第70話 「エリカちゃんとお年玉」
初詣からの帰り道。
エリカちゃんは、ぴょんぴょんと、機嫌よく歩いていました。
「ねえ海斗君、お正月といえば、何かしら」
「お年玉?」
「あたり」
「やっぱりそれを言わせたかったんだ……」
「みんなから、もらえる予定よ」
「いつから予定になったの?」
「私の中では、もう決定事項」
「決定事項にしないで」
家に帰ると、リビングのテーブルには、もうみんなが集まっていました。
「あら、待っててくれたの?」
「待たれた」
「うん、待ってた」
「待ってたでちゅ!」
「にゃあ」
「ぷるん」
「うむ」(秀明おじさん)
「私もよ」(花子さん、トイレの戸の隙間から)
「みんな、お正月の準備、整ってる」
「お年玉、配るからね」
エリカちゃんは、満面の笑みでテーブルに着きました。
最初に、秀明おじさんが、ぐっと、ポチ袋を出しました。
「俺の小遣いから……はい」
ずっしり、と一袋。
エリカちゃんは、嬉しそうに受け取りました。
「ありがとう、秀明おじさん」
「あー、それな、千円札一枚しか入ってないからな」
「千円札!」
「俺もカツカツなんだ……」
「うち、家賃取ってないから、おじさんカツカツの原因、私たちじゃないかしら」
「言うな、それは言うな……」
エリカちゃんは、ポチ袋を、ぺたん、と胸に抱きしめました。
「いいの、千円でも嬉しい」
「お、おう」
「すごく嬉しい」
「な、なんだその素直なリアクション、急に」
「だって、おじさんが、自分の小遣いから出してくれたんでしょ」
「……まあな」
「ありがとう」
秀明おじさんは、ふっと、照れたように頭をかきました。
「あー、まあ、なんだ、今年もよろしくな」
「うん」
次に、惠那ちゃんが、すっとポチ袋を差し出しました。
「お姉ちゃん、お年玉」
「やった! ありがとう惠那ちゃん」
「中身、確認」
エリカちゃんは、ポチ袋を開けて、中の紙を見ました。
「……」
「どう?」
「貸付金、十万円」
「お年玉、貸付金!?」
「金利、年五分」
「お年玉に金利!?」
「返済期限、十二月三十一日」
「期限まである!」
「複利」
「複利!? お年玉が複利!?」
惠那ちゃんは、平然と頷きました。
「私のお年玉は、信用供与」
「信用って、座敷わらしのお年玉、信用じゃないでしょ」
「信用」
「商売人かっ」
エリカちゃんは、その紙を、しばらく眺めました。
そして、にっこり笑いました。
「ありがとう、惠那ちゃん」
「えっ」
「これ、ちゃんと返すわ」
「お姉ちゃん、嬉しそう?」
「うん、嬉しいわ」
「なぜ?」
「だって、惠那ちゃん、私を信用してくれてるってことでしょ」
「……信用」
「うん」
惠那ちゃんは、しばらく、ぽかんとしていました。
そして、ぽつりと言いました。
「金利、ちょっと下げてもいい」
「やったあ」
「年三分」
「ありがとう」
「複利は維持」
「複利は維持なんだ……」
次に、花子さんがトイレから、すっと手を伸ばしてきました。
「私から」
「あら、花子さんからも」
花子さんが渡してきたのは、小さなお守りでした。
手縫いの、ちょっと不器用な、布の小袋。
中には、何かが入っているような感触があります。
「これ、何が入ってるの?」
「私の髪の毛」
「えっ」
「幽霊の髪の毛は、御利益あるのよ」
「ジャンルが急に変わった」
「身を守ってくれるわ」
「ありがとう、花子さん」
エリカちゃんは、お守りを、首から下げました。
「似合うかしら」
「似合うわ」
「やった」
「私のテリトリーで、ちょっとだけ、強くなれるはず」
「テリトリーって、トイレ?」
「うちのトイレなら、世界最強」
「狭い世界最強だね……」
エリポンは、しっぽをぱたぱた振りながら、葉っぱを出してきました。
「エリポンからは、これでちゅ!」
ばさっ。
葉っぱ。
「葉っぱ……?」
「化け狸の伝統でちゅ。葉っぱは、お金に化けるでちゅ」
「化けるの?」
「化けるはずでちゅ!」
「はず……?」
エリカちゃんは、葉っぱを、じっと見つめました。
葉っぱは、葉っぱでした。
「……エリポン」
「なんでちゅか?」
「化けてないわ」
「あれ?」
「葉っぱのままよ」
「エリポンの修行が足りないでちゅ……」
「いつかは、化けるのよね?」
「化けるはずでちゅ……たぶん」
「たぶんなんだ……」
エリカちゃんは、葉っぱを、にっこり笑って受け取りました。
「うん、これは大切に持っておくわ」
「いいんでちゅか?」
「うん。化けたら、お金になるのよね?」
「化けたら、でちゅ」
「楽しみね」
エリポンは、嬉しそうに、ぽんぽこお腹を叩きました。
化け猫さんは、すっと、エリカちゃんの膝の上に飛び乗りました。
「にゃあ」
「あら、化け猫さんからは?」
「にゃあ」
化け猫さんが、ぺっ、と、何かを吐き出しました。
