27 「幕間:クス」
― クス視点 ―
「もうすぐ時間か……」
「時間? ビウ超越者様のご友人、何の話ですか?」
「あ、いや、何でもないよ。ギルドの仲間を探しに行こう」
「はい。また一緒にいられるように」
本当にそう思ってるのか? サイビア・アゲル。
ビウや皆と離れ離れになってから二日目。最近、自分が自分でないような感覚がずっとある。何かを制御できない感じがして、時々ひどい頭痛が来る。しかも聞き慣れない声が頭の中に常に響いてくる。何が起きているのかまったくわからない。この世界には何度も来たことがあるのに、今回は明らかにおかしい。それにビウのことが頭から離れない。並行世界でたった二日会えないだけで、こんなにも恋しくなるとは。あんなことがあったばかりなのに、よりによって離れ離れになるなんて。
変わりやすい天気。木が一本もなさそうな砂漠の嵐。高レベルのモンスターが何かを守っている洞窟。ここは魔神の頭蓋骨の地、ボロンフィアだ。まさかまたここに来ることになるとは思わなかった。
前回は別の冒険者グループと大きな任務でここに来たことがあった。外にいただけでも危険を肌で感じた。ボロンフィアからオワ国まで、距離も時間も相当なものになる。おまけにボロンフィアにはギルドの連絡拠点が一つもない。素手で無防備に歩けば、すぐに魔族に片付けられてしまう。常に気を張っていなければならない。
「クス様、ビウ超越者様にまた会えなくなるかもしれないと思うと怖くて」
「大丈夫だよ、サイビア。ビウは絶対に無事だ」
サイビア・アゲル。ビウから全部聞いている。半獣族で、ヘヴェル国生まれ、レイア郊外の小さな村で主人のそばに暮らしていた者だ。体格は僕とそう変わらないが、背丈は少しサイビアの方が高い。内心は臆病な部分もある。でも旅の道連れがいるだけで、だいぶ気持ちが楽になった。目標はなるべく近くの国に向かってギルドに連絡を取ることだ。
今は高レベルモンスターの洞窟の前にいる。ダンジョンと言った方が正確かもしれない。まだ中に入ったことはないが、多くの冒険者が口を揃えてここは危険だと言っていた。なぜなのか。高レベルモンスターくらいなら、僕の風の力でなんとかなるはずだ。汗をかくことにはなっても。
しばらく迷ってから、サイビアの言う通り近くの町を探すことにした。サイビアの言いたいことはわかる。二人で洞窟に入って何かあれば、そのまま洞窟の幽霊になってしまいかねない。サイビアの言葉を信じることにした。
最優先はなるべく近くの国に向かってギルドに連絡すること。ロジファのあの奇妙な事件についても、先輩たちとビウの動向も調べなければ。みんな、無事でいてくれ。ビウも、おなかの子をしっかり守っていてくれ。そのときが来たら、二人でこの世界を幸せに生きよう。
--***--
その瞬間、白い空間に引き込まれていた。
「またうなされてるのか」
またその声だ。頭の中に入り込んでくる。
「お前こそがメジックバウンの継承者と結ばれた者だな」
お前は何者だ。僕の頭の中にいるのか。
「これで条件が揃った。ようやく余が転生できる」
転生? お前は魔族なのか。
「お前の子どもは、メジックバウンの継承から莫大な魔力を引き継ぐ。それが余の新しい器だ」
子ども? メジックバウン? 何の話をしているんだ、まったくわからない!
「お前は本当に鈍いな。一年後、お前の子どもは双子として生まれてくる。そのうちの一人が転生した余だ」
冗談を言っているのか。とにかく僕はここを出なければならない。ほっておいてくれ。
「ビウ? そいつがお前の求める人間か」
なぜビウの名前を知っているんだ。
「余が何も得られないまま話してやるのは時間の無駄だ」
何が欲しいんだ。そもそも僕は今どこにいる。
「何千年経っても余は礼儀というものを忘れておるな。余の名はケティフ」
ケティフ。それで何が欲しくて僕をここに引き込んだんだ。
「余は転生に相応しい時を待つ。お前の子どもが生まれるその時を。何千年という時を超えて、ようや
く完結する」
ケティフよ、その子どもというのは何のことだ。
「答える前に余は一つ提案がある。余にお前の体を貸してくれないか」
その子どもは死ぬのか。
「関係ない。ただお前が余に体を貸している間、お前に意識はない。それだけだ。答えは急がなくてい
い。余には時間がある。他に聞きたいことは」
ケティフよ、ビウの名前をどこで聞いた。
「本当に鈍いな。ビウこそが、お前の子を産む者だ。それと、先ほどの無礼は詫びておこう」
ぐっ!
