25 「メジックバウンの継承者」
そして、買い物が終わった。
宮殿に戻った頃には、テンツが獣族の女の子たちとの情事を終えた時間帯と重なっていた。着替え室に立ち寄って買ってきた下着をしまってから出ようとすると、テンツが前回アイアンプルを使った盾のあった部屋の近くへと連れていった。数日後に別の王国へと旅立つ予定があり、かなり時間がかかるという。ヘヴェル国ではない。ここに連れてきたのは、僕の力を鍛えさせるためだろう。問題ない。精一杯やってみせる。テンツが案内してから、テシャドヴォルを再び召喚した。今度は壁が四つに分かれて現れた。一つじゃなくて四つとは思わなかった。
「ここはテシャドヴォルのために呪文が刻まれた特別な空間だ。壁はお前を四方から追ってくる。躱しながらメジックで反撃しろ。威力が十分なら壁は止まる。オスカー、今回は速さの訓練も兼ねているぞ」
「了解いたしました」
テンツが離れると、壁が動き始めた。なんであんなに速いんだ。
杖を出す。風を使って自分を浮かせようとする。ジタ波を発動させる。すべてがスローになる。
想定通りだ。できる。体がゆっくりと床から浮き上がっていく。
ジタ波の糸が四つの壁すべてに向かって円を描いていく。目標、全てロック完了。杖を一つずつ向けてアイアンプルを四発生成する。ブレスレットから杖へと力を流し込む。その間にも壁の速さを感じ取っていた。ジタ波が切れそうだ
今だ、放て。
発射完了。
一瞬でアイアンプル四発が壁に命中した。石の床が砕けた。でもすぐに元通りになった。
今回もまだ足りない。四つの壁をゆっくりと中央の一点へと誘導する。風の力で床から高く浮き上がる。ジタ波を再発動させる。今度は爆発する弾をイメージした。アイアンプルに風を組み込んで、当たった後に風が広がる仕組みにする。風を芯にして回転させたアイアンプルを作り上げる。杖にじっくり力を溜めながら目標へと向ける。全力で力を絞り出す。ブレスレットと杖が紫色に輝き始めた。
放つ前に——
ドスッ!
アイアンプルが壁の集まった中央へと飛んだ。石の床が砕け散り始めた。
重い!なんでこんなに反動が凄まじいんだ。
「がっ!!」
膨大な圧力で思わず声が漏れた。その後、すべてが黒くなっていき、白い光がゆっくりと広がっていった……
***
「え……?」
「……」
気がつくと、大勢の人たちに囲まれていた。
男性も女性も、僕と同じブレスレットをつけている。手には杖を持っていて、魔法使いのような格好をしている。はっきりとは見えないが……
みんなは後ろを向いていたが、一人だけこちらを振り返っていた。
ああ、思い出した。あの杖をくれたお爺さんだ。
「また会ったな、我が継承者よ」
本当にあのお爺さんだ!でも一体何が起きているんだ?!
「誰かが現れた」
「え?! 誰が?!」
桜の花が舞うような柔らかな声が、お爺さんと話している僕のそばで上がった。
何が起きているのかわからない。なぜここにいるのかも。しかも自分が女の姿で……
もしかして——
「僕……死んだんですか!!」
使った力で死んだんじゃないかと思って叫んだ。その瞬間、背中に拳が飛んできた。
「このバカ!何をたわけたことを言ってるの!死んでるのは私たちの方よ!」
柔らかいかと思えばやはり豪快だった。お爺さんたちと同じ外套をまとった、大柄で背の高い女性が背
中に一撃を叩き込んできた。
なぜそんな力強い挨拶をするんだろう。
「まったく、口の減らない子ね!」
「落ち着きなさい、ヴァンセア。この継承者が本当に死んでしまうわよ」
「フリーク師……大変失礼しました」
なんで目の前にいる全員が、僕と同じブレスレットと杖を持っているんだろう。これはもしかして、前の世代のメジックバウン継承者たちなのか。
「あなたは誰?」
「えっと……」
なんと答えていいかわからなかった。
「また会えたな、我が継承者よ」
お爺さんが先に言ってから、地面に座っている僕に手を差し伸べて立ち上がらせてくれた。
「しばらくぶりだな。よもやお前が現れるとは思わなかったぞ」
「お爺さん、わかるんですか?女の姿なのに」
「当然だ。最初に会ったときもお前は女の姿だったからな。でも心配しなくていい、若者よ。見えているのはメジックバウンの継承者たち全員だ」
僕とお爺さんが知り合いだとわかって、継承者たちの全員の空気が緩んだ。でも一人だけ、ヴァンセアという大柄な女性は、まだ杖を握ったままだった。油断はできない。
「なんだエイス、お前が選んだ継承者はなんとも頼りなさそうじゃないか。本当によく考えて選んだのか?私みたいに強い者を選ぶべきだったんじゃないの!」
