第67話 「エリカちゃんと年末大掃除」
クリスマスの騒ぎが落ち着いた、十二月の終わり。
チェーン荘の縁側では、秀明おじさんが、新聞を読みながら、ぽつりと言いました。
「そろそろ、大掃除をしないとなあ」
「大掃除?」
エリカちゃんが、イチゴミルクを飲みながら振り向きました。
「ああ。年末といえば、大掃除だ」
「めんどくさいわ」
「めんどくさいでちゅ」
「めんどくさい」
「にゃあ」
「ぷるん」
「ぽつぽつ」
エリカちゃんに続いて、エリポン、惠那ちゃん、化け猫さん、マリンちゃん、そしてどこからか花子さんまで、満場一致で反対しました。
秀明おじさんは、ぴくっと額に青筋を立てました。
「お前ら、人ん家を……いや、自分の家だろこれ!」
「家賃を払う側として、掃除はおじさんの仕事じゃないの?」
「家賃、取ってねえだろ!」
「私は無料家賃の住人」
「家賃取らないって、口約束だっただろ!」
惠那ちゃんが、すっと算盤を取り出しました。
「お姉ちゃん、年末の大掃除は、家全体の運気に関わる」
「ほんと?」
「ほんと。掃除しないと、福が逃げる」
「あら、それは困るわ」
「家の中の不要物を整理することで、来年の金運が上がる」
「やるわ」
「現金ね」
惠那ちゃんは、満足そうに頷きました。
秀明おじさんは、無言で天井を仰ぎました。
「俺の説得より、座敷わらしの金運話の方が効くんだな……」
「おじさんはお説教だからよ」
「正論だぞ、俺のは」
「お説教は、お説教」
「うー、悔しい」
こうして、チェーン荘の大掃除が始まりました。
担当エリアの割り振りが行われます。
「私はトイレ担当ね」
花子さんが、すっと手を上げました。
「適材適所だね」
「私の聖域だから」
「聖域なんだ」
「年末は花子界の大掃除月間でもあるの」
「業界、忙しいんだね……」
惠那ちゃんは、帳簿を抱えて言いました。
「私は金庫担当」
「うちに金庫あったの?」
「ある」
「どこに?」
「秘密」
「教えてよ!」
「秘密にしないと、金庫の意味がない」
エリポンは、しっぽをぱたぱた振りました。
「エリポンはお庭担当でちゅ!」
「うん、いいよ」
「お庭で、なんでも食べていいでちゅか?」
「だめだよ、雑草でも食べないで」
「えー、おいしいでちゅよ」
「狸の基準、信用ならない」
化け猫さんは、棚の上で丸まりました。
「にゃあ」
「化け猫さんは、見学担当ね」
「にゃあ」
「楽そうでいいなあ……」
マリンちゃんは、ぬるりと洗面所に向かいました。
「マリンちゃんはお風呂場担当ね」
ぷるん。
「ただし、浴槽を溶かしちゃだめだよ」
ぷるん。
「返事が同じだから不安なんだよ……」
エリカちゃんは、腕まくりをして言いました。
「私は、屋根裏と地下室担当ね」
「いちばん大変なところだよ……」
「いちばん面白いところよ」
「楽しんでるね、もう」
海斗君は、リビングと台所の担当になりました。
秀明おじさんは、玄関と廊下、ついでに全体の監督役です。
「みんな、無事に終わらせよう……」
「無事って、何を心配してるのよ」
「お前らがいる時点で、無事って単語が縁遠いんだよ」
「先入観ね」
「経験則だ!」
掃除開始から、まず最初の異変は、屋根裏で起きました。
エリカちゃんが、屋根裏のはしごをのぼり、懐中電灯を点けた瞬間。
「……あら」
「どうしたの、エリカちゃん?」
下から海斗君が呼びかけました。
「人体模型の予備パーツが、ぎっしりあるわ」
「えっ、なんで!?」
「秀明おじさん、これ何?」
秀明おじさんが、頭をかきかき答えました。
「あー、それな。学校から余ったやつをもらってきたんだよ。修理用に」
「修理用って、誰のよ」
「あいつだよ、たまに動き出す人体模型」
「予備が、こんなに必要?」
「念のためだ、念のため」
「秀明おじさん、その念のための量、ちょっとおかしいよ……」
エリカちゃんは、屋根裏から、肩、肘、ひざ、足首、ぜんぶの関節パーツを、ひとつずつ放り投げました。
がしゃん。
がしゃん。
「分別しましょう」
「うちって、人体パーツの分別、必要なの!?」
「自治体のルールに、たぶん、入ってないわよね」
「入ってないよ!」
次に異変が起きたのは、地下室でした。
エリカちゃんが、ピンクの扉の残骸を蹴飛ばしながら、奥へ進みました。
「ここ、何回掃除しても、物が増えるのよね」
「物が増えるってどういう状況?」
「だってほら」
エリカちゃんが棚を指差しました。
そこには、塩辛の瓶が、ずらりと並んでいました。
「百二十本くらいあるわ」
「なんで!?」
「秋の味覚祭りのときに買いだめしたのよ」
「秋から、もう三ヶ月だよ!」
「賞味期限、半年あるから大丈夫」