--***--
「うああああ!!!」
「クス様! クス様! どうしたんですか!!」
頭が割れるように痛い。叫ばずにいられなかった。頭が爆発するんじゃないかというほどの痛みだ。さっきの場所と声は本物だったのか。
あのケティフという存在は本物なのか。僕の体を貸せという提案。
つまりビウが……僕の子を身篭っているということなのか。
頭の整理がつかない。何から考えればいい。ビウは生きている。頭に聞こえていた声はケティフという魔族だ。提案もある。ケティフは僕の体を借りたがっている。その子どもというのは、ビウと僕の子だ。
ビウが本当に身篭っているなら 大声で叫びながらビウのところへ飛んでいって、喜びのあまり抱きしめたい。でも、二人はまだ一緒にいられない。しかも今この並行世界でビウがどこにいるかもわからない。それでも男として、あんなことをした以上、責任を取らなければならない。
自分がどこにいるかも、ボロンフィアから遠いのかどうかもわからない。目標は一つ——できるだけ早くビウを探すことを宣言する場所を見つけることだ。
落ち着け。今はサイビアと一緒で、高レベルモンスターの洞窟の前にいる。そう思った瞬間、サイビアを連れて洞窟の前から離れた。この地が危険なのはわかっている。特に凍えるような寒さは。モンスターが出てきても今なら対処できる。
この世界には飛行機のような移動手段はない。徒歩なら何ヶ月、もしかすると一年単位でかかる。ビウに間に合うかどうか。
でもサイビアがいれば話は違う。サイビアは半獣族で、狼に変身できる。役に立つ力だが、本人の了解が必要だ。頼めば快諾してくれるかもしれない。
「クス様、少し場所を空けていただいてもいいですか。狼に変身します」
「ああ、頼むよサイビア」
ビウを初めて傷つけてしまった。責任を取らないわけにはいかない。ビウはあの日、危険な状況から僕を助けてくれた。男女の問題での責任の取り方も、他と変わらないはずだ。
ボロンフィア——技量が足りなければ安全には出られない魔神の頭蓋骨の地。
僕にとってはそれほど心配ではなかった。以前も来たことがある、小さなパーティーとはいえ。もし一人だったら生き残れたかどうかと考えはするが。正直に言うと、思っていたより楽だった。モンスターは対処できるレベルのものばかりで、狼の姿のサイビアの速さは信じられないほど速かった。
とはいえ苦労がないわけではなかった。凍えるような寒さ、砂漠の嵐——走っていたらそのまま砂嵐に飲み込まれてしまう。サイビアは休まずに走り続けているが、まだ近くの街の気配がない。ここら辺に止まれる街はなく、砂嵐の力を使いながら走り続けるサイビアも、僕も、疲れ果てていた。止まるわけにはいかないのに。
「クス様、まだ大丈夫ですか」
「僕は大丈夫。サイビア、絶対に止まるなよ」
「は……はい!」
無理させているのは申し訳ないが、今の状況では止まれない。
***
苦しい時間が続いた末に——
僕とサイビアはやっと小さな村を見つけた。できて間もない様子だった。粗末な小屋が並んでいるが、寒さと砂嵐は凌げるようだ。石と土で作られていて、木は使われていない。
「よし、サイビア。中に入ろう」
村に入るとすぐに砂嵐の霞が消えた。中の人々の姿が見えた。おそらく魔法石による結界だろう。サイビアが人の姿に戻り、一緒に歩いて入った。
突然、焼き肉の香ばしい匂いが漂ってきた。
振り返ると、串焼き肉を売っている露天商がいた。迷わず近づいた。
「ほう、人間か」
露天商が振り返った。耳が尖って、人間より長い。間違いない、エルフだ。ということはここはエルフの村なのか。聞いたことがなかった。
「ようこそ、人間の方。串焼きに興味がありますか」
「はい、五本ください」
「もちろんですとも。ところで一人でここまで来たんですか、なかなか強いですね」
「そこまでではないですよ。獣族の旅仲間と一緒で。最初は高レベルモンスターの洞窟にいたんですが、逃げてきまして」
