第51話 「七不思議・新1 夜の図書室の司書さん」
新七不思議が制定された数日後。
椿さんは、エリカちゃんと海斗君を呼び出しました。
「あの、お話があります」
「なあに」
「夜の図書室で、最近、本が消えるそうなのです」
「本が消える?」
「司書さんが困ってるみたいで……」
「司書さんって、誰?」
「夜の図書室の、新七不思議の一人です」
「ああ、あの人ね」
「ご存知なんですか」
「会ったことはないわ」
「では、これからご面会、ということで」
「いいわよ」
「お手柔らかに」
夜の図書室。
月明かりが、本棚の間から、すらりと差し込んでいます。
ぴたり、と静まり返った空間です。
ところが。
本棚の奥、ぐじゅぐじゅ、と妙な音が聞こえてきました。
近づいてみると、奥の本棚の前に、もぞもぞと動く黒い塊がありました。
よく見ると、それは、本を、ぐにゃりと丸ごと飲み込んでいる怪異でした。
「あれ、何?」
海斗君が顔をしかめました。
「本食いの怪異です」
「本、食べちゃうの?」
「食べます」
「何のために?」
「ストレスで」
「ストレス!?」
そのとき、本棚の陰から、すっと、若い女の人の姿が現れました。
眼鏡をかけて、白いブラウスに紺色のスカート、髪をまとめた、いかにもな雰囲気の人でした。
ただし、足元が、すうっと、透けていました。
「困ったわ……」
若い女の人は、深いため息をつきました。
「あなたが司書さん?」
「ええ、夜の図書室の、司書よ」
「七不思議の一人ですよね」
「新しい一人ね」
司書さんは、ぱたぱたと小走りに本棚の方へ向かいました。
「うちの蔵書、一冊一冊が大事なのよ。それを、勝手に食べちゃう子がいてね」
「困りましたね」
「困ってるの」
本棚の方からは、ぐじゅぐじゅ、と本食い怪異の食事音が続いています。
さらに、奥の本棚が、なぜかゆっくり動き出しました。
ぎりぎり、ぎりぎり。
本棚自身が、本食いを避けて、こっそり別の場所へ逃げようとしていたのです。
「本棚が逃げてる!」
「逃げます」
司書さんがうなずきました。
「うちの本棚、賢いの。食べられそうな本がある棚は、自分で逃げる」
「賢い」
「でも、本食いも追いかけるの」
「進化したかくれんぼ」
「夜の図書室の日常」
エリカちゃんは、にっこり笑いました。
「司書さん、私が解決していい?」
「お願いするわ」
「即答ね」
「うちの仲間内で、あなたの噂は、聞いてるから」
「噂って?」
「物理派よ」
「素敵な評価ね」
ウイイイイイイイイイン!
夜の図書室に、けたたましいエンジン音が響きました。
「ちょ、エリカちゃん、図書室で!」
「ピンポイントで斬るから、本は無事よ」
「本食いの方は?」
「本食いだから、本も食ってるんでしょ」
「論理が雑だよ」
本食いの怪異は、ぱっと顔を上げました。
そして、本を吐き出しながら、ぎゃっと叫びました。
『ぎゃー! その音は、聞いたことがある!』
「噂が広がってるのね」
「うちの世界では、有名人」
司書さんが、こくっとうなずきました。
本食いは、本棚の隙間に逃げ込もうとしました。
ところが、本棚自身が、ぎりぎりと動いて、本食いを避けて、別の場所へ逃げてしまいました。
「本棚に裏切られた!」
本食いの怪異は、悲鳴を上げました。
そして、エリカちゃんのチェーンソーで、すぱっと斬られました。
ぎゃああ。
塵になって、空に消えていきました。
本棚は、ふうっと一息ついて、定位置に戻りました。
本食いに食べられかけた本も、ぱたぱたと開きながら、棚に飛び戻っていきました。
「片付いたわ」
「素早いわね」
司書さんが、ぱちぱちと拍手しました。
「あなた、本棚も賢いけど、本も賢いのね」
「うちの図書室は、命がある本を集めてるから」
「命のある本?」
「思い出が宿った本のことよ。物理的にも飛ぶし、自分で帰るし、嫌いな読者を見ると逃げる」
「賢い」
「学校の図書室なのに、変ね」
「変なの、それ?」
椿さんは、ぼそっと言いました。
「(普通の図書室は、本は飛びません)」
司書さんは、エリカちゃんに、丁寧に頭を下げました。
「あなたのお名前、新七不思議で聞いてるわ」
「光栄ね」
「これからもよろしく」
「こちらこそ」
「ただし」
「ただし?」
「うちの本食いは、ちょっと弱いから、また現れるのよ。次回もお願いできるかしら」
「もちろん」
「あ、それと」
司書さんは、顔をしかめました。
「斬ってくださるのは助かるんだけど、できれば本棚の高さより、低めで斬っていただけると」
「了解」
「うちの本棚、敏感だから」
「気を付けるわ」
椿さんは、廊下に出てから、深いため息をつきました。
「(怪異側にも、立場があるんですね……)」
「司書さんは、本を守る側」
「本食いは、本を食べる側」
「七不思議って、もっと単純なのかと思ってました」
「組織、複雑なのよ」
「組織なんですね」
こうして、新七不思議の一人、夜の図書室の司書さんとは、エリカちゃんと無事に共闘関係を築くことができました。
ただし、その日から、図書室の本棚たちは、夜になるとふと、ふっとどこか別の場所へ移動するようになりました。
朝、図書の先生たちは、本棚の場所が微妙に違うことに気付きながらも、誰も追求しないことに決めました。
なお、その日の図書室の入口には、新しい貼り紙が貼られていました。
**図書室は、静かにご利用ください。**
その下に、小さくこう書かれていました。
**※夜中の本棚の移動は、無視してください。**




