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26 「何も言わずに去った」

「……」


「え!?ビウ、目が覚めたの?!」


気がつくとハンスに抱きしめられていた。ハンスの豊満な胸が体に押しつけられて、しっかりと抱きかかえられている。ハンスの体から甘い香水の匂いがする。


「死んじゃったかと……死んじゃったかと……死んじゃったかと思ったよ」


「死んでないよ……」


そう返したが、ハンスはそれ以上何も言わなかった。耳元から泣きそうな鼻をすする音が聞こえてきた。


「心配させすぎよ、ビウ……危ないことしないでよ。もし無理なら私が守るから」


「大丈夫だよ、ハンス……でもありがとう、心配してくれて」


「うん」


「ハンス、他のみんなは?」


「テンツ様が街に用事があって、ドレークが代わりに付いていったの……だから私が傍についてた」


「そうか。ここにいてくれてありがとう」


計画を実行しなければ。この王国を出なければ。空はまだ暗くなっていないが、だんだん夕方になってきた。ウェルティアンナ王国へと向かわなければならない。今がちょうどいい。テンツがいない今のうちだ。


ハンスがゆっくりと手を離した。ベッドから起き上がって扉へと向かった。


ハンスが腕を掴んできた。その顔を見たが、何も言わずに急いで着替え室へと向かった。急がなければ。今が好機だ。


着替え室に着いて、急いで制服に着替えた。ブローチはつけなかった。走って正門へと向かった。宮殿を出る時間だ。


「ビウ、どこに行くの?」


ハンスが駆けてきて腕を掴んだ。


そうだ、ハンスに話しておいた方がいい。メジックバウンの使命があること。護衛の仕事を離れなければならないこと。


「ハンス、心配させてごめん。でも私はもうこの王国にはいられない」


「なんで!?」


「やらなければならない使命があるの。ごめんね、ハンス。ドレークとテンツ様にもよろしく伝えておいてくれる?」


「待って、待って、ビウ!」


ハンスに別れを告げた瞬間、城門へと走り出した。前に馬車で通った道を、ヘヴェル国方面へと向かう。


よし、第一の目標——ヘヴェル国へ向かえ。




***


時間が経った。一時間はたっただろうか、もしかしたらそれ以上かもしれない。夕方だった空がだんだん暗くなってきた。月明かりがあるからまだ見えるが、もうすぐ完全に暗くなるだろう。走ったり歩いたりしながら進んでいると、地面に馬車の轍の跡があった。間違いない、この道だ。走り続けると、やがて攻撃の痕跡が見えてきた。少し先に大きな穴がある。エアボールで空けた穴だ。テンツが龍を召喚した場所の近く。だいぶ来たな。月明かりが消えたら火を起こさなければ。ブレスレットと杖の光だけでは足りない。魔法の火が使えるはずだ。


そう思いながら穴を避けて歩いた。この世界の空気は元の世界より肌寒い。火を起こせる場所を探す頃合いだ。


大きな穴からしばらく離れたところで、草に覆われた木を見つけて背中を預けた。よし、初めての炎の魔法を試す頃合いだ。


枝を集めて積み上げた。燃料の準備完了。初めての炎の魔法だ。


積み上げた枝から四歩離れた。左腕を枝に向けて伸ばした。頭の中でイメージを描く。風を出したときと同じだが、今度は炎だ。炎には形はない。でも熱を出せるようにする。


ブレスレットから力を絞り出す。ブレスレットが輝いた。炎がゆっくりと現れてきた。左手がじりじりと焼けるような感覚がするが、耐えられる程度だ。


積み上げた枝に近づいて、炎の出ている左手を枝に近づけた。火が枝に移り、あっという間に全体に広がった。


今夜はここで野宿だ。明日の朝また出発しよう。木に背中を預けてまた座った。


左手が炎の熱で少しひりひりする。自然に治るのを待つことにした。ヒーリングはあまり使いたくない。最近、普通よりも疲れやすくなっている気がする。クスみたいに日頃から鍛えているわけでもないし、体がそれほど丈夫でもない。でも機会があれば体を鍛えよう。


運動のことを考えていたら、気がつくと地面に寝転んで並行世界の夜空を眺めていた。今日の疲れが体全体に滲みていて、眠くなってきた。クスのことが頭をよぎった。もう一度会いたい。ウェルティアンナ王国に辿り着いたら、必ず探す。


「もしケティフを倒せたら……みんなで一緒に家族になろうね。あんなことしてしまったわけだし……ふふ、恥ずかしいけどクスには聞こえないか」




***



夜が明けると、朝日が目に刺さった。足元に小さなモンスターが絡みついていた。


いつの間にか眠っていたらしい。焚き火はもう消えていた。出発する時間だ。体がべたつく感じはするけれど歩き続ける。もうすぐあの日に水浴びをした泉が見えてくるはずだ。そう思ったらすぐに足が動いた。


テンツの馬車の轍が残るこの道を辿りながら、風の魔法の練習を続けた。


ロフィさんから教わったことを思い出す——この世界の者は皆、魔法の力を持っている。でも多い少ないは、その人の魔法の素質によるという。自分はメジックバウンの継承者で、杖とブレスレットという多くの者がミシケルアイテムと呼ぶものを持っている。もしかすると自分の魔法の力もかなり多いのかもしれない。自分でもよくわからなくなってきた。でもそんなことを誰かに自慢したりはしない。


「見て見て、私はメジックバウンの特別な継承者で、代々受け継がれた杖があって、きっと魔法の力もすごいんだから」


そんなことは絶対にしない。

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