「おや!それは驚きですね。では串焼き五本、銅貨二十五シセンです」
そういえばせっかく村まで来たのだから、一つ聞いておこう。
「あの、露天商さん」
「何でしょう?」
「この辺りにギルドの連絡拠点はありますか?」
そう聞くと、エルフの露天商が眉をひそめた。
「失礼ですが、私は串焼き屋ですので冒険のことはよく知りません。ただ村の中心に行けばエルフの冒険者グループがいるかもしれません。彼らに聞いてみてください」
そういえばエルフも冒険が好きな種族だと聞いたことがある。
そうか、村の中心か。そう思いながらサイビアに串焼きを渡した。
村の中心へと向かうと、露天商の言った通りエルフの冒険者たちがいた。近づいた。
「ん?」
エルフの一人が僕とサイビアを見てにやりと笑った。手には剣、弓、魔法石を入れた袋。冒険に出かける準備が整っている様子だ。
「すみません、一つ聞いてもいいですか」
「ちっ、人間か」
舌打ちの後、不満そうな声が返ってきた。
「何の用だ、人間」
どう思われているかはともかく、とにかく謙虚に行こう。
「この辺りにギルドの連絡拠点はありますか?」
「ハァ……ギルドだと?お前たちも冒険者か。なんでそこに行きたい?ギルドを作るつもりか?」
「違います。ギルドのメンバーが散り散りになってしまって、また集まれるよう連絡を取りたいんです」
「ヘッ、その行方不明ってのはロジファのことか?あの件、いくつもの王国で噂になってるぞ。お前のギルドにも巻き込まれた奴がいるのか?」
これが大きなニュースになっているなら、ビウや先輩たちもきっと耳にしているはずだ。それなら見つけやすくなるかもしれない。
「全部は協力できんが、被害に遭ったなら仕方ない。近くの街まで送ってやるよ」
「本当にありがとうございます」
エルフの若者に深く頭を下げた。みんな、待っていてくれ。ビウ、おなかの子も大事にしてくれよ。
***
ロジファで奇妙な出来事が起きた後、クスとサイビアのグループはシーリンとビウのグループと離れ離れになった。ギルドと呼ぶには小さすぎる、小さなパーティーと言った方が正確だろう。
このパーティーの全員は生きていた。だがクスの精神は崩壊寸前だった。
ケティフ 我が儘な魔王。その目的は、この世界で自分に次ぐほどの最高の魔力を持つ体への転生だ。五百年前、第二王女として生まれた少女 ロフィ・ティアンナがいた。不完全な姿のケティフは、ロフィが持つ莫大な魔力を感じ取り、五族戦争を起こした。目的はロフィとの間に人間と魔王の血を引く、莫大な魔力を持つ子を作り、そこに転生することだった。この世界を支配するために。だがケティフの計画は失敗した。ロフィはケティフの腕の中で自ら命を絶ち、メジックバウンと呼ばれる魔力を弟に継承した。彼女の意志は継承者たちに引き継がれた ケティフと呪いを必ず滅ぼすという意志が。しかしそれは簡単なことではなかった。ケティフは何百年も身を隠し続けた。その間、この世界と現実世界を歪め続けていた。
そしてついに時が来た。並行世界に呼び込まれた少年が現れた。ロフィよりも強大な魔力を持つ、その少年 ビウ。ケティフはビウの体を女体に変え、自分が欲しいものを生み出す対象とした。そしてクスもまた、ケティフが狙いをつけた存在だった。やがてビウとクスは結ばれた。
ケティフの計画が一歩進んだ。ロフィ以上の魔力を持ち、メジックバウンの継承者でもある者が、自分が憑依した男との間に双子を身篭った。
今、ビウはまだ自分が身篭っていることを知らない。
でも、一人だけ知っている者がいる。
その一人は、ケティフが憑依している者。
その一人は、ケティフの口からビウの妊娠を聞かされた者。
その一人は、ビウと最初に結ばれた者であり、ビウを探すという明確な目標を持っていた。たとえケテ
ィフが何を吹き込もうとも。
クス・ファーニングその人だ。
彼は思っていた。
結局のところ、あの極悪な魔王の言う通りにしたら、それが本当に正しいのか、と。
クスの良心が警告を出していた。
