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第55話 「エリカちゃんとお医者さんごっこ」

秋の遠足から少し経った、土曜日のお昼下がり。

エリカちゃんは、ひとりで町に出ていました。

海斗君は、家のおつかいで隣町まで出ていて、その日は留守でした。

「海斗君がいないと、ちょっとさみしいわ」

ぽつり、とつぶやきながら、エリカちゃんは商店街を歩いていました。

金髪ツインテール、お気に入りのリボン、にこにこ顔。

そして、当たり前のように、肩にチェーンソー。

通りすがりのおじさんたちは、ぎょっとした顔で道を空けました。

「子供がチェーンソー持ってるぞ」

「見ないふりしろ、見ないふりしろ」

「目を合わせるな」

商店街の端のほうに来たときでした。

エリカちゃんの後ろから、ふら、ふら、と、ひとつの影が近づいてきました。

ちょっと薄汚れたシャツ、ぼさぼさの髪、にやにやした口元。

明らかに、目つきがおかしいおじさんでした。

「お、おじょうちゃん」

「なあに、おじさん」

「ひとり?」

「うん、海斗君がお留守なの」

「そうなんだ、そうなんだ。さみしいねえ」

「さみしいよ」

「おじさんと、遊ばないかい?」

おじさんは、にやり、と、口の端を上げました。

その顔を見ても、エリカちゃんは、まったく動じませんでした。

なぜなら、エリカちゃんに、警戒という概念は、存在しないからです。

警戒しているのは、いつも、相手側です。

「いいよ~」

「えっ」

「おじさんと遊ぼ」

「えっ、ほんとに?」

「ほんとよ」

「いいの? ついてきていいの?」

「いいよ~」

おじさんは、心の中で、ガッツポーズしました。

(チョロイ……! チョロすぎる!)

(金髪ツインテール、笑顔、ノーガード)

(こんな子が、こんなに簡単に……!)

(俺は、ついに、運に恵まれた!)

おじさんの心の中の声は、文字どおり浮かれていました。

ところが。

「ねえ、おじさん」

「な、なんだい、お嬢ちゃん」

「何して遊ぶ?」

「そ、それは、その、おじさんに任せて」

「だめよ、おじさん」

「えっ」

「お客さんなんだから、私が決めるの」

「あ、ああ、そ、そうかな」

「うん。今日はね」

エリカちゃんは、にっこり、笑いました。

その笑顔は、晴れた青空のように、まばゆかったのです。

「お医者さんごっこをしましょ」

おじさんの脳内で、何かが、爆発しました。

(お医者さんごっこ……!)

(お医者さんごっこ、だと……!)

(こんな小さな、可愛らしいお嬢ちゃんが、自分から、お医者さんごっこを……!)

(俺は、ついに、世界に祝福された……!)

おじさんは、目を血走らせて、何度もうなずきました。

「いいよ、いいよ、お医者さんごっこ、しよう」

「ありがとう、おじさん」

「お医者さん役は、もちろん、お嬢ちゃんが……」

「うん、私がお医者さんね」

「俺は、その、患者で……」

「うん、おじさんは患者役」

「いいよいいよ、いくらでも、患者役、やるよ」

「やったあ」

エリカちゃんは、ぴょん、と、跳ねて喜びました。

おじさんは、よだれを拭きながら、ふらふらとエリカちゃんについていきました。

ふらふら、ふらふら。

足取りは、もう、半分、夢の中でした。

(このまま、お嬢ちゃんの家に……)

(ふたりっきりに……)

(お医者さんごっこ……!)

(俺は、もう、ダメかもしれない、いい意味で……)

おじさんは、自分が、何かに取り憑かれたように、嬉しくて、嬉しくて、しかたありませんでした。

その「何か」が、自分の足を、地獄の入り口まで運んでいることに、まったく気付かないまま。

エリカちゃんが住むのは、町外れの古いアパート、その名も「チェーン荘」。

外壁に、大きな看板がぶら下がっていました。

チェーン荘

家賃応相談

※静寂をご希望の方には不向きです

おじさんは、そんな看板も読まず、にやにやしながらついてきました。

「はい、おじさん、こっちが私のおうちよ」

「お、おじゃまします」

「散らかってるけど、許してね」

「ぜんぜん、ぜんぜん」

「上がって、上がって」

ところが。

エリカちゃんが案内したのは、自分のお部屋ではなく、廊下の奥。

奥の奥。

普通の家には、ない場所。

おじさんは、ふと、首をかしげました。

「お、お嬢ちゃん、これ、どこに向かってるんだい?」

「お医者さんごっこのお部屋よ」

「専用、なの?」

「うん、専用」

「そ、そうなんだ、用意がいいねえ」

「だって、海斗君ともよく遊ぶもの」

「カイト君……?」

おじさんは、聞き慣れない名前に、一瞬、警戒しました。

しかし、すぐに、頭の中で打ち消しました。

(同年代の男の子だろ、関係ない)

