29 「ありがとう」
巨大モンスターが現れた。蜘蛛の形をした怪物で、シャリオンはその糸で縛られて天井に吊るされていた。
僕は杖を巨大蜘蛛に向けて、頭の中に氷のイメージを描いた。左手と杖に魔力を流し込む。杖のオレンジの光が輝いた。
「サイファー、予備の作戦に切り替えて!」
左手で水の魔法を発動させた。水の弾丸が次々と放たれて、巨大蜘蛛の体中に散らばった。続けてすぐに杖に風の魔力を流し込む。
「凍りつけ——フリーズエリア!」
猛吹雪のような冷たい風が激しく吹き荒れた。蜘蛛の体にまとわりついた水の粒が氷になっていく。それでもまだ動ける。
「今だ、絶好の機会よ!」
ハンネスが飛び出して、凍りついた後ろ脚を斬り落とした。三本の脚を失った蜘蛛はバランスを崩した。でもまだ糸を放つことができる。
次のステップに移る。杖に魔力を溜めて、岩ほどの大きさの鉄の弾丸を作り出す。速度と破壊力を高めていくと、洞窟中に甲高い音が響き渡った。放つ前に叫んだ。
「これで終わりよ!アイアンプル!」
アイアンプルが巨大蜘蛛の体を貫いた。青い液体が四方に飛び散った。腕で目を庇いながら顔を覆った。アイアンプルが貫き抜けた先で、巨大蜘蛛が爆発した。
あれではもう生きていないだろう。
「……成功した?」
恐る恐る聞いてみると、蜘蛛の脚はもう動かなかった。終わったようだ。これで一安心だ。
ハンネスが糸でぐるぐる巻きになっているシャリオンを下ろしに行った。
「この作戦、うまくいったわね……ふふ」
「まあ、危なかったけど、この一匹で十分よ」
ハンネスが剣で糸を切ってシャリオンを解放した。
「はぁ……ふぅ……はぁ……」
深く息を吸い込んだ。青い液体は呼吸器官に影響はなかったが、それでも全部が終わるまで息が詰まりそうだった。
これはシャリオンが提案した作戦だった。危なかったけど成功して本当によかった。こんな形で使うことになるとは思わなかった。
ここまで来るのに二日かかった。ボロンフィア——魔神の頭蓋骨の地。馬がこんなに速いとは思わなかった。元の世界の高級スポーツカーに匹敵するくらいだ。さすが並行世界だ。
そんなことを考えていると、ハンネスが剣を持ったままこちらへ飛んできた。嬉しそうな顔だ。一つ乗り越えたという表情をしている。獣族が喜んでいる顔って、撫でてほしそうな子猫みたいで可愛いな。まあ獣族だから当然か。
魔法の火で蜘蛛の糸を燃やした。糸が広がって燃え尽きていく。換気は心配しなくていい。
ハンネスが松明を持って奥へと歩いていった。周りの壁は魔族やモンスターの爪で引っかかれた傷だらけだ。石器時代の洞窟壁画に似ているが、ここはどう見てもダンジョンだ。
「わあ……」
奥に進んだ瞬間、思わず声が出た。ファンタジーのマンガから飛び出してきたような光景だ。本物をこの目で見られるとは思っていなかった。
「入り口のモンスターを倒せば危険はないって聞いてるけど、油断しないでね」
シャリオンとハンネスが真剣な顔で言った。僕はといえば……新しいおもちゃをもらった子どもみたいに興奮していた。でも油断はしない。
ハンネスが先頭を歩く。彼女は嗅覚がシャリオンより鋭いから、危険を早く察知できる。
もし自分に先を見通す能力か、未来を見る目があれば先頭に立てるのに。でもそんなものは持っていない。
タイラー先輩にはタイムアイという未来を少し見通せる目があった。洞窟を探索するのに便利だろうな。
結局、僕は最後尾を歩くことにした。後方から周囲を観察するのが僕の役目だ。この洞窟はどう見てもダンジョンで、すでに誰かが来た形跡があるかもしれない。
洞窟内のモンスターは聖職者の魔法による結界のせいで頭蓋骨の範囲から外に出られないらしい。出るためには結界を突き破れるほどの強さが必要だが、洞窟から逃げ出したモンスターの話は聞いたことがない。
「罠も奇襲もなさそうね」
「わかった、もっと進みましょう」
Bランクの依頼なのに、目標の皮と角がまだ見つかっていない。このままでは爪くらいしか手に入らないかもしれない。
