第52話 「七不思議・新2 体育倉庫の亡霊コーチ」
七不思議の二人目を、椿さんが紹介してくれました。
「体育倉庫の、亡霊コーチさんです」
「亡霊コーチ?」
「昔、この学校でコーチをしていた方らしくて」
「いつの時代?」
「四十年前」
「現役、長いね」
体育倉庫。
昼間でも、ちょっと暗いその場所に、エリカちゃんと海斗君と椿さんは、こっそり入りました。
入口の近くで、ぼうっと、オレンジ色の光が浮かんでいました。
「お、おう、新しい子か?」
低くて、ちょっと大きな声でした。
昔の体操着を着た、頭の薄い、人のよさそうな顔をしたおじさんの姿が、浮かんでいました。
「誰、あれ」
「亡霊コーチさんです」
「優しそうね」
「とても優しいです」
コーチは、エリカちゃんたちに気付くと、ぱあっと顔を輝かせました。
「お、新しい教え子か! 今日はキャッチボールでもするか?」
「キャッチボール?」
「ボールはここにある、グローブも倉庫の奥にあるぞ」
「コーチさん、生徒、見えるんですか?」
「見えるとも! 俺は四十年、この体育倉庫で、子どもたちを教えてきた!」
「(生徒側からは、見えていないのに……)」
椿さんは、心の中でしんみりしました。
コーチは、グローブを取り出すために、ふうっと飛んでいきました。
ところが、グローブを取ろうとしても、霊体だから、すり抜けてしまいます。
「あれ、おかしいな……俺、グローブが……」
「コーチさん」
椿さんが、おそるおそる声をかけました。
「あなたは、もう、亡くなって、いらっしゃるんです」
「えっ」
「四十年前に」
「えっ」
「ずっと、この倉庫に……」
コーチは、しばらく、ぽかんとしました。
そして、ふっと、自分の足元を見ました。
すうっと、足が、透けていました。
「……あ」
「気付いてしまわれましたね」
「俺、死んでた?」
「四十年前に」
「成績、どうなった、俺の生徒たち」
「もう、皆さん大人です」
「そうか……」
コーチは、しんみりとうつむきました。
そして、ふっと顔を上げて、笑いました。
「でも、俺、まだ教えたいんだよ」
「教えたい」
「次の世代に、野球の楽しさを」
「優しい」
「死んだ後も、コーチをやめられないなんて、俺、やっぱり、生粋のコーチだよな」
「生粋のコーチね」
ところが。
そのとき。
体育倉庫に、すうっと、清浄な光が差し込みました。
コーチが、ぱあっと、明るい光に包まれました。
「あれ、なんか、眩しいな」
「コーチさん、これ、成仏の光です」
椿さんが、目を見開きました。
「えっ、突然?」
「気付かれた瞬間、心残りがほどけて、成仏が始まるんです」
「俺、成仏するの!?」
「これ、エリカちゃんがいる影響もあります」
「えっ」
「神威の影響で、こちら側のみなさん、簡単に押し戻されちゃうんです」
コーチは、ぱあっと光に包まれながら、笑いました。
「いやー、四十年お世話になりました!」
「コーチ、もうお別れですか!?」
「成仏、するみたい!」
「速い!」
「軽い気持ちで言われた『お疲れさま』が、こんなに重いとは思わなかった!」
「言ってないですけど!」
「言ってる、言ってる!」
コーチは、ぱあっと、明るくなって、空に上がっていきそうになりました。
そのとき、エリカちゃんが、ぴしゃりと言いました。
「待って」
「えっ」
コーチが、ぴたっと止まりました。
ぱあっと光が、ふっと薄まりました。
「成仏、止めた?」
椿さんが、目を丸くしました。
「コーチ、まだ教えたいって言ったでしょ」
「うん、言った」
「だったら、教える場所を作ればいいのよ」
「えっ」
「霊が見える子も、いるのよ」
エリカちゃんは、椿さんを指さしました。
「椿さん、あなた、コーチの声、聞こえる?」
「は、はい、聞こえます……」
「じゃあ、椿さんに教えてあげて」
「えっ、私、運動苦手なんですけど!」
「そういう子こそ、コーチが必要よ」
コーチは、ぱあっと顔を輝かせました。
「いいね! その子、フォームに少し気になるところがある!」
「コーチ、すぐ職業病出るね」
「俺の生きがいだ!」
椿さんは、ぱしっと、コーチに捕まりました。
そしてコーチに、フォームを直されることになりました。
「肩、もう少し下げて」
「は、はい」
「腰の回転で打つんだ」
「は、は、はい」
椿さんは、汗を拭きながら、必死にコーチの指示に従いました。
横で海斗君は、不思議そうに、椿さんが空中の何かと話しているのを、ぽかんと見ていました。
「椿さん、すごいね」
「な、なに、海斗君」
「ひとりで素振りしてるみたいで、本当はコーチに教わってる」
「は、はい」
「これって、ちょっと変だね」
「変です」
「でも、ちょっと面白いね」
「面白いんですね、海斗君は……」
コーチは、満足そうに笑いました。
「いやー、四十年ぶりに教えられた! 俺、成仏しなくてよかった!」
「待って、成仏できる絶好のチャンスだったよね」
椿さんがぼそっと言いました。
「次のチャンスもまた来るよ!」
「来るんだ……」
「俺は、永久のコーチだ!」
体育倉庫の中で、コーチはぱあっと笑いました。
こうして、新七不思議の二人目、亡霊コーチさんとも、エリカちゃんはちょっと違う形で関係を築きました。
ちなみに椿さんは、それから時々、体育倉庫で、コーチに素振り指導を受けに行くことになりました。
彼女のフォームは、四十年前のスタイルで、見る人が見ると、ちょっと懐かしい感じになっていきました。
山本先生は、放課後の運動場をうろうろする椿さんを見て、首をかしげました。
「椿さん、何の練習をしているのですか」
「素振り、です」
「素振り?」
「コーチに教わっていて」
「コーチ?」
「あ、いえ、独学です」
「独学なのにコーチが?」
「気のせいです」
「気のせいということに、しておきましょう」
山本先生は、机の引き出しから、新しい仕切りを追加しました。
ラベルにはこう書かれていました。
**亡霊コーチ関連用、胃薬。**
体育倉庫の入口には、その日から、新しい貼り紙が貼られました。
**体育倉庫の用具は、丁寧に扱いましょう。**
その下に、小さくこう書かれていました。
**※倉庫内のフォーム指導は、無視してください。**




