第69話 「エリカちゃんと初詣」
元旦の朝。
チェーン荘の朝は、いつもより少しだけ、静かでした。
「あけまして、おめでとう」
「あけましておめでとう、海斗君」
朝ごはんは、お雑煮でした。
海斗君が作ったお雑煮には、四角いお餅と、鶏肉と、三つ葉と、ゆずの皮が、上品に乗っていました。
エリカちゃんのお椀には、それに加えて、なぜか塩辛が乗っていました。
「お正月から、その組み合わせ?」
「塩辛は、お正月にも食べるわ」
「年中無休だね、塩辛」
「塩辛は、私の人生の伴侶」
「人生の伴侶の枠、それ?」
「あとは、海斗君ね」
「えっ」
「順位は、その日の気分よ」
「塩辛と並べないで!」
エリポンは、お雑煮のお餅を、ぱくっと丸呑みしました。
「のどに詰まるよ!」
「狸の喉は丈夫でちゅ!」
「丈夫でも、お餅は危ない!」
惠那ちゃんは、お雑煮を上品にすすりつつ、算盤を弾いていました。
「お正月の出費」
「お正月、まだ始まって三時間だよ?」
「年始の出費は、年末の損益と相殺する必要がある」
「合理的な座敷わらし、お正月くらい休んで……」
朝ごはんを終えたあと、みんなで初詣に行くことになりました。
「神社、どこに行く?」
「いつもの神社よ」
「いつものって、椿さんのおじいさんのところね?」
「うん」
「あそこ、毎回、神様が逃げるんだよね……」
「気のせいよ」
「気のせいじゃないと思う」
チェーン荘の前で、全員が並びました。
エリカちゃん。
海斗君。
秀明おじさん。
惠那ちゃん。
エリポン。
花子さん(羽織を着てついてくる気らしい)。
化け猫さん(秀明おじさんの肩の上)。
マリンちゃん(ガラス容器に入って、海斗君が持つ)。
「すごい行列だね」
「うちの恒例行事よ」
「恒例にしないでほしいんだけどなあ……」
道を歩き出すと、すれ違う近所の人たちが、すっと道を空けました。
「あ、あけまして、おめでとうございます……」
「あけましておめでとうございます」
「今年も、よろしくね」
「は、はい、お、お手柔らかに……」
「あら、ご丁寧に」
近所の人たちは、明らかに「お手柔らかに」のほうに重みを置いて挨拶していました。
「みんな、私のこと、好きね」
「好きとは違うと思う……」
神社に着くと、参道は、それなりに人が並んでいました。
ところが。
エリカちゃんが、参道の入り口に足を踏み入れた瞬間。
ふっ。
参道のあちこちで、ぼんやり浮いていた何かが、すっと姿を消しました。
「ねえ、海斗君」
「なに?」
「いま、なんか、いっぱい消えなかった?」
「消えた」
「私、何もしてないわ」
「何もしてないのに、消えるんだよね……」
参道の脇では、地縛霊らしき影が、すごすごと境内の奥へ移動していました。
浮遊霊らしき影は、そそくさと屋根の向こうへ逃げていきました。
参拝に来ていた人たちは、不思議そうに首をかしげていました。
「あれ、今、なんか、空気が軽くなった気がする」
「お祓い、誰かしてもらった?」
「いや、誰も……」
「あの金髪ツインテールの子が来た瞬間、すっと……」
「いやそれは関係ないでしょ」
「いや、関係ありそうな……」
「気のせい、気のせい」
エリカちゃんは、にっこり笑って、参道を進んでいきました。
その後ろを、霊たちの撤退が、波のように起こっていました。
賽銭箱の前で、エリカちゃんは、ふと立ち止まりました。
「海斗君、お賽銭、いくらにする?」
「五円とか、十円とかでいいんじゃない?」
「縁起がいいやつね」
「うん」
「私、もうちょっと、奮発したいわ」
「うん、いいよ」
エリカちゃんは、ポケットから、ばさっ、と札束を取り出しました。
「えっ」
「百万円でいいかしら」
「えっ、ええっ!?」
「金運の御利益、お願いしようかと」
「お賽銭の桁、おかしいよ!」
「惠那ちゃんが、ヘソクリから貸してくれたわ」
「ヘソクリから、お賽銭!?」
惠那ちゃんが、すっとうなずきました。
「貸付。利息、年五分」
「神社のお賽銭にまで、利息つけるの!?」
「お姉ちゃんの返済能力、見込みあり」
「見込みって何!?」
エリカちゃんは、にっこり笑って、札束を、ぽーんと、賽銭箱に投げ入れました。
ばっさ!
