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「はあっ、はあっ、はあっ……」
荒い息が自分の耳に響く。枕を抱きしめ、女の身体でそんな行為に耽っている自分が、言いようのない快楽に飲み込まれていく。
枕を強く抱き寄せ、下半身をそっと擦りつける。息は激しく乱れているのに、なぜか心地よい。言葉にできないほどの甘い感覚が、体を包み込んでいた。
心臓が速く鳴り、頭の中が真っ白になっていく。ただ、クスの温もりが優しく体を包む感覚だけが、ぼんやりと残っていた。それは……なんて……
「んっ……!」
最後の小さな吐息が漏れた瞬間、体がびくりと震えた。足が軽く痙攣するほどに強張るけれど、その心地よさはまるで体が浮かぶような感覚で、すべてを優しく覆い隠していく。
……不思議なことに、男だった頃よりも、ずっと気持ちが良かった。
そんな甘く溶けるような感覚に包まれたまま、僕は深い眠りへと落ちていった。
ドクンッ!
並行世界に飛んできた。さっきまで感じていた不思議な感覚はどこかへ消えていた。違う世界だからだろうか。クスと抱き合った場所と同じ地点に出た。考えてみると、俺たちはけっこう抱き合ってるな。
そう思ったら、少し顔が熱くなった。
いつからこんなに感情が揺れやすくなったんだろう。生粋の男なのに、こんなことは今まで一度もなかった。
まあいい。今は並行世界での目的に集中しよう。でもクスがいない。しかも言葉もわからない。言葉はあとで何とかするとして、まずは今いる場所を記録しないと。地面に丸い印をつけて、名前も書いておいた。クスが来たときにわかるように。
そのまま前に進んだ。今はまだオーワ国内のはず。リーアの街を出てそんなに経っていない。このあたりは森と小さな集落がある。街の外れだろう。
歩いていると、動物の鳴き声が聞こえてきた。ただの鳴き声じゃない。苦しんでいるような声だ。左の森の中から聞こえる。俺はその声のほうへ走った。
「@#@@##@#@@#~~」
倒れた木々の残骸があった。そしてその中心に——
狼の耳と尻尾を持つ男が、残骸の中で泣きながら何かを叫んでいた。言葉はわからない。俺はゆっくりと近づいた。
狼の青年が振り向いた。涙で汚れた顔。赤い血が染み込んだ服。そして彼の目の前には、剣が刺さったままの老人の亡骸があった。
俺はしばらく固まった。
何これ。亡骸……嘘でしょ。
そのとき、狼の青年が牙をむき出しにして、ゆっくりと狼へと変身し始めた。逃げようとした。でも待って。俺たちは何もしていない。なのに襲いかかってくるのか。
俺は手を伸ばして、一歩一歩ゆっくりと狼のほうへ近づいた。そして頭を撫でた。狼はだんだんと縮んで、また人の姿に戻った。友好的に来たと思ってくれたのかもしれない。
でも、狼の姿に戻ったとしても、剣が刺さっていた老人の亡骸はどうなったんだろう。ここで一体何が起きたんだ。なんで亡骸と倒れた木々があるんだろう。
「@###@@@」
狼の青年が俺に何かを話しかけてきた。聞き取れない。助けを求めているんだろうと思った。彼は老人の亡骸のそばに立って、抱きしめながら泣いていた。
その様子を見ていたら、俺もつられて泣きそうになった。
そうだ、アニメにある力、ヒーリング。俺には魔法の力がある。あの人を助けるために使えるんじゃないか。やってみるしかない。
亡骸に手を伸ばして、魔法陣を思い描いた。清らかな水、谷間、光のイメージ。
緑色の魔法陣が現れた。老人に刺さっていた剣がゆっくりと抜けていき、傷口が塞がっていく。でも思っていたより全然簡単じゃなかった。
腕が重くなってきた。何かが圧し掛かっているような感覚。そして自分の中から何かが抜けていく感じがした。そのとき魔法陣が緑から黒へと変わり、重く暗い気配が漂い始めた。俺は即座に力を止めた。
体は治せた。でも命は戻せなかった。謝りたい。でも言葉が伝わらない……
自分を責めていると、涙と血で汚れた顔の狼の青年が俺の腕をそっとつついて何かを言った。
