28 「ハンネス―と―シャリオン」
―ビウ視点―
翌朝、すぐに旅を続けた。
朝日はまだ昇っていない。深い森は暗くて不気味だ。魔法の火で枝に火をつけて、即席の松明を作った。昨日、水浴びをしていたとき、地面が恐ろしく揺れた。この世界の自然災害だろう。
進む方向にも自信が持てなくなってきた。テンツの馬車の轍が薄くなっている。食料もない。魔法の水を作って飢えを凌いでいる。
晴れない朝。ひどく腹が減っている。グラットカトル王国を出てから何も食べていない。食料の準備を怠ったのは失敗だった。でも悪いことばかりでもない。
魔法——魔法の練習は順調だ。風、水、火と、どれも使いこなせるようになってきた。
使いこなせる、というよりは基礎が身についた感じだ。旅の間ずっと練習を続けていた。左手で水の魔法、右手で風の魔法を同時に使い続けていると、二つが反応し合って普通の水が固まって冷たくなり、やがて氷になった。火の魔法と水の魔法を合わせると、火の量が多ければ蒸気か霧になった。
このような反応を僕は「錬金術」と呼ぶことにした。
料理に似ている。多く入れればこの味、少なければあの味。属性の形を組み合わせることが少しずつわかってきた。でもこれは魔法の基礎だろう。アイアンプルを使うときは、属性の形を意識したことはなかった。ただ力を絞り出しただけだ。錬金術も大切なはずだ。
雨や嵐を呼ぶとか。でもそれには相当な魔力が必要だろう。
雷も気になる。面白そうな魔法だ。ヒーリングもそうだ。
この世界の魔法は三種類に分けられると思う。
一つ目は攻撃や具現化のための魔法。形を決めて攻撃として放つもので、破壊力がある。
二つ目は攻撃に関係しない魔法で、ヒールや呪いがそれにあたる。破壊力はないが、体や精神に影響を与える。呪いとヒールは性質が似ているかもしれない。
三つ目は召喚魔法。これは僕にはまだ疑問が多い。
とはいえ確信はない。あくまで自分なりの仮説だ。この世界の本を探して確認しなければ。召喚魔法、ヒーリング、呪い 興味は尽きない。
「@#@@@#」
声が聞こえた瞬間、魔法トランスを使いながら草むらに転がり込んだ。
「くそ、さっきそこにいたのに」
目の前にいたのは二人の獣族の女性だった。立って話している。
でも今の自分の状態では、アイアンプルとジタ波を使うだけでもしんどい。戦う体力なんてどこにもない。
そうだ、ヴァンセアさんが言っていた。敵を作るのではなく、友好を結べと。なら今すぐ草むらから出ればいい。
「あ、いた。ここにいた」
「……」
ゲームのホラーシーンみたいに突然横に現れた二人に、そのまま気を失ってしまった。
***
鼻をついてくる何かの香ばしい匂い。
お腹が空いた。普通の空腹じゃない。鼻で食事ができるなら鼻いっぱいに詰め込みたいくらいだ。
「モイデアさんが戻ってこないけど、大丈夫かしら……あの日以来ずっと」
「あの侵略者がドラゴンまで召喚したって聞いたわ」
モイデア?ドラゴン?あ、そうだ。誰かに飛び出されて気を失ったんだった。でもなんで体が動かないんだろう。
動こうとしても動けない。いや、動くことはできるが、体が言うことを聞かない、というより
「あ、目が覚めたの」
目を開けると、白い髪、浅黒い肌、猫耳を持つ獣族の女性が話しかけてきた。
「あまり動かない方がいいよ。打撲するから」
「あの、いい匂いのするもの、食べさせてもらえませんか……」
お腹が空きすぎて戦う気力もない。戦うつもりもなかったけれど。
手と足が何かで縛られていた。縄のような形だが、鉄のように固い。それでもミミズのように体を動かして、香りの元へとにじり寄ろうとした。
「食べさせてよ」
「きゃっ!怖い!ハンネス、助けて!」
「止まれ!この邪悪なミミズ!キノコと魚のスープをやるから食べなさい!」
そうしてようやく念願の食事にありつき、縄も解いてもらえた。
「ごちそうさま、ありがとう」
食事をくれて縛めを解いてくれた二人の獣族の女性にお礼を言った。すっかり恩を着てしまった。
気がつくと木でできた粗末な小屋の中にいた。屋根はこの世界の何かの木の葉で作られているようだ。
