第65話 「エリカちゃんとクリスマスケーキ」
十二月二十四日。
チェーン荘の台所では、海斗君が朝から大忙しでした。
「海斗君、なにつくってるの?」
「クリスマスケーキだよ」
「私もてつだうわ」
「……うん、見てるだけでいい?」
「だめよ」
エリカちゃんはエプロンをつけ、腕まくりをしました。
なお、エプロンの下からは、しっかりとチェーンソーのベルトが見えています。
「海斗君、まず何するの?」
「スポンジ生地を焼いてあるから、半分に切って、生クリームを塗って、いちごを乗せて、もう一段重ねるんだ」
「シンプルね」
「うん、シンプルが一番だよ」
「でも、それじゃ、地味じゃない?」
「地味でいいんだよ、ケーキは」
「もうちょっと、特別感がほしいわ」
「特別感は、いちごでつけよう」
「いちごで足りるかしら」
エリカちゃんは、すっとチェーンソーに手をかけました。
「……エリカちゃん」
「なに?」
「そのチェーンソー、なんで握ったの」
「スポンジを、サンタの形に切ろうと思って」
「ケーキにチェーンソーは、いらないよ!」
「でも、包丁じゃサンタの形は無理よ」
「包丁でいいんだよ、ケーキは!」
ウイイイイイイイイイン!
「やっぱだめー!」
ザクッ。
「あー!」
スポンジ生地の半分が、無残にも、ぐしゃっとつぶれました。
「海斗君、すごく、けばだったわ」
「けばだったじゃなくて、台無しになったんだよ!」
「サンタには見えるじゃない」
「見えない! これはサンタじゃない!」
「ええっ、ちゃんと帽子と、ひげと……」
「ぜんぶ、けば!」
そこへ、惠那ちゃんが算盤を持ってやってきました。
「ロス、計算」
「やめて、損失を数値化しないで!」
「スポンジ生地、原価四百円、廃棄」
「廃棄って言わないで、まだ食べられるよ!」
「廃棄」
「言い直してよ!」
エリポンが、すんすん匂いを嗅ぎながら寄ってきました。
「エリポンが処理するでちゅ!」
ぱくっ。
「あ、エリポン!」
ぱくぱくぱく。
「全部食べないで!」
エリポンは、つぶれたスポンジを、ものすごい勢いで平らげました。
「うまかったでちゅー!」
「君、いつもおなか壊すよね……」
「壊さないでちゅー」
数分後、エリポンはお腹を押さえて転がっていました。
「壊したーでちゅー」
「ほら言わんこっちゃない!」
仕方なく、海斗君はスポンジ生地を、もう一度焼き直しました。
「今度こそ、普通に作るからね」
「私はもう手出ししないわ」
「ほんとに?」
「ほんとよ。約束する」
「約束、守ってね」
「守るわ。私はチェーンソーを持つけど、約束は持つの」
「言い回しが意味不明だよ……」
エリカちゃんは、台所の隅で、おとなしく見学することにしました。
ただし、その視線は鋭く、まるで生クリームの塗り方を批評する審査員のようでした。
「海斗君、もう少し、いちごを多くしたほうがいいわ」
「これでちょうどいいよ」
「いちご足りないわ」
「足りないって、十二粒も乗せたよ」
「不足よ」
「エリカちゃん、いちご好きすぎだよ……」
そのとき。
ぬるり。
足元に、青黒い影が伸びてきました。
「マリンちゃん!」
ぷるん。
マリンちゃんは、テーブルの脚をのぼり、ゆっくりとケーキに近づきました。
そして。
じゅう。
いちごだけ、きれいに溶けて消えました。
「いちごー!」
エリカちゃんが叫びました。
「マリンちゃん、いちごだけ食べるの!?」
「マリンちゃん、選り好みするんだね……」
ぷるん。
マリンちゃんは満足そうに、ぬるりと床へ戻っていきました。
「マリンちゃんの食事マナー、独特ね」
「マナーじゃないよ、これ」
海斗君は、ため息をついて、いちごをもう一度買いに行く羽目になりました。
ようやくケーキが完成したのは、夕方のことでした。
スポンジ二段。
生クリーム。
いちご。
ホワイトチョコレートの粉飾。
中央に、海斗君手書きのチョコプレート、「Merry Christmas」。
「いいんじゃない? 普通のクリスマスケーキね」
「普通でいいんだよ、ケーキは」
「でも、ツリーがないわ」
「ツリーは、リビングに飾ったよ」
リビングを覗くと、立派なもみの木が置いてありました。
ただし、ツリーのてっぺんでは。
「私、星役なの。文句ある?」
おかっぱ頭の女の子が、ぶら下がっていました。
「花子さん、なんでてっぺんに!?」
「だって、星の代わりだもの」
「星は、星でいいでしょ」
「星より、私のほうが特別感あるじゃない」
「特別感はあるけど、別方向だよ……」
エリカちゃんは、ツリーを見上げて、満足そうに頷きました。
「いいわね、花子さん。ぴったり」
「でしょ」
「来年もよろしくね」
「毎年やるのが前提なの!?」
リビングのテーブルには、ケーキ、海斗君特製のローストチキン、惠那ちゃんが「収支報告書」と一緒に出してきた帳簿、エリポンが森から拾ってきたきれいなクリスマスローズ、化け猫さんが寝ているクッション、マリンちゃんが鎮座しているガラス容器が並んでいました。
「みんな、いるわね」
「いるね」
「秀明おじさんは?」
「あ、いない」
ガラッ。
玄関が開きました。
「ただいま」
秀明おじさんが、両手に何かを抱えて入ってきました。
「おじさん、それ何?」
「あー、屋根の上にトナカイがいたから、保護してきた」
「えっ」
「ちょっと冷凍庫、空けといてくれ」
「待って、冷凍って何!?」
エリカちゃんが、目を輝かせました。
「次のお話のフラグね」
「フラグって言わないで!」
しかし、その夜の話は、次の回に続くのでした。
ともあれ、その日のクリスマスパーティーは、無事に始まりました。
ケーキにロウソク。
海斗君が、ぱちっとマッチを擦りました。
ロウソクに火が灯ります。
ぱちぱち。
ぱちぱち。
ささやかな光に、みんなの顔が照らされました。
エリカちゃんはケーキを見つめて、にっこり笑いました。
「海斗君、ありがとう」
「うん」
「来年も、二人で作ろうね」
「うん。約束だよ」
「ふーっ」
ロウソクの火が消えました。
なお、ケーキはこのあと、エリポンが二度目の挑戦をして、二度目のお腹を壊すことになります。
そして、その日のチェーン荘の冷蔵庫には、新しいメモが貼られました。
クリスマスケーキは、みんなで、ゆっくり食べましょう。
その下に、小さくこう書かれていました。
※チェーンソーで、サンタの形にしようとしないでください。




