「溶けゆく日常」
荒野の広がるどこかの多元世界――
そこに迷い込み、周囲の岩山を無差別に破壊して暴れ回っていた四つ足の巨大な獣型となっていた漂流者は、ソウマの怒涛の連撃の前に成す術もなく地に伏していた。
「よしっ、これで大人しくなったな。メリル、魂還を頼む」
「オッケー、魂の軌跡確認、ーーー魂還」
メリルの魂玉青白い光が放たれ、気絶した獣型の漂流者を包み込み光の粒子となって元の世界へと帰っていくーーー
漂流者を見届け、ソウマはふぅっと息を吐いて幻装を解いた。
「お疲れ様、リナリィ、ハンナ。二人共怪我はないか?」
「えへへ……私、ちゃんと役に立てたかな?」
「フンフン…なかなか上手くリアリティを使えてたんじゃないか?」
少し離れた後方で、巨大な木の盾を展開したまま待機していたリナリィが、鼻を鳴らしながら言うアウラの言葉にほっとしたように緑の装衣を解除する。
「ああ、アウラの言う通り。リナリィが【木の盾】で敵の突進を完全に防げてたな! 俺は避ける手間を省いて距離を詰められた。それに――」
「ハンナも【影縛鎖】で、敵の足と尻尾の動きを止めてたからね。いいサポートだったよナ?」
「そ、そうかな?それなら良かった…」
さらに後方の物陰から、ハンナが影の中からするりと姿を現す。
ニッカの言葉通り、敵の厄介な攻撃モーションは、ハンナの影によって止められていた。
「うんうん、まだまだ力不足なところはあるけど……練度を高めていけばいいチームになりそう…か?」
ソウマは顎に手を当てて、感心したように呟いた。
前衛、中衛、後衛。役割が見事に分担され、互いの死角をカバーし合える完璧な布陣。
(以前アルに、カイルのところみたいにハンナや他の訓練中の奴らとチームを組んでみるのはどうか、って打診されてたんだよな……)
ソウマはこれまで、その提案を保留にしていた。
彼が考案した『幻装』を用いた戦闘スタイルは、メリルのサポートさえあれば単独で大抵の事態に対処できてしまっていたからだ。
だが、実戦投入はできていないが――幻装の『更なる強化』においては、その特性上サポートが必要になる場面が考えられた。
(もしアレを使うようなヤバい状況になった時……サポートがいるのは、正直めちゃくちゃ助かる…)
もちろん、課題がないわけではない。
現状、諜報班であるハンナ自身の自衛力が低いという懸念点がある。
だが、そこは中衛の要であるリナリィが成長してカバーできるようになれば解決できそうな問題だった。
「……よし、決めた。本部に帰ったら、保留にしてた『チーム化』の話、アルに受けるって伝えてみるかな」
「えっ? 本当にソウマ君チーム組むの?」
「ソウマさんがチームを…ずっと諜報班としてソウマさんが単独で任務に当たっている所を見てきたので不思議な感じですね。」
諜報班のハンナはもちろん、まだ訓練中のリナリィもまさか本当にそのチームが自分たちを含めているとは考えているわけもなく、単純な興味心を抱いていた。
「んまー、アルと相談ってところかな!」
「それじゃそろそろ本部にもどろっか!」
そう言ってメリルは魂玉形態となり魂還を始め、続いてアウラ、ニッカも魂玉になりV.C.T本部へと、三人は帰還を果たした。
本部中央のブリーフィングルーム(という名の団欒の場にもなっているが)では、いつものようにリーダーのアルーーーアルバート・ペイルが、複数のホログラムモニターのような窓に囲まれながら各世界の状況をモニタリングしていた。
「ただいま、アル。初任務、無事に完了したぜ」 「おかえり、三人とも。リナリィさんも、初の実地訓練お疲れ様。怪我はなさそうですね。」
振り返ったアルが、柔らかな微笑みで三人を迎える。
「はい! ソウマ君とハンナちゃんのおかげで、すごく勉強になりました」
「むっふっふ!そうだろうそうだろう!……っと、ところでアル。ちょっと相談なんだけど、以前お前が言ってた『チーム化』の件――」
ソウマがチーム結成の話を切り出そうとした、まさにその時だった。 アルの目の前に一つのモニターが現れ、緊急を告げるアラート音と共に明滅し始めた。
『――緊急通信! アル、聞こえるか!』
モニターには、切迫した諜報班の姿があった。
「ヤット、聞こえています。状況は?」