「@##@#@#」
しゃくり上げながら話すその声は、老人がもう目を覚まさないことをわかっているようだった。言葉はわからなくても、なんとなく伝わった。
これ以上わからないまま聞いているのに限界を感じた。俺は言語を理解するための魔法を使うことにした。両手を合わせて「今この言葉を理解させてくれ」と念じると、小さな魔法陣が現れた。
「す……すみません、もう一度言ってもらえますか。ちょっと耳の調子が……よくなくて」
そう言いながら、心の中では申し訳なさで胸がいっぱいだった。
「助けてくれてありがとうございます。こんなでも十分です」
狼の青年の声は柔らかかった。男の子というより、女の子みたいな声だ。
「こちらこそ、命を取り戻せなくてごめんなさい」
「気にしないでください。だって、俺は旦那様が言っていた"超越者"にお会いできたんですから」
「超越者?それって何?」
「それは……俺が旦那様と初めてお会いしたときのお話になりますね。獣族がたくさんいる国、俺の両親もその国の出身です。ヘーヴァーという国で、純粋な獣族と混血の獣族が共に暮らしていました。今あの国がどうなっているかはわかりませんが、俺が両親と離れ離れになったのは、騎士たちが国に攻め込んできたことがきっかけで。全員が捕らえられて、強い者から処分されていきました。捕らえられた後、雌はハーフ獣族が好きな王族の慰み者にされて、雄の俺は拷問にかけられました。何とか逃げ出してオーワにたどり着いて、旦那様に出会って、リーアの街の外で暮らしていました。質問に答えられなくてすみません。超越者というのは、旦那様が教えてくれたんですが——あなたが使うような特別な力を持つ人のことで、旦那様が子供の頃にも助けてもらったことがあるそうです」
話を聞き終えて、しばらく呆然とした。ヘーヴァー国。捕らわれて拷問を受けた獣族の混血たち。なんてひどいことを。この子がそんな目に遭ってきたなんて。
「超越者っていうのは、俺みたいに力を使う人のことなんだね」
「そうです。すごく強くて、旦那様は"超越者に出会ったら、信頼できる人に会ったようなものだ"と言っていました」
「そっか。俺もそう思ってもらえるよう頑張るよ。ところで、名前は?」
「ははっ、ありがとうございます!本当の名前は覚えていないんですが、旦那様がつけてくれた名前がありまして——ザイビア、ザイビア・アーガーといいます」
「ザイビア・アーガー、いい名前だね」
「でしょう?旦那様がつけてくれた名前ですから」
「じゃあ超越者の名前は何ですか?」
「俺の名前はビュウだよ」
「ビュウ超越者様、よろしくお願いします」
「よ……よろしく。でも超越者様はつけなくていいからね」
ザイビア・アーガー。この名前はしっかり覚えておこう。彼が旦那様から教わった"超越者"への信頼に、俺はちゃんと応えたい。
でもその前に……獣族の混血って人間と結婚できるのかな。家族を持つこともできるのかな。家族、か……
見てよクス、俺たちの最初の子が生まれたよ。名前はどうしようか……
ば、ば、ば、ば——頭がおかしくなりそうだ。なんでそんなことをクスのことで考えてるんだ。本当に自分がわからなくなってきた。
俺は倒れた木々を片付けながら、ザイビアの旦那様の亡骸を一緒に埋葬した。ザイビアは大きな木の後ろに穴を掘り、最後のお別れとして旦那様の額に口づけして言った。
「さようなら、旦那様。超越者に出会えました」
そして静かに埋葬した。
見ていた俺は胸がいっぱいで、泣きそうになった。
埋葬が終わってから、ザイビアに服を脱いで川で体を洗うよう伝えた。ザイビアの顔は普通の青年に見えるが、体には引き締まった筋肉がついていた。子供の歳は過ぎているんだな。
ザイビアが洗い終えてから、俺は服を買うためにリーアへ戻ることにした。クスと来たときと同じ道を歩く。なのに、一人で歩くとクスと来たときより時間がかかっている気がした。
話しながら歩く人がいないからかな……




