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「ぅわ……ぇ」
彼が僕の口からゆっくりと手を引いた。その手には、僕の唾液が細い糸を引いて残っていた。
「お前さ……男子の制服着てるよな……」
しばらく黙って顔を赤らめてから、続けて言った。
「それで……今お前が女なんだけど、どうするんだよ……」
視線が胸元に向いた。また顔が赤い。
ちょっと、そんな見方しないでよ。変じゃないか。
「そうだよどうするんだよ!こんなことになるなんて思ってもみなかったし、俺は何もわからないんだよ!お前は少しくらいわかるだろ?それと俺の手首にあるこの腕輪ってなんなんだよ、いつ治るか教えてくれよ、このままじゃ学校来られないじゃないかよぉぉぉ!」
肩を掴んで揺らしながら、目に涙を浮かべて訴えた。
「お、おい……落ち着けって。あと肩揺らすのやめてくれ。……力になれることはあると思う」
それからしばらく、俺と彼は応急処置を一緒に考えた。
助けてくれた男子生徒は「クス」――まさかこの学校で会うとは思わなかった。クスは並行世界で出会ったあの男で、今また女になった俺を助けてくれた。言い訳は「制服を間違えて買ってしまった」。男女の制服がそこまで違わなくて助かったが、それにしてもこんな言い訳を信じる人がいるのかと少し不思議に思った。まあ、乗り越えたからいいか。クスはいい奴だ。少し気が楽になった気がした。
そんな矢先、クスが聞いてきた。
「で、名前とクラスはどうするんだ?」
「………」
俺のホームルームは七号棟三階二組――運がいいのか何なのか、クスと同じクラスだった。始業式の日に本格的な授業はなく、クラスの説明や自己紹介がある程度だ。俺とクスはずっとそばにいるようにした。腕輪がまたいつ光り出すかわからないから。
昼休み、俺たちは一緒に食堂へ向かった。思ったより広い食堂だった。さすがでかい学校だ。食べながら、クスが話し始めた。
「並行世界に行ける人間は、選ばれてるか召喚されてるか……まだはっきりとはわからないけど。どうやってあの世界が存在してるのかも、俺にはわからない」
あの世界は危険らしい。俺が初めて行ったときもモンスターが出たが、幸い何もされなかった。
それからクスはあの世界の特殊な力について教えてくれた。
魔法 ―― 神秘的で希少な力。クス自身も実物を見たことがない。
召喚 ―― 物、武器、動物、魔族、悪魔、霊、そして人間さえも呼び出せる力。
属性の力 ―― 土、水、風、火、雷の五属性に加え、闇と光という特殊属性もある。
汎用系の力 ―― 身体能力の強化や、速度、敏捷性、感覚の向上など。
「もしかしてお前の力って、性転換の力じゃないか?」
クスが茶化すように言った。
俺はクスの顔をじっと睨みつけた。
つまり俺が理解したことをまとめると、並行世界には特殊な力、モンスター、悪魔、霊、そしてさまざまな生き物が存在している。
でも俺が一番気になるのは――その力と、あの世界にいるかもしれない女の子たちのことだ。エルフとかサキュバスとかいたりするんじゃないか。
そう思ったら、自然と邪悪な笑みが浮かんでいた。
「ふふ……」
クスの力は風属性だった。机の下でこっそり見せてくれた――手のひらの上で小さな風の球がふわりと回って、すぐ消えた。
一瞬見ただけで、風の術を使う忍者のアニメが頭に浮かんだ。かっこよすぎる。
俺も自分の力を知りたくなった。かっこよくても、便利でもどっちでもいい。
昼休みが終わるまで、俺たちは並行世界のことや俺に起きたことについて話し続けた。腕輪のことも性転換のことも、クスにはまだ説明がつかないらしい。
教室へ戻る途中、一人の先生が俺たちのほうへ歩いてきた。
「二人、ちょっと待ちなさい」
足を止めると、先生は続けた。
「あなたたちも並行世界に行ったことがあるのね」
二人とも、しばらく黙り込んだ。
クスの表情は明らかに不満と警戒を浮かべていた。肘で俺をそっとつついて、早く行こうと目で合図してきた。
「あの……すみません、並行世界ってなんですか?」
クスは知らないふりをして答えた。そして俺の手を掴んで走り出そうとした。
「とぼけないでちょうだい。あなたたち、力を使ってたじゃない!」
それを聞いた瞬間、クスは俺の手をぐっと握って全力で走り始めた。
「無駄よ無駄!私から逃げられると思わないことね!」
先生の声が終わると同時に、何かの力が走っている俺たちを引き寄せて止めた。
「くそっ!なんで動けないんだ!」
クスは風の力で脱出しようとしたが、まったく効かなかった。
俺たちは少しずつ何かに吸い込まれていくのに、体がまったく動かない。
最悪だ……なんで学校初日にこんな目に遭うんだよ。
/ごぉぉぉっ/
「おい、ビュウ!聞こえてるか、ビュウ!」
クスの声が遠くに聞こえる。頭が重い、息ができない、体が言うことをきかない。苦しい。
俺……死ぬのか。まだ高校生なのに。好きな人もいないし、童貞も捨ててないし、並行世界だって一回しか行ってないのに。
力だ。俺の力。それが何なのかわからないまま死ぬなんて嫌だ。そう思っても体が動かない。
「おい、何が目的だ!」
「なに、あの子が欲しいだけよ――いや、あの腕輪か。あのアイテムさえあれば、お前たちを殺すだけで手に入る。はははっ」
― クス視点 ―
やっぱりこうなったか。あのとき感じた悪魔の気配――こっちの世界に来た流れ者の悪魔か。厄介そうだな。闇属性持ちで、しかもビュウを気絶させるとは
今はビュウを守りながらこいつを倒すしかない。
風属性でこのフォームは集中しにくいが、一発で決めるしかないな。すまないな、ビュウ。服が破れる。
「嵐よ、天を駆けろ!」
その瞬間、激しい竜巻が起き上がり、悪魔はそのまま渦に飲み込まれて消えた。
「消えたか……一発で終わるとは。ラッキーだったな」
ビュウを見ると、気を失ったまま倒れている。服が破れてる、本当だ。 ちょっと触るくらいならいいか……。
――って、今はそういう場面じゃない。こいつは男だ。落ち着け俺。
……でも女のときは可愛いんだよな。なんか、もっと仲良くなりたくなってきた。
いやダメだ。まずここから連れ出さないと。保健室だ。保健室に連れて行かないと。
でも、服が破れてるのをどうするんだ……。
Kuzagiです。第3話でまたお会いできましたね!読者の皆様、読み進めてくださって本当にありがとうございます。
さて、ストーリーについて一点補足させてください。すっかり説明しそびれてしまったのですが……。
クスとビュウが襲われたあの場所は「悪魔の結界(次元)」の中なんです。なので、クスが思いっきり風の力を使っても現実世界には何の影響も出ていないので、ご安心ください!




