶けた泥濘を引きずりながら、悠然と歩み寄ってくるダリオ・ソムの姿があった。


「あの目障りなガキは、化け物(マジア)が相手してくれてるからなァ……。俺ァ心置きなく、極上の(オーウォー)ちゃんを獲らせてもらうぜェ…!」


 ダリオの視線は、窓越しのセリアを真っ直ぐに捉え、残忍な喜悦に歪んでいた。


「アルケミスト……! ソウマ君を狙ってたんじゃ……!」


「ギャハハハ! 特級執行者(ストラ・フェデーレ)が相手じゃァ、あのガキももう終わりだろォ! まずはお前らから片付けさせてもらうぜェ!」


 ダリオが両手を突き出し、足元の泥濘を孤児院の建物へと向かって一気に解き放つ。


「させないっ!木の檻(クゥ・タット)!!」


 リナリィが叫び、孤児院を覆い隠すように巨大な樹木の檻を出現させる。


「私も続きますっ!影法師(スニーカー)!」


 ハンナも三体の影法師を呼び出し、ダリオの死角から奇襲を仕掛けようとする。


 しかし――


「無駄だっつってんだろォがァ!! ――溶解(ソルウェ)!!」


 ダリオの触れた瞬間に、強固な木の檻(クゥ・タット)は無残にもドロドロに溶け落ち、ハンナの影法師(スニーカー)も足元の影ごと液状化して消滅してしまう。


「そんな……私の檻が、一瞬で……!」


「圧倒的すぎます……!」


 格の違い。

 上級執行者という存在の理不尽な暴力の前に、二人のサポート能力はことごとく無力化されていく。





         ======================>





『ソ、ソウマさん……! 孤児院に、アルケミストが……!』


「なにっ!?」


 通信機から聞こえてきたハンナの悲痛な声に、ソウマは思わず背後を振り返りそうになる。



「よそ見をしている余裕があるのか? 小僧」


 ――ガギィィィィンッ!!


「ぐぉぁっ!?」


 その一瞬の隙を、マジアの剣が容赦なく襲う。


 ソウマの身体が吹き飛ばされ、地面を無様に転がる。全身の骨が軋み、ルクスブレイバーの装甲が悲鳴を上げていた。


「くそっ……! ハンナ、リナリィ……どうする…どうすればいい…」


 ソウマは必死に打開策を考えるが、マジアの冷たい瞳がそれを許さない。


 立ち上がろうとするソウマの頭上から、再び鋭利な刃が振り下ろされる。


 完全に、詰みだった。

 ソウマは一歩も動けず、リナリィたちはダリオの前に無防備に晒されている。




         ======================>





「ギャハハハハッ! いい絶望の顔じゃねェか! たまらねェなァ!!」


 孤児院の前に立つダリオは、怯えるセリアと、満身創痍のリナリィたちを見て、腹を抱えて笑った。


「さァて、このボロ屋ごと、まとめて串刺しにして溶かしてやるよォ!」


 ダリオの周囲に展開されていた泥の海が、一斉に宙へと舞い上がる。


 それは無数の巨大な槍の形へと変貌し、孤児院の建物へと狙いを定めた。


「――凝固(コアグラ)!!」


 死の宣告。

 鋭く硬化した泥の槍が、容赦なくリナリィたちと孤児院に向けて一斉に射出される。


「きゃあああああっ!!」


「リナリィさん!!」


 防ぐ手立ても、逃げ場もない。  セリアが子供たちを庇うように抱きしめ、リナリィとハンナもせめて自分たちが盾になろうとセリア達を庇って立つ


 圧倒的な力の前になす術もない、完全なる敗北。


 死の槍が、彼女たちの身体を貫こうとした――その瞬間だった。


 「すまない―――少し遅くなった。」 


壊滅の不協和音の中、一つの声がその場に優しく響いた。

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