「あれ、行き止まり?」
入り口から歩いて一時間ほどで、最初の穴の行き止まりに辿り着いた。その間ずっとモンスターは出てこなかった。緊張しながら背後を気にしながら歩いてきたが、距離は数キロはあったかもしれない。道はほぼ一直線で曲がりくねってはいなかった。それでもここは洞窟の一部にすぎないと思う。
「入り口まで戻る?」
「まだ続きがあるわ。私についてきて」
ハンネスの後についていくと、T字路になっている分岐点に出た。二手に分かれている。
右か左か。
当然ハンネスは右を選んだ。嗅覚の鋭い獣族にそんな論理は通じないのかもしれない。
右へ曲がると、広いスペースが開けた。サイコロのような四角い形をした広い空間で、中は段差になっていて下に降りる溝があった。
その段差を降りていくと、大きく広がった場所に出た。青い魔法石の光が輝いた。謎めいた女性のような声が聞こえた。
「あっ!……気をつけて」
そこに巨大な生き物の姿があった。
タコのような触手が口から何十本も伸びていて、先端は刃物のように鋭い歯のような形をしている。オレンジ色の目に赤い瞳孔、体の中央に一つだけ目がある。左腕は今にも爆発しそうなほどの筋肉の塊で、右腕には魔法石の破片が突き刺さっていた。それぞれの手には三本の指があり、各指の先が鋭く尖っている。刃物のように鋭い触手がこちらへと巻き付こうとしていた。
杖で凍らせようと向けたとき、見てはいけないものが目に入った。
そのモンスターの背中に死体があった。どの種族かわからない。死体は赤い魔法石に体を刺し貫かれていた。こちらを向いているが、顔がなく顎だけが残っている。左腕は引きちぎられ、右腕は根元からなくなっていた。両脚も太ももから先がない。何匹もの虫が首と顎に潜り込んでいた。
無理だ。目の前の光景に意識が遠のきそうになった。
心臓がどくどくと打っている。見続けるのが苦しい。戦う集中力がまったくない。これだけ危険な状況なのに。
「おえっ……」
吐き気が来た。杖を握る力さえない。このままここで死ぬかもしれない。
「サイファー、凍らせて!」
シャリオンが叫んでいる。でも今の自分では杖を握ることすら無理だ。
「サイファー、本当に死ぬわよ!」
「サイファー!」
「ふ……フリ……フリーズ……エ……エリア……」
手に魔力を絞り出した。錬金術も使わない。意識が薄れていくのはわかっていた。でも絞り込んで、冷
たい風だけは感じ取れた。
もっと絞り出す。もっと。両手が氷に噛まれたみたいに真っ赤になっていた。
あのモンスターはもう凍っているだろうか……
まだ動けるかもしれない。
もっと絞り出した。真っ赤だった両手が青紫に変わり始めた。そして意識が……
***
「えっ……」
上半身が地面に落ちる音。残った下半身は動かない。
「……」
気がつくと、フリーズエリアを使っていた自分の前に、誰かが割り込んでいた。その場に立っている。
男の子ではなく、少年だ。クスより背が高い。白と青のズボンを合わせた服を着ていて、狼の耳と尻尾がある。右腕に銀色の毛と鋭い爪がある。後ろを向いているから顔は見えない。
でも、この体格には見覚えがある。この髪型と耳の形を知っている。銀色の鉱石のような銀髪に、あのときの狼の耳——
「助けに来ましたよ、ビウ超越者様!」
サイビア・アゲルがそこにいた。
約一ヶ月前——
ウェルティアンナ王国の騎士がクスとサイビアをギルドへと案内した。先輩たちとビウを探す告知を出すためだ。しかし二人は掲示板に貼られた大量の手紙を見て驚いた。ロジファで行方不明になった人々の知らせが山のように並んでいた。
クスがサイビアに最初に言った言葉は、「一人でビウを探しに行く」だった。
クスが一人で行くと決めた。サイビアが理由を聞いても、クスは答えなかった。最近のクスの様子がおかしいとサイビアも感じていた。怖い何かの気配が滲み出ていた。
「一人でビウを探しに行く。お前はここにいろ、サイビア」