(俺の目の前に、お嬢ちゃんがいる、それだけが事実だ)

廊下の突き当たりに、扉がありました。

おじさんは、その扉を見て、ぴた、と、足を止めました。

扉には、大きな文字が、書かれていました。

赤い文字。

ぼたっ、と、垂れ落ちたような、ぬらり、と光る、赤い文字。

集中血療室

おじさんは、その文字を、しばらく、見つめました。

「お、お嬢ちゃん」

「なあに」

「この、字……」

「私が書いたんだよ」

「あ、あの……」

「上手に書けてるでしょ」

「あ、ああ、上手だけど、その……」

「なあに?」

おじさんは、なんとか、言葉を探しました。

「ち、血の字、になってない?」

「えっ、なってるよ」

「いや、その、しゅうちゅうちりょうしつって、普通、治す方の『治』じゃ……」

「あれ、そうなの?」

エリカちゃんは、こてん、と首をかしげました。

「だって、『ち』だよ?」

「ち、確かに、読みは、ちだけど」

「『ち』って書いたら、血じゃん」

「いや、そうじゃ、なくて」

「おじさん、難しいこと言うのねー」

「い、いや、難しくは、ないんだけど」

「私、ちっちゃいから、漢字よく知らないの」

「そ、そうだよね、まだ、ちっちゃいんだよね」

おじさんは、自分に言い聞かせるように、何度もうなずきました。

(小学二年生だ、漢字なんて、間違えるさ)

(むしろ、可愛いじゃないか)

(お嬢ちゃんの手書き……)

(赤い字で書く感性、ちょっと、ロックでいいじゃないか)

(俺は、深く考えるのを、やめよう)

おじさんは、自分の中の、わずかな違和感を、全力で、押し殺しました。

「うん、うん、可愛い字だね、お嬢ちゃん」

「ありがとう、おじさん」

「中、入っていいの?」

「もちろん、患者さんだもん」

エリカちゃんは、扉を、ゆっくりと、開けました。

ぎぃぃぃぃ……。

蝶番が、悲鳴のような音を立てました。

おじさんは、扉の向こうを、覗き込みました。

その瞬間。

おじさんの、にやけ顔が、ぴたっ、と、止まりました。

部屋の中は、白い壁ではなく、銀色の鉄板で覆われていました。

天井からは、四本のチェーンが、ぶら下がっていました。

中央には、銀色の、ベッドのような、台のような、何か。

その台には、革のベルトが、ご丁寧に、四本、付いていました。

両手用、両足用。

部屋の隅には、黒光りする工具箱。

そして、棚には、ガソリンの、一斗缶。

おじさんの、口の中が、急激に、乾きました。

「お、お、お嬢ちゃん」

「なあに」

「これ、お医者さんごっこの、部屋……?」

「うん、そうだよ」

「お、お医者さんごっこって、こんな感じ、だっけ……?」

「私のおうちの、お医者さんごっこは、これよ」

「あ、ああ、そうなんだ……」

おじさんの足は、もう、震えていました。

しかし、ここまで来て、引き返す勇気は、出ませんでした。

なにせ、目の前にいるのは、可愛らしい、にこにこ顔の、小学二年生なのです。

子供のごっこ遊びです。

子供の、ごっこ遊び……。

(だ、大丈夫、大丈夫だ)

(子供の遊びだ、雰囲気を出してるだけだ)

(最近の子は、ごっこ遊びにも、本格派なんだ)

(うん、本格派だ)