百万円の札束が、賽銭箱に、ずもっ、と入りました。
その瞬間。
ばきっ。
賽銭箱の底が、抜けました。
「あら」
ばさばさ、と、札束が地面にこぼれました。
そして、賽銭箱の中身、つまり、これまでに集まっていた小銭たちが、じゃらじゃらじゃら、と、賽銭箱から雪崩のようにあふれ出しました。
参拝に来ていた人たちが、ぎょっとして振り返りました。
「賽銭箱、壊れた!」
「百万円入れた人がいる!」
「金髪ツインテール!」
「気のせい、気のせい!」
社務所から、白い装束の神主のおじいさんが、慌てて出てきました。
椿さんのおじいさんです。
「これは、これは。エリカちゃん」
「あけまして、おめでとう、おじいちゃん」
「あけまして、おめでとう」
「賽銭箱、壊しちゃった」
「うむ。予想通りじゃ」
「予想ついてたの?」
「ついておった」
「準備しといてくれてもよかったのに」
「準備しても、壊れる量を持ってくると思ったでな」
「察しがいいわね」
「経験じゃ」
おじいさんは、にっこり笑って、賽銭箱を撤去用に運ぶよう、神社の若い人に指示を出しました。
「予備の賽銭箱、出しなさい」
「予備、あったんですか!?」
「念のため、二台目を準備しておった」
「神主の念のため、レベルが違う!」
椿さんが、奥から、すうっと出てきました。
「あけまして、おめでとう」
「椿さん、あけましておめでとう」
「今年も、お元気そうで」
「うん。椿さんもね」
椿さんは、エリカちゃんに、薄いお守りを手渡しました。
「これ、今年の」
「ありがとう」
「特注。普通の御利益のお守りでは、エリカちゃんには効かないので、当神社の家系で、エリカちゃん専用のものを編んでみた」
「専用!?」
「効能、不明」
「不明!?」
「ただし、悪いものは寄り付かない」
「いま現在も寄り付いてない気がするけど」
「もっと寄り付かなくなる」
「ありがとう」
椿さんは、淡々と頷きました。
そして、ぽつりと言いました。
「うちの神社、今年も歴史に残る年になりそう」
「お賽銭が壊した賽銭箱の数、記録するの?」
「記録する」
「重ねる気で記録するんだ……」
参拝のあと、おみくじを引きました。
エリカちゃんは、ぱっと、ひとつ引きました。
「何が出るかしら」
ぱさ。
「……あら」
「何?」
おみくじには、「大凶」と書かれていました。
「あら、めずらしい」
「大凶って、出るんだ……」
「内容は何かしら」
エリカちゃんは、おみくじを読みました。
今年は、すべての敵が、あなたを恐れます。
しかし、あなた自身が、最大の敵になることもあるでしょう。
冷静さを保ち、海斗君の言うことを聞きましょう。
「私個別宛のおみくじ!?」
「うわあ、神社の本気を感じる!」
「『海斗君の言うことを聞きましょう』って、固有名詞入ってる!」
「カスタマイズされすぎ!」
おじいさんが、ふっと笑いました。
「うちは、エリカちゃん専用の引きが、何種類か用意してある」
「何種類!?」
「『大凶』『大吉』『大警告』」
「警告って、おみくじの分類じゃないでしょ!」
「うちの神社の独自基準じゃ」
「独自すぎる!」
おみくじを結ぶ場所に、エリカちゃんは、おみくじを丁寧に結びました。
「冷静さを保ち、海斗君の言うことを聞きます」
「お、おう」
「海斗君、責任重大ね」
「うん、たぶん、責任重大」
帰り道、参道を出るときに、エリカちゃんは、ふと振り返って、神社のおじいさんに手を振りました。
「来年も来るわね」
「うむ。賽銭箱、三台目を準備しておく」
「準備、ありがとう」
「念のためじゃからの」
おじいさんは、にっこり笑って、手を振り返しました。
参道を出ると、空気がふっと、賑やかさを取り戻しました。
参拝者の声、屋台の匂い、子供の笑い声。
エリカちゃんは、にっこり笑って、海斗君の手を握りました。
「いい初詣だったわ」
「うん。いい初詣だったね」
「来年も、二人で来ようね」
「うん」
なお、神社の社務所の奥では、巻物に、新しい一行が書き加えられていました。
令和年代、当神社賽銭箱、人間の童女の奉納に耐えきれず破損。
当面、賽銭箱は強化型に切り替え。
その下に、小さくこう書かれていました。
※エリカちゃん専用のおみくじ、来年は『大警告』のバリエーションを増やすこと。
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