「でもクス様、一人は危ないです。一緒に行かせてください」
「一人で行くと言っただろ。お前にはもう用がない!」
荒々しい言葉だった。残酷とまではいかないが、サイビアの目に涙を浮かばせるには十分だった。
その夜が明けると、クスはウェルティアンナ王国から姿を消していた。どこへ行くとも告げずに。サイビアだけが宿に残された。
翌朝、サイビアはクスの匂いを辿ろうとした。しかしほぼ不可能だった。何時間探しても、ウェルティアンナ王国の中にクスの気配はどこにもなかった。
クスはウェルティアンナ王国を出ていた。サイビアは一人、この王国に残ることになった。
***
ウェルティアンナ王国のある日——グリーティア魔法学校にて。
人間族の魔法使い、グリーディット・ティアンナが建てた、ウェルティアンナ王国の魔法学校。その中央の演武場に、銀色の髪をした少年が現れた。耳と尻尾は狼のものだ。
演武場の反対側には金色の髪の男が立っていた。学校の制服を着ていて、サイビアより頭一つ分ほど背が低い。右手に魔法の杖を持ち、「魔法」と呼ばれる力を使う準備をしている。
二人の若者が演武場で向かい合っていた。周囲を取り囲む見物人たちは、グリーティア学校の生徒たちで、その中に魔法を教える老練な教師の姿もあった。
「お前に手加減はしないぞ、狼め」
金髪の男が先に口を開いて、杖を銀髪の少年へと向けた。
「こちらも全力でいきますので、よろしくお願いします、先輩」
「ウェルティアンナ王国グリーティア学校への特別入学試験、サイビア・アゲル対フィッシャン・ティアンナ——今より開始!」
演武場から離れた老いた男が宣言した。その声が演武場中に響き渡り、特別試験が始まった。
「ヴォクセル!」
フィッシャンの杖が光を放った。直後、銀髪の少年は体が動かなくなった。
「決めたぞ——!」
しかしその瞬間、フィッシャンの拘束魔法が何かの力によって止まった。
サイビアの目の色が変わった。白目が赤く、黒目が黄色へと変化した。体が大きくなり、背中に黒い痣のような紋様が浮かび上がる。鋭い爪が現れ、口から牙が覗く。銀色の毛が全身を覆っていく。
サイビアの半魔族の姿が、見物人たちの前に現れた。
「フィッシャン殿下の魔法が効かない!」
「いったい何が起きた!」
サイビア・アゲル ——人間族と特別な魔族の混血。半魔族の姿へと変身し、戦いが続いた。
「なんなんだ!お前の毛皮はどうなってるんだ!」
フィッシャンが体勢を立て直し、土の壁を作る魔法を詠唱した。
壁がフィッシャンを守った瞬間、半魔族の姿のサイビアが前へと飛び出した。
「視界を塞げ——ダークスモーク」
壁の後ろから黒い煙が広がった。その隙にサイビアは土の壁を爪で破壊した。サイビアの突進力で地面がその場所でめり込み、細かく砕け散った。
「俺の毛皮には、それくらいの力じゃ何もできないぞ!」
「うぐっ!」
フィッシャンが爪をかわした。かわした方向は右。両脚と魔力を使って反撃しようとした。
「うっ」
間に合わなかった。サイビアの拳が胸の中央に叩き込まれた。肋骨が鳴る音が響いた。
これが重い一撃を受けたときの感覚か。
サイビアは凄まじい速さで殴り込んだ後、消えた。演武場の端の床にはじき飛ばされたフィッシャンの体が激突し、大きな亀裂が走った。亀裂はゆっくりと元に戻っていったが、遅かった。
「がっ!」
衝撃がフィッシャンの全身に伝わった。口から血が出た。よろめきながら、服が破れ、右腕がおかしな向きになっていた。フィッシャンは尻から床に崩れ落ちた。
その直後、サイビアが雄叫びを上げた。声が学校中に響き渡り、周囲にいた全員が身動きを取れなくなった。
「ぐ……っ!」
満身創痍のフィッシャンが左腕を伸ばして、魔法の詠唱を始めた。
「あ……がっ……燃え盛り破壊する炎よ、清らかに流れ続ける水よ、万物の始まりである大地よ、あらゆるものを運び去る風よ、弱き者を守る守護者よ、天より万物を見下ろす神よ、か弱き我を見ているか。汝が討ち滅ぼした敵の力を、我が欲する。滅びの名を冠したその力を、我に授けよ。敵と呼ばれるものを討ち滅ぼすために。灰燼と炎のみを残せ」