食事を終えたところで、一人が話しかけてきた。
「あなた、グリフェラーと関わりがあるの?」
否定しようにも、着ている制服が全部バラしている。ベルトの留め金にはテンツの名前の頭文字が刻まれていた。これでは一目でわかる。
「えっと……どこから話せばいいかな」
そう言ってから、ロジファで起きた謎の出来事も含めて、これまでのことを全部話した。
***
あの出来事から一ヶ月が経った。ソレフィア暦第四百八十三年第百五日。
体は女のままで男に戻る気配がない。まるで女に固定されてしまったかのようだ。基礎的な魔法はなんとか使えるようになった。錬金術も同様だ。この世界の魔法に関する本はまだ読んでいない。あの日以来、生理も来ていない。ロフィさんから再びケティフの話で呼ばれることもなかった。
この一ヶ月、僕はテンツを監視していた獣族の臨時の小屋に世話になっていた。
彼女たちの名前はハンネスとシャリオン。僕と同じくらいの年齢の獣族の女の子たちで、二人とも十七歳、僕は十六歳だ。二人はBランクの冒険者で、剣と弓を得意としている。あのとき彼女たちはテンツ・グリフェラーの侵入を阻む仕事を請け負っていた。
護衛をしていたことは否定しなかった。全部しゃべってしまったのだ。でも殺されることも奴隷にされることもなく、事情を聴取されただけだった。獣族の兵士たちに嘘はつかなかった。テンツ・グリフェラーについて知っていることをすべて話した。ヘヴェル国とグラットカトル王国はもともと仲が良くないので、情報を出すことに迷いはなかった。
そうしてラアス一族の街、ヘヴェル国のラアスの街にたどり着いた。ヘヴェル国最大の種族、人間と魔獣の半血一族であるラアス一族の街だ。ヴァンセア・ラアスと同じ一族。だがこの国のラアスの血筋はどこかの侵攻によって行方不明になっていた。ラアスの血を引くグリスディアル・ラアスが幼い頃に姿を消し、現在も生死不明のままだ。獣族の兵士たちが何年も探し続けているが、手がかりがない。この話はハンネスとシャリオンが教えてくれた。
二人が街のギルドへと連れていってくれて、パーティーに加えてもらえることになった。加入の手続きは少し面倒で、加入金の半分を前払いし、全滅してもわからないほど名声も低い場合、そのお金はそのままギルドのものになる契約書にサインが必要だった。オンラインゲームのギルドシステムに似ている。
こうして今、僕はこのパーティーにいる。構成は——
シャリオン:マークスマン、遠距離狙撃担当。
ハンネス:ファイター、近接攻撃担当。
そして僕:後方支援と魔法、状況をかき乱す役割。自称——メイジ、サイファー。
パーティーに入ってすぐ、ハンネスとシャリオンがBランクの依頼を受けた。報酬は銀貨二百シセン。まず依頼の内容を確認しなければ。Bランクということは二人なら難なくこなせる依頼だ。
これが僕の初めての依頼だ。無理をして失敗したくない。クスにまだ会えていないのに、ここで死ぬわけにはいかない。
まず三人で武器屋へ向かった。僕には特に必要なものはなかったが、ハンネスとシャリオンには受け取るものがあった。ハンネスは修理に出していた中級の剣と鎧を、シャリオンは修理に出していた高級の弓を受け取った。
そうか、弓と剣がこの世界の攻撃手段なんだ。ロフィさんが言っていたことを思い出す。
「私の時代には魔法使いや騎士が大勢いたわ」
騎士というのは剣士と弓使いのことだろう。少しわかってきた。
次に向かったのはポーション屋だ。この世界のポーションは花から抽出されていて、それぞれ効能が異なる。今回買ったのは回復薬で、一本銀貨百五十シセン。
三番目は移動だ。依頼の目的地はボロンフィア——魔神の頭蓋骨の地。馬で向かわなければならない。そこには様々なレベルのモンスターがいるが、今回の依頼は中レベルのモンスターを倒して角と皮を持ち帰るだけだ。Bランクの依頼にしては妥当な報酬だ。
必要なものが全部揃ったところで、出発地点へと向かった。馬の乗り方がわからないので、後ろに乗せてもらうことにした。担当してくれたのはハンネスだ。ハンネスはがっしりした体格で、自分から申し出てくれた。