それは、ぼろぼろの、小さな鈴でした。
「鈴?」
「にゃあ」
「化け猫さんの首輪についてた鈴?」
「にゃあ」
「私にくれるの?」
「にゃあ」
化け猫さんは、ぱっと、エリカちゃんの膝から下りました。
「……ありがとう、化け猫さん」
エリカちゃんは、鈴を、そっと指で転がしました。
ちりん。
小さな、いい音がしました。
「素敵な音」
「にゃあ」
化け猫さんは、満足そうに、棚の上に戻りました。
そして、マリンちゃんです。
ガラス容器の中で、ぷるん、と揺れています。
「マリンちゃんからは?」
ぷるん。
容器の底から、何かが、ぬるりと押し出されてきました。
それは、半分溶けた、十円玉でした。
「あら」
「マリンちゃん、これ、自分で溶かしたの?」
ぷるん。
「拾ったお金を、ちょっとだけ味見しちゃった感じ?」
ぷるん。
「悪気は、ないんだろうね」
エリカちゃんは、半溶けの十円玉を、にっこり笑って受け取りました。
「ありがとう、マリンちゃん」
ぷるん。
「貯金箱には、入らないわね、これ」
ぷるん。
最後に、海斗君が、ぽつりと言いました。
「あ、僕も、用意したよ」
「えっ、海斗君からも?」
「うん」
海斗君は、ポケットから、小さな袋を取り出しました。
中には、手作りらしい、紙で折った犬の人形が入っていました。
「これ、なに?」
「お守り。今年の干支」
「えっ」
「うちの父さん、こういうの教えてくれて。お正月に、好きな人に、折って渡すんだって」
「……好きな人」
「えっ」
海斗君は、自分の口を、ぱっと押さえました。
「あ、いや、その、家族とか、大事な人に、っていう意味で」
「海斗君」
「は、はい」
「いま、好きな人って言った」
「言って、ないかも、しれない」
「言ったわ」
「気のせいかもしれない」
「気のせいじゃないわ。私、ちゃんと聞いた」
エリカちゃんは、にっこり笑いました。
その笑顔が、いつもの満面の笑みではなく、ちょっとだけ、柔らかい笑顔でした。
「ありがとう、海斗君」
「う、うん」
「大切にする」
「うん」
海斗君は、顔が真っ赤になっていました。
その様子を、テーブルの全員が、にやにやと眺めていました。
「青春ね」
「青春」
「青春でちゅ」
「にゃあ」
「ぷるん」
「うむ」
「やめて、見ないで」
エリカちゃんは、テーブルの上に、もらったものを、ぜんぶ、ずらりと並べました。
千円札一枚。
貸付金十万円(金利年三分、複利)。
花子さんのお守り(中身は髪の毛)。
葉っぱ。
ぼろぼろの鈴。
半分溶けた十円玉。
折り紙の犬。
「すごい、ラインナップね」
「みんなの個性が出てるね」
エリカちゃんは、ふっと立ち上がりました。
そして、にっこり笑って、宣言しました。
「これ、ぜんぶ、海斗君に渡すわ」
「えっ!?」
「結納金よ」
「結納金!?」
「私の、結納金。海斗君に、ぜんぶ預けるわ」
「待って、待って、結納金の意味、わかってる!?」
「結婚するときに、男の人にお金を渡すこと」
「逆だよ!」
「逆?」
「結納金は、男の人から、女の人の家に渡すんだよ!」
「……あら」
「あらじゃないよ!」
エリカちゃんは、しばらく考えました。
そして、にっこり笑いました。
「じゃあ、これは、預けるってことにする」
「預ける?」
「うん。海斗君に、ぜんぶ、預ける」
「あの、エリカちゃん」
「なに?」
「貸付金十万円も、預けるの?」
「うん」
「複利の責任、僕にくる?」
「うん」
「いやだ!」
「ええー」
惠那ちゃんが、すっと、紙を取り出しました。
「貸付の名義、変更しますか」
「変更しないで!」
「お姉ちゃんから、海斗君へ」
「やめて、座敷わらしの事務処理が早すぎる!」
エリカちゃんは、笑いながら、海斗君の手に、ぜんぶの「お年玉」を、ぎゅっと握らせました。
「冗談よ。預かるだけ」
「ほんと?」
「ほんと」
「よかった……」
「でも、お守りは、二人で持つの」
「二人で?」
「私が、花子さんのお守り。海斗君が、折り紙の犬」
「……うん」
「半分ずつ、お互いを守るのよ」
海斗君は、しばらく、エリカちゃんを見ていました。
そして、ぽつりと言いました。
「うん。半分ずつ、守るね」
「うん」
「今年も、よろしく、エリカちゃん」
「うん。今年も、よろしくね、海斗君」
リビングのテーブルの上で、お年玉のラインナップが、ぴかぴかと(一部はぬるぬると)輝いていました。
なお、その日のチェーン荘の冷蔵庫には、新しいメモが貼られました。
お年玉は、もらった人の気持ちごと、大切にしましょう。
その下に、小さくこう書かれていました。
※貸付金型のお年玉は、ご家庭内のみで運用すること。
※葉っぱは、いつか化けるかもしれません。
※折り紙の犬は、家族同士で交換するのが、無難です。