一瞬にして、フィッシャンの左手に溜まった魔力が金色の球体となって形を成した。
「消えろ!スラッシュライトボム!」
金色の球体が眩い光を放ち、演武場の中央で巨大な爆発が起きた。魔法による防護結界が走り、フィッシャンの魔法から生じた熱波が双方を包んだ。それでも被害が最も少なかったのはサイビアだった。左腕の皮膚が焼けて血が滲んでいる。
フィッシャンは爆発の余波でほぼ全身が焼け焦げ、皮膚は熱波で爛れていた。
試合結果は満場一致——サイビアが魔法の天才フィッシャンを完膚なきまでに叩きのめして勝利した。
グリーティア学校一年生、サイビア・アゲルの学校生活が始まった。
フィッシャンは後に高度な治癒魔法で完治した。
スラッシュライトボムは上級の爆発魔法で、使用者は莫大な魔力を絞り出さなければ威力が出ない。しかし危険は双方に及ぶという代償がある。
あの出来事から三日後、サイビアはグリーティア学校の正式な生徒となった。
フィッシャンはサイビアを気に入っていた。試合でこれほど高度な魔法を使わざるを得なかった相手は初めてで、大勢の前で倒されたことを恥ずかしいとは思っていなかった。
サイビアは学校に入学してから数週間が経ち、二年生のフィッシャンと剣術と魔法の授業を共に受けるようになった。ほぼ毎日フィッシャンが話しかけてきた。二人はあの試合がなかったかのように打ち解けて、あっという間に仲良くなった。
話題は主に剣術と魔法のことだったが、ある日、ボロンフィアの魔神の頭蓋骨の話題になった。
二日前——
金髪の男が杖を背に差し、半魔族の少年が腰に剣を帯びていた。二人とも同じ学校の制服を着ている。
フィッシャン・ティアンナとサイビア・アゲル。二人は転移と呼ばれる特殊な空間を使って移動し、長い旅の末にエルフの村へと辿り着いた。
その道のりは楽ではなかった。目覚めた巨大モンスターを倒しに急いでいたのに、森にテレポートした直後に野生のモンスターの群れに遭遇して激しく戦う羽目になった。エルフの村に着いたときにはかなりの時間と体力を消費していた。
それでも二人はただの学生とは思えない実力を持っていた。
エルフの村に到着してから、ボロンフィアへ向かう前の休憩を取った。この村ではフィッシャン・ティアンナという名前をほとんど誰も知らなかった。ウェルティアンナ王国の王子であっても、外に出れば名声が伴うとは限らない。
一日目は村の周辺の探索と食事と宿探しで終わった。すべて順調だった。
二日目、エルフの村を出てボロンフィアへと向かった。夜明け前に出発したものの、目的地に着いたときには太陽が頭上にあった。
ボロンフィアに到着した瞬間、木に繋がれた二頭の馬を見つけた。洞窟の入り口から少し離れた木だ。サイビアがその馬から何かを感じ取った。
また会いたいと思っていた人物の匂い。ロジファの街でグループとはぐれた男の匂い。かつて自分の主人を助けてくれた男の匂い。でも今回は女の匂いで、しかもその人物からは二つの命の気配がした。
その人物はビウだ。
そしてサイビアは今ここにいる。
急いで目的の場所へ向かわなければ、もう一度あの人に会わなければ。銀色の狼に変身して、フィッシャンを背に乗せて走り出した。会いに行かなければ。また会えるように。サイビアは匂いを追いながら走った。しばらく時間はかかったが——
ついにビウを見つけた。両手が氷に喰われて青黒くなっている。サイビアは目覚めたモンスターに向かって飛び込んだ。
現在——
サイビアが構えを取り、爪を広げた。右腕が半魔族の形に変わる。
次の瞬間、サイビアが右腕の爪を振るって飛び込んだ。
「魔族爪突き!」
巨大モンスターの上半身が宙を舞った。