アルの声音が、一瞬にしてリーダーのそれに切り替わる。
ソウマたちも空気が一変したのを感じ取り、表情を引き締めた。
『ディメンションモデル【ソラーレ】――コード【B-47】の世界にて、フェデーレのユニバースシフト反応を検知! 対象は……上級だ! おそらく上級執行者の一角が、直接現界に干渉しようとしている!』
「上級執行者……ッ!」
ソウマの顔が険しくなる。
かつて死闘を繰り広げた「コマンダー」と同等の脅威が動き出したのだ。
『すでに現界の街で大規模な無差別破壊が始まっている模様。ただちに特務班の派遣を要請する!』
「了解しました。すぐに戦力を向かわせます」
通信を切り、アルは素早くコンソールを操作する。
しかし、その表情には焦りの色が浮かんでいた。
「……現在、出撃可能な特務班はカイルのチームだけですが、彼らは別の世界で任務の最終段階に入っていて手が離せません。ユーアンも単独で調査任務中です」
「だったら、行くのは俺しかいねぇな」
ソウマが迷うことなく一歩前に出た。
「すまないソウマ、だけど無理はせずに、せめてソシアが眠るまで繋いでくれれば」
「なぁに、大丈夫さアル、俺のヒーロー魂に火が付くってもんよ!」
ソウマの力強い言葉に、リナリィもまた、不安を押し殺して力強く頷いた。
「私も行きます! 誰かが苦しんでいるなら……私の力で、少しでも助けになりたいです!」
「リナリィ…へっ!いいねぇ、熱いのは好きだぜ」 「リナリィさん……しかし…」
二人の決意を見たハンナが、ニッカの魂玉であるヘアピンにそっと触れながら進み出る。
「私も同行します、アルさん。サポート役は、多いに越したことはありませんから、いざとなればリナリィさんと影に潜む事も出来ますし」
「ハンナさんが付いて行ってくれるなら…………わかりました。二人もくれぐれも無理をしないように。
幻顕者に覚醒したとはいえ上級執行者は君レで戦った漂流者とはまさに次元が違う脅威です…住民の保護と卵の確保を最優先に。身の危険を感じた場合、即座に撤退してください、くれぐれも魂玉だけは破壊されないように気を付けて」
アルの忠告と共に許可が下りると同時、ソウマは拳を掌に打ち付けた。
「うっし!んじゃあ休む間もなくて悪いが、行くかリナリィ、ハンナ! アル、ゲート頼む!」
「わかった。 二人を頼んだよソウマーーーー調律粒子展開、ゲート開放」
アルが球体を持つように両手を胸のに持ってくると、そこに調律粒子が展開され、別世界へのゲートが開く
「「「調律粒子展開、ユニバースコネクト!」」」
メリル、アウラ、ニッカがそう言いながら魂玉形態に変化、ソウマ、リナリィ、ハンナの幻体は魂玉へと格納され、そのままゲートの中に吸い込まれた。
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――ソウマたちが、本部で緊急アラートを受ける少し前の時間帯。
ディメンションモデル【ソラーレ】――コード【B-47】の世界。
そこは、現実世界のイタリアを思わせる、美しいオレンジ色のレンガ屋根と石畳の街並みが広がる場所だった。
抜けるような青空の下、柔らかな陽射しが街を照らしている。
街の片隅、小高い丘の上にある古びた孤児院の庭から、子供たちの笑い声が絶え間なく響いていた。
「ちょっとちょっと! そっちは石あるから転ぶってアタシ言ったでしょ! 転んでも泣くんじゃないわよ!」
声の主は、庭を走り回る子供たちを縦横無尽に追いかけながら、同時に洗濯物を取り込み、転んだ小さな男の子を片手で引っ張り起こしていた。
セリア・ルッソ、十五歳。
炎のような赤いショートカットが、動き回るたびにさらりと揺れる。
「セリアおねえちゃん! お花!」
「わかったわかった、後でね。今はそっちの二人を止めてから!」
幼い女の子の頭を一秒だけ撫でて、また走る。
文句も愚痴もない。
動き続けることが、この子にとっての日常だった。
身寄りのない子供たちの世話、食事の支度、喧嘩の仲裁——誰かに頼まれるより先に動いて、気づいた時にはもう終わっている。
それがセリアのやり方だった。
「ほら、転んだって泣くもんじゃないの。立って」
擦り傷だらけの膝をしゃがんで確認して、ぽんと背中を叩く。