「いやそれはそうだけど、消費ペース!」
「私一人で食べきれないし」
「みんなで食べるの!?」
エリカちゃんは、棚の奥から、もう一つ箱を引っ張り出しました。
「あら」
「今度は?」
「たこわさの瓶が、八十本くらいあるわ」
「やめて!」
さらに、その奥から、惠那ちゃんが、すっと現れました。
「お姉ちゃん」
「惠那ちゃん、なに?」
「その棚の、いちばん下、引いて」
「ここ?」
「そう」
引き出しを引くと、中には、ぎっしりと札束が詰まっていました。
「えーっ!」
海斗君が、はしごから半分落ちかけました。
「惠那ちゃん、これ!」
「私の、ヘソクリ」
「ヘソクリって、こんなにあるの!?」
「数百万円くらい」
「数百万円って、座敷わらしのヘソクリ、規模がおかしいよ!」
「これは、生活防衛資金」
「うちが何から防衛するの!?」
「家庭は、常に防衛が必要」
「合理的すぎて怖い……」
エリカちゃんは、ぱらぱらと札束を眺めて、感心しました。
「惠那ちゃん、よくこんなに貯めたわね」
「コツコツ」
「コツコツ、こつこつ、何から?」
「いろんな人から」
「ぼやかすな!」
そのとき。
ぽんっ、と、煙が上がりました。
「おもちでちゅかー!」
エリポンが、お庭から、なぜか地下室に降りてきていました。
「エリポン、ここ地下室だよ!」
「もちもちのにおいがしたでちゅ!」
「もちじゃないよ、お金だよ!」
「お金、もちもちしてるでちゅか?」
「してない!」
エリポンは、札束に近づこうとして、ふと、別のものに目を留めました。
地下室の隅、ぼんやりとした暗がりの中で、何かが、ぷるん、と揺れていました。
「鏡もちでちゅ!」
「違うよエリポン!」
それは、マリンちゃんでした。
お風呂場の掃除中に、なぜか地下室まで散歩に来ていたのでした。
「マリンちゃんに乗っちゃだめ!」
エリポンが、嬉しそうに、ぴょん、と跳びました。
「マリンちゃんに乗るでちゅー!」
ぴょん。
ぼちゃっ。
「あー!」
エリポンは、見事にマリンちゃんの上に乗りました。
そして、じゅう、と溶け始めました。
「あつーい、でちゅー!」
「言ったでしょー!」
エリカちゃんが、すっとエリポンを救出しました。
エリポンの足の先が、少しだけ毛のないつるつるになっていました。
「エリポン、足の毛がー」
「狸の脱毛になっちゃってる!」
「マリンちゃん、狸を溶かさないでね」
ぷるん。
「返事は反省してるのかしてないのかわからないけど」
ぷるん。
「悪気はないんだろうね」
地下室の整理を続けていると、エリカちゃんは、棚の奥に、古い箱を見つけました。
「あら、これ何かしら」
ふたを開けると、中には、色の褪せた写真が、何枚か入っていました。
「……」
エリカちゃんは、しばらく、無言でその写真を見ていました。
「エリカちゃん?」
「うん」
「どうしたの?」
「これ、私のお母さんの、若い頃の写真」
海斗君は、はっとして口を閉じました。
「秀明おじさん、預かってくれてたんだ」
「ああ」
秀明おじさんが、地下室の入り口に立っていました。
「アパート借りるときに、お母さんから渡されたんだよ。エリカが大きくなったら見せてくれって」
「ふうん」
エリカちゃんは、しばらく写真を見ていました。
そして、ぱたん、と箱のふたを閉じました。
「今度、見せに行くわ」
「うん」
「お正月、お母さんのところ、寄ろうかしら」
「うん。いいと思うよ」
海斗君は、それ以上は聞きませんでした。
ただ、ふっと、エリカちゃんの隣に立って、肩に少しだけ手を置きました。
「うん」
エリカちゃんは、それだけ言って、にっこり笑いました。
その日の夕方には、チェーン荘は、いつもより少しだけ片付いていました。
塩辛は、五十本まで減りました(残りは知り合いに配ることになりました)。
惠那ちゃんのヘソクリは、別の引き出しに移されました。
人体模型のパーツは、全部、地下室にまとめられました(廃棄は、現実的に難しいということで保留)。
エリポンの足は、ぴかぴかでした。
「エリポン、ちょっと、足だけ二輪車みたいでちゅ」
「すぐ生えるよ、たぶん」
「たぶんでちゅか」
「たぶんなんだよ」
縁側で、みんなが並んで夕日を見ていました。
「年末って、いいわね」
「うん」
「来年も、よろしくね、海斗君」
「うん。よろしくね、エリカちゃん」
夕日が、ゆっくり、屋根の向こうへ沈んでいきました。
なお、その日のチェーン荘の冷蔵庫には、新しいメモが貼られました。
年末大掃除、お疲れさまでした。
その下に、小さくこう書かれていました。
※塩辛・たこわさは、適量を計画的に。
※鏡もちと座敷わらしのヘソクリと化け狸の足は、別物です。