お爺さんは機関銃で穴だらけにされたように黙り込んでから答えた。
「ヴァンセア様、この若者はもしかすると、ケティフに唯一対抗できる人物かもしれません」
「なんでそう思うの?」
「この若者の内側に宿っているものが、そう語りかけてくるんです」
「エイス、あなた正気?!」
「ヴァンセア、もういいわ。エイスのことも理解してあげなさい。私もこの継承者が特別な存在だと感じているわ」
「でもフリーク師……私たちがこうして集まっているのは、私たちがまだ強さが足りなかったからじゃないですか。私たちは……私たちは……まったく、ケティフという奴は本当に手強い」
ヴァンセアとフリークのやり取りはいつもこんな感じなんだろうか。
そのとき、ピンク色の髪をした美しい女性が僕の方へと歩いてきた。
「私の名前はロフィ。ロフィ・ティアンナ。数百年前のメジックバウン第一世代の継承者よ。あなたは第六世代の継承者ね」
「は……はい!私は……えっとオスカー、じゃなくて!ビウっていいます。苗字は……えっと……」
「名字は要らないわ。みなさん、ビウさんに自己紹介しましょう」
ロフィさんがゆっくりと後ろを向いて、まるで姫のような優雅さで僕に挨拶してから、みんなが一人ずつ自己紹介を始めた。
「余はグリーディット・ティアンナ。第二世代の継承者にして、ロフィ姉上の弟だ。グリーディットとでも呼んでくれ」
どちらの呼び方も大して変わらないんですが、グリーディットさん。
「私はフリーク・ファリス。エルフ族で、第三世代のメジックバウン継承者よ」
「……」
ヴァンセアは明らかに僕を拒絶していた。彼女は僕とは話す気がなさそうだ。
「しっかり頭に叩き込みなさいよ。ヴァンセア・ラアス、人間半魔族の混血で、第四世代のメジックバウン継承者よ!」
怒鳴りつけるように言い切った。怖い、本当に怖い。
「私の名前はエイス・プライソン。第五世代のメジックバウン継承者で、あなたと同じ世界から来た若者よ」
ロジファで会ったあのお爺さんがエイスさんか。同じ世界から来ているなら、聞きたいことが山ほどある。
さあ、自己紹介する番だ。
「はじめまして、皆さん。ビウといいます。エイスさんと同じ世界から来ました。第六世代のメジックバウン継承者として、これからよろしくお願いします」
微笑みながら頭を下げた。口に出してから、少し恥ずかしくなった。
「ちっ!なんなのよこれ。エイスと同じ世界から来た子どもじゃない。これがケティフをどうにかできる奴だって? 私、本当に腹が立つ!」
ヴァンセアの顔に不満の色が滲んだ。魔族の血が入っているせいで感情が激しいのかもしれない。でもいずれにせよ、継承者たちと敵対するつもりは絶対にない。
……いや、敵対したら絶対にまずい。第六世代として、まだ経験が浅い僕は今後彼らに頼らなければならない場面が必ず来る。敵対なんてしたら間違いなく痛い目に遭う。
「さあ、皆さん。自己紹介も終わったことだし、本題に入りましょう」
ロフィさんが自己紹介が終わったところで口を開いた。向こうは先輩にあたる方々だ。特に丁寧に接しなければ。姫のような雰囲気もある。しっかりしなければ。
「まず、ビウさんを事前に何も告げずにここへ呼び出してしまったことをお詫びします。驚いたでしょうね、だからあんな声が出てしまったのね」
「は……はい、でも大丈夫です。気づかなかった私のせいでもありますので」
「皆さんとでもいいわよ、ビウさん」
「はい!……」
まるで天使のような声だ。ロフィさんはなぜこんなに優しいんだろう。
「皆さんがビウさんを呼んだのは、伝えておきたいことがあるからです。ビウさんは魔王、歪める者ケティフのことを知っていますか?」
「魔王!?ですか……エイスさんがメジックバウンを渡してくださったときに少し聞いた気がしますが、残りの寿命が十年と聞いて驚きすぎて、それから仲間たちと離れ離れになってしまったこともあって、詳しくは覚えていなくて……」
「途中で失礼します、ロフィ様。あのときは詳しく話せなくて申し訳ありませんでした」
「いいのよ、エイス。ケティフについて少しでも触れてくれればそれで十分です」
「ありがとうございます、ロフィ様」
「それでロフィさん、伝えておきたいこととは何ですか?」
「ケティフの呪いについてよ」
ロフィさんが続けた。後ろではヴァンセアとフリークさんが首を伸ばして興味深そうに覗いていたが、グリーディットさんが二人の前に立ちはだかり、二人だけで話せるよう配慮してくれているようだった。
「話が長くなりますが、どこから始めましょうか」
