第71話 「エリカちゃんとお年玉 〜裏章〜」
元旦の、夕方。
チェーン荘では、午前中に身内のお年玉騒ぎが一段落して、みんなのんびりと、こたつでみかんを食べていました。
「身内のお年玉、楽しかったわね」
「うん。楽しかったね」
「来年も楽しみだわ」
「来年は、結納金の話、もうしないでね」
「努力するわ」
「努力なんだね……」
そのとき。
ぴんぽーん。
ぴんぽーん。
「あら、お客さん?」
「お正月から、めずらしいね」
海斗君が玄関に出てみると、そこには、黒いスーツの男が、無表情で立っていました。
胸ポケットには、見慣れない国旗のバッジ。
足元には、銀色のジュラルミンケースが、四つ。
「……どちらさま?」
「神谷エリカちゃんのご自宅で、よろしいでしょうか」
「ええと、はい、そうですが」
「これを、お納めください」
ジュラルミンケース、四つ。
ずん。
ずん。
ずん。
ずん。
玄関に、四つ、積み上げられました。
「あの、これは……?」
「お年玉です」
「お年玉!?」
「では、失礼いたします」
黒スーツの男は、ぺこりと礼をして、すっと去っていきました。
海斗君は、しばらく、玄関で立ち尽くしました。
「……エリカちゃん」
「なーに?」
「お年玉、続編が来た」
「あら、奇特な人ね」
リビングに、ジュラルミンケースが、四つ、運び込まれました。
惠那ちゃんが、ぱっと目を輝かせました。
「重さ、推定」
「惠那ちゃん、目つきが、いつもと違う」
「営業モード」
「営業!?」
「重さから推定するに、一ケースあたり、最低五十キロ」
「五十キロ!?」
「五十キロの紙束、つまり」
惠那ちゃんは、すっと、計算を始めました。
「換算、約五億円」
「五億!?」
「四ケースで、約二十億円」
「二十億!?」
リビングの空気が、ぴたっ、と静止しました。
エリカちゃんだけが、にっこり笑っていました。
「あら、おまけでお年玉もらえるなら、嬉しいわ」
「お年玉の桁、おかしいよエリカちゃん!」
「桁、桁って、海斗君は細かいわね」
「これは、細かさじゃなくて、常識の問題!」
ジュラルミンケースを、惠那ちゃんが、すっ、と開けました。
中には、ぎっしりと札束が並んでいました。
そして、札束の上に、一通の手紙が乗っていました。
便箋は、高そうな和紙。
封蝋は、見たことのない紋章。
惠那ちゃんが、すっと手紙を取り、エリカちゃんに渡しました。
「お姉ちゃん宛て」
「読んでみるわ」
エリカちゃんは、ふむふむ、と手紙を開きました。
そして、にっこり笑って、読み上げました。
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親愛なる神谷エリカ様
新年あけまして、おめでとうございます。
昨年中は、お騒がせいたしました。
当方の某政策に関しまして、ご不快な点があったかと存じますが、
何卒、何卒、当方の頭を物理的に整えないでいただきたく、
ささやかながら、お年玉を、お納めくださいませ。
追伸:もしお時間ございましたら、隣国の指導者の前髪を、
わずかにご整理いただけますと、当方、深く感謝申し上げます。
某国総理大臣
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「……」
リビングが、静まり返りました。
エリカちゃんは、にっこり笑っていました。
「依頼つきね」
「依頼っていうか、暗殺依頼じゃないの、これ!?」
「『前髪をご整理』って書いてあるわ」
「言い換えてるだけ!」
「丁寧な依頼ね」
「丁寧でも、内容が物騒すぎる!」
秀明おじさんは、頭を抱えていました。
「これ、うち、ヤバいやつじゃないか……?」
「秀明おじさん、いつもヤバいから、変わらないわよ」
「いつものヤバいと、レベルが違うんだ、これは」
「桁が違うだけよ」
「桁の話、もうやめて!」
惠那ちゃんは、もう、二つ目のジュラルミンケースを開けていました。
「二つ目、手紙あり」
「読んでみて」
惠那ちゃんは、すっと、手紙を読み上げました。
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エリカ閣下
当方、貴殿が昨秋、某海域にて、当方の艦隊と接触した件につき、
深く反省しております。
艦長の独断であり、当国の意向ではございませんでした。
つきましては、当方の謝意を、お年玉として表現させていただきます。
もし、ご機嫌が、まだ斜めでいらっしゃいましたら、
当方の隣国の独裁者の前髪を、ぜひ、ご整理いただけますと、
地球の平和に貢献するものと存じます。
B国国家主席
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「……閣下って呼ばれてる」
「エリカちゃん、いつ艦隊と接触したの!?」
「えーと、覚えてないわ」
「覚えてないの!?」