どうなろうとも、魔王ケティフに耳を貸し続けてはいけない。自分の力でビウを探す方がいい。
魔王ケティフはクスが眠るたびに夢の中に現れた。幽霊のような姿で、邪悪な気配をまとい、道を誤った方向へ誘い、ビウのことをやたら気にかける様子を見せた。
サイビアにはクスの異変を感じ取ることができなかった。
眠るたびに、ケティフは様々な旅路や計画を吹き込んでくる。ボロンフィアを抜ける道、別の大陸への旅——どれもビウから遠ざかる方向だ。
ケティフの言葉と真実を比べれば、答えはどこにも辿り着かない。ただ、クスはケティフの言葉を丸ごと信じているわけではなかった。クスには相応の経験がある。だが向こうは何千年も生きてきた魔王だ。一枚上手を取られる可能性はある。
自分でもそれはわかっていた。
あれは人間と手を組む存在ではない。
ではどうなるのか。ビウはヘヴェル国へと向かい始めた。クスはエルフの村を出て別の国へと旅立とうとしていた。ケティフは頭の中でしつこく語りかけてくる。
ビウに会えるだろうか。
そう自問しながら心が折れかけていた何日かの間、クスは小さなこのパーティーの仲間たちに伝えようと心に決めていた。もらったミニキューブはもう使えなくなっていた。
「人間、伏せろ!」
エルフの一人がクスを地面に押し倒した。
「ゾア、大丈夫か!!」
「ボロンフィアの高レベルの巨大モンスターじゃないか。なんでここにいるんだ!?」
「モンスターが来た!」
クスはエルフたちの叫び声に顔を上げた。
「私が脚を斬りに行く。みんな気をつけて」
「この程度のモンスターに余と相対する資格はない」
エルフたちが怯える中、クスが口を開いた。口から出た言葉は傲慢なものだった。
ケティフがクスの体を乗っ取っていた。
自分の固有の武器をクスの体から召喚した。
クヴェゼル——破壊の大鎌。魔王が持つミシケルアイテムだ。
「O……クヴェゼルよ、破壊の響きを轟かせろ」
ケティフが何かを詠唱してからクヴェゼルを振り回した。直後、地面に亀裂が走り、激しい地響きが起きた。
「人間よ、何をわけのわからないことを言ってる!そしてこの地響きは何だ!」
エルフの一人が動揺しながら叫んだ。ケティフは自分の魂の力を使い、この大陸全体を揺さぶった。
***
ビウに会えない日がどれほど経ったんだろう。
ボロンフィアの洞窟を出て、エルフの村に辿り着いてからも、ギルドの連絡拠点がある街にはまだ着けていない。今歩いている道にも高レベルのモンスターが出てくるが、ケティフが難なく片付けていく。
魔王の力がここまで強いとは思わなかった。戦争の頃の全力ではないと言っていたのに、大地を揺るがす地響きはそれだけで十分すぎるほど恐ろしかった。この世界で知っている国はいくつあるだろう。オワ、コーホウ、ペレイアン、ヘヴェル。それ以外は知らない。冒険の経験はあるが、それ以上の場所には行っていなかった。
--***--
白い霧の空間。ケティフと直接顔を合わせた場所。あのモンスターを片付けたら気を失ったのだろう。
ケティフが幽霊のような姿で現れた。手も足もなく、ただ眼と黒赤いオーラだけがそこにある。
「……」
「あのモンスターどもは弱すぎる」
ケティフが無感動に言った。
「ボロンフィアを出られるだけあって、もう少し強いかと思ったが。余に殺されるだけとは無駄なことよ」
ケティフの声は以前と変わらず平淡だ。それだけ強いんだから仕方ない。高レベルのモンスターと魔王では格が違いすぎる。
「余はただ固有の武器を召喚しただけだ。なぜお前が気絶する」
僕は人間だ。魔族の力を使えば体がついていかないだろう。
「お前の体では耐えられんのだな。だがビウならば耐えられるだろう」
それがビウとどう関係するんだ。何度もビウの名を出すが。
「そのうちお前自身がわかる。だが人間の体に久しぶりに宿ると、思ったより楽しいものだな。感情はないが」
ケティフは多くのことを直接語らない。ただ待っていればわかる、とだけ言う。
「なあ、人間よ」
何だ。
