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第56話 「エリカちゃんと歴史の授業」

 ある日の社会の時間。


 山本先生は黒板に大きく書きました。


歴史の人物と出来事


「今日は、日本の歴史について勉強します」


「歴史……」


 エリカちゃんは、少しだけ目を輝かせました。


「昔の人たちが、どんな武器で戦ったかを学ぶ時間ね」


「違います」


 山本先生は即答しました。


「歴史は、昔の人々の暮らしや出来事を学ぶ時間です」


「でも戦ってるじゃない」


「戦いだけではありません」


「チェーンソーは出る?」


「出ません」


「つまらないわね」


「始まる前から結論を出さないでください」


 海斗君は、となりで小さくため息をつきました。


「エリカちゃん、今日は静かに聞こうね」


「わかってるわ、海斗君」


 その返事が一番信用できないことを、海斗君は知っていました。


 


 山本先生は、まず黒板に人物名を書きました。


聖徳太子


「では、この人物を知っている人?」


 何人かの生徒が手を挙げました。


 エリカちゃんも手を挙げました。


「はい、エリカちゃん」


「豊聡耳皇子よ」


 山本先生のチョークが止まりました。


「……え?」


「豊聡耳皇子。とよとみみのみこ」


 教室がざわつきました。


 山本先生は、少しだけ目を泳がせました。


「ええと……間違いでは、ない……ですね」


「先生、知らなかったの?」


「知っています。知っていますけど、小学二年生の授業では普通、聖徳太子と教えます」


「同じ人なのに?」


「同じ人ですけど、授業ではわかりやすさも大事なんです」


 海斗君が小声で聞きました。


「エリカちゃん、なんでそんな呼び方知ってるの?」


「一度に十人の話を聞けた人でしょ?」


「うん、有名な話だね」


 エリカちゃんは胸を張りました。


「私は一度に十人を斬れるわ」


「それエリカちゃんだけだよ!」


 山本先生は、静かに黒板を見つめました。


「……歴史の授業です。斬る話にしないでください」


 


 次に、山本先生は黒板に書きました。


源氏物語


「では、『源氏物語』を書いた人物は誰でしょう?」


 エリカちゃんが手を挙げました。


「紫式部よ。私の魂の師匠ね」


「魂の師匠?」


 海斗君が不思議そうに首をかしげました。


「エリカちゃん、源氏物語を読んだことあるの?」


「ないわ」


「ないの!?」


「でも、長い物語を書き続ける根性は尊敬するわ」


「そこなんだ……」


「あと、恋愛の物語なんでしょう?」


「まあ、そうだね」


「私は海斗君一筋だから、そこは参考にならないわ」


「急に重いよ!」


 山本先生は黒板の前でこめかみを押さえました。


「正解なのに、どうしてこんなに疲れるのでしょう……」


 


 続いて、山本先生は戦いの話に入りました。


「次は、壇ノ浦の戦いです。源氏と平家が船で戦いました」


 エリカちゃんの目が、また少し光りました。


「船で?」


「はい。海の上での戦いです。船を動かす漕ぎ手を狙ったとも言われています」


 エリカちゃんは少し考えて、ぽつりと言いました。


「効率が悪いわね」


「え?」


「私なら、チェーンソーで船を斬って沈めるわ」


「海の上でチェーンソーを使う前提なの!?」


 海斗君が思わず叫びました。


「船がなくなれば戦えないでしょ?」


「戦術としては間違っていないようで、ものすごく間違っています」


 山本先生は疲れた声で言いました。


「じゃあ船底から斬るわ」


「もっと怖くなったよ!」


「みなさん、当時の道具や状況を考えて歴史を学びましょう」


 山本先生は、黒板をこんこんと叩きました。


「つまり、当時チェーンソーがなかったのが敗因ね」


「全部そこに戻るんだね……」


 


 さらに授業は進みました。


「元寇では、元軍が“てつはう”という火薬兵器を使いました。大きな音と爆発で、当時の武士たちは苦戦したと言われています」


 エリカちゃんは首をかしげました。


「チェーンソーを持って戦えばよかったのに」


「鎌倉時代にチェーンソーはないよ」


「じゃあ苦戦しても仕方ないわね」


「納得の仕方がおかしいよ」


 山本先生は板書を続けながら言いました。


「その後、台風などの影響もあり、元軍は撤退しました」


「神風ね」


「はい」


「チェーンソー風の方が強そうね」


「そんな風はありません」


「ウイイイイイイイって吹くのよ」


「それは風じゃなくてエンジン音だよ!」


 


 山本先生は、どうにか授業を進めようとしました。


「では、桶狭間の戦いで今川義元を破った人物は誰でしょう?」


 エリカちゃんは、今度も自信満々に手を挙げました。


「織田上総介」


 山本先生は、また固まりました。


「……織田信長、ですね」


「同一人物よ」


「そうですが、小学校の授業では織田信長と答えましょう」


「上総介の方がかっこいいわ」


「かっこよさで答えを選ばないでください」


 海斗君は感心したように言いました。


「エリカちゃん、変なところ詳しいよね」


「強い人は別名も覚えるものよ」


「じゃあ僕の別名は?」


「海斗君は海斗君よ」


「普通だった」


「私の未来の旦那様でもあるわ」


「授業中だよ!」


 クラスメイトたちがざわつきました。


 山本先生は、何も聞かなかったことにしました。


 


 最後に、山本先生は黒板に書きました。


征夷大将軍


「では、日本で最初の征夷大将軍として有名な人物は誰でしょう?」


 エリカちゃんは少し考えました。


 そして、堂々と答えました。


「海斗君」


「違うよ!?」


 海斗君が椅子から落ちそうになりました。


「どうして海斗君なんですか?」


 山本先生が聞くと、エリカちゃんは真顔で言いました。


「だって、将軍ってかっこいいじゃない」


「理由が雑です」


「それに、私の暴走を止められるのは海斗君だけよ」


「止められてないよ!」


「でも、止めようとはしてるわ」


「そこは合ってるけど!」


 山本先生は、黒板に正しい答えを書きました。


坂上田村麻呂


「答えは坂上田村麻呂です」


「海斗君じゃないの?」


「違います」


「でも海斗君も将軍っぽいわ」


「どこが!?」


「私の心の征夷大将軍よ」


「何を征伐するの!?」


「私に近づく悪い女」


「急に怖いよ!」


 


 授業が終わるころには、山本先生はすっかり疲れ切っていました。


「今日のまとめです。歴史は、当時の人々の考え方や社会の仕組みを知るためのものです」


「つまり、昔はチェーンソーがなかったから大変だったのね」


「まとめないでください」


 チャイムが鳴りました。


 生徒たちはほっとしたように立ち上がりました。


 海斗君も小さく息を吐きました。


「エリカちゃん、今日の授業すごかったね」


「そうね。歴史って奥が深いわ」


「どのへんが?」


「昔の人たちは、チェーンソーなしで頑張っていたのよ」


「そこなんだ……」


 山本先生は教卓に手をつき、ぽつりと言いました。


「次の社会は、年表だけにしましょう……」


 しかし山本先生は知りませんでした。


 年表を見たエリカちゃんが、きっとこう言うことを。


「この時代にチェーンソーが伝来していれば、歴史は変わったわね」


 歴史の授業は、まだ始まったばかりだったのです。

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