同時に、先に来ていたパーティーをフィッシャンが守った。獣族の女の子と人間の女の子を。フィッシャンが獣族の女の子に治癒魔法をかけてから、人間の女の子の様子を確認した。両手の指全体が青黒く凍りついている。治癒魔法とポーションを使っても、指の色が少し良くなるだけだった。
そのとき、地面に叩きつけられたモンスターの上半身に宿っていた魔法石が赤く輝き始めた。周囲の魔法石も次々と光り出した。サイビアとビウから受けたダメージがすべて消えていく。上半身が床を這い寄って来て、下半身と繋がった。
モンスターが完全に元に戻った。
化け物め。
フィッシャンが黙って思った。
「下がれ!一旦体勢を整えて!」
弓を持つ獣族の女の子がサイビアに向かって叫んだ。
サイビアはそれを聞いてフィッシャンのそばまで跳び退いた。
巨大モンスターが巨大な腕を前に構えて突進してきた。
「杖を……取ってきて……」
人間の女の子がかすれた声で言った。
「でもビウ超越者様、これ以上無理をしたら体が——」
「心配してくれてありがとう。でも……お願い、杖を持ってきて」
フィッシャンが床に落ちている杖を拾いに走った。突進してきたモンスターをかわしながら——
「ほら、受け取れ」
杖が人間の女の子の手へと渡った。
「ありがとう……サイビア、時間を稼いでくれる?」
「わかりました!」
サイビアが半魔族の姿に変身して時間稼ぎを始めた。
人間の女の子がヒーリングを使った。両手に噛みついていた氷による傷が元に戻っていく。立ち上がって、集中を取り戻した。ジタ波を巨大モンスターに向けて発動させる。膨大な魔力を絞り出す。岩ほどの大きさの鉄の弾丸が高速で回転し始め、やがて紫の炎が纏わりついた。紫の炎が眩い光を放ち、激しい風が吹いてマントが翻った。
「アイアンプル!」
鉄の弾丸が杖の先端から飛び出した。ドスンという音と同時に、体が反動で吹き飛ばされた。岩壁に向かって飛んでいく体を、フィッシャンが受け止めた。
今回、巨大モンスターは真っ二つにはならなかった。女の子の力に撃ち抜かれて、体が霧散していく。右腕にあった魔法石が床に落ちた。深紅に輝いていた魔法石が白へと変わっていく。四角い空間を覆っていた赤い魔法石の光が青へと戻った。冒険者たちの亡骸もモンスターと共に消えていった。
「やっ……た……」
女の子がそう言うと、その場に崩れ落ちた。
「サイビア、三人をエルフの村に連れて帰ろう」
目覚めた巨大モンスターを倒したのは——謎の魔法使い、サイファーだった。
***
目が覚めると、どこかの部屋のベッドの上にいた。全身が痺れている。最後に見た光景はサイビアだった。
いったいいつ意識を失ったんだろう。冒険者の亡骸を見た瞬間か。ああ、思い出しただけで頭がぐるぐるする。
ベッドの脇で吐いた。何も食べていないのに、それでも体が全部吐き出せという。すっかり空になって少し楽になった。
体の向きを戻すと、ベッドの左側に赤い髪の女の人が横たわっていた。あのモンスターに警戒するよう言っていた人だ。まだ生きている。よかった。
また頭がぐるぐるしてきた。胃が空になってもこの感じが治まらないのはなぜだろう。そうだ、ヒーリング。ヒーリングを使わないといけない。
「清らかな水……ヒーリング」
詠唱する体力もなかったので省いた。緑のオーラが輝いた。痺れが少しずつ引いていく。でも頭のぐるぐるは治まらない。
体を起こそうとした。手で体を押し上げようとすると、また倒れそうになった。
ガチャ
扉のノブが回る音がして、扉が開いた。
二人の男が入ってきた。金色の髪の男と、サイビアだ。会わなかったのはたった一ヶ月なのに、サイビアは前より背が伸びている気がする。
「ビウ超越者様、目が覚めましたか?」
サイビアが勢いよく抱きついてきた。温かい抱擁だった。クスに抱きしめてもらったときの感覚と変わらない。
「うん、目が覚めた。ありがとう、サイビア」
サイビアの頭を撫でた。するとサイビアがさらにぎゅっと抱きついて、今度は尻尾でお腹を撫で始めた。
「ちょっと……サイビア、何してるの」
「二人いるんですね。きっとビウ超越者様そっくりで可愛いでしょう」