「余が示した道と地図通りに動くつもりはあるか」
お前が何か隠しているとしても、僕は逆らうつもりはない。ただ自分で決めた計画がある。それはビウに会うことだけだ。
たとえ一部でケティフに乗せられているとしても、少なくとも家族には手を出させない。
「感心な父親候補だな」
お前は魔王だ。知らないことが多いかもしれない。今の僕はある部分ではお前に頼らざるを得ない。でも頼らなくていい部分もある。
「そうか」
しばらくケティフが黙った後、幽霊のような姿が、会いたくてたまらない誰かの形へと変わっていった。
悪魔の角と小さな翼が生えたビウが、見たことのない外套を纏って立っていた。きっとケティフのものだ。
「余が教える計画は、この世界の安寧と静かな生のためだと言ったら、クスは信じるか」
ケティフよ、その手は使うのか。世界のためとか平穏のためとか言っても——ビウとあんなことをして、いろいろあったわけだし、その意味では……
「お前は余が思うより淫らだな」
そうなのか。そうは見えないのだが。
ケティフが再び幽霊の姿に戻った。
「ロフィの呪いはお前にまで続いているのだな」
呪い!?
「それについてはビウを心配しなくていい。あいつはすでに子を宿した。その呪いはもはや効かない。ただ待つだけだ」
ケティフよ、一つ聞かせてくれ。お前が何をしたから、ロフィは自ら命を絶ったんだ。戦争を起こしたり、殺したりしたから彼女は怒っていたんじゃないか。
「前にも言っただろう。余はすべての経緯をロフィに話した。しかしあいつは聞こうとせず、ただ拒み続けた」
まあいい、でもまだその件を引きずっているんだな。
「目的は目的だ。計画は計画だ。お前にすべてを話した。あいつが現れた時点で余の計画が始まった」
そういうことか。
「そろそろ目を覚ます時間だ。続きを話せない」
確かに。あの空間の時間と並行世界の時間は異なるのだろう。
「では……」
ケティフが奇妙な声音で言った。
「ヘヴェル国には絶対に行くな!」
--***--
なぜヘヴェル国を禁じる? そこに何がある。
目が覚めるとエルフたちに囲まれていた。ケティフが力を使いすぎて僕が気を失ったのだろう。あいつは最初からそのつもりだったかもしれない。力の余波で地面に亀裂が走った。魔王の力がどこまで広がるのか。本当に恐ろしい。
意識が戻ってしばらくすると、冒険者のエルフが回復薬をくれた。味は酒より劣るが、回復と修復の効果がある。でもビウのヒーリングには到底及ばない。
いよいよ出発の時だ。ゾアというエルフが先導してくれる。でもケティフが言った言葉が頭から離れない。ヘヴェル国には絶対に行くな、とは。
エルフの村を出てから何日も経つ。周りは鬱蒼とした大きな森だ。モンスターが潜んでいても不思議ではない。ゾアという名のエルフが先頭を歩きながら、不意打ちに備えるよう言っている。僕は経験はある。でもこの道は初めて通る。おそらく秘密の道だ。
何時間も歩き続けたが、まだ目的地には着かない。ちっとも進んでいないと言った方が近い。当然だ。移動手段なしで別の街まで行くには何十日もかかる。先輩がロジファへ向かったときのように、火の力で動く乗り物があれば別だが。
「もうすぐだ」
ゾアが言った。何時間も歩いた後で。
「人間と狼の人よ、準備はいいか」
「はい、準備できています」
サイビアが僕の顔を見てから答えた。でも周りを見回しても、森と大木しかない。街も村の気配もない。なぜゾアはそんなことを言ったのか。
「着いた」
「まだ安全か?」
「高レベルの巨大モンスターが入り口にいるのを見たとき、全滅するかと思ったよ」
目の前にあったのは、大きな円形の魔法陣だった。何かで描かれた複雑な紋様が、白く曲がりくねった線で円を描いていた。どこかで見たことがある気がする。
そうだ、思い出した。シーリン先輩の召喚魔法陣に似ている。でもなぜ深い森の中にこんなものが。
「全員、中心へ歩け」
ゾアが全員に魔法陣の中心へ向かうよう指示した。