男の子がくしゃっと笑った。
セリアも笑った。
その純粋で力強い『想い』が、彼女の魂の奥底で、良質な卵として美しい輝きを放っていることなど、当然ながら彼女自身は知る由もない。
穏やかな風が吹き抜け、庭の木々がさわさわと揺れる。
遠くからは、街の中心部を走る路面電車の音や、市場の賑わいが微かに聞こえてくる。
平和で、温かくて、何の変哲もない昼下がり。
この美しい街の日常が、理不尽な悪意によって無惨に溶かされようとしていることなど――この時のセリアたちは、まだ誰一人として気づいていなかった。
セリアたちが穏やかな時間を過ごしている孤児院から、少し離れた街の中心部。
多くの人々が行き交い、活気に溢れていた大きな石畳の広場に、突如として『異物』が紛れ込んだ。
空間が蜃気楼のようにグニャリと歪み、そこから一人の男が姿を現したのだ。
ボサボサの髪に、どこか気怠げで三白眼の瞳。
黒を基調としたフェデーレの装束をだらしなく着崩したその男の名は、ダリオ・ソム。
――コードネーム『アルケミスト』と呼ばれる男である。
「あー……めんどくせェ。どこに隠れてやがるんだァ?極上の卵ちゃんはよォ」
ダリオは周囲を歩く現界人たちには目もくれず、面倒くさそうに首を鳴らした。
広場にいた人々は、何もない空間から突然現れた不審な男に驚き、遠巻きにざわめき始めている。
だが、ダリオにとって彼らは、目的のものを探すための障害物ですらなかった。
「ま、ちまちま探す柄じゃねェしな。手っ取り早く、パニック起こして炙り出してやるかァ」
ダリオはニヤァと残忍な笑みを浮かべると、足元の美しい石畳にしゃがみ込み、素手を触れた。
「――溶解」
その言葉と共に、ダリオのリアリティ『変幻流動』が発動する。
次の瞬間、彼が触れていた硬い石畳が、まるで熱せられた飴細工のようにドロドロに溶け始めた。
「な、なんだ!?」
「じ、地面が……溶けてるぞ!?」
人々のざわめきが、一瞬にして悲鳴に変わる。
溶解現象はダリオを中心に瞬く間に広がり、広場を囲んでいたレンガ造りの建物や、中央にあった美しい噴水、果ては停まっていた車までもが、形を保てずに泥のように崩れ落ちていく。
「ぎゃあああああっ!」
「逃げろ! 早く逃げろぉっ!!」
足場を失い、ドロドロに溶けた泥濘に足を取られる人々。
倒壊していく建物の下敷きになり、逃げ惑う人々の絶叫が街中に響き渡る。
「ギャハハハハッ! いいねェ、いい声で鳴きやがる! もっと泣き叫べ、もっと絶望しろォ!!」
ダリオは溶解して泥の海のようになった広場の中心で、狂ったように笑い声を上げていた。
現界人たちの恐怖と絶望が深まれば深まるほど、卵の心にストレスがかかるほど、この世界のどこかに隠れている卵の波動をソキウスが探知しやすくなる。
それが、フェデーレの基本方針であり、またV.C.Tが基本後手に回ってしまう理由でもある。
基本的にV.C.Tが救難の波動を出していない卵を見つけるのは至極困難で、時折漂流者として多元世界を訪れている卵とアルが波長があった時くらいだ。
ダリオの容赦のない無差別破壊が、瞬く間に美しい街を地獄へと変えていく――。
一方、そんな阿鼻叫喚の地獄から少し離れた、小高い丘の上の孤児院。
「えへへ、どうだ! アタシの力作!」
「わぁ、ありがとうおねえちゃん!」
セリアが完成させた少し不格好な花冠を頭に乗せられ、女の子が無邪気な声を上げる。
庭に響く、平和で温かい笑い声。
だが、ふと顔を上げたセリアは、怪訝そうに目を細めた。
「ん……? あれ、なんだろう」
遠くの街の中心部――広場のある方角から、黒々とした不自然な煙が立ち上っているのが見えた。
「……火事? いや、なんか変だな……」
微かに風に乗って運ばれてくる、焦げたような、それでいて何かがドロドロに溶けるような異臭。
そして、遠くで響く人々のざわめきは、次第に悲鳴のような響きを帯びてきている。
セリアの胸の奥で、正体不明の不安が警鐘を鳴らす。
平和な日常のすぐそこまで、前代未聞の脅威が――抗いようのない圧倒的な絶望が迫っていることを、彼女はまだ知らなかった。
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