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気を失う前のことを思い出そうとした。あのとき、クスが呼んでいたのは覚えている。でも、意識が戻らなかった。
クスは無事だろうか……
そう思ったのを最後に、何も聞こえなくなった。
目が覚めると、見慣れない部屋にいた。頭がまだぼんやりしている。
「目が覚めたの?」
誰かの声が聞こえた。
「起きたばかりだから、急いで起き上がらなくていいわよ。立ちくらみするから」
「はい」思わず返事をしていた。
しばらく、静寂が続いた。
「今度からあまり無茶しちゃだめよ。危ないんだから。お友達があなたを保健室まで運んできてくれたのよ。服も破れてたし」
先生が何を言っているのかまだよくわからなかった。でも、あの力に吸い込まれたときに気を失ったんだということはわかった。つまりクスが助けてくれたんだ。さすがに魔法の力にやられたなんて言えないよな。あとでちゃんとお礼を言わないと。
「はい、次から気をつけます」
ベッドから起き上がって、ふと気づいた。
女の体のまま先生に「はい」って言ってたじゃないか……大丈夫かな。まあ、ポジティブに考えればボーイッシュな子だと思われたかもしれない。
保健室を出ると、もう放課後だった。
こんなに長い間、気を失ってたのか。
クスが保健室の前に立って待っていた。心配してずっと外で待っていてくれたんだろう。今は大丈夫だよ、心配しなくていい。
「ビュウ、もう大丈夫?どうだった?」
「うん、もう大丈夫。元気だよ」
あのとき何が起きたのかまだ気になっていた。クスに聞こうとした、そのとき——クスがふいに微笑んだ。
「え……?クス、なんかあった?そんなふうに笑うの、なんか変な感じがするんだけど」
顔が熱くなった。なんで急に笑うんだよ。
「ははっ、別に。ただビュウが元気になってよかったなと思って」
さっきの笑顔と、あの感じ……なんだったんだろう。
もう放課後か、帰らなきゃ。でもあのときのことも気になる。まあ家まで歩いて数分だし、少し遅くなっても大丈夫か。
「クス、あのとき何があったか教えてくれない?気を失ったあとのこと、クスの声が聞こえたところまでしか覚えてなくて」
「うん、いいよ。どこか座って話そう」
クスが話してくれた内容によると、気を失ったあと——あの先生はこの世界に紛れ込んだ浮浪悪魔が変装したものだったらしい。目的はオレの腕輪と命だった。
話を聞いていて、正直かなりショックだった。悪魔がオレの命を狙ってたなんて。相当やばいやつだ。でもクスが風の属性の力で倒してくれた。その代わり、オレの服が破れてしまったけど。
服といえば、お母さんのことが頭に浮かんだ。
この姿を見たらどれだけ驚くだろう。男の子だった我が子が突然女の子になってたなんて、誰が信じるんだよ。言っても信じてもらえないよな。
しばらく考えてから、思い切って聞いてみた。
「クス、家って今誰かいる?」
「ずっと一人暮らしだよ。親は外国にいるから。なんで?」
そうか、ずっと一人だったのか。なんとなく寂しそうだなと思った。
「ちょっとお願いがあるんだけど……今夜、クスの家に泊めてもらえないかな。今の姿をお母さんに見せる勇気がなくて。息子が娘になってたなんて、絶対びっくりさせちゃうから。一晩だけ心の準備させてほしいんだ。明日、自分で話すから」
誰かにこんなふうにお願いするのって、なんか不思議な感じがした。
「そういう事情なら、まあいいよ。すぐ行く?家までバスで行かなきゃいけないから、遅くなると終わっちゃうよ」
「うん、今すぐ行こう」
バス停に向かって歩いていると、視線を感じた。二人で並んで歩いているからかもしれない。それにオレが上着を羽織ってるせいで、少し目立ってるんだろうな。
乗ったのはスクールバス——バン型だけど、横に六人並ぶタイプじゃなかった。オレは右側の一番前に座って、クスが隣に座った。
そのとき、後ろのほうから先輩たちのひそひそ声が聞こえてきた。