おじさんは、自分の中で、必死に、納得しました。

その間、エリカちゃんは、にこにこと、患者さんを、ベッドにご案内しました。

「はい、おじさん、こっち寝てね」

「あ、ああ、寝るね、寝るよ」

「お医者さんごっこ、ちゃんとやろうね」

「ち、ちゃんと、やるよ」

おじさんは、ぎこちなく、その台の上に、横になりました。

冷たい銀色の感触が、背中に伝わりました。

その瞬間。

がしゃっ。

がしゃっ。

がしゃっ。

がしゃっ。

四本のベルトが、ものすごい速さで、おじさんの手首と足首を、固定しました。

「えっ」

「えっ」

「えっ、ちょっと、お嬢ちゃん」

「うん?」

「これ、外して」

「ダメだよ、患者さんは、動いちゃ」

「い、いや、動くも何も、これ、しっかり、ガッチリ」

「ガッチリしないと、危ないでしょ」

「危ない、って、何が、お嬢ちゃん」

「だって、暴れたら、内臓ずれちゃうもの」

「内臓、ずれる……?」

おじさんは、自分の聞き間違いだと、信じたかったのです。

しかし、エリカちゃんの笑顔は、晴れ渡るように、明るく。

そして、台の横の棚から、エリカちゃんが、そっと、何かを取り出しました。

ぶおん。

それは、つやつやと黒光りする、エリカちゃんよりも長い、メス……。

ではなく。

チェーンソーでした。

「お、お、お、お嬢ちゃん」

「なあに、患者さん」

「そ、それ……」

「メスだよ」

「メス、じゃ、ない、よね……?」

「メスだよ。私の、おっきいメス」

「ち、違うよね、ねえ、違うよね」

エリカちゃんは、にっこりと、満面の笑顔で、こう言いました。

「オペの時間だよ~」

ぶぉん。

ぶぉぉぉぉぉん。

ウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン――!