二人?! どういう意味だ。
サイビアの尻尾がお腹を撫でている間、服に雫が落ちてきた。
「すみませんビウ超越者様。クス様のことが……」
さっきまで笑っていたサイビアの顔が、涙に濡れていた。
「クス様が……いなくなってしまって……」
サイビアが小声で言いながら、体が震え始めた。
しばらく時間が経った。
まだ頭の整理がついていないが、サイビアが伝えようとしていることはなんとなくわかってきた。
「ひっく……うぅ……すみません……」
サイビアが謝り続けた。クスを連れて戻れなかったことへの謝罪だ。クスはサイビアに「もう用はない」と言って姿を消したという。
なぜクスはそんなことを言ったんだろう。クスらしくない。
サイビアの頭を撫でてから、大丈夫だよと告げた。するとサイビアがさらに強く抱きついてきた。顔を上げると、サイビアの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
罪悪感と悲しみで一杯なのはわかる。でも今こうして僕に会えたんだから、そこまで自分を責めなくていい。
「……」
「サイビアが罪悪感を感じてるのはわかってる。でもついに会えたんだから、自分を責めなくていいよ。クスのことは、彼がひどい言い方をしたのはごめんね。でも今、サイビアは目標の一つを達成したんだよ」
自分より背の高いサイビアの頭を撫でた。
この感覚には既視感がある。いつだったか似たような出来事があった気がする。あのオークがクスのふりをして、もう少しで最初のときを失いかけたあのとき。クスが助けに来てくれて、ひどく泣いた。クスが慰めてくれた。今のサイビアはあのときの自分みたいに感じているかもしれない。
「あの、邪魔したいわけじゃないんだけど、あなたの名前はビウで合ってる?」
サイビアと一緒に来た金色の髪の男が聞いてきた。背中に魔法の杖を差している。魔法使いかもしれない。
「そうだ、まだ自己紹介してなかったね。僕はフィッシャン・ティアンナ。グリーティア魔法学校二年生。ウェルティアンナ王国の第五王子。十七歳。君の魔法はすごいな。一発でそのモンスターを消滅させるなんて初めて見た」
嘘でしょう。
え、聞き間違えじゃないよね。
え、ティアンナという名字——ロフィさんとグリーディットさんと同じ。
え、魔法も自分と同じように使える。
絶対に嘘だ。ティアンナの血を引く者はケティフの呪いを受けないのか。なぜ。
ティアンナの子孫に呪いが及ばないなら……
頭が混乱してきた。
「まさかサイビアとこんなに仲が良いとは思わなかった。知り合い?」
「ビウ超越者様は僕を助けてくれた方なんです。あまり会えてはいないですが、ずっとそばにいたいんです。守りたいんです……」
「そうなんだ。でもこの子、杖で特に何もしないで魔法を使ってたけど、初めて見たよ」
頭の中がすべて混乱している。このまままた暗くなっていきそうだ。召喚されるのか……たぶんそうだろう。
「サイビア、まだ生きてくれてて嬉しい。クスと一緒にいてくれてありがとう……」
白い魔法陣の光が輝き始めた。メジックバウンの継承者たちが姿を現した。
ロフィさん、グリーディットさん、フリークさん、ヴァンセアさん、エイスさん。全員が目の前に立っていた。
「またお会いできましたね、ビウさん」
第29話が終わりました。
kuzagiより、読者のみなさんへ。小説の総読数が1000になりました!本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
今回の内容についてですが、ビューが遺体を発見するシーンは自分でも鳥肌が立ってしまいました。でもザイビアが助けに来てくれて、エルフの村へ無事に戻ることができましたね。うーん、この先がますます楽しみになってきました!どうかこれからも小説をよろしくお願いします。引き続き読んでくださっているみなさん、本当にありがとうございます。




