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第59話 「エリカちゃんとドライブ 〜動物園編〜」



「秀明おじさん、ドライブ行きたい!」


 チェーン荘の縁側でイチゴミルクを飲んでいたエリカちゃんが、唐突に言いました。


「ドライブって、お前なあ。車なんて買う金ねえぞ」


 秀明おじさんは新聞を読みながら、面倒くさそうに言いました。


「じゃあ買えばいいじゃない」


「だから金がないって言ってんだろ」


 そのとき、座敷わらしの惠那ちゃんが、にこにこしながら風呂敷包みを持ってきました。


「お金ならあるよー」


 どすん。


 畳の上に置かれた風呂敷包みの中には、札束がぎっしり入っていました。


「惠那ちゃん、これどうしたの?」


 海斗君が恐る恐る聞きました。


「悪い人たちがくれたの」


「それ、くれたって言わないと思うよ」


「寄付よ寄付」


 エリカちゃんはうなずきました。


「悪い人からお金をもらって、私たちが楽しく使う。社会貢献ね」


「どこが!?」


 海斗君が叫びましたが、秀明おじさんは札束を見た瞬間、目の色を変えました。


「買ってきます!」


 翌日。


 秀明おじさんが買ってきた車を見て、エリカちゃんは無言になりました。


「おじさん」


「なんだ?」


「この車、何?」


 そこに停まっていたのは、中古のバキュームカーでした。


 しかも、少しだけ香ばしい匂いがします。


「安かったんだよ。ほら、タンクが大きいから、みんな乗れるぞ」


「タンクに乗せる気!?」


 海斗君が青ざめました。


 花子さんは車体を見て、顔を引きつらせます。


「私、トイレの幽霊だけど、これはちょっと……」


 化け猫さんも鼻を押さえました。


「にゃあ……」


 エリポンだけは、なぜかタンクの上にちょこんと乗って、尻尾を振っています。


「ぽん!」


「エリポン、気に入ってるわね」


「狸はたくましいなあ……」


 海斗君は遠い目をしました。


 エリカちゃんは秀明おじさんに向かって、にっこり笑いました。


「おじさん」


「はい」


「次からは普通の車にしなさい。じゃないと斬るわよ」


「はい!」


 こうして一行は、バキュームカーに乗って、飢野動物園へ向かうことになりました。


 もちろん道中、通行人の視線はすごかったです。


「海斗君、みんな見てるわ」


「そりゃ見るよ。小学生と幽霊と座敷わらしと化け猫と狸がバキュームカーでドライブしてるんだよ」


「有名人みたいね」


「有名になっちゃいけない方向だよ」


 飢野動物園に到着すると、駐車場の係員さんがバキュームカーを見て固まりました。


「……業者の方ですか?」


「客よ」


 エリカちゃんが胸を張って答えました。


「客……?」


 係員さんは深く考え込んでいましたが、最終的に見なかったことにしました。


 動物園に入ると、エリカちゃんは真っ先にライオンの檻へ向かいました。


「ライオンちゃんだー」


「エリカちゃん、檻の外から見るんだよ」


「近くで見たいわ」


「嫌な予感がするよ」


 海斗君の予感は当たりました。


 エリカちゃんはどこからともなくチェーンソーを取り出し、檻の一部をきれいに切り開きました。


「特設入口よ」


「また特設入口作ってる!」


 中へ入ったエリカちゃんは、ライオンの前に立ちました。


 ライオンは百獣の王らしく、低く唸りました。


「ガルルルル……」


「あら、可愛い」


 エリカちゃんはライオンのあごの下を撫でようとしました。


「ガオオオオ!」


 ライオンが大きく口を開けた瞬間。


 エリカちゃんはチェーンソーを構えました。


「歯並び悪いわね」


「エリカちゃん!?」


 ウイイイイイイイイイイン!