「秋頃に、海行ったかしら」
「海行ってないと思う……」
「うちの船、勝手に間違えて出てきたのかも」
「うちに船はない!」
「比喩よ」
「比喩じゃなくて事実関係を整理して!」
惠那ちゃんは、すでに、三つ目のジュラルミンケースを開けていました。
そして、しれっと手紙を読み上げました。
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敬愛するエリカ様
当国の大統領選挙において、ご助力いただきましたこと、
心より感謝申し上げます。
当方、何もしておりませんが、対立候補が、なぜか、
選挙期間中に、前髪のみ、すっぱりと揃った状態で記者会見に登場し、
精神的に動揺し、辞退いたしました。
おかげさまで、当方、当選することができました。
つきましては、当選祝いを兼ねて、お年玉を、お納めください。
追伸:次の任期も、よろしくお願いいたします。
C国大統領
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「私、選挙に関わってない!」
「関わってないけど、結果に影響してるね、これ……」
「対立候補の前髪、揃えてないわよ」
「無意識? 寝てる間に?」
「寝てる間って、海を越えるの?」
「越えないけど、なんか、越えそうな勢いの話だよこれ」
「私、夢遊病疑惑?」
「いや、たぶん、これは、何か別の、もっと大きな話なんだと思う……」
四つ目のジュラルミンケースは、ちょっと、サイズが違いました。
ひと回り小さい。
しかし、中身は、もっと、輝いていました。
ダイヤモンド。
ルビー。
サファイア。
エメラルド。
「……宝石?」
「現物支給!?」
惠那ちゃんが、ぱっと、目を輝かせました。
「鑑定」
「惠那ちゃん、鑑定できるの?」
「座敷わらしの基本スキル」
「基本スキルにしないで!」
惠那ちゃんは、宝石を、ぴかぴか光るルーペで確認していました。
(なぜそんなものを所持しているのかは、聞かないことになっています)
「全部、本物」
「全部!?」
「総額、推定、約三十億円」
「三十億!?」
「ケース四つで、合計五十億円超」
「合計しないで!」
四つ目のケースの底には、やはり、手紙がありました。
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麗しきエリカ姫様
当国の王室を代表して、お年玉を献上いたします。
当方、貴殿のご不興を買うようなことは、何一つ、しておりません。
しておりませんが、念のため、献上いたします。
もし、当方の隣国の王の前髪に、何か、不都合があるようでしたら、
いつでも、貴殿の御足労をお願いできれば、と存じます。
追伸:当王室、貴殿の御足労に、特別待遇のVIP接遇をご用意しております。
D国王
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「姫様!?」
「エリカちゃん、姫様って呼ばれてる!」
「あら、嬉しい」
「喜んでる場合じゃない!」
「特別待遇、VIPって書いてあるわよ」
「行かないで!」
「海斗君、私が行ったら、心配?」
「心配だよ!」
「やったあ」
「やったあじゃないよ!」
リビングのテーブルには、五十億円超の金品が、ずらりと並びました。
そして、暗殺依頼つきの手紙が、四通。
エリカちゃんは、にっこり笑っていました。
「みんな、私のこと、好きね」
「好きとは、ちょっと違うと思う……」
「好きじゃなかったら、お年玉、こんなにくれないでしょ」
「これは、好きじゃなくて、恐怖の表れだよ……」
惠那ちゃんは、すっと、算盤を取り出しました。
「収支、特大」
「惠那ちゃん、これ、どうするの?」
「全額、運用」
「運用しないで!」
「投資先、検討中」
「検討しないで!」
そのとき、玄関のチャイムが、また鳴りました。
ぴんぽーん。
ぴんぽーん。
「まだ来るの!?」
海斗君が、おそるおそる玄関を開けると、今度は、白いスーツの男が立っていました。
胸には、また違う国旗のバッジ。
足元には、ジュラルミンケースが、三つ。
「神谷エリカちゃんのご自宅で、よろしいですね」
「……はい」
「お納めください」
ずん。
ずん。
ずん。
「では、失礼します」
帰っていきました。
海斗君は、玄関で、無言で立ち尽くしました。
「エリカちゃーん、二陣目、来た」
「あら、奇特な人ね」
「二陣目を、奇特の一言でまとめないで!」
その後も、夜まで、断続的に、いろいろな国からの「お年玉」が届きました。
最終的に、リビングは、ジュラルミンケースで埋め尽くされました。
「廊下も、玄関も、もう、入らないわね」
「入らないけど、それ以前の問題!」
「秀明おじさん、二階の倉庫、空いてる?」
「空いてるけど、空けるべきじゃないと思う、これは」
「いいから空けて」
「はい……」