「なあ、あの後輩めちゃくちゃかわいくない?お嬢様って感じじゃん」
「肌白くてやばいな。彼女にしたいわ。今夜ずっとでもいけそう笑」
は?完全にセクハラじゃないか。ほんとキモい。力があったらすぐ使ってたのに。
すると、まるでオレの気持ちを読んだかのように、クスがこっそり小さな風を起こして奴らの顔に当てた。先輩たちはしばらく黙った。びっくりしたんだろう。
「気にしなくていいよ、ビュウ」
クスが小声で言った。
オレはうなずいた。でも、正直ちょっとへこんだ。あんな言葉、誰だって嫌な気持ちになるよ。
十分ほどで降車場に着いた。クスがコンビニに寄って、今夜の夕食を買った。冷凍のお弁当を二つと、少しだけお菓子も。
「毎日こんな感じで食べてるの、クス?」
「うん、まあいつもこんな感じだよ。たまに他のもの買うこともあるけど。でもビュウが来てるから、全部オレが出すのもなんだし、割り勘にしよう」
オレはこういう食事が嫌いなわけじゃない。たまに食べることはあるけど、ふだんはお母さんのご飯のほうが多いから。
オレは飲み物だけ買った。今日は本当に水を全然飲んでなかった気がする。朝、まだ男の体でトイレに行ったきり、一度も入ってないし。
先にコンビニを出て外で待った。今夜はクスに頼りっぱなしだな。
「買えたよ、行こう」
「うん」
クスの家は中くらいの一軒家で、二人で住むにはちょうどいいくらいだった。平屋で、バスルームと洗面所とトイレが一緒の部屋にあって、寝室が一つ、台所が裏手にあった。
オレはリビングのソファに座って、お母さんにメッセージを送った。
お母さん、今日は友達の家に泊まっていいですか。新学期の友達パーティーがあって、男の子だけです。
まだ既読になってない。読んだら返事が来るのを待つか。
スマホをソファに置いて、台所のクスのところへ歩いた。クスは冷凍弁当をレンジで温めながら、もう一品スープを作っていた。
「お腹空いた?」クスが聞いた。
「そんなでもないかな……」
/グゥゥ/
お腹が鳴った。あとは静寂、レンジの音とスープの音だけ。クスがこっそり小さく笑った。
「あ……うん、ちょっとだけ空いてた」
恥ずかしすぎる。
全部できあがって、二人で夕食を食べた。想像より全然おいしかった。クスのスープが特においしかった。
「クス、このスープほんとおいしいね。どうやって作るの?」
「おばあちゃんのレシピなんだ。欲しかったら今度教えてあげるよ」
「はあ〜、お腹いっぱいだしおいしかった。ほんとありがとうねクス」
「いいよ、喜んでもらえて嬉しいし」
「ビュウ、知ってる……?」
「何を?」
クスが少し間を置いてから続けた。
「オレたちが並行世界に行く方法って、眠ることなんだよね」
「そうなの?眠らなくていい方法はないの?」
「わからない。あるかもしれないけど、オレは知らない」
お腹がいっぱいになると、何もかも考えるのが面倒くさくなってくる。でも今はお風呂に入りたい。
「クス、タオルと服借りていい?何も持ってきてなくて。まさか泊まることになるとは思ってなかったし、本当にごめんね」
「いいよ、遠慮しないで」
脱衣所に入って上着を脱ぐと、制服の破れた跡がはっきり見えた。胸のあたりと袖のところ、結構大きく破れている。
そのあと全部脱いで、鏡に目をやった。
映っていたのは、成長途中の女の子の体——滑らかな太もも、折れそうなほど細い肩、くびれたウエスト。
……きれいだな、本当に。
「す……すべすべ」
気づいたら鼻血が出ていた。
だめだだめだ。今夜は気持ちを落ち着けるために来たんだから。こんなことしてる場合じゃない。
なんとか気を取り直してお風呂に入ろうとした。
でも……女の体でトイレを使うのって、どうするんだっけ。
第4話はこれにて終わりです!実はKuzagiには、ビウくんが着替えている場面に鼻血を出しているイラストがあるんですが…本当に公開できないんですよね。なぜなら"秘密"ですから笑 ぜひ第5話も読み続けてくださいね!それでも待って読んでくださっている読者の皆さん、本当にありがとうございます!