けたたましいエンジン音が、集中血療室に、響きわたりました。

天井から下がっていたチェーンが、震えました。

棚のガソリン缶が、共鳴しました。

そして、おじさんは、人生で最大級の声を、出しました。

「いやああああああああああああああああああああ!」

「あれー、患者さん、騒いじゃダメだよ」

「いやだいやだいやだ! お母さん! お母さーん!」

「お母さん、関係ないわよ」

「すみませんでしたー!」

「えっ」

「すみませんでしたー!」

「謝らないでよ、これからオペなのに」

「もう何もしません、二度としません、生まれ変わります、町から出ます、改心します、土下座します、慰謝料払います、お医者さんごっこに二度と関わりません!」

おじさんは、人生で一度も使ったことのない量の謝罪を、一気に放出しました。

その声を聞きつけたように。

ふらり、と、玄関のほうから、声が聞こえました。

「あれー、エリカちゃん、いる?」

椿さんでした。

土曜日のお見舞いに、お菓子を持って、寄ってくれたところでした。

椿さんは、廊下の奥から響いてくるエンジン音と、ものすごい絶叫を聞いて、しばらく、動きを止めました。

そして、ゆっくりと、靴を脱ぎながら、つぶやきました。

「(あ、これ、聞いてはいけないやつだ)」

「(そして、見てもいけないやつだ)」

「(でも、止めなきゃ、たぶん、警察案件になる)」

椿さんは、覚悟を決めて、廊下の奥に、向かいました。

集中血療室の扉の前で、椿さんは、深く、深く、息を吸いました。

そして、ノックをしました。

「エリカちゃん、椿です」

「あら、椿さん、ちょうどいいところに」

「ちょうど、よくない気がしますけど」

「お医者さんごっこの助手、する?」

「し、しません」

「えー、つまんない」

「お、お願い、ちょっと、扉開けてもらえる?」

「いいよー」

ぎぃぃぃぃぃ……。

扉が開いた瞬間、椿さんの目に飛び込んできたのは。

ベッドに四点拘束された、知らないおじさん。

その横で、にこにことチェーンソーを構えるエリカちゃん。

そして、扉に書かれた、ぬらりと光る赤い文字――集中血療室。

椿さんは、しばらく、無言でした。

そして、静かに、エリカちゃんに、聞きました。

「エリカちゃん、このおじさん、誰?」

「お友達よ」

「お友達?」

「町で、遊ぼうって、誘ってくれたの」

椿さんは、もう一度、おじさんの顔を、しっかり見ました。

ぼさぼさの髪、よだれの跡、目つき、年齢、状況。

そして、すべてを、瞬時に、理解しました。

「(あ、これ、こちら側じゃない、人間側のヤバいやつだ)」

「(神様も妖怪も避難するエリカちゃんに、ちょっかいかけたんだ、この人)」

「(運がない、にもほどがある)」

椿さんは、深く、深く、ため息をつきました。

そして、エリカちゃんに、丁寧に、お願いしました。

「エリカちゃん」

「なあに」

「このおじさんね」

「うん」

「『お友達』じゃ、ないと思うの」

「えっ、そうなの?」

「うん、たぶん、その、よくない人」

「悪い人?」

「うん、悪い人」

「ふーん」

エリカちゃんの目から、すうっと、ハイライトが、消えました。

「あらー、それなら」

「エリカちゃん、待って」

「悪いお友達は、お医者さんごっこで、よく治してあげないとね」

「いえ、エリカちゃん、その治すは、治すじゃ、ないと思うの」

「漢字、違うの?」

「漢字、違います」

「あ、また間違えた」

「漢字以前の問題なの」

おじさんは、もう、声を出すこともできませんでした。

ただ、目から、滝のように、涙を流していました。

椿さんは、おじさんに、すうっと、近づきました。

そして、しゃがみ込んで、目線を合わせて、こう言いました。

「おじさん」

「は、はひ」

「警察と、エリカちゃん、どっちがいいですか」

「け、け、けけ、警察」

「賢明です」

「お、お、お、お願いします」

「では、こうします」

椿さんは、立ち上がって、エリカちゃんに、にっこり笑いかけました。

「エリカちゃん、このおじさん、私が引き取ります」

「えー、私のお友達なのに」

「お友達じゃないです」

「オペしてあげようと思ったのに」

「オペしないでください」

「お腹開けて、悪いところ、取ってあげようと思ったの」

「開けないでください」

「メスもピカピカに磨いたのに」

「それ、メスじゃないんですよ」

「えー、なんでみんな、メスじゃないって言うの」

「形と大きさと、すべてが、メスじゃないからです」

椿さんは、優しく、しかしきっぱりと、エリカちゃんから、患者さんを取り上げました。

そして、ベルトを外し、おじさんを、起こしました。

おじさんは、ふらふら、ふらふらしながら、立ち上がりました。

腰が、抜けていました。

「あ、あの、お、お礼を……」

「お礼はいいので、自首してください」

「は、はい」

「町外れの、交番、わかります?」

「わ、わかります」

「そこに、まっすぐ向かってください」

「は、はい」

「振り返らないでくださいね」

「は、はい」

「振り返ったら、エリカちゃんが、もう一回、追いかけてきます」

「はいいいいい!」

おじさんは、転がるように、チェーン荘を、出ていきました。

そして、その日のうちに、町外れの交番で、自首しました。

警察官は、最初、おじさんの話を、信じませんでした。

「えっ、小学二年生に、四点拘束されて、チェーンソー、構えられた?」

「そ、そうです」

「君、酔ってる?」

「素面です、素面で、自首してます」

「うーん、まあ、最近、似たような被害届がいくつか来てるから、聞こうか」

警察官は、おじさんの過去の余罪まで、ぜんぶ、引き出しました。

おじさんは、町から、しばらく、消えました。

椿さんとエリカちゃんは、チェーン荘の玄関で、お茶を飲んでいました。

椿さんが持ってきてくれた、お菓子も、開けていました。

「椿さん、ありがとー」

