第53話 「エリカちゃんと転校生の決意」
新七不思議が、続々とエリカちゃんと顔合わせをした、ある日のこと。
椿さんは、神社の縁側で、おじいちゃんと相談していました。
「おじいちゃん、私、決めた」
「ほう」
「私、調停役になる」
「調停役」
「うん。エリカちゃんと、こちら側のみんなの間に立って、橋渡しをしようと思って」
「ほう」
「神社の家系として、それが私の役目だと思って」
おじいさんは、湯呑みを口に運びました。
そして、すうっと、目を細めました。
「椿、お前の決意、立派だ」
「うん」
「だが、ひとつだけ、忠告がある」
「なに」
「お前、押されたら、すぐ折れる性格だ」
「えっ」
「あの方の前で、立ち続けられるか」
「立ち続ける、つもり」
「つもり、だな」
「うん」
「やってみるといい」
おじいさんは、にっこり笑いました。
「失敗したら、神社に帰っておいで」
「失敗、想定なの?」
「想定だ」
椿さんは、その日の放課後。
エリカちゃんと海斗君を、神社の境内に呼びました。
「あの、お話があります」
「なあに、椿さん」
「私、決意しました」
「うん」
「私、これから、調停役になります」
「調停役?」
「エリカちゃんと、こちら側のみなさんの間で、橋渡しをします」
「素敵ね」
「ありがとうございます」
椿さんは、ふうっと深呼吸しました。
そして、社殿の屋根に向かって、声をかけました。
「玉ちゃん」
「は、はい……」
小さな声が、屋根の方から返ってきました。
「玉ちゃん、出てきて」
「で、出ます……」
ふわりと、白い犬の形をした守り神、玉ちゃんが、社殿の屋根に降り立ちました。
ふるふる、震えています。
「玉ちゃん、エリカちゃんに伝えたいこと、ない?」
「あ、あの……」
「うん」
「で、できれば、神社、潰さないでほしいです……」
「もう何度もお願いしているところね、それ」
椿さんが、エリカちゃんの方を向きました。
「エリカちゃん、玉ちゃんは、神社が壊されないか心配しているんです」
「私、神社、壊さないわよ」
「お、お、お、お言葉、ありがたく頂戴いたします……」
玉ちゃんは、ふるふる頭を下げました。
「玉ちゃん、エリカちゃんは壊さないって言ってるから、安心して」
「は、はい……」
「ね、安心したでしょ?」
「し、しま、しま、しません……」
「えっ」
「だ、だって、お、お子さんが、何かしようとしなくても、お、お子さんの存在自体が……」
玉ちゃんの声は、震えていました。
椿さんは、エリカちゃんを振り返りました。
「エリカちゃん、お願いです」
「なあに」
「ほんの少しだけ、その、神威を抑えていただけると」
「神威って?」
「あなたの背中から立ち上ってる、ちょっとすごいやつ」
「私、立ち上ってないわよ」
「立ち上ってます」
「私の意思じゃないわ」
「で、ですよね……」
椿さんは、しゅん、と肩を落としました。
「これ、抑えること、できないやつなんですね」
「できないやつ」
「了解しました……」
それから、椿さんは、新七不思議の他のメンバーとも、橋渡しを試みました。
夜の図書室の司書さんとは、ささやかながら、本食いの予定について、エリカちゃんに伝えてもらいました。
亡霊コーチさんとは、椿さんの素振りスケジュールを共有しました。
ところが。
ベッドの怪異とは、即拒否されました。
「い、いえ、私はもう、関わりません」
「ベッドの怪異さん、エリカちゃん、もう斬ったりしないって……」
「い、いえ、いえ、いえ、二度と関わりたくありません」
「お話だけでも」
「いえ、いえ」
「あの……」
「あの方の名前は、私の前で出さないでください」
「えっ」
「あの方の存在を思い出すだけで、私、消滅しかねません」
「即折れ気味ですね」
「消滅は本気で嫌です」
椿さんは、しゅんと肩を落として、報告に来ました。
「エリカちゃん、ベッドの怪異さんが、二度と関わりたくないそうです」
「あら、嫌われたわ」
「嫌われたっていうか、避難しています」
「失礼ね」
「私、調停役、向いてないかもしれません」
「諦め早いわね」
「そう、ですね」
椿さんは、深いため息をついて、神社の境内に戻ってきました。
おじいさんが、ふっと笑いました。
「どうだ、調停役」
「うん。即折れた」
「だろうな」
「予想通り」
「予想通りだ」
「私、向いてない」
「向いてはおらん。だが、ふさわしい役は、ある」
「何の役」
「お前は、つなぎ役だ」
「つなぎ?」
「あの方を完全に止めるのは、誰にもできない。だが、あの方と、こちら側を、ちょっとだけ近づけることは、お前にしかできない」
「ちょっとだけ?」
「ちょっとだけ、だ」
「過大な期待じゃないんだね」
「ない」
「(神社の家系の助言、本当にこれでいいのか)」
椿さんは、もう一度、ふうっと息をついて、にっこり笑いました。
「うん、つなぎ役、頑張る」
「無理はするな」
「無理はしない」
「ほどほどにしろ」
「ほどほどにする」
「即折れろ」
「即折れる方針なの!?」
「お前の長所だ」
「長所、それ?」
こうして、椿さんは、調停役という大それた役職ではなく、ささやかな、つなぎ役として、エリカちゃんと怪異たちの間を、ふらふらと歩くことになりました。
そして、それから数日後。
クラスのみんなは、椿さんがエリカちゃんとどんどん仲良くなっていく様子を見て、こうつぶやきました。
「あの転校生、適応はやい」
「いや、あの子、震えながら、なんとか生きてるんだよ」
「強い」
「強さの種類が違うけどね」
「あの子の方が震えてるのに、なんでうちの世界の方が変わってるんだろう」
「それな」
椿さんの日記には、その日、こう書き加えられていました。
**私、調停役は、即折れた。**
**でも、つなぎ役なら、できる気がする。**
**ほどほどに、頑張る。**
**主に、自分の心臓のために。**
椿さんの心臓は、毎日少しずつ、図太くなっていくのでした。