秀明おじさんは、もう、判断力を放棄していました。
リビングのテーブルで、エリカちゃんは、手紙を、ぱらぱら、と読み返していました。
「みんな、依頼内容が、似てるわね」
「うん、ほぼ全部、『隣国の指導者の前髪をご整理ください』だね」
「世界の指導者、みんな、隣国を嫌いなのね」
「そういう構図、たぶん、世界共通だよ」
「私、忙しいわね、これ全部やったら」
「やらないで!」
「冗談よ」
「冗談、信用していい?」
「うん。私、暗殺は受けない主義よ」
「主義あるんだ」
「あるわよ。私が斬るのは、海斗君に害を及ぼすやつだけ」
「範囲、限定されてるんだ」
「うん。だから、世界の指導者の前髪は、安心してね」
「世界の指導者、たぶん安心するね、それで」
エリカちゃんは、すっと、便箋を取り出しました。
「お返事、書くわ」
「お返事、書くんだ?」
「うん。せっかくお年玉いただいたから」
「内容、慎重にお願い」
「任せて」
エリカちゃんは、にっこり笑いながら、便箋に、すらすらと書き始めました。
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親愛なる某国の偉い方々
お年玉、ありがとうございます。
頂戴いたしました。
ご依頼の件につきましては、
当方、暗殺・前髪整理代行業を営んでおりません。
ご了承ください。
ただし、こちらに直接お越しになり、
かつ私の海斗君に害を及ぼした場合は、
前髪のみならず、お顔全体のトリミングを、
無料で提供させていただきますので、
何卒、お控えください。
今年も、よろしくお願いいたします。
神谷エリカ
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「……お返事、ある意味、宣戦布告じゃない、これ」
「宣戦布告じゃなくて、平和宣言よ」
「平和宣言の解釈、世界中で割れると思う!」
「特に最後の段落、私の名前を出さないで!」
「海斗君は、私の宝物だもの」
「宝物の使い方、間違ってるよ!」
エリカちゃんは、お返事を、ぱたん、と封筒に入れました。
そして、テーブルの上の宝石の中から、いちばん小さなダイヤモンドを、つまみました。
「これ、添えて返すわ」
「えっ、なんで!?」
「お年玉、私には多すぎたから、お返し」
「もったいない!」
「惠那ちゃん、ダイヤ一個、返すわ」
「却下」
「却下なの!?」
「全額、運用」
「惠那ちゃん、強いね……」
最終的に、エリカちゃんと惠那ちゃんで折衝した結果。
・お返事は出す
・依頼は全部断る
・お年玉本体は、いったん、惠那ちゃんが「保管」(=運用)
・宝石は、テーブルの飾りに、何個か出す
・「保管」分は、いつか、世界の困っている子に、ちょこっとずつ寄付する
ということになりました。
「世界の指導者から徴収した金品で、世界の子供を助けるのね」
「結果として、いい話になってる気がする」
「世界の収支は、たぶん、エリカちゃん経由で、回っているわね」
「ファンタジー世界の通貨流通、こんな感じなのかもしれない」
夜遅く。
リビングのジュラルミンケースは、二階の倉庫に運ばれました。
リビングには、エリカちゃんと海斗君だけが、こたつで残っていました。
「海斗君」
「なに?」
「私、世界中から、お年玉もらっちゃった」
「うん」
「でも、いちばん嬉しかったのは、海斗君の折り紙の犬よ」
「えっ」
「ほんとよ」
「ほんとに?」
「ほんと」
エリカちゃんは、首から下げたお守りと、折り紙の犬を、ぎゅっと握りました。
「世界中のお年玉より、これのほうが、ずっと大事」
「……」
「だって、これは、海斗君が、私のためだけに、作ってくれたものでしょ」
「うん」
「世界中のえらい人は、私を怖がって、お年玉を送ってきた」
「うん」
「海斗君は、私を好きで、折り紙を、作ってくれた」
「えっ、いや、その」
「ぜんぜん、違うの」
エリカちゃんは、にっこり笑いました。
「だから、海斗君の折り紙が、一番なの」
海斗君は、しばらく、無言で、こたつのみかんを見つめていました。
そして、ぽつりと言いました。
「……ありがとう」
「うん」
こたつの中で、二人の手が、ちょっとだけ、触れました。
そのまま、しばらく、二人は何も言いませんでした。
外では、お正月の風が、静かに吹いていました。
なお、その日のチェーン荘の冷蔵庫には、新しいメモが貼られました。
お年玉は、相手の気持ちを、まず受け取りましょう。
その下に、小さくこう書かれていました。
※ジュラルミンケースは、玄関に積み上げないこと。
※暗殺依頼は、丁重にお断りすること。
※宝石は、貯金箱に入りません。
※世界の指導者の前髪は、当家のサービス対象外です。
そして、いちばん下に、惠那ちゃんの字で、こう書き加えられていました。
※運用は、私が責任を持って行います。利率、応相談。