「構いません、しっかり聞きます」
「ありがとう。今から五百年ほど前、私がまだウェルティアンナ王国で生きていた頃——私は王国の第二王女で、水の魔法、雷の魔法、火の魔法、光の魔法、召喚魔法と、様々な力を使うことができました」
「少し聞いてもいいですか、ロフィさん。この世界には属性の力はないんですか?」
「属性の力?」
「私が持っているのはメジックで、仲間には属性の力や身体能力を高める力を持つ者がいて……」
「それも魔法よ。この世界の者は皆、等しく魔法の力を持っています。ビウさんが持っているのも魔法。私の時代には魔法使いや騎士が大勢いたわ」
「ということは、今いる世界の人たちも全員、魔法の力を持っているんですか?」
「そうよ。ただ、それぞれが持つ魔法の力の大きさはまちまちだけれど」
「そうなんですね……すごい。途中で割り込んでしまって申し訳ありませんでした」
「いいのよ、ビウさん。私もこの世界の魔法について詳しく話せていなかったし。続けますね。様々な力を使えたので、魔法使いになろうと思いました。弟のグリーディットと一緒に冒険を始めて、この世界屈指の魔法学校に入学しました。卒業後、私とグリーディットは実力を認められた魔法使いとして複数の王国で名を知られるようになりました。そのとき、大きな戦争が起きました。人間族がエルフ族や獣族と手を組んで、ケティフの魔族軍と戦ったのです。この戦争は人間の世界で五族戦争と記されています。私はケティフと直接対峙しました。ケティフの目的は世界の支配と……私でした。私が強力な魔法の力を持っているため、ケティフは私の子に転生しようとしていたのです。でも私はそれを拒んで、自ら命を絶ちました。消える前に、弟のグリーディットに力を受け継がせました。それがメジックバウン、力の継承というものです」
「そういうことだったんですね、ロフィさん。それで呪いというのは……」
「続きを話しますね。私が五族戦争で命を絶った後、時が経ちフリークさんの世代になる頃——ケティフは再びエルフ族の聖地を侵しました。ケティフはこの世界の力の一部を歪め、そのときから呪いが始まりました。もし第六世代の継承者がケティフを倒せなければ、この世界のすべてが……」
「ロフィさん、大丈夫ですか?!」
そのとき、ロフィさんが泣き始めた。
「メジックバウンの継承者は、愛し合い、結婚して子を持つことができないんです。もしそれをしてしまえばケティフの呪いが発動します。継承者の血を持つ子どもは死にます。死ななければ、ケティフが転生するための贄にされてしまうんです。だからケティフを倒して、五百年続いたこの物語を、ビウさんのところで終わらせてください!」
ロフィさんが声を上げて泣いた。美しい顔が崩れるほどに。でもその瞬間、僕の頭にある記憶が蘇った。
クスと一線を越えたあの夜のこと。もし女の体に子どもができていたら——
その子どもはケティフが転生するための贄にされて死ぬ。
ということは……
もし子どもができていないなら、ギリギリ免れたことになる。でも子どもができていないなら、ケティフとは出会えないことになる。どうすればいいんだろう。
なんでこんなに胸が重いんだろう。
これからどうすればいいんだろう……
「ロフィさん、泣かないでください」
「このビウって子、ロフィ様を泣かせて何をしたの」
ヴァンセアさんが怒った顔で杖を僕に向けた。
「止めなさい、ヴァンセア!ビウさんは何もしていないわ。落ち着いて!」
「皆さん、失礼しました。何もできない自分が情けなくて……ビウさん、ごめんなさい。でも私も力になります」
「ロフィさん、泣かないでください。この呪いくらい、私は平気です」
口ではそう言ったけど、心の中では本当に何もわからなかった。どうすればいいのか。メジックバウンの継承者だとしても。
ケティフ
必ず見つけ出さなければ。たとえ自分一人でも。
***
ここに呼ばれてからどのくらい時間が経ったのかわからない。グリーディットさんが、ロフィさんがまだ話したいことがあると教えてくれた。僕はロフィさんが泣き止むのを待ちながら、エイスさんと並行世界で起きたことについて話した。正確な起源はわからないが、魔王ケティフが、別の世界の者たちをこの世界に引き込むことに関係しているのだろう。
寿命十年の呪いについて他の継承者たちに聞いてみると、恋人を持てないことと、寿命が十年という呪いはまったく同じ条件だということがわかった。もし十年以内に子孫を持たなければ僕は死ぬ。もしメジックバウンの血を引く子どもや後継者ができれば、ケティフが転生して再び戦争が起きる。そうなれば有利なのはケティフ側かもしれない。メジックバウンの血を持つ体を手に入れた上に、自分自身の莫大な力まで加わる。あまりにもずるい。果たして自分にそれを倒せるだろうか。