「いえいえ、間に合ってよかったです」

「お友達、連れて行っちゃうんだもん」

「あの、エリカちゃん」

「なあに」

「お友達じゃないです」

「うん、わかったわ。悪いおじさんだったのね」

「悪いおじさんでした」

「次から、町で声かけられても、ついていかないわ」

「賢明です」

「でも、ついてきても、結局、オペするから、関係ないかも」

「そこは、ついていかないでほしいんです」

「えー、なんで」

「いろいろと、後始末が、大変なので」

「了解、椿さん」

椿さんは、ふっと笑いました。

そして、ふと、廊下の奥の扉を、見ました。

ぬらり、と光る、赤い文字――集中血療室。

「エリカちゃん」

「なあに」

「この字、書き直しません?」

「えっ、ダメ?」

「字、間違えてるんですよ」

「治す方の、ち」

「うん、治す方の『治』」

「赤い字も、よくないと思います」

「えー、おしゃれでしょ」

「おしゃれじゃないです、ホラーです」

「ホラーだから、いいんじゃない?」

「ホラーじゃ、ない方が、いいんですよ」

エリカちゃんは、しゅん、と、肩を落としました。

「私、漢字、苦手なの」

「練習しましょう、椿、教えますから」

「ほんと?」

「ほんとです、神社の家系、教育には、わりと厳しいので」

「やったー」

「あ、でも、教えるのは、漢字だけです」

「うん」

「お医者さんごっこの方は、教えません」

「えー」

「そっちは、もう、いいです」

椿さんは、その夜、神社に帰って、おじいちゃんに報告しました。

「おじいちゃん、ただいま」

「おう、椿。今日は、どうだった」

「人間側のヤバいおじさんが、エリカちゃんにちょっかいかけて、四点拘束されて、自首しに行きました」

「ほう」

「私、間に合いました」

「よくやった」

「私、つなぎ役のはずなんだけど」

「うん」

「人間側の犯罪者の、命綱の役までやった気がする」

「お前は、便利な役職に、就いておる」

「便利すぎませんか」

「神社の家系には、こういう日も、ある」

「二〇〇年に一度ですか」

「いや、これは、毎週ある」

「毎週ですか」

「あの方の周辺では、毎週ある」

「(神社界の歴史書、ページ数が足りなくなる気がする)」

椿さんは、その夜、日記に、こう書き加えました。

今日、人間側の悪いおじさんが、エリカちゃんに会った。

おじさんは、自首しに行った。

こちら側だけじゃなくて、人間側の悪い人まで、エリカちゃんから避難する。

つなぎ役、つなぎ役じゃなくて、たぶん、避難誘導係。

警察への、避難誘導係。

それも、悪くない、と思う。

椿さんは、ふっと、ほほえみました。

なお、エリカちゃんは、その夜、海斗君から、おかえりの電話をもらいました。

「エリカちゃーん、ただいまー、隣町から帰ったよー」

「海斗君、おかえりー」

「今日、何してた?」

「お友達と、お医者さんごっこしてたわ」

「お友達?」

「町で会った、悪いおじさん」

「えっ」

「でも、椿さんが、お友達じゃないって言って、警察に持って行ったの」

「えっ、エリカちゃん、それ、何があったの?」

「お医者さんごっこ」

「もうちょっと、詳しく」

「集中血療室で、オペしようとしたら、椿さんが止めたの」

「集中、血療……、漢字、おかしくない?」

「漢字、間違えたの」

「うん、間違えてる」

「あとで椿さんが、教えてくれるって」

「漢字、教わるんだ……、お医者さんごっこより、そっちが先だね」

「うん、椿さん、お医者さんごっこは教えないって」

「賢明だね、椿さん」

「みんなが椿さんを賢明って言うのよ」

「みんな、椿さんに助けられてるからだよ、たぶん」

「そっかあ」

エリカちゃんは、その電話を切ったあと、ぴょんと布団に飛び込んで、にこにこしながら、眠りにつきました。

チェーン荘の屋根の上では、化け猫さんが、ふっとため息をつきました。

「儂のシマで、あんな騒ぎ起こしおって……」

「でも、まあ、悪いおじさんが片付いたなら、ええか」

「あの嬢ちゃんがいると、町の治安が、変な意味で、よくなるニャー」

そして、町の交番では、自首してきたおじさんを処理した警察官が、ふっと、つぶやいていました。

「最近、自首してくる連中、みんな、同じこと言うな」

「金髪ツインテールの女の子に、追いかけられた、ってやつ」

「やっぱり、噂、ほんとなのかな」

「町の悪いやつが、ある日突然、自首しに来るって、噂」

「ほんとだったら、表彰ものだろ、その子」

「どこの家の子だ、いったい」

「町外れの、チェーン荘ってアパートだよ」

「ああ、あそこか」

「あそこには、近づくな、って、上から言われてる」

「そうなのか」

「触らぬ神に祟りなしって、上が」

「神扱い」

「神扱いだよ」

警察官たちは、ふっと、笑い合いました。

そして、その夜、町の悪いおじさん名簿は、ひとり分、減りました。

エリカちゃんが、ひとりで、町をお散歩した、その日のことでした。

集中血療室の扉の文字は、その後、椿さんが赤ペンを取り上げて書き直し、こうなりました。

集中治療室

※ただし、お医者さんごっこ専用

※ホンモノのオペは、しません(椿、強い希望)

エリカちゃんは、その新しい看板を見て、ちょっとだけ、ふくれていました。

「血、の方が、かっこよかったのに」

「漢字は、正しく使いましょう」

「えー」

「えーじゃないです」

椿さんの教育は、その日から、本格的に、はじまったのでした。

第55話 あとがき

町でついて行っちゃダメな大人には、ついて行ってはいけません。

ただし、ついて行った先がエリカちゃんのおうちだった場合、悪いおじさんの方が、ついて行ったことを後悔します。

椿さんの避難誘導範囲は、こちら側から、人間側へ、じわじわ拡大中です。

集中血療室は、現在、集中治療室に改称されました(漢字練習の成果)。

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