「多くの種族を生み出したもの、子を愛で命を与えし母なる御方、弱き者を統べる力ある御方よ。この旅は弱き余のためのもの。どうか時のごとく大切なものを、弱き余の願いへとお与えください。ウェルティアンナ——転移 (-テレポート-)」
ゾアが魔法陣の上で言葉を詠唱すると、金色の光が現れた。しばらくして金色の光が体を包んだ。
気がつくと、どこかの場所に出ていた。サイビア、ゾア、他のエルフたちも全員揃っていた。金色だった魔法陣が白へと変わっていた。
「さあ、目的の街に着いたぞ。ここまでが私の役目だ」
魔法陣から出ると、これまで見た中で最も大きな城門が目の前にそびえていた。
「私たちはここで失礼する。お前たちのギルドの仲間と無事に会えるといいな」
ゾアと他のエルフたちが魔法陣の上に残った。僕とサイビアだけが外に出た。
「ご親切にありがとうございました」
サイビアが礼を言い、僕たちは三人のエルフに手を振った。
別れを告げた後、僕とサイビアはウェルティアンナ王国の中へと歩き入った。
城門には騎士が二人いた。まず近づいて聞くことにした。
「すみません、騎士さん」
「何かご用でしょうか」
「街の中にギルドの連絡拠点はありますか?」
「ご案内します」
そう言うと騎士が街の中を先導してくれた。
「これがウェルティアンナ王国か」
思わず呟きが漏れた。これまで見てきたどの街とも違う美しさだった。人間、獣族、エルフ、それと見たことのない種族まで、みんな一緒に暮らしている。騎士が先を歩く。大通りには馬車が行き来している。そして、驚くものが目に入った。
学校だ。間違いない。並行世界に学校がある。想像もしていなかった。
その前に、金色の髪をした背の低い少年が一人で立っていた。
「おや、今日は王子フィッシャンが一人で登校か」
騎士が言った。
「王子?」
サイビアが不思議そうに呟いた。
「第五王子殿下ですよ、フィッシャン・ティアンナ。五百年前のロフィ王女の血筋を引いているとかで、魔法の才能が群を抜いているそうで。あの学校に通っているんです」
ロフィの血筋……おかしい。ロフィには子孫はいなかったはずだ。ならばあの子がロフィの血を引けるはずがない。でもつまり、ここがケティフの言っていたロフィの王国だということだ。
血筋の話は全部嘘だ
頭の中でケティフが言った。
まあそうだろう。でも魔法の才能が群を抜いているというのはどういうことか。
「あの、騎士さん。あの学校はどんなところですか?」
「ご案内しながら話しますね。五族戦争が終わった後、ロフィ王女の弟のグリーディット様がこの王国に戻り、学校を作られました。あの大陸の名門校にも劣らないカリキュラムで、グリーディット様が存命の上級師範に魔法を直接教えていらっしゃいます。学科も魔法、剣術、弓術、礼節と分かれています。私自身もあそこで学びたかったと思っています。上流貴族の子弟も通いますし、様々な種族の方も学びに来ますから」
「すごいですね、私も学んでみたいです」
「そうでしょう、冒険者の方。さあ、もうギルドに着きましたよ。お役に立てれば幸いです」
騎士に礼を言ってから急いで中に入った。
中には十人もいなかった。連絡を取りたい相談員はいたが、何より目を引いたのが「お知らせ」と書かれた掲示板に張り巡らされた紙の多さだった。ほとんどがロジファ交易の街で起きたことについての内容だ。被害を受けたのは僕たちだけではなく、街の中にいた者も外にいた者も大勢いる。
これはとんでもないことになっている。
簡単に見つかるわけがない。
参ったな。
第27話が終わりました。
うーん、今回はクスだけの話でしたね。不思議な出来事に巻き込まれてからザイビアと一緒にいることになって、ビューを探さなければならないし、さらにケティフまで体の中に宿ってしまっているし…クスはあいつの計画に従い続けるのでしょうか。だんだんドキドキしてきましたね。
これからも引き続き楽しみに待っていてください!追いかけてくださっている読者のみなさん、本当にありがとうございます!