 数秒後。


 牙の先をきれいにトリミングされたライオンは、仰向けになってお腹を見せていました。


「海斗君も撫でる?」


「遠慮するよ!」


「こらー! 何をしているんですか!」


 飼育員さんの怒鳴り声が響き、一行は慌ててライオンエリアを離れました。


 次に向かったのはキリンのエリアでした。


「首、長いわね」


「キリンだからね」


「戦国武将がキリンだったら、首を獲るのが大変だったでしょうね」


「キリンを戦場に出さないでよ」


 海斗君の言葉に、キリンは心なしか怯えた様子で遠ざかっていきました。


 そのときでした。


 柵の下から、もそもそと茶色い影が動きました。


「あれ? エリポン?」


 海斗君が気づいたときには、狸のエリポンがキリン用の餌箱に顔を突っ込んでいました。


 もしゃもしゃ。


 もしゃもしゃ。


「ぽん」


「エリポン、それキリンさんのごはんだよ!」


 海斗君が慌てて止めようとしますが、エリポンは気にしません。


 キリン用の葉っぱを口いっぱいに頬張っています。


「エリポン、意外と草食なのね」


「感心してる場合じゃないよ!」


 飼育員さんが駆け寄ってきました。


「困ります! 動物の餌を勝手に食べさせないでください!」


「食べさせてないわ。勝手に食べてるの」


「もっと困ります!」


 エリポンは注意されると、きょとんとした顔をしました。


「ぽん?」


 そして次の瞬間、隣のエリアへ走り出しました。


「あっ、逃げた!」


 海斗君が追いかけます。


 エリポンは小さな体で器用に柵の隙間を抜け、今度はカピバラの餌箱へ向かいました。


 もしゃもしゃ。


「エリポン!」


 もしゃもしゃ。


「それカピバラさんのごはん!」


 カピバラは怒るでもなく、ただぼーっとエリポンを見ていました。


 花子さんがぽつりと言います。


「カピバラさん、悟ってる顔してるわね」


「トイレの幽霊に言われたくないと思うよ」


 さらにエリポンは逃げました。


 今度はヤギの餌。


 次はウサギの餌。


 その次はポニーの干し草。


 しまいには、ゾウのエリアの前に置かれていた果物まで狙い始めました。


「ぽん!」


「エリポン、バナナはだめ!」


 海斗君が止めようとした瞬間、エリポンはバナナを一本くわえて走りました。


 それを見たゾウが、長い鼻を伸ばします。


 ぱおーん!


「怒ってる! ゾウさん怒ってるよ!」


「エリポン、食い意地がすごいわね」


「エリカちゃんも人のこと言えないよ!」


 エリポンはバナナをくわえたまま、バキュームカーの方へ逃げようとしました。


 しかし、その前に飼育員さんたちが網を持って立ちはだかります。


「捕まえてください!」


「狸が動物園の餌を荒らしています!」


「いや、動物園に狸が来ることはあるけど、入園料払ってる狸は初めてだぞ!」


 騒ぎが大きくなる中、エリカちゃんはチェーンソーを肩に担いで言いました。


「エリポンを捕まえるなら、私を通してからにしなさい」


「通したくないよ!」


 海斗君が必死に止めました。


「エリカちゃん、ここで飼育員さんと戦ったら本当に出禁になるよ!」


「出禁?」


「もう動物園に来られなくなるってこと」


「それは困るわね」


 エリカちゃんは少し考えると、エリポンに向かって言いました。


「エリポン。戻ってきなさい」


「ぽん?」


「戻ってきたら、あとで油揚げをあげるわ」


「ぽん!」


 エリポンは一瞬で戻ってきました。


「狸って油揚げで釣れるの?」


「細かいことは気にしちゃだめよ」


 海斗君は何も言えませんでした。


 飼育員さんたちはぐったりしていました。


「次に餌を食べたら、本当に退園してもらいますからね」


「はい。すみません」


 海斗君が深々と頭を下げました。


「どうして海斗君が謝るの?」


「エリカちゃんが謝らないからだよ!」


 そのあと一行は、ゾウのエリアへ行きました。


 ゾウを見上げたエリカちゃんは、ぽつりと言いました。


「ハンバーグにしたら、何食分かしら」


「聞こえなかったことにするよ」


 海斗君は耳をふさぎました。


 ゾウは、さっきバナナを奪われた恨みなのか、エリポンをじっと見ていました。


 エリポンはエリカちゃんの後ろに隠れます。


「ぽん……」


「エリポン、さすがにゾウには勝てないのね」


「勝つ必要がないよ」


 リスのコーナーでは、エリカちゃんが珍しく普通の女の子らしい反応を見せました。


「可愛い!」


「うん、リスさん可愛いね」


「小さくてふわふわしていて、斬り甲斐がなさそうなところがいいわ」


「最後の一言がなければ完璧だったよ」


 エリポンはリス用のひまわりの種を狙っていましたが、海斗君に首根っこをつかまれて阻止されました。


「ぽん……」


「だめです」


「海斗君、お母さんみたいね」


「誰のせいだと思ってるの!?」


 動物園をひと通り回ったころには、飼育員さんたちの間で、エリカちゃん一行は完全に要注意団体として扱われていました。


 ライオンの檻を壊す少女。


 動物の餌を食べ歩く狸。


 トイレの近くで落ち着く幽霊。


 タンクの上で昼寝する座敷わらし。


 マタタビコーナーから離れない化け猫。


 そして、それらに謝り続ける海斗君。


「僕、今日一日で十年分くらい謝った気がする……」


「海斗君は礼儀正しいわね」


「褒められてる気がしないよ」


 帰り道。


 バキュームカーのタンクの上には、花子さんと惠那ちゃんと化け猫さん。


 後ろの荷台には、なぜか満腹で丸くなったエリポン。


 助手席にはエリカちゃん。


 そして運転席では秀明おじさんが、ものすごく疲れた顔でハンドルを握っていました。


「結局、動物園で一番食べたのエリポンじゃない?」


「そうね」


 エリカちゃんは膝の上で丸くなったエリポンを撫でました。


「でも楽しそうだったからいいわ」


「動物園側は楽しくなかったと思うよ」


 夕暮れの道を、バキュームカーはゆっくり走ります。


 エリカちゃんは眠そうに目をこすり、海斗君の肩に頭を預けました。


「ドライブ、楽しかったね……海斗君」


「うん、エリカちゃん。……車さえ普通ならね」


「次は普通の車にしましょう」


「うん」


「でもエリポン用の餌箱は必要ね」


「もう動物園の餌を食べさせないでね」


「考えておくわ」


「考えるんだ……」


 後ろでは、エリポンが寝言のように鳴きました。


「ぽん……」


 その口元には、まだ少しだけバナナの匂いが残っていました。


 こうして、チェーン荘一行の動物園ドライブは幕を閉じました。


 なお、飢野動物園の入口には翌日から新しい張り紙が貼られたそうです。


狸を連れた金髪ツインテールの女の子の入園は、事前にご相談ください。

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