準備が整ってから、いよいよ出発だ。ヴァンセアさんの像から北へ。
魔神の頭蓋骨の地、ボロンフィア。
***
ソレフィア暦第四百八十三年第百七日、ラアスの街を出発し、像の北へと進んだ。まる二日かかってボロンフィアに辿り着いた。
砂嵐が収まったおかげで見通しがきいた。そこには魔神の頭蓋骨があった。魔王ケティフの手下だ。
五百年前の五族戦争で、ロフィ王女の連合軍が魔王の配下を難なく倒した。その結果があの巨大な頭蓋骨として残っている。かつてここに住んでいた人々は他の王国や大陸へと移住を余儀なくされ、五族戦争が終わった後も廃墟のままになっており、様々なレベルのモンスターの巣窟となっていた。
そこへ一つのパーティーが到着した。
茶色い髪、紫色のブレスレット、橙色の瞳。緑色の外套の上に茶色いマントを羽織っている。周囲を油断なく見渡しながら、馬には乗らず歩いている。
左手から風の魔法を使いながら周囲を探っていた。砂漠の飲み込む沼地を過ぎても、モンスターが飛び出してくることはなかった。
牙の奥深くに入ると、暗がりの隙間に赤く光る目が見えた。でも少女が杖を向けると、それは逃げていった。
「……ここか」
モンスターが逃げていった先を見つめた。
「まったく、もう少しだったのに」
一人でぼやいてから、後ろからついてきた獣族の女の子二人と一緒に、ゆっくりと奥へと歩き進んでいった。
以前ここを通ったケティフの手下がいた場所。かつて巨大な魔神だったものは、今は魂も気配もない骨だけになっていた。
三人は洞窟の入り口まで歩いてきて、ある一点で足を止めた。入り口の前に、魔法石が光を放つ泉があった。魔力を蓄えている泉かもしれない。この地ではそういった不思議なことも起こりうる。
三人は不思議そうに眺めてから、手を伸ばして危険がないか確かめた。泉から魔法石を一つ引き抜いた。
「見て、この魔法石すごく綺麗」
「そんな風に掴んで危なくないの」
人間の少女が心配そうに言った。
通路の床は平らだが、そこに生息するモンスターの粘液でぬるぬるしていた。泉から変な臭いが漂ってきた。魔法石を抜いたせいだろう。
「なにこの臭い、ひどすぎ!」
三人は布で鼻を覆ってから周囲を観察した。何かが素早く目の前を横切った。
獣族の少女が剣をしっかり握って先頭に立った。
「気のせいかな」
疑問に思いながらも特に気をつけることもなく、三人は洞窟の奥へと歩き続けた。杖を持つ少女が魔法で火を起こして枝に移し、松明を作った。松明の光が洞窟を照らした。周囲には音もなく、石の隙間からわずかな光が漏れているだけだった。
奥へと進んでいくと、様子がおかしかった。城門ほどの大きさの穴が四つ並んでいて、それぞれ異なる色の魔法石の光が灯っていた。三人は最初の穴へと向かった。赤い魔法石の光が漏れる穴だ。
「ここはいったい何なんだろう……」
松明を持って最後尾を歩く少女が呟いた。
しばらく進んでいくと、床に何か紙のようなものが落ちていた。
「本みたいなものね。とりあえずモンスターを探しに行こう」
剣を持つ獣族の少女が言った。その瞬間、何かの音が響いた。
八本の脚。後ろの四本は岩に張り付き、前の四本はこちらへと向いている。体の大きさは城門と同じくらい。灰色の毛。金色の目。先の尖った脚は岩に食い込んでいる。しかも目が六つある。
魔蜘蛛——初級魔族クラスのモンスターだ。
「うわっ!なに、これ!」
三人は一斉に出口へと走り出した。でも床に張り巡らされた蜘蛛の糸の上を走ることなどできない。足がべったりと糸に絡みついた。弓を持つ獣族の少女が糸で全身を巻かれ始めた……
第28話完結です。作者のKuzagiです。
小説家になろうでの累計PV数がもうすぐ1000に到達しそうです!いつも読んでくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます。
評価やブックマークでの応援も、心から感謝しています。これからもビウの旅路を温かく見守っていただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いいたします!