「泣いてしまってごめんなさい、ビウさん。みっともなかったわ……」
「気にしないでください、ロフィさん。それより話を続けましょう」
「ありがとう。それではお聞きしますが、ビウさんは今その世界のどこにいるの?」
何と答えようか。ある王国の王子の護衛をしている、ということにしよう。
「ある王国で王子の護衛をしています」
「その王国はどこですか?」
「グラットカトル王国です、ロフィさん」
そう答えた瞬間、予想外のことが起きた。
「ちょっと待ちなさい。どの王国の護衛をしていると言ったの?」
ヴァンセアさんが僕の襟首を掴んで持ち上げた。床から体が浮いた。ヴァンセアさんが牙を剥いた。怖い。これが魔族の力が宿る体というものか。
「あ……グ、グラットカトル王国です、ヴァンセアさん」
「グリフェラー一族の王国じゃないの!!何なのよ、あの屑どもがまだ生きてたの?!もう全員死んでると思ってたのに!」
あれだけ憎しみを剥き出しにするということは、ヴァンセアさんもテンツ側に何か酷いことをされた過去があるんだろう。
「ヴァンセア、ビウさんに乱暴にしないで。過去の出来事があなたに影響を与えたとしても、今の私たちにはどうにもできない。変えられない過去は手放して、今できることを最大限やりましょう。ヴァンセアはビウさんの居場所を把握しているかもしれないわ。お願いだから私の王国へとビウさんを導いてあげて」
「……わかりました、ロフィ様」
本当に危なかった。グリフェラー一族はずいぶんと多くのことをしてきたんだな。宮殿に現れたときも、獣族の女の子たちが慰み者にされていた。ヘヴェル国に獣族の兵士たちが侵入を阻もうとしていたのも、こういうことだったんだ。
「聞きなさい。私の王国へと向かいなさい」
ヴァンセアさんが僕に言った。
「ウェルティアンナ王国……ですね」
「そうよ。道順を教えるからよく聞きなさい!」
「はい!!」
「まずヘヴェル国へ向かいなさい。あそこの者たちを敵に回すのではなく、友好を結ぶこと。ヘヴェル国に着いたら、ラアス城の中心へ行きなさい。そこに私の像がある。像から北へ進んでヘヴェルを出れば、エルフの村に辿り着く。そこでエルフの冒険者に聖域への道を尋ねなさい。今もエルフの聖域が残っているかは確かではないが、辿り着いたら答えが見つかるまで絶対にそこを離れないこと。でなければ死ぬわよ」
「死ぬ!!??」
「あの近くにはケティフの配下の悪鬼神ピボロンフィアの頭蓋骨がある。そこに迷い込んではいけない。今のあなたの体では弱すぎる」
「わかりました……ヴァンセアさん、それで終わりですか……」
「もうすぐよ。エルフの聖域に着いたら、ウェルティアンナ王国の馬車が来ているはずよ」
「そうなんですね……道を教えてくださってありがとうございます、ヴァンセアさん」
深く頭を下げた。
ヴァンセアさんが道を教えてくれた後、元の場所へと戻るときが来た。継承者たちが一人ずつ僕に別れを告げた。またいつか会えるかもしれない。
「元気でな、若者よ」
「ビウよ、無事でいなさいよ。姉上の王国へ必ず辿り着くのよ。着いてからは、私たちを慌てて追いかけてこないように!」
「ビウさん、どうか無事に私の王国へ来てくださいね」
「ビウ……どうか無事で」
「余計なことを起こすんじゃないわよ」
「エイスさん、グリーディットさん、ロフィさん、フリークさん、ヴァンセアさん、皆さんありがとうございました。また呼んでいただければ、今度こそケティフを倒してみせます!」
ロフィさんがゆっくりと魔法を使って、僕を元の場所へと送り返し始めた。白い魔法陣が僕のいる場所で輝き始めた。エイスさんとロフィさんが手を振ってくれた。そしてすべてが暗闇に包まれていった……
ついに第25話が終わりましたね。
読者のみなさん、こんにちは。kuzagiです。さて、なんと言えばいいでしょうか…ビューは自分が生きている世界では、みんなが魔法の力を持っていることを知ってしまいました!これはだんだんワクワクしてきましたね。それに、後継者であるということはもう軽い役目ではなさそうです。これからビューはどうなっていくのか、それにある種の悩みも抱えているようで…とにかく、これからも楽しみに待っていてください!引き続き追いかけてくださっているみなさん、ありがとうございます。




